隣の性犯罪者2

(前回までの粗筋)

曾野綾子というひとの記事について

「全勝礼賛」

https://gamayauber1001.wordpress.com/2009/12/02/bk/

「転ばぬ先の杖を折る」

https://gamayauber1001.wordpress.com/2009/12/18/fools/

「女だてらに」

https://gamayauber1001.wordpress.com/2009/12/24/女だてらに/

「隣の性犯罪者」

http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20100101/1262332826

とよっつ書いてきたら、koisuru_otoutoというひとが、

「お偉い様のブログ主様, 善意のタコ殴り, やさしい蹴り飛ばし, あたたかい絞首刑 読んで気分が悪くなった。”傷ましいことに、その社会からの多分に性的な要求に応えて見せようとする十代の女ガキ”の部分とかさ、それ”女ガキ”じゃなくて他に選択肢が無い方が問題だし、憐憫されてやる筋合いもないし」

とブックマークのコメントをつけてきた。

ヘンな奴、と思っていたら、今度はまたわっしの記事「隣の性犯罪者」に見当違いな「同意」をした上で、「同意は出来るが、ものすごく嫌な文章だな」とブックマークのコメントをつける。

しつこいので、「うるせー、バカ。無礼ものめ」という記事、

日本語ブログ(koisuru_otoutoさんに)

http://d.hatena.ne.jp/gameover1001/20100108/1262812647

を書きました。

わし、失礼なやつ嫌いやねん。

そしたら、antonianとか他からも叱責のコメントが来た。

このkoisuru_otoutoというひとは「強姦被害者支援グループ」の「仲間内」であったよーだ。(コメントのひと談)

わしにはわからんが。

ファンが多いひとなのね。

すごい、いっぱい思いっきりわっしの日本語がいかに間違いだらけで「嫌な」日本語であるかメールやコメントが来ました。

「koisuru_otoutoさんは、まともにわたしたちのことを考えてくれているひとのなのに、なんちゅうことを言うんだ」とか「女の敵」とか「反省するよーに」というコメントがいっぱいきた。

「喧嘩売るのにあちこちコピペしてんじゃねーよ」と言うが、どこにもしてないぞわしは、そんなもの。

コメントを記事にもしておく、とは書いたがな。

アタマがおかしいのではないか。

なんじゃこれは、と思って考えてみると、「味方の敵は敵」、ということのよーだ。

つまりkoisuru_otoutoさんは強姦被害者の味方なのに、それをくさすあなたはサイテーな人間だ、ということなのね。

ついでに、「やっぱりわたしもあなたの日本語は嫌いです。下手だと思う。日本の女のことはガイジンにはわからないのだからほっておいてほしい」というのも来たな(^^;)

「あなたは失礼だと思う」

なはは。すごい。

まとめてゴミ箱に行ってもらいました。

だってさ、ゴミ箱っちゅうのは「ゴミとそれに類するもの」を始末するところだからな。

強姦被害者の味方でも敵でも、知るかよ、そんなこと。

わっしは失礼なやつは嫌いなんです。

どのコメントも、ちょっとはしっこくらい読んでみたりはしたが、ちゃんとまるまったゴミを開けて読んだりはしません。

パッと、ひらいてkoisuru_otoutoの、薄汚いウン○みたいなコメントがべったりついていたらクサくてたまらん。

手についたらどうする。

なすってもとれんからな、アホの臭いは。

とゆーわけで、わっしはすっかり「強姦被害者の敵」かつ「日本語が下手なガイジン」ということになったようだ。

どーゆー組み合わせだ、これは(^^;)

(前回までの粗筋おわり)

とゆーわけで、日本では「強姦被害」とかは、どっちかの「仲良しグループ」にはいって、合唱しなければならないのかもしれないが、わっしは元がコーコーセー・ロックバンドのボーカルでのん。18歳までしかやらなかったが。

合唱、みたいなもんは嫌いやねん。

ひとりで仲間もなく友達もおらずショボショボと調べてきた結果をここに書いておきます。

論理的にゆって、この日本語の記事を読む人、というのは存在しないわけだが、

でも、まあ、いいじゃん。

わっしがおぼえておくため、ということでよいと思う。

日本の三権は古めかしくなりすぎて機能していないもののよーだ。

特に性犯罪については韓国と並んでひどい。

わっしは、日本の「法曹界」のお友達にメールやなんかで訊いてみましたが、

「ガメちゃんね、ああいうフェミニストみたいなヘンな女たちとは関わりにならないほうがいいですよ。だいたい、権利の主張ばっかりで、女が生きてゆくのに必要な観念とかのもちあわせがないひとたちだから」ということであった。

「女が生きてゆくのに必要な観念」って、なんだ?

