Monthly Archives: November 2009

野蛮

日本の性犯罪について調べていると、剛胆勇猛をもって鳴るわっしでも怖くなってシクシク泣きたくなるような記事にぶつかることがある。 わっしは渡辺綱ちゃうからな、人知を越えた鬼に会うとこえーでよ。 曾野綾子、という小説家のおばちゃんだそーだがな。産経新聞のオピニオンというコラムに書いてるよーだ。 産経新聞、っちゅうのは、(日本のひとに日本の新聞について説明するというのもヘンなもんだが)つぶれかかったときに「なんでもかんでも朝日新聞と反対のことをする」という紙面編集方針を採用して、それが大当たりに当たって営業が回復した結果社是となり、朝日のほうが硬直左翼ぽくくるくるパーになるにつれて紙面まで一見まともに見えるようになった、という数奇な運命の新聞である。 こーゆー記事なんだす。 「 警察が、夜11時以降の講演の立ち入りを禁止するという条例を作ろうとしたら、それは「憲法に違反する」と若者からの突き上げたあった、という。  警察は「憲法に違反しません」と言う。警察がこういう防止策を講じようとしたのは、もちろん最近残酷な犯罪が起きているからだろう。  もちろん決定的に悪いのは犯人だが、被害者の遺族の気持ちを考慮せずに言えば、最近の日本人は、用心するということをしない。大学生がアルバイト先から、暗くて自分でも気味が悪いと思うような夜道を歩いて帰る、ということが本来は常識外なのである。  アラブの保守的な国なら、娘たちは、毎朝父か兄かに送り迎えをされて登校する。1人で外出したり、外国へ旅行したりすることは、考えられない。欧米の国でも夜道を1人で女性が歩いたりすることは非常識な行動だと、なぜ日本では教えないのだろう。  今でも忘れられないのは、いわゆる「基地の町」の駐車場で、夜半過ぎに1人で歩いていた女性が米兵に襲われて殺された事件である。  もちろん襲った米兵が悪いのだが、午前1時過ぎに基地の近くを1人で出歩く女性は、性的商売をしていると思われても仕方がない。それは日本以外のほとんどどこの国でも示される反応だ。  基本的な行動の自由と、自衛の手段を講ずることとは、全く別の次元である。というか、行動の自由を口にするなら、十分すぎるほどの用心や、世界的常識を学ぶことができなくてはならない。  ヨーロッパ在住の日本人が驚いているのは、日本の女子校が、どうして制服にあんな短いスカート丈を許すのか、ということである。あれでは男たちに手を出してください、といわんばかりですね、と彼らは言う。  先日パリのデパートをのぞいたら、果たして最新ファッションが並んでいた。しかし町行く人たちは、保守的で質素な服装ばかりで、私はすこしがっかりしたのだが、  「午前中から最新ファッションの人なんかで歩きません。そういう人は夜遅くです」  「ほんとうに最新流行を着こなすお金持ち階級は、車に乗って移動するんです」 という2つの返事で納得させられたのである。  太ももの線丸出しの服を着て性犯罪に遭ったと言うのは、女性の側にも責任がある、と言うべきだろう。なぜならその服装は、結果を期待しているからだ。