十全外人ガメ・オベール中間報告

あと3ヶ月だべ。

前回までの遠征で日本文化を征服して十全外人ガメ・オベールを称しておったのにsleepyheadさんwindwalkerさんの鋭い指摘で「ものすごく偏った日本観」をもっているだけだというのがばれたので、再遠征しにきたんだす。

最後のほうはめんどくさくなってバックレちった十全老人乾隆帝よりも遙かに良心的です。お徳度も10倍お徳だとゆわれておる。(なんのこっちゃ)

お陰でトルコ文化とインド文化の征圧が遅れておるが、やむをえない。

でも日本語うまくなったんだお。

まず速度が違うな。

浦島太郎の亀とエイトマンくらい違うであろう。

魚ついでにいうとソードフィッシュと天山くらい異なる。

(なにをゆっているかわからんひとは兵器史の本を立ち読みするよーに)

このブログのいちばん初めの記事、「あけおめでごんす」という記事は、わしの「自称日本人時代」から生き残っておるゆいいつの記事ですが、あれを書くのに13時間かかった。広辞苑とくびっぴきで、ついでにサイトの日本語を読みまくって「自然な日本語」を切り貼りしまくった。

えっ、あれって、じゃあ盗作なんでねーけ、と思った、そこのきみ。

「寛容は非寛容に対して寛容であるべきか」でも、読みなさい。

なんで?

難しいことは考えてはいかむ。

いまは速いのい。

こーゆーことをヘーゼンと自分で自慢出来るのがサイノーなわけだが、たいていの日本人よりも書くのがはやくなった。

はずである。

読むのも速いぞ。

わっしは昨日、寝椅子に寝転がって大好きな戸井田康二の「中村雅楽全集」を再読しておった。

午寝に最適な気候であった。

すると、見よ、さっきまで13ページだったのが、気が付くと一瞬で220ページではないか。

光速だの。

もうちょっとでも速く読むとページはどんどん白紙になってゆくであろう。

弓の名人はいよいよ技神にいると弓を見ても何だかわからなくなる、というが、心境としては限りなくそれに近いな。

何が書いてあったか、おぼえてないもん。

皮肉ではなくて日本では「思想」とは「情緒と感情の傾向」のことです。

「どうしても、こうじゃないとやだもん」という集団的情緒が生じて、それを後だしの理屈でみなが納得するために理屈はある。

そのうちブログに書こうと思いますが、東条英機とかが、仏印進駐までやっておいて、合衆国がくず鉄の輸出を禁止すると、「えっ、なんで?」とゆって、ぶっくらこいたりするのも、そーゆー日本のひとの独特な「ぼくが見た世界が世界だもん」という主観的世界観のせいである。

いまも、あんまし変わらんよーだ。

桐生悠々や斎藤隆夫のようなひとは、「こうなってからでは遅い。もう、遅いのだ」とゆってくやしがりましたが、いまの日本は、桐生悠々が「あそこで気が付くべきだった」と思ったような線を跨いで越えつつあります。

