Monthly Archives: January 2010

ヒラリー・クリントンの奇妙な提案

  モニも妹もわしも「ハイチ、ハイチ、ハイチ」で一日が、あっというまに経ってしまう。 ハイチの政府は、どうやら国民を助けるのにあんまり熱心ではないよーだ。 効率が悪い作業にうんざりして「ボランティアなんてのは結局気休めだな」と、うんざりした様子で言うひとがいる。 ま、そーいーなよ。 ところでハイチに地震が起きてキャンセルされたヒラリー・クリントンのオーストラリア、ニュージーランド歴訪で奇妙なことがあったが、日本のマスメディアをじいいいいーと見ていてもいつまで経っても報道しないようなので、ここに書きとめておきます。   クリントンがニュージーランド政府に対して送った挨拶は、 「日本の捕鯨は到底世界が許容できない暴挙である。合衆国ニュージーランドオーストラリアの三国が国際世論のリーダーとなって捕鯨を撤廃に追い込むように努力するべきだ」というものでした。   これがどれほど「ヘン」なメッセージであるか外交のカンがあるひとには直ぐにわかる。 「捕鯨」の話しをいまのような経済環境のときに大きな話題としてもちだすのは、一億円の家を買う話しをしているときに3000円の違いをオオマジメに述べ立てるようなものです。   ニュージーランドには、「核をもちこませない」という国是がある。 おおむかし、その国是に反して明らかに核を搭載しているとしか思われない合衆国艦船が寄港しようとしたので政府が拒絶した。   合衆国は激怒してニュージーランドとの軍事同盟を破棄してしまった。 「日本人の不正直さを見習え」とゆわれてアッタマに来た当時のランギは、そーゆーくだらん強要をする不正直な国はどのみち同盟者としてふさわしくない、と大声で言い返して人口300万人(当時)の国は人口2億人の世界一の軍事大国と大喧嘩して袂を分かった。 この田舎者の芥子粒のような小国は「おらが国は独立国だぞ。なめんな」とゆった。 そーゆー経緯で、ニュージーランドと合衆国は軍事的にはまったく疎遠なのね。 ところがここに来て、アメリカのほうから「軍事同盟を復活しましょう」とウインクをしてよこしておる。   それはなぜか?   合衆国は、1949年に恐慌状態で策定した防衛線を最悪の場合に至った将来、南に下げる準備をしている。 1941年の防衛線に下げようとしている。 太平洋において、日本ー合衆国ーオーストラリア・ニュージーランドラインから、 合衆国ーオーストラリア・ニュージーランドという伝統的な防衛戦略に戻りつつある。   もっと重大なのは、その結束の象徴として「反捕鯨」を掲げていることです。 諸国民の南太平洋における団結の徴として「鯨を救え」を合い言葉にしよう、と呼びかけている。   ニュージーランドは小国なので新聞も他のメディアも外交に明るい。 「鯨を助けてくれればニュージーランドを救ってあげよう、とクリントンはいった」とかと報道して茶化していました。 合衆国の戦略をおかしがって冗談にしておる。 しかし、クリントンの提案そのものには比較的好意的な反応でした。 「反捕鯨」で団結しよう、というのは太平洋地域ではたいへんわかりやすい主張なのね。 反対の声、というものがまったく起きる余地がない。 2015年くらいから始まる、とゆわれている日本の本格的な凋落をにらんで、またひとつ手を打っている。この大きな戦略の変更はラッドが首相のときのほうがやりやすい、という考えも当然もっているわけです。   … Continue reading