性犯罪は、男性の暴力によるものが断然多いが、「男女同責任だ」と言えるケースがあると認めるのも、ほんとうの男女同権だ。  親の庇護の下、学校の責任下にある間は、両者とも外出時間やスカートの長さに口を出し、常識を教えて当然だ。それが嫌なら、経済的に自立した上で、どんな結果も覚悟のうえでしなさい、と私なら言いそうである。」 「欧米の国でも夜道を1人で女性が歩いたりすることは非常識な行動だと、なぜ日本では教えないのだろう」っていうが、「欧米」とかって味噌もクソも一緒 (欧州が味噌ですのい(^^) ねんのためにいうと) の言い方すんなよな、とゆーことは別にしても、第一、そんなのウソじゃん。 ビレッジでは夜中にいっぱい女のひとひとりで歩いてるぞ。 第一、「路上で襲われる」のはカップルのほうが多いのは常識だべ。 欧州でも合衆国でもクルマ社会のまちでは「歩いている人」というのは惨めな感じなので、ひとりで歩きたくないだけです。犯罪にもよく遇うがそれは歩行者っちゅうか「バスに乗る人」というのが社会的な弱者なのでそーゆーことが好きなバカから見ると襲いやすい、というただそれだけである。 ロンドンとかパリとかで金持ち襲うとただじゃすまねーからな。 言い方を変えると、夜中に1人で女性が歩いたりするのは場所によってはヘンだが、しかしそうしないひとが多いのは特に性犯罪の被害者になるのを避けるためだけに1人で歩かない、のではない。 かんけーねーよ。 西洋社会がもともと「カップル社会」であって、家の外に出てなにかをする、というときは伝統的にはカップルでなにかをする、ということになっているからにしか過ぎないのです。 そんなことすら知らん、というのでは、ちみは「欧米」の常識に著しくかけているとゆわねばならん。 別に性犯罪と関係なくても、「欧米」では「女がひとりで何かをする」というのは場によってはヘンだからなるべくやらん。 日本で女が男湯にはいらないのと同じことです。 別に「男湯に行ったら強姦されちゃうから」ではないのです。 ついでに妙なことにダシに使われた国の人間としてゆわしてもらうと「男がひとりでなにかをする」というのも同じくらい場によってヘンであって、たえばある程度はまともなレストランにひとりで食事にやってくる男、というのは「非常識な行動」だと、なぜ日本では教えないのだろう(このショーセツカのまね)。 「いわゆる「基地の町」の駐車場で、夜半過ぎに1人で歩いていた女性が米兵に襲われて殺された事件である。 午前1時過ぎに基地の近くを1人で出歩く女性は、性的商売をしていると思われても仕方がない。それは日本以外のほとんどどこの国でも示される反応だ」 に至って、わっしは真剣にこわくなってシクシク泣きたくなってきた。 恐怖のあまりクソババア、ケツの穴から手え突っ込んで奥歯ガタガタゆわしたろうか、と考えたが、わっしは育ちが良いことでもあり、ひとに訊いてみると、この小説家のひとは高齢でもあるようなので、奥歯が外れたりすると気の毒である。あきらめます。 でもな。 なんじゃ、これは。 日本では男どものなかに、「男に部屋で強姦される女は部屋にはいった時点で強姦されるのを予期していたことになる」というオオバカタレを通り越してチ○チンをチョンの刑、 … Continue reading

