Monthly Archives: October 2009

迷子になりにゆく

モニとふたりで来年の夏まで世界中あちこちウロウロしようと思っていろいろ計画を立てて見たが、どうやってもくだらない感じがしてきたのでやめてしまった。 うろうろするのをやめた、のではありません。 計画するのをやめたのだ。 モニの母国の田舎を巡る計画もカリフォルニアからラスベガスも含めた一帯を巡る計画も、計画をつくるといっぺんに未来の時間が色褪せてみえてしまう。 でも、やっぱし計画なんてしたくないっちたら怒られっぺなあー、と考えながらモニさんの部屋に行きました。 ドアを開けたら、「ガメ、旅行の計画なんてやめよう」といきなりゆわれた(^^) アイテナリなんてなしでいいべ。 テキトーでいいや。 それからモニとわっしはカリフォルニアとフランスの地図を暖炉にくべてふたりでカクテルをつくって飲みました。 White Russian、知ってるかね。 ベイリーズでつくるとうまいんだぜ。 モニとわっしはふたりともときどき世界が途方もなく嫌いになる。 そーゆーときにわしらに会った人は災難です。 ゆーこともやることも無茶苦茶だからな。 でもモニとわっしはときどき世界が途方もなく好きになる。 この世界にあるすべてのものが愛しくてかけがえのないものに思われて、ふたりで抱き合って泣きたくなることもあるのです。 そんでもって、世界を愛するには、「こつ」のようなものがあるようだ。 計画してはダメである。 無理もダメだのい。 急ぐのは、もっともダメです。 忙しい人間には生きる資格がない、と連合王国の詩人もゆっておる。 忙しいひとは恋もしてはいかむ。 忙しいひとの恋はだいたいにおいて実際にはストレス解消だからな。 なんだか日本にいるあいだに「マジメ」になってしまうところであった。 危なかった。 日本のひとは怒濤のようにマジメだからな。 うつるとこだったやん。 わっしは、生まれてから、いつもこの広い世界で迷子であった。 モニと結婚するまでは、知らねーねーちゃんのベッドで眼がさめる朝が多い、不逞な迷子だったが、迷子は迷子です。 いつも何をやっているか、自分でもさっぱりわからなかったが、モニに拾われてからは、 そーか、このひとのジニー(魔法使いのランプどすな)でゆけばいいな、と思った。 あのコシコシすると、でろろろん、とあらわれて「なんでも願いをかなえてあげよー」ちゅう奴ね。 アラビア製のやつは「願い事は3回まで」なんちゃってケチだが、モニさんが拾った奴は連合王国製なので丈夫で何回も使えてお徳である。 マジメになると、世界が見えにくくなる。 焦点があってしまうからだな、きっと。 焦点があってしまった眼というものは、視界が狭いので世界がちゃんと見えないのです。 わっしは、もうちょっとでマジメになってしまうところであった。 危機一髪。一発、じゃないんだよ。知ってた? ハゲてるおっちゃんは危機に弱いのだろーか。 … Continue reading

