Daily Archives: October 24, 2009

静かな部屋

子供の時の記憶なのではっきりしない。 わっしは妹とかーちゃんと3人で奈良へ行った。 東京から車でなくて新幹線で行ったのだと思う。 日本にはむかしからジャパン・レイルウエイ・パスという便利な切符があってグリーン車がどこまで乗っても何回乗ってもごく少額の一定料金ですむ。 妹とわっしはふたりとも鉄道というものが大好きだったので、ストップオーバーで日本にやってくると、かーちゃんにせがんで新幹線で日本中爆走して遊んだものでした。 と、ここまで書いて思い立ったのでサイト http://www.japanrailpass.net/ja/ja003.html を見ると、グリーン車だけでなくて普通車もあるようです。 一週間で37800円だのい。 妹は兄から見ても美人であってあいかわらず男共は妹をデートに誘おうとしては玉砕しておるようだが、およそ14歳くらいごろからは性格がとっても悪くなった。 クリスマスに顔をあわせると、まだ二年しか遅れてない借金を返せ、と無茶な要求をしたりする。 あのお金は、きみの口座にいるよりもわしの口座にいるほうが幸せだとゆっておるのだよ、とゆってきかせても納得しません。 午後、お茶を飲んでいると、ひとの顔をじぃーと見ていて、「おにーちゃんって、男としての重厚さが足りないんじゃない?」などと抜かす。 かように、いまは、まことに憎たらしいが、しかし、当時はチビで可愛かったのです。 新幹線の窓に鼻を豚バナにしてくっつけってビュンビュン後ろに飛んでゆく線路脇の家を必死に眼で追っていたのが昨日のようである。 京都の清水寺に行って、そこから奈良へ行った。 妹が気分が悪くなって寒気がするというので、わっしの着ていたカシミアコートを着せてやったのをおぼえてます。 わっしは、おかげで風邪をひいてしもうた。 奈良ホテルという木造のでっかいホテルに泊まった。 天井が高くてかっちょよかったのをおぼえておる。 あちこち、だいぶんぼろかったけどな。 ああいうやたらに古くてぼろいホテルがかーちゃんの趣味なのを妹もわっしも心得ているので文句は言いません。 次ぎの日の朝、わっしはどこかの寺の丘をのぼっていった。 かーちゃんと妹が一緒だったはずだが、ひとりだったような気もします。 あちこちに小さな建物があって、わっしは、うーむこれは結構シブイな、と考えながら上っていった。 一軒、とりわけシブイ建物があって、そこで坊さんが机に向かって書き物をしておる。 こちらに背を向けて高い窓からさしこんでくる光があたる踏み机に向かっているのです。 なんちゅうシブイ坊さんだべ、と思ってわっしは、その頃もっていることが自慢でしようがなかった小型「スパイカメラ」(多分日本製)で写真を撮った。 構図を工夫して二枚撮ってやっと気付いた。 坊さん、木像やん。 生き写し、というが、生きているとしか見えない座像は実は木で出来たジーチャンだったのです。 ガキなのに、そんなわけねーだろ、とこの話をするといつもゆわれるが、その「鶴のように」痩せたジーチャンが木像だと気がついたとたん、不思議や、わっしの眼には涙があふれてきて、わっしはそこにしばらく立って声を殺して泣いていた。 あのときの感情をいまでもうまくは説明できないのです。 しかし、振り返ってみると、わっしの日本への関心が始まったのは、あの瞬間からだったような気がする。 あの木像はいったい何世紀のあいだ、あの暗い静かな部屋に、ただひとりで座ってこの無惨な世界に耐えてきたのだろう。 筆をにぎりしめた手は、なにを書こうとしているのだろう。 あの耳には、どれだけの叫び声が聞こえたことだろう。 わっしは、その木で出来た坊さんの部屋の「静かさ」にショックを受けて雪が降り出した丘を下を向いて歩いて帰ってきた。 黒々と鎮まりかえる奈良の寺は、もとは中国風に朱色に塗られて陽光に誇らしげに輝いていたというが、それを修復した鎌倉武士たちはすでにそういう「晴れ晴れしさ」を好まなかった。 日本の文化が「沈黙」という自らの文化の核をもった初めであると思います。

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