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結婚生活

「奥さん」というのは不思議なものであって、いったん結婚したとなると、なんだか生まれてからいつも一緒にいたような気がする。 このひとと一緒でなくて自分はどうやって暮らしていたのだろうと考えて思い出そうとしてもどうしても思い出せないのです。 新しく箱から出して履いてみたハイヒールが足にあわなくて痛いとゆって裸足になって外苑前の銀杏並木を裸足で歩いてゆくモニ。 なんだか現実とは思えないくらいぐらい美人であるモニさんを見上げて(モニさん、180センチともうちょっとあるからな)道ゆくひとたちが、ぶっくらこいてます。 またゆっちったが、でも、だってモニさんは圧倒的に美人だからな。 そこがちょっとやりにくいかなあーと若い人間の浅薄さで考えたこともないとはゆえぬが杞憂であった。 どこの国のどんな街に行っても周りのひとが男も女もこっちをじいーと見ているというぐらいのことで慣れればたいしたことはない。(ほんとだもん) 居直って、もっと言い募ると、妹というひとは妹というひとで、わっしの国では「大変な美人」ということになっているので、わっしは、「皆がこっちを観ておる」という事態には慣れてもいるのだす。 もっともっと言い募ると、かーちゃんもかーちゃんシスターも美人だからのい。 そんなものがほんとうにあるかどうか知らんが、わっしの家系は「美人家系」なんだす、多分。 わっしの家族の世界の北の果てにある家の居間の巨大な暖炉の上にはひいひいひいひいひいバーちゃんのこれもまた巨大な肖像画が飾ってあるが、このひいひいひいひいひいバーちゃんも、はっきしゆって「修正したんじゃね?」とゆーくらい美人である。 寝室でストリッパーのまねをしてふざけるモニ。 わっしのギターにあわせて、エーゴの歌を高い声で歌うモニ。 (yesterday I cried….) 箱根のホテルの食堂で撮った写真は、誰が見ても女神のようである。 ベッドでふたりで並んでわっしがつくった朝食を食べる。 ベーコンとワッフルとポーチドエッグx2とコーヒーと連合王国式に薄く切ったトーストだぜ。 チベットのニュースを観て、涙を浮かべて、ガメ、行こう、一緒に行って、チベット人のために叫んで一緒につかまってジェイルに行こう、とゆっていたと思ったら泣きじゃくっているモニ。 マヤンのデザインのでっかい耳飾りを揺らせながらマティニを飲むパーティの席のモニ。 モニばかり見つめて暮らしているが、いくら見つめていても、一緒にベッドに行っていちゃいちゃもんもんしていても、いつまでも現実感のない結婚ともゆえるな。 結婚する前は、もしかするとわっしのほうが賢かったりするかなあー、と実はわしは思っておった。 だって、(諸君は信じてはくれぬであろうが)母国及び旧母国ではわっしは「とてもカシコイひと」とゆうことになっているからです。 しかし結婚してみたら、わっしの「知恵」などはモグラの叡知のようなものであるとわかった。 モニさんと較べると肝腎な「真剣さ」というところで全然ふかみが違うのです。 言い訳じみるが、どうもこの「真剣の深さの違い」というのは、男と女の違いから来るもののよーだ。 モニさんの「愛している」に較べるとわっしの「愛しておる」は、まことに迫力に欠ける、とゆわざるをえません。 女のひとは自分を投企するということにかけては天才であると思う。 全存在を賭けて迫ってくる。 初めはおもいつきで「愛してるかなあー」とかで関係に踏み出したわっしの哲学などは一挙に駆逐されてしまうのです。 結婚は、もともとは社会の要請による言わば「便宜」だったが、しかし、怪我の功名、というべきか、本然的には、道端でばったりあった豪勢に綺麗なねーちゃんと「ちょっとそこの路地で押し倒してもよいでしょうか?」という傾向がありげな、男どもを縛り上げることによって一種表現し難い哀切な世界をつくりあげた。 性的な対象をひとつに無理矢理しぼりあげることで、恋愛よりもすごい関係をつくりあげた。 「ケッコン」しちった、わっしは、したが、とっても幸せ、なんです。 モニのいるベッドは良い匂いがする。 寝ぼけてモニの脇の下に顔をくっつけると、ますます良い匂いがするので、わっしは良い匂いで満ちた夢を見る。 やわらかくて、しなっていて、すべすべで、顔をくっちけていると、それだけでもう、圧倒的な、ツナミな、幸福感が押し寄せてくる。 結婚っちゅうのは、人生最大の不思議であるよーです。 (モニさん、ちゅっ。)