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ゲージツとカネ_前回までのあらすじ

兄弟星サンヨーの危機を救ったナショナルキッドは、さっそうと歓楽都市オーサカに舞い戻って凱旋したが、そこにまっていたのは茶髪や金髪に安もんのメードインチャイナ羽織で武装したヤンキーたちの「エネループ攻撃」であった。 必殺ファッキンドッキンホーに不覚をとったナショナルキッドは捕らえられて拷問台にしばりつけられ兄弟星サンヨーの「太陽電池の謎」を白状せよとヤンキーのにーちゃんやねーちゃんに迫られるのだった。股またちゃんを狙ってきゅいいいいんと不気味に高速回転する鋸の刃。 危うしナショナルキッド、明るいナショナルの日は再びめぐってくるであろうか。 …ウソです。ごめん。でも話のパーツは全部ほんとよ。 「ナショナルキッド」って、おもろいよな。 頭頂部の杜撰をきわめたデザインもたいへんよいと思います。 DVDをリマスターして英語版つくって売ると売れるんちゃうか。 わっしは、このあいだまで「てなもんや三度笠」をケンキューしておったがDVDで残っているのは後半だけだったのでまた遺跡発掘にゆかねばなりません。 書いている人間の知性を示すために時事問題もとりいれてみました。 うちも全部エネループだが、合衆国のコスコとかで見ると棚にはあるが全然売れてないな。プリウスは見えるけどエネループは見えないので「環境見栄っ張り」が買わねーんだな、きっと。 このブログに慣れている人はよく知っていることだが、記事を書いているひとが日本語について学習者であって、しかもえーかげんな性格なので、何かについて書いていても、その論旨を展開するために必要な日本語が難しいと、頭の中にある表現のストックと照合して表現があるほうへ論旨のほうを変える、という豪快なブログなんです。 はっはっは。 自分で書いていても、すごいな。 10月27日の記事で、わっしが企画した意図は、日本の産業の未来をつらつらかおかおと考えてみた場合、クルマは多分もうすぐダメです。 アナリストの分析もEVへの移行でそのまんま中国の勝ち、で一致しておる。 欧州自動車業界はブロック経済と高級車に立てこもってなんとかするだろうが、もともと「自動車文化」として太平洋圏の好みにあわせてクルマをつくってきた日本の自動車会社は、もうだめだんべ、ということのよーです。 カリフォルニアとかではガソリン車でも、もう「両持ちキューブ」が走っているもんな。 「両持ちキューブ」、知りませんか? 日産のキューブとうりふたつだが、Cピラーを片持ちにする強度をつくる技術がないので、そこだけ両持ち(^^)のチューゴクのくるまです。 わりと人気あんねんで。 名前? そんなもんしらねーよ。 「キュービ」とかじゃねーんでしょうか。 家電はとうのむかしに撃墜されまくっておる。 コンピュータはハードもソフトも初めから終わってます。 当時の「通産省」の強圧マヌケ政策の成果だよな。 ミニコンの頃でもオーガタオーガタ、PCなんかオモチャだろ、ボケ。 NECにやらせとけ、とゆっていたのが命取りだったのい。 アカデミズムのおっちゃんたちも、いまになって「政府が悪い」ゆーてるけど、当時の論文をわし読んじたもんね。 自分だってPCはニンテンドーだってゆうてたやん。 ついでにいうと元マイクロソフトのおっちゃんが対談で「わしらの力でつくった互換機世界」とゆっていて、わっしは椅子からこけそーになった。 だって、あんたって、AX協議会とかっちゅう翼賛団体をつくって、互換機屋さんを弾圧しまくった張本人ですやん。 歴史をごまかしたらあかん。 歴史をごまかすものは亡びるのだ、と「真実の使徒」江沢民先生もゆっておられる。 くやしかったら時代をさかのぼって現場検証をしてこんかい。 おれが嘘つきなら「虐殺はなかった」というお前は大嘘つきちゃうか。 どっちも嘘つきで信用がなくなれば、被害者のおれが勝つに決まっとる。 で、どんな産業がこれからあるか、ちゅうと、なんもありまへんねん。 あのな、あんたたちな、うちとこはこれから食べていけへんくなるんやで。 食料自給率40%とゆいますが、それは「お金があればね」という前提です。 … Continue reading

