Daily Archives: December 14, 2009

アジア化する日本

もともとアジアにある国を「アジア化しつつある」というのはヘンです。 スペインは欧州化しつつある、とゆったらスペイン人は怒るであろう。 でもな、わっしは日本のことを思い浮かべるとき、「日本はアジア化しつつある」と、どうしても考えてしまうのです。 わっしが日本についてもともとどう考えていたかというと、初めは「ちょっと西洋っぽいところがあるアジアのなかでは特殊な国」であった。 ほんとうは日本語の「アジア」という言葉はわしらの言葉では「東アジア」なので、「東の方のアジアのなかでは」と考えていたのだが、それは単純に翻訳の問題でせう。 子供の時はかーちゃんが「今年はシンガポール経由ではなくて東京経由で南に行きます」というと、わっしは「いえーい」であって、なぜ「いえーい」であったかというと、わっしのアタマのなかでは「日本」はそのまんま「ハイテク」の国だったからである。 やけくそみたいにちっこい携帯電話やTGVと違って五分に一回出ている新幹線、INS回線がくっついている公衆電話、むちゃんこ速いコンピュータ、そーゆーものがわっしの「日本」でした。 お台場の風景とかな。 でーすきだったんです。 「シンガポールのひとはマジメだが、すぐウソをつく」と子供のときはおもっておった。 台北のひとも同じだと感じていた。 シンガポールで住宅地のなかにあるレストラン、というような探しにくい場所へタクシーでゆくと、中国系の運転手は適当にちょろちょろっと近所をまわって、「あっ、この辺です。ここだと思う」とゆっておろしたがあるひとが多かった。 たまたまかもしれないがマレー系のひとが、あくまで目的地のレストランを探してくるまを駐めて近所のひとに訊いてくれたりしてがんばってくれるのに較べて、チューゴクのひとは、やることがえーかげんだなーと考えた。 むかしは西洋社会と他の世界のおおきな違いは「セキュリティ」の考えであって、かーちゃんはホテルをチェックアウトするとき必ず予約のときにインプリントしたクレジットカードの紙を目の前で破り捨てさせたが、アジアのホテルでは、これをしつこくゆわないとやってくれない。 そのうちアジアのホテルでも普通にやるようになって、いまではシュレッダーを初めからおいてあるホテルが多くなった。 ある年、場所は不便だがたまにはシャングリ・ラに泊まるかということになって、あの広大な敷地にあるホテルに泊まった。 チェックアウトのときに、かーちゃんがインプリントを破棄するようにいうと、 レセプションのにーちゃんがニコニコしながら「シンガポールでは法律で破棄しないことになっています。第一、世界中でそんなことをするホテルなんてありませんよ」というので、かーちゃんに叱責される、ということがあった。 かーちゃんはテキトーなことをゆって、その場を繕う人間、というのが大嫌いだからな。 そーゆーとき、かーちゃんはもちろんとげとげしいものの言い方をしたりはしないが、 かーちゃんの「無言の怒り」というのは、どんなひとでも呼吸ができなくなる体のものなので、にーちゃんは結局あわてて破り捨てることになったが、口にはださないものの、かーちゃんが「シンガポール人もダメになった」と考えているのは子供の妹とわしには手に取るようによくわかりました。 これも口に出しては言わないが、かーちゃんはマジメなひとが好きなので、日本のひとの「愚直さ」が好きであったようだ。 うまくゆえないが、なんでも、「心がこもった」感じのするやりかたをするひとを見ると、「おまえたちは、ああいう人間を見習わなくてはならぬ」と妹とわっしによく言い聞かせた。 わっしもかーちゃんの思想を受け継いで、日本人の「陰ひなたのないところ」や「骨惜しみしない」ところ、生真面目なところが好きであった。 わっしは今度日本に行ってみて「日本が急速にアジア化している」というような奇妙な感想をもちました。 ひとつづつ具体的な例を挙げるのはめんどくさいからやらないが、市町村の外国人の登録の手続きでもビザについての説明でも出入国管理局はさすがにしっかりしているものの、役場の説明は全部ウソであった。 具体的なことを書くと担当のひとが失職してしまうのは明かなので書かないが、ひとつはひどい間違いであって、出入国管理のひとが激怒してしまうしまつであった。 日本には外国人が寄りつかないはずである。 これもうまくゆえないが、なにをするにしても「集中力のない感じ」「どうしたいのかわからない感じ」というのが日本のひとの特性になってしまっている。 都合が悪くなるとテキトーな口実をつくってその場を繕って誤魔化そうとする。 2ちゃんねるのようなところをのぞいても、それはわしの知っている日本とは全然違う「アジア的な好い加減さ」の社交場であって、なんだか、ぬかるみでどろんこになって地面の泥濘と人間の姿が区別がつかなくなった人々のような、なんだか薄気味の悪い光景です。 オザワさんは「600人」という人数をひきつれて中国に行った、というが、これもわしはたいへん「アジア的」なやりかただと感じる。 西洋人の考えよりもゼロがふたつ、おおいよーだ。 「習」という中国政治家の顔を立てるために今上天皇を「道具」のように扱って、なんの敬意もないやりかたで外交の必殺技に「使う」ところも、かつて「君主」というものにそれに相応しい敬意を払ったことがない、「権威」として利用する対象であるだけのアジアの国の政治家のやりかたである。 政治家が天皇を平然と「玉(ぎょく)」と呼び捨てにしていたある時期の日本のことを考えた。 世界一腐敗した官僚機構といい、それを知っていながら黙々と税金を払って、もどってくるわけもない年金まで支払う日本のひとは、ほんとーに「アジア人」にもどっちったんだなー、と思います。 わっしは日本を出るときホテルにまた宿泊したが、チェックアウトのとき、いつもと同じことでインプリントを破棄していくれるようにゆったが、いわゆる「外資系」のそのホテルのレセプションのにーちゃんは、「そういうことは出来ません」という。 いや、いつも、そうしてもらっているから出来るはずですよ、というと、「日本の法律では、そういうことは出来ないことになっているんです」と言います。 英語で話すので、ちょっとヘンなことを考えるのだろーか、と考えて、今度は日本語で、 「どう処理すればいいか確信がもてないのならマネージャーかどなかに訊いてもらえませんか」というと、「いえ、法律ですから」と言います。 … Continue reading

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