Daily Archives: December 16, 2009

bubliki文明

ねむい。 昨日はワインを飲み過ぎたので眠りが浅かったのではなかろうか。 おまけに食べ過ぎです。 ベニスン(鹿肉)のパイとリブアイステーキとホタテのはいった豆のスープを食べた。 ついでにモニの皿のラムを半分たべちった。 6時間も飲み食いしてたよーだ。 アホだのい。 bublikiさんの「文明度とはなにか?」という面白い質問に答えなければならない。 あんまし、ほうっておくと忘れちゃうからな。 わっしが「タイ人は文明度が高いからなあー」とゆったら、bubliki さんが、 「文明度が高い」っちゅうのは、どーゆーことを言うんだ?という。 「日本人は文明度が他の民族とは違うやりかたで高いようだ」というのも、わからん。 どーゆー意味だ、と訊かれた。 http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/comment?date=20091210#c110448558 見れば判りまんがな、と答えようかと思ったが、よく考えてみると見てもわからないので、自分でどーゆーときに「むはっ、このひとたちは文明度が高いのお」と思うか、考えてみることになった。 ちょっと長くなるかもしれないし、短くて「尻切れとんぼ」になるかもしれないし、あるいは、とりとめがなくなるかもしれません。 「文明」の正体はなにか、というと、それはその文明のなかで生きているひとの頭のなかにある「言葉」である、というのは容易にわかります。 ニュージーランドにも秋田犬がたくさんいるが、秋田の秋田犬と文明度がほぼ同じであるのを見ても、そーゆー事情は察せられる。 では「言葉」は大脳の中でなにをしているのかというと、世界を認識して、解釈している。 チェンマイのひとは5メートルくらい先を横切るのに、こちらに向かってお辞儀してゆく。ただの習慣です。 ニュージーランド人はたとえば2メートルより近いところを横切るのに、「わるいね、わりい、わりい」とゆいながら横切る。これも習慣だな。 日本のひとは、やや速度をあげて主観的にはエイトマンになってしゅたっと横切る。 中国の人は体当たりして、ぶつかってもなんもいわんな。 いずれも習慣である。 ニュージーランド人はATMで順番を待つときに1メートルは離れて待ちます。 日本のひとは、どうかすると、20センチくらいのところにたつひとがいる。 わっしは韓国人のおっさんに5センチくらいのところに立たれて、薄気味悪かったので先にATMを使ってもらったことがある。 こーゆーのは、しかし、文明の「違い」であって「文明度」を較べる材料にはなりもはん。中国の人がものを食べるときに骨やなんかをテーブルに「ぷっ」と吐き出すのを見て、ニュージーランド人のおばちゃんは、ひきつけを起こしそうにしているが、あれも「習慣の違い」であって、文明度の高低とはゆえんよな。 少なくとも、わっしはそう思って暮らしています。 いま挙げたようなことはすべて「ニュージーランドで起きた場合」を基準にしている。 つまり、他国に来ている場合でも、ほんとうはニュージーランドでは上の日本のひとや中国のひとは大失礼なのだが、ま、わかんねーんだから、しょーがねーよね、と思っている、ということです。 ドアを開けてあげても「ありがとう」もゆわない日本人の女のひとも相変わらずごちゃまんといるが、「日本人はお礼をゆわない民族である」というのは知れ渡っているので、特に腹も立たん。 しかし、自分の目撃例でいうとガソリンスタンドで支払いをするときにニュージーランド人のにーちゃんが「今日はよい天気であるな」とゆっているのに、まるでにーちゃんがいないかのような態度をとる日本人(多分留学生)がよくいるが、はっきりいうと、こーゆーときには、 「なんちゅう文明度が低いやつらじゃ」と思う人がいるであろう。 にーちゃんは、もう一回こんどは、「観光ですか?」というが、やっぱり、日本人にーちゃんふたりは、無視してます。 ニュージーランドにーちゃんがあきらめて、「26ドルです」というと無言で20ドル札を2枚渡す。もちろん「さんきゅ」なんてゆわねーよな。 ニュージーランド人にーちゃんは、しかし、くさらずに日本人にーちゃんの背中に向かって「さんきゅー」とゆった。 わっしは、自分の番が来たので、「すげーな」と日本人にーちゃんたちのほうを指していうと、「言葉が出来ないからだろ、きっと」とゆって、にーちゃんはニコニコしておる。 で、わっしはニコニコにーちゃんを見ながら、「文明」というものをやはり感じるのです。 … Continue reading

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