Daily Archives: December 20, 2009

移民ちから

とりちゃん> ただいも。 うぷっ、おかしーだ。 午後はずっとこれを練習してただよ。 わからないひとは「あんとに庵」に詣でてくるよーに。 っちゅうか、antonianさんというわしがずっと与論島の火葬場の職員のおっちゃんだと信じていたひとの ブログのコメント欄を見ていたら、この「とりちゃん」というひとが「お帰りなさい」(antonianさんはイタリアに火葬の研修に行っていたのです)というのに、 そう返事をしていたのがおかしかっただけなんですけどね。 ただいも、って口をすぼめてゆわないとダメだよな。 モニちゃん> ただいも。 かーちゃん、ただいも。 きゃははは。オモロイだな、これ。 あー、苦しい。 息ができん。 全然わけのわからんことをゆってひとりで喜んでいて失礼しました。 ガメです。 前回までのあらすじを述べると、 わっしはクライストチャーチという村が巨大化したような訳のわからん町におる。 なぜかというとここに実家があるからですのい。 前から読んでいる人は知っているが、実家とはいうものの実家が季節によって移動したりするのでなかなか複雑を極めておるがわしはクリスマスには必ずここに帰ってくるのね。 今年はあちこちの日本語サイトにクライストチャーチが「レイシストのスクツ」とか書いてあってびびったが、どーもほんとうではないよーだ。 アジアのひとはすげー増えたが、別に誰も困っておらん。 むかし「アジア人が増えて日本人の洪水になって国を乗っ取られる」とゆって大騒ぎしたウインストン・ピータースは失脚・引退して、いなくなった。 オーストラリアで人種の話そのものをタブーにしてしまったポーリン・ハンソンと同じ宿命をたどった。 ラッキーじゃん、と思います。 アジアのひとにとって、ではない。 ニュージーランド人にとってラッキーなのです。 人種差別はカッコワルイからな。 肌の色で人間を差別するのは、胸や尻のおおきさで女のひとを差別するのと同じくらいくだらん。わしは結婚するまで差別したことないぞ。 小さくても、大きくても、区別せずに…. …..ちょっと話がそれてしまったようだ。 景気は悪いがニュージーランド人の表情が明るいのは、わっしの見るところ移民社会が機能しだして「移民たちが生活をよりよくしようとする力」が社会全体に活気を与えているからのよーである。 たとえばわっしは昨日、タイ人のにーちゃんと話をしたが、このにーちゃんはすげー元気であった。疲れをしらぬひとです。 こーするためにはどーすればよいのか、ニュージーランドで、こういうことをやるためにはどんなステップが必要ですか、から始まって、町でいちばんおいしいタイ料理屋はタイ・スマイルだと思う。オーセンティックですよお。 タイはもちろん世界でいちばん良い国ですよ。 教育制度が嫌いなのでここへ来たが、いい国という点では世界一です。 ニュージーランドもいい国だと思うが、タイがなんとゆってもいちばんです。 きっと遊びに来るとえーだ。 ……そうやって、機関銃のように話してあっというまに二時間経ってしまう。 … Continue reading

