沖縄

昭和天皇が死ぬ間際に「沖縄にだけはどうしてもゆかねばならなかったのに残念だ」とゆったのは有名です。

沖縄戦による犠牲のためだ、という解説が最も普通ですが、わっしは、もしかすると昨日のブログに書いた当初本土の基地に戦略分散配置をして防衛線をつくろうとした米軍に対して「沖縄を基地化すればどうか」と言ったひとことを死ぬまで気に病んでいたのかもしれないなあ、と考えることがあります。

昭和天皇というひとは政治的カンが非常にすぐれている上に戦略眼もあったひとなので、

政治軍事のパワーバランスを見て取るのが非常にうまかった。

だから丁度将棋の名人が盤面を見るように頭のなかの戦略地図を見て、「沖縄をまるごと基地化するのがよいではないか」と考えた。

….というのは、ことの一面であって、昨日書いたように米軍が同盟とは名目だけで、実際には日本を抑える対日本抑止力であることを見破っていたのでしょう。

だから、将来を見越して「アメリカの軍事力を沖縄に閉じ込めなければならぬ」と考えたのだと思います。

たいへんな、息を呑むような、政治眼である。

わっしは「政治家としての昭和天皇」は、過小評価されていると思っています。

沖縄にアメリカの軍事力を集中させたことによって、どれほど日本の復興が息をしやすいものになったか、アメリカ軍の駐留原案を見ると、昭和天皇のひとことがいかにこの国を救ったかわかる。

いっぽう沖縄のほうからすると、これほどの非情な仕打ちはない。

都合の良いときだけ「皇国の臣民」にされ、自分たちの言葉をすら理解できない軍人や兵隊たちに恫喝され、洞窟のなかで「人間の盾」にされたまま焼き殺され、今度は日本の繁栄の捨て石になれ、とゆわれる。

沖縄が人間なら島ごと不良化して日本からおんでて珊瑚海あたりまで逃げてゆきたくなるところだと思います。

わっしは、ずううっとむかし、3年前に沖縄へ行ったことがある。

四、五日いただけの短い旅行でしたが、セーファーウタキにカンドーした。

メキシコの内陸に旅行したことがあるひとは、マヤ人の聖地がウタキに似ていることに驚いたでしょう。まるで同じ文明のひとが築いたように似ている。

全体に精霊が充ち満ちているような島で、あんなに精霊世界に近い島は生まれて初めて見た、と考えました。

むかしの城の跡にゆくと、城(ぐすく)の中心には唐突に巨大な「忠魂碑」が建っていて、その姿の異様さがなにがなし胸を衝くようです。その不調和が沖縄と本土の関係の不整合性を象徴しているように見える。

もうひとつは基地の巨大さで、世界中であんなに島全体が物理的に基地に圧迫されている場所、というのは、他にはない、と思う。

クルマを運転して那覇から海洋博があったところまで行ったのですが、なんだか、どこもかしこも基地で、鉄条網だらけで、邪魔だなあ、と感じます。

まるでガタイのでかいアメリカ人が、どおおおんと島に覆い被さって島を抱きしめているようで、鬱陶しい。身動きができない感じがします。

夜はなにしろわっしのことなので、毎晩泡盛を飲んで酔っぱらって遊びましたが、

じーちゃんがふらふらとわっしのところにやってきて、

「あーんた、知っとるか。オキナワはあかん、もう、あかんのです」

「そーなんですか?」

「なんじゃ、あんた日本語が出来るのか。だったらアメリカに帰ってオキナワはもうあかんのだ、と言ってきてくださらんか」

アメリカ人、じゃないんだけど。

オキナワの三線にあわせてもらって、東南アジアの民族歌をいくつか歌ったらむちゃくちゃうけた。

最後は、もっと酔っぱらってみんなで沖縄の踊りを踊りました。

沖縄のひとは話がすすんで興じてくると「日本人のひとたちは」という。

いつのまにか魂が行政区を越えて自分たちの文化的故郷へ帰ってしまっているのです。

この島を、あーもしたい、こーもしたい、と熱のある調子で一生懸命話してくれます。

そーゆーところも日本のひととちょっと違った。

沖縄は貧困と閉塞感がはびこる社会の症状をみせはじめるようになった。

わっしが沖縄であった医者は、十代の妊娠数の多さ、アル中の数の多さについて、まったく気が滅入るような話を聞かせてくれました。

十六歳の女の子が、二〇歳の男とふたりで連れだってやってくる。

妊娠ですね、と告げると、出産の費用も堕胎の費用もない。

時期からしても堕胎はもとより受け入れがたいので出産をすすめて、きみが頑張って支えなければダメじゃないか、というと、自分は実は妻帯者で子供も別にある、という。

十六歳の女の子は、「愛人」なのでした。

そーゆー話が、ごろごろあってやりきれない土地なんです、と医者はゆった。

わっしは沖縄はむかしの香港のような自由港にすればよい、と思う。

関税も撤廃して、他国並にカシノの建設やなんかも許可すればよい。

貿易を盛んにして、忙しい交差点のような島にすればいーのではないか、と考えました。

文化的には独立したほうが自然であるくらい日本とは異なる、と思いますが、

しかし、もう、そーゆーわけにもいかないだろう。

そうやって考えると、自由港的な特例区がもっとも沖縄に相応しいように思えます。

いまのように本土に隷属した貧乏県をやっていては沖縄は魂ごと死んでしまいそうだ。

それでは、あんまり、残念です。

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