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サイドバイサイド

このあいだ日本にいたときは結局ほとんど行かなかったが、わしはむかしはよく鎌倉に行った。家もまだ鎌倉にもっています。ほおっぽらかしのままだが、ときどき義理叔父が見にいって、「まだ焼けてないよーだ」とかっち、ゆってきます。 もうずっと前、3年前、だろうか、わしは二階堂のせまこしい道を歩いておった。 すると後ろから、子供の女の声が走ってきます。 「こらあー、ヨシオカ、おまえきったねえだろー。ノートかえせよな」 わしの脇をすりぬけてゆく「ヨシオカ」らしき、すばしこいオトコチビガキ。 その後から素晴らしいスプリントで「ヨシオカ」に追いつくチータのような….. ありっ? コーカシアンの子、だのい。一瞬、くるっと、振り返って「ごめんなさい」とゆったときの顔が、よく日本のひとはガイジンは誰でも彼でも「碧眼」「金髪」にしてしまうが、ほんとうに明るい抜けるような青い眼に眼がさめるような金髪の子供である。 英語の「ごめんなさい」がバッキバキのアメリカ発音なので、アメリカ人の子でしょう。 このアメリカガキチータは、見事に「ヨシオカ」を取り押さえると、ノートを取り返した。 ところがだのい、ノートを取り返すと、すぐ肩を並べてなにごとか話をしながら楽しそうにふたりで並んで歩いて行きました。 ガキチータのほうがだいぶん背が高いがの。 ちびっこのヨシオカと背の高いガキチータは、親友同士であるらしく、後ろから見ているだけでどれほど仲が良いか察しがつきます。 「多面体」さんや「kobeni」さんたちの苦闘を読みながら、わしはその「ヨシオカ」と「チータ」のことを思い出していた。 新聞を読みながら、人間は頭が悪いなあー、とモニがつぶやいている。 夏の太陽が照りつけているテラスで新聞を読んでいるのです。 サンブロック、ちゃんと塗った? 20、とかでは無理です。皮膚癌になります。 モニはニュージーランドの日射しの強さがなかなか実感できないよーだ。 広尾のアパートのタタミ3枚、くらいしかないちっこいテラスとちがって、ニュージーランドの家の広大な木のテラスはおおきいのでモニがなんだか小さくなったように見える。 コーヒーとクロワッサンを運んできたついでに「どれどれ」とわしが新聞をのぞきこむと、オーストラリア人の「カリー・バッシング」が深刻化している、と書いてある。 ついては中国人がついにイギリス人を抜いて移民の1位になったが、ファミリーリユニオンビザをなくさないと、あっというまに「仕事をしないで生活保護を受け取って暮らす中国人」が増えて、われわれの福祉を圧迫し、ひいては人種差別が起こるのではないか。 今回の「カリー・バッシング」は、多分世界中で人種差別が最も少ないメルボルンがあるヴィクトリア州で起きているので、わしらの誰彼に衝撃を与えました。 フランスでも長い棒をもって、「移民狩り」をして歩くバカガキどもがいるが、どうやらヴィクトリアで起きている「カリー・バッシング」も似たスタイルのようだ。 「われわれの職業を奪うな」という。 口実は、いつも同じである。 午後はポンソンビーのカフェに行った。 ポンソンビーというのはむかしはゲージツカが集まっていた街で、いまはモデル志望のねーちゃんとかがうろうろしている街だのい。 オントレーとメイン、それにワインが一杯ついて1800円。 ははは、安いのお。 わしはオントレーはペストを塗ったトーストの上にイカさんが載っておるのを食べた。 メインは、マルサラソースのビフテキ(リブアイ)である。 うめーだ。 隣のテーブルではにーちゃんとねーちゃんが頬を寄せ合って笑っておる。 不動産ニュースを手にしているところを見ると、家を買おうとしているところなのでしょう。 もちろんむかしからある風景だが、「むかし」と違うのはにーちゃんがアフリカ人でねーちゃんがコーカシアンであることです。 やっとここまできた。 わしらはやっとここにたどりついた。 マンハッタン。 あのときヴィレッジの交差点で、わしは知的な感じのアフリカンアメリカンと、やわらかなたたずまいのコーカシアンのカップルを眺めていた。 そ。前に記事に書いたことがある。 … Continue reading

