88mm_flakとドイツ中世物語の終わり

88mm_flakは連合王国人やニュージーランド人にとっては恐怖大魔王とあんまり変わらない存在であったのは日本のひともよく知っているはずである。

ロシア人たちにとっては丁度対戦初期のドイツ人にとってのKV1と同じような存在であったと思う。

ろくでもない兵器しか持たなかったロンメルのアフリカ軍団のなかにあって水平射撃が出来るように改造された88mm_flakは、ほとんどロンメルによってコントロールされた落雷のような効果をもっておった。

連合王国人はみなロンメルが文字通り支配した砂漠の戦場で「うにゃー、あんたは雷神か」とさぞかし愚痴ったことでしょう。

背が高いという地上兵器としては致命的な欠点があったが、ロンメルは歩兵指揮官時代からカムフラージュの天才であったので、この扱いにくい兵器をうまく秘匿した。

88mmによるアンブッシュに遭遇する、ということは連合軍の戦車兵にとって、そのまままっすぐ死を意味したのです。

地雷原のあいだに開いた細い戦車路をすすんでゆくと、ぜーんぜん見えない遙か彼方から高速の徹甲弾が飛んできて砲塔は吹っ飛ばすわ、車体は跡形もなくなるわで、連合軍のほうはなんだか人力を越えた神話的な懲罰に遭っているようだ、とその頃の記録には書いてあります。

敵にはなかなか当たらないで味方の歩兵に対して百発百中なので有名だった榴弾をえっこらせと後ろからぶっぱなすか、地上放火による死亡率が高いので航空兵が死ぬほど嫌がったカーチスP40やハリケーンによる地上攻撃によって破壊するくらいしか方法がなかった。ひどい例になると一台の88mm_flakに40台余の戦車が瞬く間に破壊されて、ロンメルに日記で「いったいなんだってイギリス人たちはわざわざ一台ずつ壊されにやってくるのか、さっぱりわからん」とか書かれておる(^^;)

まっ、わっしはドイツ人だったロンメルと違って理由を知っておるがな。

えっ?理由?

そんなことはわかりきっておる。イギリス人とニュージーランド人だもの。

「マジメだから」です。

88mm_flakは兵器としてみると、ドイツ兵器のよいところがいっぱい詰まっておる。

まず第一に使用された弾頭が優秀である。

当時のドイツは冶金の研究や材料工学では世界一であった。

当のドイツ軍歩兵から「あれが戦車なら、うちのかーちゃんは重戦車だぜ」と悪口を言われた見るからに可愛いドイツのII号戦車の20mm機関砲でも日本軍の九七式中戦車「チハ」の57mm戦車砲よりも装甲貫通力が高かったのは、ドイツ人の「世界一の合金技術でつくった砲弾を高初速で打ち出して敵の装甲に叩きつける」という技術方針が有効であったせいです。日本はおろか合衆国ですらなかなか現実にはできなかったこの技術思想をクルップは1928年という段階で実用兵器化してしまいます。

無論、第二次世界大戦を通じてT34やチャーチルやM4シャーマンの砲塔をふっとばし続けた。

部品点数も意外なくらい少ないな。

多分、開発後、減らし続けてきたのでしょう。

扱いやすさと信頼性、という点でもドイツの兵器らしい。

ちょっと重すぎて戦場に放棄されることが多かったが、これはこのクラスの防御砲の宿命である。

ドイツ人たちが最も記憶に残しているのは多分ベルリン陥落のときの英雄的な戦いにおける88mmの活躍でしょう。

もうどんな狂信者にもドイツ帝国の崩壊が確実になった戦闘で、押し寄せるT34に対してドイツ人たちは街の角角に砲座を築いてすえた88mm_flakを最後の盾にしてロシア軍と対峙します。

どんなにヒトラーの帝国を憎むひとでも、このベルリンの戦いの最後を涙なしで読むのは難しい。

たとえばベルリンの中心街区におかれた88mm_flakは信じがたいような正確さと発射速度でT34の戦車群を何度も後退させますが、弾薬がつきて、やがて沈黙します。

ロシア歩兵たちが戦車のあいだから駆け抜けて殺到してみると、そこにはお互いの頭を拳銃で撃ち抜いた14歳くらいのふたりのお下げ髪の少女とやはり同年代のふたりの少年が倒れていたそうである。

この有名な挿話にもちゃんといつものごとくしたり顔の評者がいて、あるアメリカ人は、「14歳くらいの子供に88mm弾の装填もふくめて、そんな射撃が出来たわけはない」とゆっていますが、こーゆー人間は「人間の必死さ」というものをまったく理解できないヤナ野郎だというほか何も言っていないのだということを自分でわからないもののようである。

近代戦史上、もっとも強かったのはドイツ軍兵士だろう、とわっしは思っています。

ドイツ軍兵の強さは敗退するときの後退戦で最も顕著である。

潰走したはずであるのに、ほんの数キロ先ではもう再結集して何事もなかったかのように防衛陣を布いててぐすねひいて待っておる。

支援装甲部隊も機関銃以上の武器ももたない歩兵部隊が、ロシアの戦車群に遭遇するとたいして悲壮な気分にもおちいらずに地雷を改造した爆弾を抱いて匍匐して戦車の腹にもぐりこみ黙々と戦車を破壊してはまた匍匐して自軍に戻ってゆく。

ドイツ人の「負けているときの強さ」というのは戦史に未曾有のものである、と考えます。

多分それはドイツの職人文化をつくったのと同じ根っこの、ドイツ人たちの頑固さと部族文化的な「仲間意識」から来ている。

一方でドイツ人を見ていて、このひとたちって、ほんまにこれが好きやな、と思うのは

中世騎士物語的な悲劇の感情であって、どうもドイツのひとは、これに酔いだすととまらない。ヒットラーみたいにケーハクなポピュリストにころっと歴史的な規模でだまされちゃったのは、明らかにこの嗜癖によってます。

暗い夜と、裏切りと、絶望と、その真の闇にたかれた松明の炎に浮かび上がった英雄たちの血まみれの顔、っちゅうようなもんに痺れやすい体質であるよーだ。

みんなでジークフリートになってしまう。

戦争をやっているあいだじゅう、それが「ニーベルングの歌」であるかのように錯覚していたようなところがあります。

頭のなかではずっとワグナーが鳴っていたのと違うか、と思う。

88mm_flakというドイツ文明が生み出した剣を最後に握りしめて死んだのが金髪を三つ編みのお下げ髪にした少女であるところも、なんだかいたたまれないくらい「ゲルマン的」である、と考えました。

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