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カンパニー

週末、みなで馬に乗りに行った「南部農場」でBに会った。 Bはタウロンガに住んでいる。わっしの家の「一家の友達」です。 ニュージーランドではウエリントンにほんとうの家があるが、最近はタウロンガのほうが気に入っているようだ。 かーちゃんや妹と馬に乗りに行く時には、自分のプロペラ鈍足ヒコーキをぷるぷるぷるぶーん、と飛ばして北からやってくる。 Bは、愉快なひとです。 短く刈った髪が女のわりに隆々とした筋肉がついている身体によく合っている。 モニやわしの一家が着いたときにはもうコテージの部屋の仕度まで調えていて、わしらを出迎えてくれました。 どっちが客だか全然わからん(^^) くるまよせにやってくると、「ハーイ!」という。 肩に手をまわして「日本はどうだった、ガメ?」と訊きます。 Bは自分でも日本の「サムライ文化」と「鍼灸」が好きだが、ひとり息子が日本の大ファンなのである。アニメのキャラクタや新幹線、シャープの両方から開くドア、みーんな好きで、 なにか日本のニュースがあると、 「日本人って、すげー頭がえーんでない?」とふざけたような 口調でいうのが癖である。 馬の遠乗りが終わってから、わしらは、母屋でラムやなんかのご馳走でワインを飲んだ。 Bが日本の話しを聞きたくてしようがないので、モニとわっしとでかわるがわる日本の印象を話しました。 モニは日本の「暗い色の森」や「美しい田んぼ」、「雪に蔽われた森の美しさ」が印象に残ったようだ。 相倉や菅原の合掌造り、富山の散歩道、長野の森のなかをつづく道、そーゆーものが素晴らしかったことを眼を輝かせて話しておった。 わっしのほうは、どーしてそーなったのかわからんが、ブログを通して出会った portulacaさんやantonianさん、kochasaengさん、じゅん爺やそーゆーいろいろなひとたちの話をした。 いつもは日本のことが話題に上るのはかーちゃんシスターと義理叔父がいるときだけなので、ちょっと新鮮な感じがしました。 Bも、かーちゃんやモニや妹と同じで「他の国のことは、よーわからん」というスタンスの点では同じだが、興味があるのでいろいろ質問します。 曾野綾子の話になったときには、みなぶっくらこいてしまいましたが、でもまあ、そーうーこともあるか、という感じでした。 ニュージーランドでは(わしはあたりまえだと思うが)売春婦が強姦被害にあっても、誰も売春婦の側に落ち度があったのではないか、というひとはいない。 ニュージーランドでは売春は非合法だが刑罰は撤廃されておる。 刑罰があると、売春婦がたとえばマフィアに強姦被害や暴行にあったときに泣き寝入りせざるを得ないからです。 売春婦が商売に使っていた部屋で強姦されたケースがあって、そのときに女性人権擁護団体の女の議員たちが売春の「非犯罪化」を法案として成立させた。 わっしは、それを後で知って、とてもよいことだと思った。 少しニュージーランドパスポートを誇らしく思いました。 クライストチャーチでもマンチェスター通りのようなところでは売春婦たちが屯しているが、その脇を警官たちが歩いてゆきます。 売春を取り締まりに来たのではない。売春婦を襲ったり食い物にする人間を警戒しているのです。 わっしは、こーゆーことの背景には、ニュージーランド人特有の強い「仲間意識」があると思う。 まずはじめにはもともとが連合王国人の見えない伝統である「男と女は仲間同士じゃん」という考えがある。違っているが仲間というか友人であって、互いに助けあわねばならん、と言う気持ちが強くある。大陸欧州人やアメリカ人の「レディファースト」などとは根本から違う思想があるのです。 ロシア人たちなどはそれを「イギリス人の男が弱い証拠」だとゆって笑ったりしますが、ま、ほんとーにそーなのかもしれないからしょうがない。 とにかく、わしらは、なんでもパートナーに相談する。 そこが連合王国人やニュージーランド人のバカっぽいところでしょうが、たとえば自分の秘書のねーちゃんを押し倒しちって秘書に「奥さんと別れないと仕事で支障があらうようにしてやる」とゆわれたとすると、まっさきにこの男が相談にゆくのは奥さんであると思われる。 奥さんだけが(結局離婚にしたいと思ったとしても)、たいていの場合、最も助けてくれる「仲間」としてそばにいてくれるであろうからです。 そーゆー文化的な下地があるところにもってきてニュージーランドはちっこい国なので、強烈なばかりの「仲間意識」が完成した。 売春婦も、やはり同じニュージーランド人であって、同族である、という意識がある。 わしにも(ブログ記事にも書いたが)売春を業とする友達がありますが、ふだん昼飯を一緒に食べていたりしても、わしがこの友人の客である、とか、一緒に商売をしているのではないか、とか考える友人はおらん。 … Continue reading

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