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カオスを起こす

ブラウン運動、っちゅうものがあるのを知っていると思います。 視覚的に見られるランダムな運動の代表だすな。 ロバート・ブラウンというスコットランド人のおやじが、ぶち壊れた花粉からあふれてくるちっこい粒つぶを観察していて発見した。 西洋人の考える「個人」というのは社会的には、このブラウン運動をする粒子、みたいなもんです。 基本的には一定の方向をもっておらぬ。 さまざまな条件によって運動が偏向されるが非常に大きなマクロの考えに立って「人間の社会」というようなものを考えるときには潜在的にはブラウン運動的な「個人」が頭に浮かんでいると思う。 長いあいだ具体的な市場で実効性をもたなかった経済理論が、ウィーナー過程のようなものをとばぐちにして実効性をもちつつあるのも、一見そうは考えられない「個々人」といいうものの性向が実は非常に遠い距離からはランダム的なものであるからである、と考えることも出来ます。 誰にでもわかりやすいことだと思いますが、カオス、というものにはダイナミズムがある。 ちょとしたバランスの崩壊から、いっせいに予想もつかなかった方向へ社会全体がダイナミックに動くきっかけになる。 日本のひと、というものをこのブラウン運動の粒子にたとえると、おおきく運動するかわりに定位置にいて微振動を行っている風変わりな粒子、というふうに見えることがある。 一見、まわりの影響も受けず、ロバート・ブラウンが自身が発見した運動を誤解したような「生命の根源である力」も感じられません。 しかし、わっしがこのバカブログをずううううっと書いていて、最近のコメントやブックマークのコメントを読んでいて思うのは、この細かい振動はなんだろう?と思うような、考えの日本人らしくないゆらぎ、ため息ではない荒い呼吸、怒りの叫びには至らないが、もう我慢するわけにはいかない、と思い定めたひとの声調がある。 政権担当能力なんかあるわけない、と知りながら民主党に投票したのも、同じ「微振動」のあらわれなのでしょう。 こういうことは前にもあった。 近くは幕末や1945年がそうであった。 微振動を繰り返しながら辟易していた日本人の集団のなかに根源的にはテロを理由とするカオスが生まれ、そのカオスが固定的な振動をダイナミズムのある集団運動にそっくりエネルギーを吸い上げて日本人たちは社会をあっと驚くほどの速度で様変わりわせたのでした。 この幕末のほうを先に例に挙げたので、こっちで説明しようとすると、しかし、この頃の日本には「長州」や「薩摩」という「外国」があって、この「外圧」によって変化を起こさせる、という勝海舟のようなひとの目論見があった。 そしてその目論見は相当程度、うまく行ったように見えます。 いまは鹿児島県が突然攻めてきたりは出来なくて、鹿児島とゆえど日本の一地方と化している。 「外国」の役割を演じるだけの十分な「異質性」がないからです。 では時間に期待して世代的にはどうか、というと、日本の体制的な文化というのは基本的に全共闘運動に懲りて日本から「世代間対立」というものを取り除くに腐心してきた。 その上、日本人の大好きな 「どの世代のひとにもいいひとはいる」「やくざは悪い、といっても暴力団の存在によって助かっている面もある」「役人が非効率だといってもがんばっているひとたちだってたくさんいます」「粗暴な一般化はさけるべきだ」という意見は常に正しいが、しかし、こういう論法は被支配者側の反論を骨抜きにするために支配者側が道徳としてもちだす論法の典型でもある。 これに、「あなたは一生懸命がんばっているひとたちに、そんなことをゆって恥ずかしくないのですか」というのが加われば完璧に「日本名物バネ壊し」の術、になる。 日本はむかし「百万の英霊に申し訳ないとおもわぬのか」というバカ論法で満州に思考停止したまましがみついて国ごと更地にされて、石器時代に戻された。 1946年には都会の日本人はマジで竪穴式住居に住んでいたのです。 あらっぽい一般化を慎む、というふうになると、だから「世代間の衝突によるダイナミズム」というのは期待できないのね。 そーすると、産業、だよな、とわっしは考えました。 もう全然むりかもしれないが、やっぱりIT革命を起こしてみるしかないのかも知れません。 もう、かるく3周は遅れているのかもしれないが。 やらん、っちゅうわけにはやっぱりいかんかもしれん。 でも、そんなん、いままでだって、やろーやろーとゆっても出来なかったんやん、どーすればいいか、わからんやん、というひとのために、もうすぐ出かけなければならんが大急ぎで付け加えると、 それがわからんのは「大きな絵柄」ばっかり見すぎるからどこから手をつけねければいけないのかわからなくなってしまうのだと思います。 こーゆーことから見てゆけばよい。 細かいことを見なければならん。 たとえば日本できみが会社を興すというと、まず役員報酬のようなものは従業員報酬と税制上異なる、っちゅうことに直面します。メンドクサイから説明を省くが、 いやあ今月は儲かったから給料300万円にしちまうべ、とか先月は全然あかんかったから60万円しか給料とれなくてさ、はっはっは、という日本の外ではふつーの会話が、日本のベンチャー役員からは絶対に聞かれない。 なぜか。 日本ではジョーダンみたいなことに、役員給与を毎月変えたり出来ないのね。 馬券を買うおっさんみたいに赤鉛筆を耳にはさんで「ニッケイ」をにらみながら、 … Continue reading