と思ったが、訊くともっとコワイことをゆいそうな気がしたので、訊かないままほうっておくことにしました。

おっさん「貞操観念」とかとも口走っておったからな。

確か娘さんがいたがもしかすると自害用の匕首をもたしてあるかもしれん。

ダメです。全然、ダメ。ホーソーカイなんか、化石おやじの集まりであるよーだ。

(Fさん、ごめん。読んでないと思って、わかりゃしねーや、と思って書いているが、読んでたら謝る。ほんとーのことを書いてわるかった。すまん)

メールやインタビューの内容をいちいち書くと、いちいち日本人の友達の数が少なくなって、この次ぎ日本に立ち寄ることがあった場合おごってもらえなくなるであろう。

それに、一個づつ書いていると、またkoisuru_otoutoという「女性の問題を真剣に考えている女性の味方」がやってきて「 同意は出来るが、ものすごく嫌な文章だな」とかゆわれて不愉快なので、ここには書かん。

しかし、よおく、わかったのは、日本の司法とか立法とか行政(警察)とかは根太から腐っていて別に性犯罪に限らずどーにもこーにもならんくらい腐敗しておる、ということでした。詳しくは、とっても長くなるから、まだそのときでも日本語ブログをやっておったら、そのうち気が向いたときに書くでよ。

だから、オカミに期待してもムダだっち。

議論、というものは、なんのためにするか、というと実効性のある方策を現実化するためにある。

そうでない議論はすべからく「空論」というのね。

日本のひとは「空論」を述べ合って仲良しになって、仲良しグループとして外に文句をゆってまわるのが好きなよーだが、そーゆーのは九龍虫、じゃねーや、クーロン厨、とゆわねばらならぬ。

どうも、もちっとマジメに詳細に具体的な方策を述べようと思ったが、いざこうやってやってみるとkoisuru_otoutoと人格低劣な女権論者のみなさんのせいで、やる気がいまひとつなくなっておるよーだ。

途中は、(ひどいが)全部、省かせてください。

なんだかメンドクサイ。

….書いているうちに急速にめんどくさくなったので、他の国ではどうやって強姦被害者が実効性のあるシステムをつくりつつあるか、書いておきます。

他の国では、と書いたが、手元にはいくつかの国の資料をつくったものの、上記のような理由でメンドクサイので、ま、自分たちで調べたければ調べてね。

ニュージーランドの場合だけ書いておきます。

即効性のあるシステムをボランティアベースでスタートした。

いくら議論ばかりしていても埒があかなかったので、いきなり強姦被害者と強姦被害者支援者(koisuru_otoutoみたいなひとね)同士のネットワークをつくって、自力で性暴力犯罪者と幼児性犯罪者のデータベースをつくって公開した。

国中挙げて、おーそーどー、になりました。

そりゃ、そーです。

昨日まで「良き隣人」として「出かけるなら、家でお嬢さんを預かってあげますよお」とかゆっていた気の良いおっちゃんが顔写真入りでデカデカと出ていて、読んでみると、それが正真正銘の子供の性的虐待の前科者だったりしたのだから、特に前科者および前科者の家族友人のみなさんは大暴れしました。

これでは、わたしたちはどこへ住めばいいのか。

基本的人権というものを、おめーらはわかっとるのか、ふざけんな、ボケ。

テレビでもよくやっておった。

議論が延々と続いているあいだもデータベースは議論のなりゆきに関係なく着々とつくられていって本になって出版されたりした。

いまはウエブサイトになっておる。

途中でああいうことは違法だから逮捕しろ、というひともいたわけだが、女のひとたちのほうはわたしたちをみんな逮捕できるもんなら逮捕してみろ、それに法廷に立てばみんなで弁論が出来るではないか、国民全員が関心をもつ良いチャンスです、とゆって、こっちのほうも警察に「わたしたちを逮捕しろ」と言い出す。