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結婚生活

「奥さん」というのは不思議なものであって、いったん結婚したとなると、なんだか生まれてからいつも一緒にいたような気がする。 このひとと一緒でなくて自分はどうやって暮らしていたのだろうと考えて思い出そうとしてもどうしても思い出せないのです。 新しく箱から出して履いてみたハイヒールが足にあわなくて痛いとゆって裸足になって外苑前の銀杏並木を裸足で歩いてゆくモニ。 なんだか現実とは思えないくらいぐらい美人であるモニさんを見上げて(モニさん、180センチともうちょっとあるからな)道ゆくひとたちが、ぶっくらこいてます。 またゆっちったが、でも、だってモニさんは圧倒的に美人だからな。 そこがちょっとやりにくいかなあーと若い人間の浅薄さで考えたこともないとはゆえぬが杞憂であった。 どこの国のどんな街に行っても周りのひとが男も女もこっちをじいーと見ているというぐらいのことで慣れればたいしたことはない。(ほんとだもん) 居直って、もっと言い募ると、妹というひとは妹というひとで、わっしの国では「大変な美人」ということになっているので、わっしは、「皆がこっちを観ておる」という事態には慣れてもいるのだす。 もっともっと言い募ると、かーちゃんもかーちゃんシスターも美人だからのい。 そんなものがほんとうにあるかどうか知らんが、わっしの家系は「美人家系」なんだす、多分。 わっしの家族の世界の北の果てにある家の居間の巨大な暖炉の上にはひいひいひいひいひいバーちゃんのこれもまた巨大な肖像画が飾ってあるが、このひいひいひいひいひいバーちゃんも、はっきしゆって「修正したんじゃね?」とゆーくらい美人である。 寝室でストリッパーのまねをしてふざけるモニ。 わっしのギターにあわせて、エーゴの歌を高い声で歌うモニ。 (yesterday I cried….) 箱根のホテルの食堂で撮った写真は、誰が見ても女神のようである。 ベッドでふたりで並んでわっしがつくった朝食を食べる。 ベーコンとワッフルとポーチドエッグx2とコーヒーと連合王国式に薄く切ったトーストだぜ。 チベットのニュースを観て、涙を浮かべて、ガメ、行こう、一緒に行って、チベット人のために叫んで一緒につかまってジェイルに行こう、とゆっていたと思ったら泣きじゃくっているモニ。 マヤンのデザインのでっかい耳飾りを揺らせながらマティニを飲むパーティの席のモニ。 モニばかり見つめて暮らしているが、いくら見つめていても、一緒にベッドに行っていちゃいちゃもんもんしていても、いつまでも現実感のない結婚ともゆえるな。 結婚する前は、もしかするとわっしのほうが賢かったりするかなあー、と実はわしは思っておった。 だって、(諸君は信じてはくれぬであろうが)母国及び旧母国ではわっしは「とてもカシコイひと」とゆうことになっているからです。 しかし結婚してみたら、わっしの「知恵」などはモグラの叡知のようなものであるとわかった。 モニさんと較べると肝腎な「真剣さ」というところで全然ふかみが違うのです。 言い訳じみるが、どうもこの「真剣の深さの違い」というのは、男と女の違いから来るもののよーだ。 モニさんの「愛している」に較べるとわっしの「愛しておる」は、まことに迫力に欠ける、とゆわざるをえません。 女のひとは自分を投企するということにかけては天才であると思う。 全存在を賭けて迫ってくる。 初めはおもいつきで「愛してるかなあー」とかで関係に踏み出したわっしの哲学などは一挙に駆逐されてしまうのです。 結婚は、もともとは社会の要請による言わば「便宜」だったが、しかし、怪我の功名、というべきか、本然的には、道端でばったりあった豪勢に綺麗なねーちゃんと「ちょっとそこの路地で押し倒してもよいでしょうか?」という傾向がありげな、男どもを縛り上げることによって一種表現し難い哀切な世界をつくりあげた。 性的な対象をひとつに無理矢理しぼりあげることで、恋愛よりもすごい関係をつくりあげた。 「ケッコン」しちった、わっしは、したが、とっても幸せ、なんです。 モニのいるベッドは良い匂いがする。 寝ぼけてモニの脇の下に顔をくっつけると、ますます良い匂いがするので、わっしは良い匂いで満ちた夢を見る。 やわらかくて、しなっていて、すべすべで、顔をくっちけていると、それだけでもう、圧倒的な、ツナミな、幸福感が押し寄せてくる。 結婚っちゅうのは、人生最大の不思議であるよーです。 (モニさん、ちゅっ。)