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カオスを起こす

ブラウン運動、っちゅうものがあるのを知っていると思います。 視覚的に見られるランダムな運動の代表だすな。 ロバート・ブラウンというスコットランド人のおやじが、ぶち壊れた花粉からあふれてくるちっこい粒つぶを観察していて発見した。 西洋人の考える「個人」というのは社会的には、このブラウン運動をする粒子、みたいなもんです。 基本的には一定の方向をもっておらぬ。 さまざまな条件によって運動が偏向されるが非常に大きなマクロの考えに立って「人間の社会」というようなものを考えるときには潜在的にはブラウン運動的な「個人」が頭に浮かんでいると思う。 長いあいだ具体的な市場で実効性をもたなかった経済理論が、ウィーナー過程のようなものをとばぐちにして実効性をもちつつあるのも、一見そうは考えられない「個々人」といいうものの性向が実は非常に遠い距離からはランダム的なものであるからである、と考えることも出来ます。 誰にでもわかりやすいことだと思いますが、カオス、というものにはダイナミズムがある。 ちょとしたバランスの崩壊から、いっせいに予想もつかなかった方向へ社会全体がダイナミックに動くきっかけになる。 日本のひと、というものをこのブラウン運動の粒子にたとえると、おおきく運動するかわりに定位置にいて微振動を行っている風変わりな粒子、というふうに見えることがある。 一見、まわりの影響も受けず、ロバート・ブラウンが自身が発見した運動を誤解したような「生命の根源である力」も感じられません。 しかし、わっしがこのバカブログをずううううっと書いていて、最近のコメントやブックマークのコメントを読んでいて思うのは、この細かい振動はなんだろう?と思うような、考えの日本人らしくないゆらぎ、ため息ではない荒い呼吸、怒りの叫びには至らないが、もう我慢するわけにはいかない、と思い定めたひとの声調がある。 政権担当能力なんかあるわけない、と知りながら民主党に投票したのも、同じ「微振動」のあらわれなのでしょう。 こういうことは前にもあった。 近くは幕末や1945年がそうであった。 微振動を繰り返しながら辟易していた日本人の集団のなかに根源的にはテロを理由とするカオスが生まれ、そのカオスが固定的な振動をダイナミズムのある集団運動にそっくりエネルギーを吸い上げて日本人たちは社会をあっと驚くほどの速度で様変わりわせたのでした。 この幕末のほうを先に例に挙げたので、こっちで説明しようとすると、しかし、この頃の日本には「長州」や「薩摩」という「外国」があって、この「外圧」によって変化を起こさせる、という勝海舟のようなひとの目論見があった。 そしてその目論見は相当程度、うまく行ったように見えます。 いまは鹿児島県が突然攻めてきたりは出来なくて、鹿児島とゆえど日本の一地方と化している。 「外国」の役割を演じるだけの十分な「異質性」がないからです。 では時間に期待して世代的にはどうか、というと、日本の体制的な文化というのは基本的に全共闘運動に懲りて日本から「世代間対立」というものを取り除くに腐心してきた。 その上、日本人の大好きな 「どの世代のひとにもいいひとはいる」「やくざは悪い、といっても暴力団の存在によって助かっている面もある」「役人が非効率だといってもがんばっているひとたちだってたくさんいます」「粗暴な一般化はさけるべきだ」という意見は常に正しいが、しかし、こういう論法は被支配者側の反論を骨抜きにするために支配者側が道徳としてもちだす論法の典型でもある。 これに、「あなたは一生懸命がんばっているひとたちに、そんなことをゆって恥ずかしくないのですか」というのが加われば完璧に「日本名物バネ壊し」の術、になる。 日本はむかし「百万の英霊に申し訳ないとおもわぬのか」というバカ論法で満州に思考停止したまましがみついて国ごと更地にされて、石器時代に戻された。 1946年には都会の日本人はマジで竪穴式住居に住んでいたのです。 あらっぽい一般化を慎む、というふうになると、だから「世代間の衝突によるダイナミズム」というのは期待できないのね。 そーすると、産業、だよな、とわっしは考えました。 もう全然むりかもしれないが、やっぱりIT革命を起こしてみるしかないのかも知れません。 もう、かるく3周は遅れているのかもしれないが。 やらん、っちゅうわけにはやっぱりいかんかもしれん。 でも、そんなん、いままでだって、やろーやろーとゆっても出来なかったんやん、どーすればいいか、わからんやん、というひとのために、もうすぐ出かけなければならんが大急ぎで付け加えると、 それがわからんのは「大きな絵柄」ばっかり見すぎるからどこから手をつけねければいけないのかわからなくなってしまうのだと思います。 こーゆーことから見てゆけばよい。 細かいことを見なければならん。 たとえば日本できみが会社を興すというと、まず役員報酬のようなものは従業員報酬と税制上異なる、っちゅうことに直面します。メンドクサイから説明を省くが、 いやあ今月は儲かったから給料300万円にしちまうべ、とか先月は全然あかんかったから60万円しか給料とれなくてさ、はっはっは、という日本の外ではふつーの会話が、日本のベンチャー役員からは絶対に聞かれない。 なぜか。 日本ではジョーダンみたいなことに、役員給与を毎月変えたり出来ないのね。 馬券を買うおっさんみたいに赤鉛筆を耳にはさんで「ニッケイ」をにらみながら、 … Continue reading