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からっぽの宇宙

宇宙というものの根源的なアホらしさは、それが「ただ存在している」ということにほかならない。われわれの科学はしだいにかわいげのないものになって、神様の慈愛に満ちた眼差しの視界の端でこそこそやっているようなものではなくなってきた。 その結果、宇宙にも人間にも「存在することの意味」なんてありはしないことが当の人間にわかってしまったところから不幸が始まったような気がします。 人間はむかしから「生きることの意味」を考えて苦しんできたが、宇宙自体がなんの考えもなしにただあるのでは、人間の人生に意味などないわけである。 しかも人間という生き物は「社会性」を前提とした「言語」というものに思考を縛られているので、というよりも、社会性を前提とした言語が意識にとっては存在そのものなので、いつも孤独である。 言語が自然に、自動的に希求するような十全な社会性など人間に限らず、生命のあるものに達成できるわけはないからです。 オオカミをみるがよい。 オオカミは人間と同じく社会性に強く依存した生き物だが孤独なオオカミなどいまだかつて存在したことはない。 オオカミにとっては「宇宙」というものが、ただ眼に映っている世界ただそれだけにしかすぎず、生きることの切実さは空腹と生命の危機にしかないからである。 人間だけが自分でつくった「言葉」という罠におちて、苦しみもがいている。 言葉は明示的だから言葉をもつものは論理的必然によって「神」をもたなければならぬ。 直覚的には「外側」がない世界には「内側」がありえないからです。 ほんとうは、内側も外側もない世界があったわけだが、人間がそれに十分意識的に気付いたときには言葉自体が自分のイメージを完成してしまっていたので人間の思考や感情がそっちの方角に発展していくことはなかった。 言葉の問題を考えると、人間がわからはたとえ意志のある「神」が存在しても、その意志が「悪意」でしかありえないということを、神はあらかじめ予定していただろうか。 「予定していた」という答えしかありえない。 予定していなかったとしたら神が神でなくなってしまう。 では悪意のあるものに慈愛を求められるものだろうか。 そこまで考えたとき人間は倫理を捨てたくなったのだと思います。 幻という大気がなくなれば太陽はただ生命を焼きつくすためにあるにしかすぎない。 人間は、その頃から自分たちの眼に見えるものしか信じないとなかなか悲壮な決意を固めた。それまでは「見えるものだけが世界ではない」という神の声にしたがっていたが、 もうやめにしたのでした。 それが、だいたい1918年くらいのことです。 完璧で崇高な神の愛よりも、ちゃちで蒙昧な「友情」や、どこか根底から間違ったことのある男と女のあいだの愛情に溺れようと人間は決めた。 それがどれほど愚かな決意であっても、現に眼に見えて手でさわれるもの以外は人間は信じないことに決心した。 神様のほうでは認めないが、人間であるわっしは、言葉によって書かれたたくさんの記録によって人間のそうした愚かさこそが人間の勝ち得た最も美しい王冠であることを知っている。 人間はおそるべきことに自分の意志をもって神の恩寵の世界を捨てたのであって、それは実際には恩寵を諦めたからですらなかったのです。 人間は自分の痴愚や残酷や荒々しさにいわば「水平的」に向き合うことに決めた。 実際に神が存在するという立場がいまでも存在していれば、いわば家出した息子のようなものだが、この場合は息子のほうに誠実だという点で同感の余地がある、とわっしは感じます。 人間が言葉をもって以来行なった最も大きな思想的な跳躍は「神を捨てる」ことだった。 ダーウインの原始的な進化論くらいから始まって物理学や数学をはじめあらゆる科学は、もう神を前提として考えるのが難しくなった。 本来は言葉の構造が生んだ「孤独」というものが実質に変化してしまったわけで、 人間は途方にくれている。 宇宙ですら神秘な物ではなくて、ただ自分たちの広義の言葉の構造すなわち知性が単純すぎて解明にとどかないだけのことにすぎない、ということがわかったいま、本来は人間がもっている「知的」全世界は再構築されないでおいておけるわけはない。 それなしでは倫理にも哲学にもひびが入ってゆくのはわかりきっていることだからです。 まだ人間が、この世界と向き合って、知的に誠実である方法がどこかに(なんらかの形で)あるだろうか?

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Don’t Give Up

今年の初めロンドンに戻っていたとき、M1を運転していたらピーター・ガブリエルの “Don’t Give Up”がラジオでかかって困った。 ピーター・ガブリエルとケイト・ブッシュが歌っている “Don’t Give Up”という1986年につくられた曲は、こういう歌詞です。 in this proud land we grew up strong we were wanted all along I was taught to fight, taught to win I never thought I could fail no fight left or so … Continue reading

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windwalkerへの(短い)手紙

元気ですか。 もうきみがこのブログを読んでいるかどうかわからないが。 わっしは今日、スーパーマーケットの駐車場に立っていて、30代くらいの男が身体の具合が悪い様子の母親らしいバーチャンの肩を抱くようにして横断歩道を渡っているのを見ていました。 なんだかつまらなさそうな面倒くさそうな顔でバーチャンの手をひいていたが、赤信号になってもバーチャンが横断歩道を渡りきれないので(絵に描いたようなことに)メルセデスにのったおっちゃんがじれてクラクションを鳴らした。 その男は、もう耐えきれない、とでもいうような顔でメルセデスのほうに歩いて行って怒鳴りつけていました。 やめればいいのに、クルマを蹴った。 わっしはメルセデス男がケーサツに電話しそうな嫌な予感がしたので30代男に加勢するつもりでモニとふたりで、メルセデス男を大声で非難しました。 (あわてていたのでマヌケなことに英語で叫んじったんだけどな) 隠してもしようがない。 わっしは、その30男を見て、なぜだかきみのことを思い出した。 きみが相変わらずくだらない論拠によった民族差別主義者であることや、すぐになんでもかでも「人種」とかに還元するバカな癖を、わっしは心から愚かしい、と思う。 その限りでは、きみは相変わらずどうしようもないマヌケです。 でもな。 人間が誰かを友達だと感じるのは、それがちょうど人種や民族に拠らないように、まさに同じ理屈で、思想にもよらないもののよーだ。 わっしは、きみがおもわず細部によって見せてしまう恥じらいや、自然なあらわれかたをする善良さが好きであった。 冴えない自分の人生をうまく嘆いてみせられる、その知性が好きであった。 わっしは、この頃、よくきみのことを思い出す。 人間は顔をあわせなくても、驚くべし、かけがえのない友達をつくることが出来るのだ。 ガールフレンドは出来たろうか。 (まあ、きみのクソ女性観では無理だろうが) おかあさまは元気ですか? 日本は不景気なようだが、正義漢ぶりを発揮したりしないで、ちゃんと職業を保持していますか? 元気で。 きみに会えて嬉しかった。 また、いつか会えたら、どんなにいいだろう。