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四式重爆「飛龍」

Mさんは工業専門学校(いまの工業大学)を出て、三菱で擬装担当技師として働いていた。昭和20年のことです。 新型の四式重爆の後部銃手の死亡率が高すぎるので電動式の自動に変えろ、という軍の要望だったそうである。 Mさんたちは、試作機をつくってみたものの制御性が悪く飛行隊員の評判が悪かった。 自分たちのつくった電動式機銃(陸軍の呼称では機関砲)が動かずに撃墜される四式爆撃機の姿を考えるといたたまれない気持ちになったMさんと同僚は空襲下浜松から宮崎まで実地検分に出かけたという。 ついたばかりの夜、沖縄から戦隊が帰還する、というのでMさんたちは飛行場で早速待機することにした。 何時間かを待つうちに爆音が低く聞こえ始めて爆撃機たちが帰投してくる。 「たち」とゆったが、ほんとうは戻ってきたのはたった一機です。エンジンから夜目にもわかる煙を曳きながら、しかし模範的な着陸姿勢で滑走路に着陸した四式に向かってMさんたちは全速力で駆けていった。 「機関砲はよう動きよりましたか。」 Mさんは叫びかけながら駆け上った。 「そこで私が見たものを私はその後一生忘れられなかった」とMさんは自費出版の本のなかで書いています。 息をのむMさんたちの目の前にあったのは、滅茶苦茶に破壊されたガラスのない風防の下で血まみれになって、しかももうとっくのむかしに冷たくなっている正副操縦士の遺体であった。 やがて救護の兵隊が胴体を捜索すると全員が合衆国軍機の機銃弾に撃ち抜かれて絶命していたという。 魂魄が操縦して戻ってきた四式の電気擬装を調べながらMさんと同僚は嗚咽がとまらなかったと言います。 四式重爆撃機飛龍は、わっしが最も好きな日本の軍用機である。 日本人たちは戦争を始めてみたものの、近代戦争のそのあまりの過酷さに震撼した。 第一次世界大戦に正面から参加しなかった日本人には兵器と人員のすさまじい消耗を空想すらすることが出来なかった。 防弾装備のない戦闘機や爆撃機は連合軍自らの侮りが生んだ日本の不意打ちに恐慌状態にあった開戦百日ですら情け容赦なく次々に失われていった。 四式重爆は、いわばやっと米国や英国あるいは独軍と同じ「近代戦」へに認識に立った日本人がつくった初めての爆撃機であったのでした。 主要諸元の数字だけを見ると凡庸な中型双発爆撃機にしかすぎない「飛龍」はしかし記録をよく読むと、実際には高速でタフ、しかも連合軍の戦闘機に追われながらでも基地に帰投しうる機動性をもった爆撃機であったのがわかります。 なにしろ有明海の上空で垂直旋回した飛龍まであったという。 (ちょっと、わっしには信じがたいが、飛龍の日本機らしからぬ機体強度を知ると信じてもいいような気がするときもあります) Mさんは、その後、合衆国の「飛行機製造禁止命令」を見て失望して技師をやめ三菱重工も退職してしまう。 思うところがあったのでしょう、二三年親元にいたあとで技術屋であることをやめて地元の企業に事務職として就職して戦後を生きる。 Mさんの「自分史」は正直に言えば読み進めてゆくのがやや辛いほど平板なものですが、 冒頭の基地での経験もそうですが、誰の、どんな人生もそうであるように、読む方が歯をくいしばって読まないと読めない箇所がところどころある。 1960年代のある日、Mさんは、故郷の町から子供と奥さんとを連れて東京に出かけます。奥さんが「君の名は」に夢中になった結果、何年ものあいだ「東京に行ってみたい」とせっつかれてやむをえず出かけたもののよーである(^^) 新大阪に出て、新幹線のホームに立ったMさんの記述をわっしは、どうしてもうまくいえないが、一瞬だけ時を旅して青春に立ち戻ったひとのものとして読んだ。 ニュースですでに見ていた新幹線がホームに入ってきたとき、しかし、Mさんはそのとき初めて「あっ、『飛龍』だ」と思うのです。 そのとき初めてMさんは自分がどれほど「飛龍」という飛行機を愛していたか、兵器と技術屋という関係を越えて、自分の人生のすべてを賭けていたか、理解したのだという。 「戦後の私は、ただの抜け殻であった、という現実を目の前にして、私は狼狽した」とMさんは言う。 でも、技術屋としては、もしかすると幸福だったのではないか、とMさんは書いています。 四式重爆撃機「飛龍」キ67 全幅: 22.5 m 全長: 18.7 m 主翼面積: 65.0 … Continue reading