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日航の墜落

義理叔父がまだ30代で腹がたるんでなかったときの話だそーだ。 仕事の用事でサンフランシスコに向かう叔父がひと寝入りしてもうそろそろ朝食だべ、というので窓をちょっとだけ開けてのびをしていると客室乗務員(注)のおばちゃんがやってきて、 「ちょっと窓をおおきく開けて、外をご覧になってください」という。 何事によらず素直というかバ○というか、ゆわれると取りあえずゆわれたとおりやってみる癖のある義理叔父が窓のシャッターを開けて外を見ると、青空があります。 「地上は雨だけど、外は青空なんて不思議ですねえええ? 実はわたしたちは雲の上を飛んでいるので雲があるときでも晴れているんですよねー。 勉強になる、と思われませんか?」 と、客室乗務員(注)おばちゃんは満面に笑みをたたえてゆったそーである(^^) この話は、いかにJALが客はバカであるとおもっているか、ということを説明するのによく義理叔父が使う出来事です。 JALの客室乗務員(注)のサービスは「保母さん」みたいだ、というのでユーメイであった。 わっしはズボンのまたまたさんのところにオレンジジュースをこぼした客のところにやってきて、おしぼりでていねいにふきとってやっている日本人客室乗務員(注)のねーちゃんを見てぎょっとしたことがあります。一瞬、風俗営業法違反なサービスをしているのかと思いました。 わしはマジメな顔をしてまたまたちゃんを拭ってもらっているおっちゃんの顔を見ながら、自分でふけ自分で、と真剣に腹が立った。 なんだ。なんだかんだゆって、JAL、乗ってんじゃん、ときみはゆーかもしれぬ。 JALはむかしからニュージーランドでは大韓航空と並んで切符がいちばん安いのね。 (なぜか日本人が買うときだけは、航空会社のなかでいっちゃん高かったそーだが) 英語圏ではずっとむかしから、どこの国でも同じだろー、と思います。 だから発明でいっぱつあてるまでは、よく乗ったっちゃ。 コードシェア、とゆってだね。ニュージーランドから、ぐおおおんぐおおおおんと連合王国に向かうとすると、エアニュージーランドでわしは行くが成田まではNZ9とJAL98なんちゃって、エアニュージーランドで切符を買ってもJALで買っても乗る飛行機は同じなのだ。 むかしは席がブロックでわかれておって、「JAL席」と「エアニュージーランド席」にわかれておったと思う。 ストップオーバーで成田に泊まるときでも、日航ホテルは一泊2800円、とかだったので、金がねええええー、のときは、よく泊まりました。 でも、このJALのホテル、すげえホテルで、わしから見ると捕虜収容所、みたい感じであった。 空いている時期だから、レートチェックインにしてもらうべ、と思ってレセプションに電話すると、2時間のご延長だと8000円追加になります、とかゆわれる。 あんたはラブホテルか。 (カプセルホテルとラブホテルは英語世界では年がら年中番組で紹介されておる。 行ったことはない。ビョーキがうつりそうな気がするので行ったことはねーだよ。念のためにつけくわえておくが) 一時が万事マニュアル主義で、JALの「慇懃無礼」サービスは世界中に名がとどろいておったので、(削除してなければ)このブログの3年前くらいの記事にもときどき出てくると思いますが、そのうち、つぶれるだびな、これは、とわっしは思っておった。 むかしの航空雑誌、みたいなものを読んでいると、JALという会社の最良の部分は「整備技術の高さ」であると書いてある。 ふむふむ、と読むわっし。 これは義理叔父におせーて、愛国心を刺激して、明日は高い料理をおごらせるにしくはなし。「らん月」でスキヤキ、なんてどうかしら。 普段日本の悪口ばっかしゆっておる癖に、たまにわしが日本のことを賞めると手もなく機嫌がよくなって気前がよくなるからな。 バカなオジンじゃ。 