逮捕、できるわけねーよな。

警察は困ったが、結局、法的根拠が曖昧とかなんとかぐたぐたと言い訳をして、おれ、ヤンピにしてしまったよーであった。

官僚のことなかれ主義っちゅうのは、結構どこの国でも同じだのい。

そーこーしているうちにDBは出来上がって、支援体制も出来上がって。強姦事件が発生したときのプロシージャとかも確立しました。

再び上記の理由でメンドクサくなったので、ニュージーランドの例も上ひとつしかあげないが、

この頃に強姦被害に関しての論議もつくされて、いまのような常識を、いちばんアタマの悪いおっさんでも常識として共有するようになった。

そうやってゆかないと、また日本社会のようにじりじりと後戻りして「短いスカートは欧米の常識に反しておる」とかいう訳のわからんカソリック小説家ばばあが出てきたりするのね。

女の味方は女である。

この一連の過程で、女の医者、女の警察官、女の弁護士、女の裁判官、女の議員、ついでにいうと女の首相が、徹底的に強姦被害者のがわに立って戦った。

ヘレン・クラーク(この頃の首相だすな)は文章が下手なひとだが、「 ものすごく嫌な文章だな」とかくだらないほうへ話をもっていくひともいなかったのだと思われる。

問題を解決するにはかしこぶっていることよりも解決に集中することのほうが大事だということを知っているからです。

「そんなこと、わたしたちにできるだろーか」と、きみは言うだろうか。

出来ますよ。

きみたちの仲間のひとりは、たったひとりで勇気をふりしぼってサイトをたてて、自分を救い出すことに成功したばかりか、被害に遭ったのはあなたひとりではない、あなたは何も悪くない、とゆっているではないか。

そんな勇気というのは、桁外れのものです。

そういうひとがいるのに、あなたがた女の仲間に他国の女たちに出来たことが出来ないわけはない。

ところで、だね。

即効性があるほーは別にして、強姦被害のような問題は女が「第二身分人間」であるところから男と対等の機会と権利を保証されるまで根本的に解決されるわけはない。

理由は誰でも知っているとおり強姦という犯罪は性犯罪というよりもコントロール犯罪、

他人に対する異常な支配欲の最も暴力的表現だからです。

ナイフで他人を突き刺して殺すかわりに、性行為を強要することによって殺しているのね。

そして被害者が苦しむであろうことを想像して自分の支配力を満足させる。

ところでこの支配欲が成立するために女というものが性的に受け身であって性行為において「支配される存在である」ということが重要なんです。

このイメージがなくなったとき、つまり性行為が「男と女の共同行為」(実際、そうなんだけど)になったとき、強姦というようなものはぐっと数が減るだろうとゆわれている。

逆に「寝室におけるファンタジー」が「男が女を支配して虐待する」というのに近いものである社会では強姦件数は他の社会に較べて多いとゆわれている。

韓国とか日本とかで強姦が多いのはそういう性文化の違いもあるという。

わっしは実はやたらめったら訳のわかんない、っちゅうか

「 お偉い様のブログ主様, 善意のタコ殴り, やさしい蹴り飛ばし, あたたかい絞首刑 読んで気分が悪くなった。”傷ましいことに、その社会からの多分に性的な要求に応えて見せようとする十代の女ガキ”の部分とかさ、それ”女ガキ”じゃなくて他に選択肢が無い方が問題だし、憐憫されてやる筋合いもないし」とか「 ものすごく嫌な文章だな」とか

「ガイジンが日本の女性のことにくちだししないでくれ」とか

「日本の女性をみくだしている」とか、たくさんのあたたかい励ましのコメントをもらう前は、

わっしが尊敬する「勇気ある人」のサイト(バカが行くと困るからサイトのリンクとかは貼らん。探せばすぐ見つかるから自分で探すよーに)に「自分にも出来ることがないか考えてみる」とコメントを書いた手前もあって、わっしはあちこちの国のフェミニスト(日本語の意味とちゃうで。英語の意味ね)のおばちゃんたちに連絡してみておった。

こーゆーことは英語人のほうが楽だからな。

それと、わっしはもともとこういうおばちゃんたちに友達が多いのです。

いまみたいにセージセージしているよーなやりかたじゃなくて、日本のひとが国を越えて、たとえば「性被害の横のつながり」とかもてる可能性はないのかのん、と訊いてみていたのです。