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人柱世代

20代から30代前半の日本人の友達と話していると、胸をつかれるような気持ちになることがある。なんだかこの国がうまくいかないことを十分知っていて、なんとか静かにそれを受け止めよう、とするところがあるからです。 「いま、おれたちが払ってる年金って団塊のひとたちのためだから」とYさんはニコニコしながらゆいます。 「おれたちが、あのひとたちの年齢になったときに年金がもらえると思ってるやつなんていないんだけど。ほら、結局、父親たちに使ってもらうんだと思ってるんだよ」 だから年金制度があと20年くらいは保って欲しい、と言う。 わっしは日本のひとはなんて日本人なんだろう、と理屈にもならないことを考えて呆然としてしまいます。 カネかえせ、アホー、と叫んで石をぶんなげたりしねーんだな。 静かに静かに亡びてゆこうとしているよーだ。 ガメは今度はもうしばらく戻らないかも知れないから、という理由で、一緒に酒を飲みに行った晩に、わっしはショックを受けてしまった。 たまたまであるかもしれないが、そこに居合わせた6人のひとがみな小学校の同級生に自殺者がいる、ということがわかったからです。 司法試験に落ちて自殺したひと。 指導教官に裏切られた、と考えて死んだひと。 友達がいないことに耐えられない、と遺書を書いて残したひと。 理由を言わずに、もう耐えていけない、と留守番電話に吹き込んで、そのまま死んでしまったひと。 しかも、そこにいた全員が自分でも「死んでもいいな」と思ったことがある、というので、モニなどは真剣に恐怖を感じたようでした。 いやな言葉を使っていうと言わば「通りすがり」であるわっしが言うまでもなく、この国ほど「自殺」という現実から脱出するオプションが身近である国は他にない。これほど「死」がいつも寄り添うようにそばにいるひとたちの集団も、わっしは見たことがないっす。 どうも「生命を大切にしない文化」というような通り一遍の理屈だけでは割り切れないようです。 「絶望」というのは希望があんまりあったためしがない人間の歴史のなかで繰り返し使われてすりきれてカビが生えてしまった言葉だが、わっしはいま日本の30代以下のひとを捕らえている気持ちは、ほんとうの意味での「絶望」なのだと感じます。 日本の「オトナ」たちは本質を見ない、あるいは実相を見ない、という根深い習慣をもっていたと思う。 60年代から70年代の学生運動はいろいろに美化されているが、わっしにはそのやりきれない一種の「軽薄さ」が眼について、結局、運動全体が件の「本質を見ない、実相を見ない」で、ただ声のボリュームをあげて集団で興奮して騒ぎまくっただけのものにしか見えなかった。昨日までヘルメットをかぶり、今日は明日の就職のために理容店に行ける人間というのは本人がいかに言い募ったところで、やはりただの軽薄人であるというほかない。 この軽薄人たちは、企業のひととなったあとも同じ事を繰り返していたのであって、本質と決して向き合わず、実相からは顔を背けた。 そーゆー人間が必ずやることが責任放棄だが、そのとおり彼等は「先延ばし」というやりかたで責任を時間の向こうに押しのけてしまった。 その膨大なツケを支払うのは、無責任世代の息子や娘たちから下の世代で、彼等は、わっしから見ると、もう修繕のしようもなくなるまで放置されたいまにも崩れそうなボロ家を借金すべてを引き受けるかわりにあてがわれたようなものです。 しかも、彼等の社会の指針を決定する政府のトップは、皮肉なことに、いまでも他でもない「無責任世代」のひとたちである。 前にこのブログの記事でなぜ自殺するひとが多いか考えようとしたが、うまく考えられなかった。ひょっとすると、その理由は、この国で自殺するひとたちのことをシステムの面から考えようとしすぎたからかもしれません。 無茶苦茶なことをいうと、個々のひとの立場に立って事態を見ると、あるいは当然の選択に見えるのかもしれない、と考えました。 もっというと、たとえば両親がいる、という理由で「死ねない」ひともいるに違いない。 先週、スカイプのチャットにSさんが突然書き込みを始めた。 「電車に乗ってるんだ」「もうすぐ横浜」という。 わっしは、珍しくも仕事の資料に目を通していたので、 「Sさん、久しぶりだのい。いまちょっと仕事してるからあとで電話してけろ」と書いた。 ところが全然強引な性格でない、どころか、いつも温和しすぎる引っ込み思案のSさんが、わしの言うことにはお構いなしにチャットを送りつけてくる。 「いま、どこ?」 山の家だよん。 「おれはちょっと上野で飲んだ。ひとりで、飲んだんだ」 Sさん、よっぱらってんだろおー。仕事してるから後で、ってゆーてるやん。 ところが、そこからSさんはただ一方的にチャットを送りつけだした。 「いや、酔っ払ってない。ちょっと、だもん」 「Dって焼き肉屋に行ったんだ。脂身がうまかった」 「前に打ち合わせで行ったことがあるんだよ」 「ガールフレンドとも行ったことがあったな。別れちゃったけど」 … Continue reading