ところが義理叔父は、JALは研究ずみなんだね、とかで、整備は世界一だけど、あそこの整備は、JALの飛行機は整備してないんだよね。 「へっ?」 整備部門の腕が高く売れるっちゅうんで、他の航空機会社に時間売りしているうちに全部他の会社の飛行機の整備になった。 JALの飛行機は○○会社の整備に外注しているのだよ。 それで年間50億円だかなんだか儲かったそうだが、なんちゅう無茶苦茶しよるねん、と驚きました。 わっしはヒコーキオタクでもあるので、それから件の昔週刊誌の蒐集のおりなどに気を付けて見ていると、副操縦士と操縦士が相部屋で眠ることになっていて副操縦士のいびきで眠れなくて困った操縦士が無理矢理眠ろうと酒をあおったら、それでも眠れなくて、結局 「一睡もしない半分泥酔状態」で飛ぶことになった話、ときどきすさまじい異音がするので乗務員が乗りたがらないジャンボの話(どーも、このジャンボ機は御巣鷹山に墜ちたのと同じ飛行機のような機がする)、ジャンボのエンジンが一基不調なので報告したら「3発でちゃんと飛べるんだから出発しろ、きみは会社の利益をどう考えているんだ」と怒鳴られた機長、すげー話がいっぱいあるのでびびりました。 こうやって書いていて気が付くのはJALという会社は「縮小版の日本」であることです。 縁故採用による社員のひどい質の低下は、日本社会の世襲や閨閥で固定化された階層に対応している。 … Continue reading

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ご返信でごわす

コメントが雪崩れておる。 コメントの返信書くの好きだから、いいんすけどね。 いっぱいもらったので、ちょっとびびりました。 コメントがひとーつ、コメントがふたーつ、 (がらがらと崩れるコメントの返信) ああ、また崩れてしまった。 また初めから書き直さなくちゃ、 コメント画ひとーつ、コメントがふたーつ、 (がらがらがら) アホなことゆってないで、ご返信を書かねば。 コメントの返信だけでなくてブックマークにもちょっとだけ答えてーだな。 でも文句があるひとはなるべくコメント欄にしてくれ。 削除するから。(ジョーダンです) ここからコンピュータにもどってくるたんびに書き継いでアップしていきますよってに、全部書き終わるのは、夜であろうか。 順番にご返信します。 ふんでは、まあ、気長に待ってくださりますように。 kochasaeng(1/16)さん、 >おれは、これですぐに治る。 砂浜をジョギングしてワインをどばっと飲んで寝たら直っただよ。 ちょっと咳は出るが、でーじょぶ。 水は、わっしは炭酸水をいっぱい飲みます。 2リットルくらい飲むのではないでしょーか。 あと赤ワインを炭酸水で割ってのみますのい。 これは、おいしいのでアル中になりそうでこわい。 したがって週末だけ、にしてます。 Sieさん、 >私は身の周りの人とさえも、本当は理解しあえないのではないか あっ、無理無理、そんなん、ぜんぜん無理っすよ、とかっち明るく答えてはいかんのか。 いかんよな。 名前を忘れちまったが、T・S・エリオットがエズラパウンドと訣別した事情を書いたエリオットの伝記がありました。 エズラパウンドというのは、すんげえ才能のある詩人だったが、言語のコミュニケーション能力を疑っていた。 それ読むといいかもしれませんのい。 >内的世界はとても言語化できないような複雑な世界なので、物理的にはきわめて近い位置に存在していても、結局のところ、同じ言語によってさえも、コミュニケーションは不可能です。 ぴんぽーん、なんでないかい。 >ちょっと話をしてみると、同じ絶望を抱えている人が、周りにいないのです。 いや、いるいる。絶対、おる。 会ってないとしたら、立っているところが悪いのよね。 >精神的に孤独であっても生きていられる、と考えていたこともありましたが、最近は自信がなくなってきました。 kochasaeng的、サバイバル、という方法もあると思う。 Oblomovさん、 … Continue reading