「そんなの、大歓迎に決まってるだろ、ガメ」という話であった。

「日本の女のひとがたちあがるときが来た、なんて、夢のようではないか」

具体的に法律的支援とか、そーゆーものがどう運営されるか直截手助けできるだろう、と言うのであった。

でも、ガメ、突然どーしたんだ、と訝しげに訊かれました。

わっしは、そーゆーとき、あの「勇気あるひと」のサイトの話をした。

みな、かっちょわるく鼻をすすりあげながら聞いてくれます。

だから、やってみればいいのです。

こーゆーことは他人の手を借りたほうがいーのよ。

さすがにわっしは、もう、みなさんに関わりになるの嫌ですけどね。

みなさんの世界はどーも村社会がムラムラしていて、わっしは苦手であるよーだ。

なにか発言するたびにいちいち侮辱を我慢しなければならん、という日本の習慣も好きになれねーだ。

だから「架け橋になる」というような妄想を一瞬もったがやめました。

いま思えばkoisuru_otoutoやantonianの登場とわしへの根拠のない非難は、神様が「ガメよ、そこから先へ行ってはならぬ」とゆっていたのであろう。

あぶないところであった。

繰り返して言うと、ほんとうに強姦を根絶したいと思っていたら、議論なんかいくらやってたって、せいぜい「わからないひとが多くてたいへんですね。ご苦労様。えらいね」とゆわれるくらいが関の山であろう。

制度化をひとつひとつ積み上げてゆくしかないと思う。

他の国の女たちはそれをひとつひとつ腕を組み、力をあわせて、ただ犠牲者をこれ以上増やさないことだけに集中して、やっとここまで来た。

日本の女のひとにだって出来るはずだ、と思います。

さあて、わっしのこの「性差別談義」はここで終わりである。

世の中には、ほら、「この世界には二種類の人間がいる」っち、言いたがるひとがいるでしょう?

今朝、わっしが一緒に昼食を摂ったおやじは「ガメ、この世界には二種類の人間しかおらん。おれやきみのように何をやっても成功する人間と不平だらけの失敗者の群れさ」というので、「成功を誇るおっさんとわっしのように慎み深い若者の二種類ともゆえますな」と言い返したら、「相変わらず、口が悪いな」とゆって、ガハハ、と笑われました。

このおっさんは、そーゆえば、「きみがいつも何にでも成功する理由はなんだと思うか」と真顔で訊くので「運、でしょうね」答えると、

「ガメ、世の中に『運』などというものはない。われわれのように賢い人間とバカものの大群がいるだけだ。きみはバカに対して寛容すぎるのではないか」と厳粛な顔でわっしに怒ったこともあったな。

それはともかく、「この世界には二種類の人間がいる」という。

この場合にこの理論を適用するとだね、わっしはこの辺で退散したほうが実際、理に適ってもいるのです。

ほら、きみは女ではないか。

残りのもう一種類のほうにわっしは属しておって、わしが属しておるほうを「女の敵」という。

だから、ここであなたがたともお別れにしたほうが良いようです。

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5 Responses to 隣の性犯罪者2

  1. PANDORA says:

    私は、ガメさんの日本語の巧さにぶっ飛んだのですが….。というか、ふざけたタッチの文章というのは、教科書的な文章を書くよりはるかに難しい。ガメさんの日本語、「うまいと思いますよ」とか「下手とは思いません」何て言っている人たち、「ふざけたタッチの文章で外国語でブログ書けますか?」私は、いちおう日本語が母国語で、スペイン語が第二外国語です。スペイン語圏の人たちは優しいので、PANDORAちゃんのスペイン語は素晴らしい、とみな褒めてくれます(註:スペイン語圏の人間は、女性をけしてケナさない)しかし、私には、第二言語であるスペイン語では、真面目な文章は書けても、ふざけた文章は書けません。(日本語ならできるけど)詩を理解できても、自分で書くことはできない。友達には何人も詩人がいるというのに….。だからこそ、ガメさんが持っているのは、むしろ、おそろしいほどの語学センス、だと思います。ただ、日本には、眩暈がするほど「冗談のわからない」というか「センスのない」人たちがいます。重いテーマは重い口調で喋らないと駄目で間違っていると信じ切っている人たちもいるし、フザケたタッチの文章を読むだけで、自分が個人的におちょくられてるように感じる人たちもいます。彼らに共通するのは、「自意識過剰」だということかもしれないけど。