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Made in Japan

モニが起きてきたので、「プロミスすべ」とゆって、小指を出してみたら「ガメ、なにやってんだ?」とゆわれた。フランス人は、やらんよーだ。 ゆびきり、ないみたい。 なにをしているかというとkochasaengさんのコメントを読んですっかり気になりだしたんだす。 ゆびきりは国際化しているのか否か。 そうなると我慢が出来んので絶交中の妹に電話して訊いてみると、ぬわんと、かーちゃんシスターと義理叔父家経由でわしの家にはいっているだけで、他のひとはやらねーのだそーだ。だってデブPもやってたやん、とゆってみたが、Pさんがやるかどうかはわからないけど、やるとしたらアニメ経由でしょ、とゆわれた。 いつかノースランドで目撃したガキふたりもマンガかアニメなのか。 がーん。 じゃんけんはアメリカ人はやる。ニュージーランド人もやる。でも、思い出してみると「あいこ」がないのお。 ふーん。 フランス人は変態みたいなじゃんけんをやるが、どーゆー由来か、とかブログのためになんか訊いたりするとモニは怒るので、きかれません。 最近、わっしが日本語ブログを書くのがまた気に入らんよーだ。 日本や日本語に関わりすぎ、と思っているよーです。 こそこそやってフランスの話題を避けるにしくはなし。 閑話休題。 わっしはボオーっとして暮らしておるので他にも日本のひとがやることを知らずにやっているだろうか、と考えてみたが、よーわからん。 日本にいて普通にやることでニュージーランドでは全然やらないこともいくつもあるが、あらためて考えてみると、なかなか思い出せません。 自動販売機で飲み物を買う、っちゅうのは、日本ではやる(わっしは水をよく買うだ)がニュージーランドではやらないが、こうやって考えてみると、多分、ニュージーランドの自動販売機は少なくともむかしはよく金を吸い込んだまま知らん顔ですましておったからで、多分、そのせいです。お金、返してくんねーんだもん。 自然と自動販売機を募金箱とみなすようになったのだな。 うーんと、なにかないだろーか。 そーだ、これは日本のひとでも経験があるひとがたくさんいると思うが、日本にいた後に自分の国に戻るとタクシーを止めてドアが開くのを待っていてアホだと思われることがある。そんでもって日本にまたやってきたときには今度はドアを手で開けようとして、自動で開いたドアに不意をつかれてのけぞったりします。 マンハッタンでどうしても一方のドアからふたりとも出ようとするのも同じビョーキですのい。 東京でレストランで昼ご飯を食べてテーブルで払おうとする。 でも、これはどんどんそれでも良いことになってゆくようで、目に見える感じで変わってきてますの。合衆国人は、しかし、そーなると、どーしてもチップを払わないと落ち着かない、というひとがおるんだす。 テキサス人のWなどは、店のひとに「日本ではチップの習慣がないのはわかっているけど、申し訳ないけど払わせてくれ」とゆって店にわびをいれながらチップを払っておった(^^) ニュージーランドはもともと「安い料理屋」ではテーブルで払わん。 そ、東京はニュージーランドとたまたま同じスタイルになりつつあるのかもしれねーんだす。 コンビニは合衆国の出身だと思うが、オーストラリアやニュージーランドでは「日本からきたもの」です。オーストラリアは、セブンイレブン、あるしな。セブンイレブンのガソリンスタンドもあります。オーストラリアのほーが、勝ってるんだぞ。すごいでしょ。 すごくないか。あのセブンイレブン、日本のセブンイレブンだからな。 食べ物屋は、みなさんも知っているように露骨に「日本から来たんだぜ」な食べ物がいっぱいある。スシ。 鮨屋、すげー数だからな。 「松竹」とか「龍王」とかビミョーな名前や「吉野や」とかゆってんのは、たいてい韓国のひとや中国のひとの経営である。 特に日本の諸君の肩をもとうと思っているわけではないが、そーゆー店にはいると、すげーまずいっす。日本料理屋も同じ。 クライストチャーチでいっちゃん有名な高級日本料理屋はもともと日本人のだんちゃんとマレーシア人の奥さんがやっていたそーだが、だんちゃんはあえなく追い出された。 それからはマレーシアのおばちゃんがやっておるのだそーだ。 義理叔父のお友達は、ここでテイクアウェイのおにぎりを頼んだら、タイ米で握ってあったとゆって死んでました。やってみるとわかるが、なまなかな力ではタイ米をおにぎりにはできまへん。義理叔父友達が店に文句をゆいにいかなかったわけである。 シェフは万力男に決まってるからな。 バルセロナでは街でも高級な「アジアン・フュージョン・レストラン」で「マキズシ」を頼んだら、東京のスーパーで一本百円で売っているのとそっくりな焼き鳥が出てきた。 「これ、巻き寿司ですか?」と訊くと、蝶ネクタイと古式に則ったウエイターの制服で決めたおっちゃんが「そーです」とゆって重々しくうなづくのであった。 いろいろ誤解があるよーだ。 サンフランシスコ空港で新しく開いたそば屋に義理叔父とふたりで行った。 … Continue reading