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仕事始め

「前から言おうと思ってたんだけどさ、ガメ。こおゆうのって、マーカー使うんじゃないの? クレヨン、とか使うか、ふつう」 Bが見づらい、とゆって笑っておる。 マーカー、嫌いだからな、わっし。 クレヨンでも見えるからいいやん。 去年のレポートをプリントアウトしてもらって、わっしがぶちぶち文句をゆっているところです。ダメじゃん、こんなの。この国のGカウンシルのほうは、ほれ、50年リースで貸して、50年たったら所有権移転することになってるんだからさあ、こんなもん「不動産」の項目にいれたやつはビジネスモデル、全然、わかってへんやん。 「ビジネスモデルにそって分けてね」っちゆっただろ、とWにゆっといてくれ。 それから、こっちのKのほうはよ、ヘッジ利かせすぎでなにやってるかわかんねーだろ。 こーゆーものに為替の変動を織り込もうとするのはセンスがなさすぎではなかろーか。 為替の変動は、資金調達のほうに分離しておりこむよーに。 そーだそーだ商業施設のほうも、そろそろとりかかろう。 もうみいいいーんな逃げ出しちったからな。 わっしは、もうやってもいいとおもうだよ。 損しても、たいしたことはなかるべし。 わっしの「事務所」はふつーの事務所に較べるとヘンタイみたいである。 わっしが出張ってくるところには、そもそも「仕事机」ないしな。 「仕事机」みたいなもんに向かうと人間は頭がブロイラーになってコケコッコしかゆわんくなる、というわしのチョー怪しげな理論にしたがって、 どのひとの部屋にも「仕事机」というようなものはない。 マンハッタンの事務所にはピンボール、とかはあるがの(^^) トランポリンもあります。 Pはいいとしこいてトランポリンが好きだからな。 トランポリンでリズムが決まると良い考えがわき出る、のだそーだ。 ヘンな奴。 でっかいスリーシーターのカウチがあって、でかい立ち机があって、これもでっかい一対のファブリックの椅子がある。 石で出来たオトナ3人でも持ち上がらんコーヒーテーブルがある。 壁は天井までの本棚が取り巻いておる。 でもって一応もうしわけみたいなちっこいライティングデスクはあります。 観葉植物がわさわさと置いてある。 こーゆーのを英語では「ライブリ」とゆう。 ちょっと変則だけどね。 前に日本語の訳語を調べたことがあったが、これに該当する日本語はないようだ。 会社の持ち主のフマジメさを反映して隣の部屋にはバーもあります。 ちゃんといつ行っても新鮮なココナツのピナコラーダが作れるようになっておる。 えらいだろ。 kobeniさんたちの話ではないが、Pはちょうど奥さんが2人目の子供を産んだところなので、「旦那産休」の最中です。一年、やすんでおる。 しかし情報だけは共有しておかないと拙いので、情報と進行している事業への評価だけはPのほうから聞きにくる。 そろそろ仕事をしたくてたまらんよーな顔をしてます。 いそがないほうは、PからBへも話してもらってよさそうなので、事務所に来てもらった。 PはPで自分のライブリをもっておる。 同じブロックのなかだが、違う建物です。 ははは、ヘンでしょう。 … Continue reading

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