  2. pollyanna says:

    最近、ガメさんのブログのファンになり、毎日楽しみに拝読していましたが、まさか早々にこんな悲しい記事を読むことになるとは思ってもいませんでした。どれほどひどいコメントが来たのか、察するに余りあります。(だってひどいコメントなんて思いつかないもん)お別れなどとはおっしゃっていただきたくない、というのが正直な気持ちです。

  3. gouk says:

    ガメさんはじめまして。ここ数件の記事しか読んでいませんがユーモアも混ぜてこれだけの文章が書けて下手ってことはないですよ。内容もとても濃く面白く読ませて頂きました。ですが読んでいて、大変恥ずかしくも思いました。日本における性差別の現状や、異文化に対するキャパシティの狭さは根深いものなのだなぁ・・・と。自分のことを先に書くと、私は女性で既婚ですがガメさんの文を読む限りでは、ニュージーランドの女性に近いかもしれない、日本では大変浮いた存在です。その上でなのですが、思うに自衛論者に噛み付いている女性(ガメさんの言葉でいうなら女権の人)は日本の中にある女性差別の空気が、常に肌にまとわりついていることにほとほと嫌気がさしているのだと思います。その中で、自ら奴隷化する女性たちだけが評価されることに本当に死にそうな思いでいて、その中で自分を保とうと必死なのだと思う。私は幼い頃、そういった抑圧の中にある(見ず知らずの)女性に「私はお前みたいに強くない!」「お前が居るせいで私が目立てない!」等々、突然怒鳴りつけられることがよくありました。日本には、そういった陰湿なところがあります。ガメさんが引用されている「不快に思った」とされるコメントも私がそのように投げつけられた言葉と、とても似ているなぁ#勿論、私は女性でガメさんは男性なので#内容は全く違いますが、根本は似ているなぁと、思いました。以上は、感想です。この後は、質問というか、もし良かったらご意見を伺いたいな、と思ったことなのですが(これ、読んでいて本当に恥ずかしいと思ったのですが)「夜の巧技な娼婦」と「家政婦」と「昼の賢母」の複合物を欲しがる日本男児は、どうしたらそれを求めることを辞めると思いますか?私個人としては、そんなものを欲しがる人間は、単純に無視をするだけで良いと思っています。ですが、中には、洗脳しようと押し付ける世間の波に飲まれて身動きが取れなくなってしまう女性も多いですし、(これぞ奴隷の悪癖になるわけですが)無視をするだけの私を、彼女たちは非難してきます。リスクを背負わない裏切り者である、というように。そこで今度は男性に、そういう洗脳行為はやめないか、と語りかけると俺らも社会の奴隷である、仕方がない。と返ってくることが多いのです。自分が幸せになるだけだったら、無視をすれば良い。でも、どうなったら変わるのか。どうであれば良いのか。無駄かもしれないけど、考えています。勿論、明確な答えが無くても良いですが、なんとなくご意見が、聞いてみたかったので。まあ、こんなこと書いた上で「2種類の人間しかいない」論もなんとなくわかるのですけどね・・・

  4. potten says:

    はじめまして。pottenと申します最近ガメさんのブログを知り、非常に興味深く読ませて頂いてます。前回までの粗筋に目を通してみましたが、批判している人は一体どこをどう読んだのだろう? と首を傾げてしまいました。私は女で、性犯罪の被害に遭ったこともありますが(痴漢でした)、そういう視点から見てもガメさんが書かれていることは極めて真っ当だと思いました。私は日本しか知りませんが、観察しているとどうも性犯罪だけに限らず、既に起こってしまったことに、したり顔で「○○すれば良かったのにアナタって馬鹿ねーホホホ」と被害者に面と向かって言うのが親切で賢いことだと思っている人が多いようです。「事前に○○なんぞしきれるか。そもそも想定できるか。第一やった方が悪いだろう」と言い返せば、「自分は親切にもアドバイスしてあげたのに、何と失礼な奴!」と怒られます。見ている周囲の人にそれを訴えれば「悪気はないのだから」とか「あなたも大人気ない」とやはりしたり顔で窘めらたり叱られたりするのです。論点云々以前にとても相手にしてられません。後出しジャンケンするくせに、「それを卑怯だ」と指摘すると周囲からも「大人気ない」と言われるのです。怒るのも哀しむのも泣くのも笑うのも嬉しがるのも、とにかく感情を出した方が負けになってしまうのです。頬っぺたを引っぱたかれても、それに対して怒ったりずるいと指摘したら「大人げない」と何故か周囲から叱られるのです。しかも忘れやすさは天下一品。こんなことは日本だけなんでしょうか?つくづく「やったもん勝ち」の国に思えて仕方ないです。

