マルチカルチュラルだのん

ニュージーランドでは「白人」のニュージーランド人は自分たちのことを「ヨーロピアン」と呼ぶ。

「わたしたちヨーロピアンは」とニュージーランドのおばちゃんとかがゆうと、モニが妙にマジメな顔になります。

わっしはモニのオットーさんなのですぐわかるが、笑いをこらえているのです。

最近はやや慣れたよーだ。

にっこり笑って聞いていることもある。

モニさん、もともと物に動じないところがあるからな。

むかしは、ぷっ、とふきだしてしまって収拾がつかなくなることもあったからカイゼンされてよかっただ。

でも「ヨーロピアン」とかって、言うか、ふつー。

第一、わっしもひとのことはゆえないわけだが、ヨーロピアンと自称しているあんたらの大半は連合諸王国のどれかから来ているわけで、連合王国人がヨーロピアンとか自分のことを言うと、「いつから欧州人になったの?」とか大陸欧州人にゆわれそうである。

欧州かどうかビミョーな島から南極に近い島へやってきて、「わたしは欧州人ですから」っちゆわれても、ねえ。

偏見かしら。

でも現にクイーンズタウンとかでは街をかっちょいいカップルが歩いていると、自分たちでも「あれはイギリス人とかオーストラリア人とかじゃねーな、ヨーロピアンだのい」とかゆーてるやん。

わっしが子供の時は「パケハ」というのが最もふつーであった。

パケハ、というのはマオリ語で「白人」っちゅう意味なのね。

しかし、だんだん良いニュアンスの言葉ではないのがわかってきて、使われなくなってきた。

コーカシアン、とかは固すぎるのでやはり使いにくいからな。

ホワイト、ってゆーとちょっと人種意識有杉晋作(こればっかしですのい。そろそろ新しい駄洒落を研究するときが来たよーだ)な感じがするので、やはりちょっと避けたい。

ニュージーランドではまだそれでも使えなくはないが、わっしは一度、アメリカン・エアのヘコーキに乗っていて、「コーヒーは、どんなふうにお出ししますか」とゆわれて何の気なしに「フラット・ホワイト」と答えたら、アテンダントのねーちゃんが、

「ええええっ?」とゆって飛び上がってしまっことがありました。

アメリカ人って、「フラット・ホワイト」っちゆわねーからな。

ねーちゃん、わっしが何だか人種的冗談をかましたと一瞬誤解したもののよーだ。

ヘンな奴らだのい。

そーゆーわけで自分の人種をゆうのに適切な言葉がない。

しようがないので、最近は「ヨーロピアン」とかゆいたくないひとは「キーウィー」と言うが、これは実は堂々を巡ったあげくいっちゃんアホな表現にたどり着いたともゆえて、だって「キィウィ」ってニュージーランド人のことじゃん。

じゃあ、白人でなければキィウィでないのか、とアジア人の諸君は怒るであろう。

怒らないといかん。

「あっ、そのアジア人のほうでなくてニュージーランド人のほうのひと」とも言うが、これはもっとひどいですわな。

だって韓国系とか中国系とかの「ニュージーランド人」って人口の1割を越えておる。

むかしオーストラリア人のマネをして受けを狙ったウインストン・ピータースのバカタレが「ニュージーランド人のためのニュージーランドを」とアジア人排斥を唱えたとき、アジア人の移民たちはどれほどこの国に失望しただろう。

みな家財をなげうち、自分の人生を賭けてこの新しい国にやってきたのに、来てみれば「おまえはニュージーランド人ではない」という。

パスポートはニュージーランドの政府のものだけど、あんた、お客さんでしょう。

日本人のユーメイな「ガイジン」コンセプトとちょっとも変わらんやん。

オークランドで家を買う人はふつー「住宅購入ガイド」を買うであろう。

これは地域別になっておってなかなかかなかなに便利な本です。

家のタイプ別に価格帯が書いてある。

わっしが住んでいるところを開いてみると、

この地域には8000人のひとが住んでいる(し、知らなかった)ことがわかります。

15歳以下が10.7%、65歳以上が8.56%、「ヨーロピアン」が71.26%で

マオリのひとびとが4.3%、「太平洋人種」が1.85%、アジア人が10.85%

住んでいるのがわかる。

CBD(街の中心)まで空いていれば5分で着く。

寝室が3つあるアパートが8000万円から2億4千万円。

普通の良い通りにある住宅を買うにはだいたい1億5千万円から3億円が必要である。

っちゅうふうに必要な情報はみんな出ておる。

(15年前にかーちゃんがここの隣の通りに家を買ったときは住宅は5000万円から一億円だったので3倍になったのだな。どひゃあ)

学校の学区も出ていて、これとニュージーランドでは公表されている「学校の成績一覧」

や「学校の生徒のエスニックグループ構成」とかを見れば自分や自分の家族のその地域での生活をイメージ出来るようになってます。

クライストチャーチでは東アジア人が近所に引っ越してくるとキンチョーしてしまうひとびとが多い。

これを簡単に「人種差別じゃん」と見なしてもべつによいが、キンチョーしているおじちゃんやおばちゃんの心のなかに分け入ってみると「ちゃんと庭の手入れしれくれるかなあー。でっかい表札出したりしないでね。子供はアジアンギャングのメンバーに入ってないよね」と祈るような気持ちなのでしょう。

