Daily Archives: September 26, 2009

死んだ自然が残したものは

一面の黄金の海。 稲穂が秋の風に揺れておる。 わっしは日本の風景ではやはり田んぼがいちばん好きだのい。 なんという美しさだろう。 ガキンチョ時代、かーちゃんと一緒にでかけた福島の畦道でほんとうの空と足下の田に映った空と二枚の大空を積雲が流れてゆくところにみとれて以来、わっしは、ずっとこの国が好きなのだと思う。 日本語や日本の中世美術も好きだけどな。 でもなによりも、この国の自然の美しさが好きなんです。 途中でシンガポールやメキシコと浮気しちゃったりしたが、結局、日本にまたやってきたのは、そこここにカケラのように残っている、この国の自然の美しさのせいでしょう。 やわらかで、ささやきかけてくるようで、ただもう豪勢な美しさである。 そーゆわれるのも聞き飽きただろうが、日本のひとはもっと自分の国を大事にしたほうがよい。どんなに懸命に否定しても、あるいは無視してかかろうとしても、自然が貧しい国は滅びる運命にある国なのだと思う。 それはちょうど自分の身体を大事にしないひとが早死にするのと似ている。 懸命に働いて、少しくらいふところが暖かくなっても、国自体が無惨な姿に破壊されてしまっては、なんにもならないではないか。 東京の西の「稲城」というところには、米軍のリクリエーションセンターがある。 (もちろん結婚する前だが)わっしは、その頃、アメリカ軍の将校のねーちゃんと仲がよかったので、軍属の夫婦と一緒によく遊びに行った。 ゲートをくぐるとまるで別世界であって、鬱蒼とした森があります。 1家族、あるいは1グループあたり(うろおぼえだが)1000平方メートル(300坪?かのい)くらいあるデカイ土地がぽんぽんぽんぽんとあちこちにあって、そのひとつひとつが茂みで区切られてお互いの土地が見えないようになっておる。 ついでにシャワー棟やペイントボール場やアーチェリーをやるところ、ミニゴルフ、っちゅうような施設が点在してます。 戦前は帝国陸軍の弾薬庫だったので、コンクリートの掩蓋もそのまま放ったらかしにされておる。 ここにいると、ぶっくらこくのは、ナラもクヌギもシイも全部、むかしの小説に出てくる 「武蔵野の森」そのままであって、トトロの世界が、そのまま残っていることです。 でっかいクワガタや、ほとんど(そんなわけはないが)肥満したカブトムシが、誇張ではなくて、そこここにモソモソしておる。 地上の楽園、みたいなところです。 わっしらはそこで、アメリカ人特有の準備周到で「やりすぎなんじゃない?」という感じのテント群を張って遊んだものであった。 アメリカ人は連合王国人やニュージーランド人の、ほぼ日本人と変わらないアイデアの「キャンピング」と違って、ほとんど「設営」っちゅう感じのおーげさなキャンピングをするのを知っているひとも多いと思います。 「食堂テント」「ラウンジテント」みたいなのから始まって「食料と飲み物の貯蔵テント」まである。まるでスコット探検隊みたいな完全装備ぶりである。 みんなで、子供にはゆわれないおとなの事情により敷地のいちばん離れた端同士におったてた2カップルのテントからまんなかの「ラウンジテント」に寄り集まってビールを飲みながら話をしていると、むあっくらな闇がやってくる。 闇の中で虫たちが能楽の地唄のような声を響かせておる。 うまく言えないが、ものすごく「日本」な感じの夜であって、それが日本人立ち入り禁止のアメリカ人領内にしか残っていないことに皮肉を感じたのをおぼえています。 実際、わっしは、そのときに初めて「日本近代」を理解する手掛かりを得たような気がした。あの沈鬱な感じのする森に囲繞された町を前提として初めて、たとえば日本の近代小説家たちの「静かさ」がわかるような気がしたのでした。 あるいは、「Sumo Do, Sumo Don’t」の周防監督がなぜ合宿のエピソードをはさまなければならないと思ったのか、少し理解できたような気がしました。 自然がここまで完璧に破壊されてしまったことで、日本の文化は連続性を絶たれてしまっているのではないか、と思うことがあります。 当然のことながらひとつの民族の文化の連続性を保証するものは、その国の自然以外にはなにもない。 それに加えて大陸欧州の、街を完全に人工のアゴラに変えて自然と分離する、というタイプではない、どちらかといえば連合王国風の自然との共生に文明をおくほうが安心できるらしい日本のひとの感性を考えると、自然の破壊は自分自身の文明にとって致命的であるように思える。 逆に言えば、なんのためなのか、再生力が強かったことで世界的に有名であった日本の里山を中心とした自然をそれでも絶対に再生できないほど徹底的に根こそぎ破壊した日本人の努力は、毎年毎年着実に積み重ねた自殺行為なのかもしれません。 これほど自分の国の自然を憎みぬいてふためと見られぬようにした国民、というものを、わっしは見たことがない。 なんだか恐怖小説を読んででもいるようです。 まっ、こんなことを書いても、日本のひとは、「そんなことは、むかしから誰彼がいいつくしていることで、耳にタコができてんだよ、うるせー」と言うでしょうけど。 … Continue reading

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