  5. gouk says:

    ガメさん長文にお返事ありがとう。ベジマイト、調べてみましたけどベジマイトをトーストにのせたものを「パンの上にイカの塩辛」と例えている人がいたのでもしかしたらすごく好きかもしれません(笑癖のあるものは大好きなので・・・w恥ずかしく思うのは、単純に私が日本が好きで、日本のことをもっと誇りたいのに誇れないからだと思います。もっと議論が出来るようになって欲しいし、もっと差別がなくなって欲しい。でも実際はそうじゃない、という現状を「恥ずかしい」と思います。これは日本特有のメンタリティなのかな?#こういったメンタリティが差別問題を根深くしている気もしつつ。ちなみに私が男性を単純に無視すれば良いと思っているのは、簡単にいうと私が差別をされたという意識が無いからなんですね。私は、自分が差別をされたと感じれば、猛烈に抗議をします。勿論、日本全体が差別者だとは全く思っていないので、抗議をする相手は、目の前に現れた、明確に差別をする人に対してだけです。なので、子どもの頃は日々大喧嘩でした(苦笑しかし喧嘩のあと、大半の人とは仲良くなれたので、きちんと体当たりで話をすれば、分かり合えると思っていました。ただ、仲良くなれなかった人も中にはいるわけで。そういう人の特徴は、■ではお前にはそういうことは言わないようにする(問題の先送り?)■俺らも奴隷だから、お前らが権利を主張すると 俺らの負担が余計にかかる、と言い続ける(この場合、逆に私が哀れにを感じてしまい ま、飲みにでも行くか。となることが多い)そして最も多く、一番厄介だな、と思う反応は■ここは差別で成り立つコミュニティなので お前のような人間は邪魔である。という明確な拒否。でした。↑ここが一番根深いところで、故に奴隷と化さないとコミュニティに所属出来ない、下手をすると食べていけない、という現状から抜け出せない人が多い理由ですね。私は、差別社会に拒否をされても何をしても、抗議をやめることの方が悪いと思っている。奴隷であることをみんなで保全しあう社会は大変不健全であると思うので、そういったことはやめようと言い続けるしか無いと思っています。そもそも喧嘩にもならない、差別をする必要が無い人(差別により利権を貪る必要が無い人)というのは私の態度に対して決して否定的ではない。一部の人からは、乱暴で怖くて近づきたくないとも言われますし稀に、乱暴すぎやしないか、とたしなめられることがありますがしかし強く言わないと差別に巻き込まれるので、それは嫌だ。と言うと、大抵の人は納得をしてくれます。差別を許容してしまえば、もっと仲良く出来る人は増えますがそれでは何も変わらないし、変えられない。その考えに賛同してくれる人だけが、男女関係なく仲良くなることが出来る。主人も、そのうちの一人です。ゲイやレズビアンという生き方を選んだ人に友達が多いのも、理由の一つであると思います。しかし、差別を内面化した女性、要するに男に取って都合の良い女になることを許容し奴隷でいる道を選んだ女性からは、嫉妬だとか妬みだとかを、ガンガンに叩きつけられる。そういった女性たちは、ガメさん曰く「変わらないであろう」人を炙り出してはそういう人達を変えてやろうと抗議し続けている。私はそれに意味があるとは思えない。私も、絶対変わらないと思うから。彼らは自らを「社会の奴隷である」と言っているわけですから単純な話、今の「差別をしないと職にあり付けない社会」を「差別をすることで不利益を被る社会」に変えれば良いと、思っています。ガメさんの提示する、加害者一覧の作成という発想は多分、その一端なんでしょうね。

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