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日本的事業運営

たまには具体的な話をするべ。 ある会社、そうだすな、最近もっとも「終わりが見えている事業」は「雑誌」であるから、出版社、ということにしよう。 P出版では主力3雑誌が足並みを揃えて部数が闇雲に減少しだしたのでサイト事業を始めることにした。 中心になるのは主力3雑誌のなかでもいちばん売れた雑誌Hを創刊させて、スタッフが三人だった頃から人月換算では月20人を越える世帯の規模までひとりでもってきたKである。 会社から見ると予算編成上サイトを「ひとつの雑誌」とみなすのがもっとも破綻がないので「会社が総力をあげる新雑誌」という予算の形が自然に決まります。 実は、ここで、合衆国人ならもう眼を剝くだろうが、日本ではもっとも可能性があるのはそういう予算の組み方であるのは日本の会社に勤めていて、ある程度経営に関与している、あるいは経営側がみえるひとなら納得するでしょう。 スタートから「予算が20億円までならだせるタスクフォース」みたいなことをやると、いきなりこけるからな、この国では。 日本ではコンピュータ系や通信系で合衆国のまねっこでこれをやってみたが、調べてみると全コケですもん。 だから「基幹雑誌扱い」。 ただし、会社としては初めての収益目的のサイトなので、初めの二年は収益なし、でもいいことにした。 経営者側から見ると実はKさんは会社に20億円という利益を与えているので、まあ年間2億円もあれば十分だろうから4億円あそばせてやってもいいさ、と思っているのです。 「えっ? たったの二億円?」というなかれ、出版社なんてのは雑誌を初めは500万円、事業にあてる社員もあちこち兼業で0.5人X6で3人、ちゅうようなやりかたをするんです。これは日本だけではない。 あるいは大陸欧州のように書店の「社員」がひとりでバイトを工面しながらつくったりする。 そういう「手弁当」業種であることを考えれば、これでもロスアンジェルスを攻撃するICBMの発射ボタンを押す中国解放軍幹部くらいの大決心なのです。 いちかばちか。 ばちなら、どこかへとんづらするぜよ。 事業の関連部署は、うーんと、制作局、広告局、販売局、ちゅうところだすな。 アドバイザに情報システム部がつくであろう。 考えなければならないのは 1)客が集まること 2)収益をあげること の2点だろう。 いや、2点、なんですけどね。 ここから、もう日本の会社では問題が発生してミーティングが生じる。 書店まわり、ちゅうのは販売局だからな。 局長が突然ごねはじめる。 そんなあ、じゃあ、販売局の立場はどうなる。 書店さんに、なんて説明するんですか。 サイトの時代だから、もう、あんたらに女を抱かすわけにはいかないよ、っていうの? どぶ板どぶ板でドサ廻りをしてきた、おれたちの苦労を制作局はわかっとるのか。 広告局長は新任で「ITに強い」が売りなので、がぜんやる気があります。 「わたしにまかせてくれればのっけから100社クライアントをとりますよ。バナーでいいんでしょ? PRページもとってね。販売局? 販売局さんには、こういっちゃなんだが泣いてもらうさ」 制作局長は、ミーティングの席でもなんとなく眠たげである。 「いいものつくれば、すべて解決さ。あとは、どうなと、勝手にやってくれろ。 編集長はベテランで筋もいいが目立った業績のないNがいいな」 下っ端の「まとめ掛かり」及び「伝令」として会議に参加しているUくんだけが、やや浮かない顔をしています。 会社が新しい海へでてゆくのは賛成である。 そうじゃないと、なにしろ広告収入の前年比6割減、だからな。 ホミング・ヘとかなんとかいうアメリカの作家もゆっておる。 紙よ、さらば。 … Continue reading