そんなバカな、ときみが笑うのをわしは知っていてゆうのだが、日本は軍国化しつつある。加藤陽子がいうのは正しい。

日本人はすでに「歴史を自分の都合だけで拾い読みするひとびと」によって枉げられた歴史を信じ始めている。

「いやなことはいいたくない新聞記者」であった司馬遼太郎の上品さも、悪いほうに働くに違いない。

半藤一利の危惧は正しかったのです。

あのひとは、どうしても昭和も書いておくべきだった。

これから先はきっと自分が最も憎んでいたひとびとによって御神輿として担がれるだろうと思います。

司馬遼太郎は小説を書いているつもりだったのが、死んだあとでは彼の書いたものは日本国の正史になってしまった。

まさか日本人が歴史のなかから自分に都合がよいところだけモク拾いしてつなぎあわせるところまで落ちぶれるとは思っていなかったのでしょう。

わっしには、まだ出だしとはいうものの、もう戻れない曲がり角を日本という社会は曲がった、と思ってます。

ヨソモノにはヨソモノの言葉で、住んでいるひとよりもよく判ることがある。

文学、というようなものは死んでしまったように見えますが、これはいままでが奇跡でありすぎたので不思議ではない。

文学からマンガやアニメへの乗り換えがどのくらいうまくいくか、がショーブであるように見えます。

突拍子もない、と思うひとがいるのかも知れませんが、岡崎京子なんかは、わしにはマンガとは意識されない。

第一、ああいう絵は、本来にがてな絵だし。

「観念の高みがあるなにか」のひとつであって、マジメに、こーゆーところまでやってきた日本人をわっしは尊敬します。

日本語が出来て良かったべ、と思う。

今回はこのあいだ時間がなかった美術もだいぶん買い集めました。

四谷三千雄や天野裕夫を皮切りにして、いろいろ買っちった。

草書がだいぶん読めるようになった。

今井謙次や吉村順三の建築を見てカンドーした。

広尾の家も軽井沢の家2軒も結局は売らん。

鎌倉の家は売るであろう。

鎌倉、町が壊れちったやん。

いったい、なにが起きたのでしょう?

わからん。

もう、そろそろ日本語との縁も終わりかなあーと思ってます。

何の役にもたたなかったが、前にも書いたように、それでよいのです。

このブログを読んだり、電話ですら、わっしを日本人だと思ってくれるひとがたくさん出来るようになって、わっしには勲章である。

自慢すると、日本語の次に始めた某国語でも同じになりつつあるのい。ひっひっひ。

いっつもいっつもわしの語学バカぶりを嘲笑う妹よ、みたか。

(とゆっても今度は妹のほうが日本語はわからんので兄の偉大さがわからないもののよーだが)

このあとはトルコとインドのどっちにすべ、と考えたが、インドを先にしたい。

モニは、なんでだかインド人が嫌いな様子なので、障碍があるが、いちゃいちゃ外交で解決されるであろう。

音楽は、sleepyheadさんやえくれあんさんに励まされていろいろ買ってみたがやっぱりダメじゃん(ごめん)。

結局、わっしが大好きな日本のバンドでいちばん新しいのは「テンプターズ」(^^)

技術や科学はここでボソボソ書くわけにはゆかんので、そのうち日本語で書いたほうがよさそうなのは日本語で書きます。

以上、チューカンホーコクである。

やがてわしは日本語そのものも忘れてしまうに違いないが、いまここでゆっておくと

わしは2009年には日本の文化の価値を知っておった。

この文明が中華文明の亜種であるどころか、その中華文明の影響を防ぎたい一心でつくった文明であることを目撃した。

奇妙なほどの政治的なひとりよがりな見方は、多分、そこから由来しているので、世界中の日本学者が謎だと思っている日本人の訳のわからない「ガイジンが悪いんだもん」傾向は、われわれが考えていたよりも遙かに深く日本文明の本質に結びついているもののよーだ。

もちっとすると日本の姿がクリアに見えるようになるだろうか。

ブログを読んでいるみなさん、助けてください。

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1 Response to 十全外人ガメ・オベール中間報告

  1. ursaemajpris says:

    >皮肉ではなくて日本では「思想」とは「情緒と感情の傾向」のことです。>「どうしても、こうじゃないとやだもん」という集団的情緒が生じて、それを後だしの理屈でみなが納得するために理屈はある。そうじゃない理屈なんてあるんですか?て気もしますが。私は逆だと思います。今まで日本人は結果より経過が大事でした。どんなに良い結果を出しても経過が悪逆であれば評価されませんし、結果が悪くても経過の"頑張り"等を評価してきた。私は日本人の「集団的情緒」というのは、理屈や結論では無く「納得する事」なのではないかと思います。言ってしまえば理屈も結論も後付けなんじゃないかと。

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