どのひとつでも近所の住宅価格が覿面に下がるので家を買い換えるときに大問題になるのです。

前にも書いたがニュージーランド人は一生に平均11回家を買うからな。

実際アイラムとかリッカートンとかは東アジアのひとが買った家の庭が荒廃して住宅の価格がだいぶん下がった。人種差別だととられるのでオーストラリアや合衆国なみに公の席では決してそーゆーことをゆわない知恵をニュージーランド人も身に付けたが、わっしなんかは、それはもしかすると寂しい知恵なのではないかと考えます。

相変わらず「ヨーロピアン」同士では、「こんなくっそきたない庭をつくっちゃって、だっからわたしはあんたらみたいなウエールズ人は嫌いなのよ」「はっはっは、そーゆーおまえさんたちスコットランド人の『庭』って、荒れ地のことかよ」とかへーぜんと言い合っておる。

まっ、仕方がないとは思うが。

東アジアのひとは便利な街を好むよーだ。

近くに新しくてカッチョイイモールがある。

クルマなしで通勤できる。

そこここにアジア料理屋がある。

そーゆー地域のなかで「学校の教育程度が高い」学区を選んで住もうとするようです。

パケハは「天気」だのい。

同じ地域なら「自然がいっぱいあって、雰囲気がよいところ」です。

そのためなら多少の不便は忍ぶ傾向にある。

マオリのひとびとは、基本的に「この国あ、みーんな、おれらのものさ」と実感的におもっているので、あんましいろんなことを気にしません。

生まれたところにいることが多いようだ。

マオリ社会の束縛とかを逃れたい、と願う人はオーストラリアのボンダイビーチとかに移り住むことが多い、という。

わっしが子供の時に較べると、ニュージーランドはマジで多文化社会になってきた。

わっしは、それをとても良いことだと思います。

特に難しいことをゆっているのではなくて、わっしが子供のときのオークランドのインド料理屋なんか当時はあんましおいしいとゆえなかったロンドンやペンザンスのインド料理屋と較べてもくそまずくて泣きたくなるほどおいしくなかったが、この頃は(新しいところほど)うめっす。

ベトナム料理もタイ料理も飛躍的に向上した。

モニとわっしはインドにしばらく行こうと思っているが、そのための情報も具体的でしかも「わたしの叔母の家に来い」というふうに言う。

ほんのちっと言葉をおぼえると、大喜びしてくれて、近くのタイ料理屋さんでは「タイ人料金」で良い、ということになっておる(^^)

なによりマオリ人と「ヨーロピアン」ばっかしのときは退屈で停滞した社会だったのが、異質な文化のひとびとがやってきたことによって社会全体が「刺激」されるようになったことがよかったと思います。

1996年から2000年くらいまでニュージーランドはなんとか社会の体質を移民社会に変えようとして苦闘した、と思う。

バカが通りを行き来して「アジア人、かえりやがれ」とか、アホなことがいろいろ起きてわしらはユーウツであった。

でも、どうやら、ニュージーランド人は自分たちのスタイルの「マルチカルチュラル社会」をつくるのに成功しつつあるようだ。

街を歩いていると、インド人の女の子とパケハの女の子がおそろいの制服を着て笑い転げながら歩いて行きます。

後ろから走ってきたチャイニーズの子が、まだ訛っている英語で「ばーか、やーい」とゆいながら女の子たちの前を何ごとかひらひらさせながら走ってゆく。

女の子たちが「こらっ、おろかもん!」と叫びながらダッシュで男の子を追いかけておる。

他愛のないことだが、わっしがガキンチョの頃は移民の子はたくさんいても、まだ、こういうことはなかった。

いま思い出してもむかむかするが、「あなたの家のような家の子供がアジア人の子と遊んではいけません」とゆわれたことまである。

このときはキレたかーちゃんが、学校の校長とそのバカババア教師のところにゆって、「お詫びと訂正」をさせたのであった。

良いことかどうかわからないが、わっしはそのときから意識してアジア人の子と遊ぶようになった。

「人種の平等」なんちゅうことよりも、ただただそのクソババア教師のものの考え方の何事かが不愉快であったからです。

記事にも書いたが、他にも同様な不快なことがあったのは連合王国もニュージーランドも事情は変わらない。

「多文化社会」と簡単に表現される社会は、しかし、現実に実現するのは容易からほど遠い。人間は思想信条を異にする人間には耐えられても、眼の前でものを食べているひとの麺をすする汚らしい音や、どうやったらあんな音が出るのだろう、と思う「くっちゃくっちゃぺっちゃぺっちゃ」というような吐き気がする咀嚼音や、道端に痰をはく人間たちに対してのほうが遙かに非寛容だからです。

でも方法はある。

必ず一緒にやっていける道はある。

そう信じてやってきてよかった、と言い切るひとが増えた。

ニュージーランド人はようやく自分たちがお題目としてきた「多文化社会」に現実の自信をもってきたのだと思います。

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