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ブカレストのうどん

自分が育った国から遠く離れて暮らす「外国人」たちは、程度の差はあっても、みな食べ物で苦労する。 わっしはあんまり気にしないほうです。 醤油があまり好きでないのでそうそう日本の食べ物を食べはしないが、そのへんに転がっている「西洋食もどき」でダイジョブ。 モニはだいぶん苦労しているようだ。 他の国にいるときはあんまり食べないステーキをおいしそうに食べたりするときにそれがわかります。 なぜ「普通の食べ物」がこの国にはないのだ、と考えているのでしょう。 外国に住んでいる日本のひとと話をすると、自分でもおかしそうにいろいろな日本人の日本食を食べるための七転八倒ぶりを教えてくれます。 パースナップできんぴらごぼうをつくるひと。 クルマで二百キロを旅して「キューピーマヨネーズ」を買いに行くひと。 カナダや合衆国のマヨネーズは「許せないほど不味い」のだそうである。 亀田製菓の「柿ピー」を段ボールで買うひと。 ポッキーが切れて嵐のなかを決死で買いにいったひと。 豚肉が違うのでとんかつがつくれない。 肉の切り方がいちいち違うので、どれも日本料理につかえない。 なにもそこまで日本にいたときに食べたものにこだわらなくても、と思うが、どうやら日本の食べ物を口にすることが外国に生活するストレスから精神を守ってくれる、という面もあるようです。 自分ではそういうつもりはないが、広尾でも山の家でも、日本の友達はやってくると、 「ひゃあ、ガメの家は一歩なかにはいると外国だね」という。 どうやら無意識のうちに眼の届くところから日本的なものを排除しているようであって、日本のひとにとっての日本食は、そういうことと同じ効果をもっているのかもしれません。 古本屋で買った本のなかに、旅行記があって、そのひとがでくわした奇妙な食べ物の話があった。 ヨーロッパを東へ東へ旅していたそのひとがブカレストの数少ない(日本で言えば)「定食屋」にはいってみると、見慣れない食べ物に混じって「うどん」というメニューがある。 いまなら「うどん」は珍しくもなんともなくて、なにしろ食べ物に関しては気が遠くなるくらい保守的なカタロニア人ですら「うどん」が大好物である。 バルセロナにはちゃんと、すげー繁盛しているうどん屋のチェーンもあります。 他の西洋都市はいうまでもなし。 しかし、この本が書かれたのは90年代で、欧州の、しかもブカレストではまだ日本のうどんなど珍しかったのでしょう。 このひとが面白がって頼んでみると、それはチキン・ブロスにスパゲッティがはいった不思議な食べ物であって、うどんと思えば思えないことはないけれども、なんとも形容しがたい食べ物であった、といいます。 旅行記を書いた女のひとが料理屋のひとと、お互いにつっかえつっかえの英語で話してみると、毎日毎日やってくる日本人の男性がいたのだという。 ある日、意を決したように、「こういうものがつくれないか」と懇願されてつくったのが、その「うどん」なのでした。 つくって出してみると、その日本人は嬉しそうに、歓声さえあげて、あっというまに食べた。それから半年間、ずっとその料理屋に通い続けて「うどん」を毎日食べた。 おおげさだ、とおもうかね? わっしは、この話を読んで、人間というものの愛しさを思った。 そうして、この外国人たちが故郷を求める強い気持ちがわっしが属する社会に対して与えるエネルギーのことを考えました。 外国に暮らす人間は、鯨に似ている。 ときどき「自国」という空気をおもいきり吸い込んでまた外国という水の中に息をひそめて潜ってゆきます。 とっくのむかしに水中生活に適応した鯨は、当然、水の中のほうが快適だが、空気をおもいきり肺にたくわえなければ死んでしまうであろう。 そして、その止揚された生活が鯨を、他の漫然とえら呼吸をして生活する魚類と画然と分け隔てている。 水面に躍り上がって巨大な跳躍を試みたり、遙かな深海にダイブして獲物を追い求めたりするのは実は鯨たちが水の中で呼吸できずに大気を呼吸しているからであると思う。 我々の社会と文化が、外国人、日本人やアフリカ人、あるいは中東人たちによって常に躍動感を獲得してこられたのは、こうした異邦人たちの「内なる緊張」のお陰である。 「ブカレストのうどん」は、最近のように日本食がブームになれば、もういまは存在しないでしょう。 それでも、見た目だけの「うどん」でもいいから食べたかった日本人と、見るに見かねてなんとかつくってやろうと考えたルーマニア人には、考え方も見た目も違う人間同士が一緒に暮らしてゆくための小さなヒントがあるように思えます。 動画はThe … Continue reading

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