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コメントへの、ご返信どす

コメント欄に返信すんべ、と思ってふと見ると、いっぱいたまってます。 これで個々にご返信を書くと全部ひとりでコメント欄を独占して「ひとりコメント」になって異様なので、記事欄のほうに書かせてください。すまん。 kochasaengさん、 >水素が勝手に燃えちゃうんだが、他の金属ではそうはいかない。 そーゆー言い方も出来ますが触媒自体はボケーとしてそこにあるだけでなんもしとらん、ともゆえますな(^^) >「ガメ・オベール氏というフランス人」 いやきっとそのひと、ちゃんと読んでくれてるんですよ。あの自分でも何か書いたんだか、いまではジャングルになって訳わからんブログを全部読むわけにはいかないので、部分的に読んでくれたのでしょうが、そうすっと、 「ガメ・オベール」が「gameover」なのと一緒にGamay Auberであって亀夫 大庭(おおば)でもあることを発見したんでしょう。でもってGamay Auberだとフランス人だすわな。おまえはブドーか、こら、とゆわれそうだが。 >で、過去のログ全部読みました うそ。そんな修験道の荒行みたいなことをすると思わず解脱してしまうんではないでしょうか。ブログ記事を読んで解脱しちゃったひとに来られてもお釈迦様は困るのではなかろーか。 >おれはインターネットを始めて12年かそこら っちゅうと、「あー、ネットスケープのダウンロードにかかんべかなあー」とゆって寝て、ぐっすり眠って起きて、朝コンピュータを覗いて、「おー、もう半分ダウンロードされとる」パチパチパチの頃だすな。なつかすい。 わっしの黄金のガキ時代だっちゃ。もうその頃はヒネガキっすけどね。冬のクソ寒い牧場の家の台所でパンプキン・スープを温めながら「ビーン、ビカーン、ピー」をしておったころだな。うーむ。郷愁がありますのい。 >俺には主張したいこと、ないです。 わしにもねーだす。 >俺の言うことはこのブログの本筋とはカンケーないわけです。 このブログの「本筋」って、ほんとうはPCゲームなんですけどね(^^;) ゲームブログなんだぞ、これ。 >そんなものを読まされるひとはたまったもんじゃないだろう うんにゃ、わしは、おもしれーだす。飽きるまででいいから書いてくだされ。 >ガメ・オベールさんは本当は小学生かもしれず、じつはウチの近所のソバ屋の主人かもしれない。 ほんとうはジョン・タイターそのひとだったりして。 まっ、仰るとおりですが、ずうっと読まれるとわかりますが、初めのほうででっちあげようとしたぶんは全部ばれて、いまはもうメンドクサイから、そのまんま書いてます。 現実生活でブログに書かれると差し障りのあるひとのことを書くときとかにビミョーに話を誤魔化してるくらいっすかね。 わっしの生活は他人から見るとリアリティがないらしいが、それが現実なんだから仕方がねーだろ、信じたくなければ信じないでね、とゆーふーに居直っておる。 いまは日本に滞在中ですが、もうすぐ本拠地に移動してまた「通常の生活」に戻るので、 ますます信じがたい生活になりますが、他人が信じやすい設定にするのはメンドクサイのがわかったのでやめちったんです。素のまんまでゆくべ。 >バーチャルなともだちってのが初めて さんきゅ、どす。 >それなのにリアルな友達に言わないようなことを話してる。 ますますサンキュどす。 >われわれは君子なんかじゃない。 わしは君子だもん。(キミコ、じゃないんだお) >遠く離れた場所から同じ一つの月を見て「ドルゴルスレン・ダグワドルジ」って呪文を唱えてもいいんだが、 あっ、いいなあ、それ。 ドルゴルスレン・ダグワドルジの友達。いいだすなあ。 月見る楽しみが増えるな。 >マジメかフマジメは他者がきめること … Continue reading

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