ソウルフード

わっしが大好きなミラ・ネアの「The Namesake」は、ニューヨークに越してきた若いインド人の妻が、生まれて初めて出会う寒さにかじかみながら、コーンフレークとミルクの朝食を食べるところから始まります。しばらく考えてから若妻はスーパーから買ってきてあったチリパウダーをコーンフレークにかける。

わっしはもちろん他の観客と一緒に笑いますが、一方では(コンジョナシなので)、もう涙でスクリーンがにじんでしまう。

今度、移民のおっちゃんやおばちゃんに会ったときは、もっとやさしくすんべな、と自分に言い聞かせる。

気が強い半分イタリア人な嫁のportulacaさんがイタリア杏で梅干しをつくっておる。

http://d.hatena.ne.jp/portulaca198/20090711

やっぱり、わっしはこーゆーの見ると、頼まれもせんのに涙ぐむのだよね。

アホですのい。

20代の後半にして涙腺機能がこわけたようだ。

パースナップを使ってきんぴらごぼうをつくる日本人の女助教授や、スパゲッティを使って饂飩をつくるショーシャマンは、まるで全身で母親の乳房に吸い付く赤ん坊のようである(例がなまなましくてすまん)

人間は遠い土地に移動して、そこに住むと、生まれた土地の食べ物を飢えたひとのように求めるもののよーだ。

わっしが日本にいたとき、よく一緒に遊んだ、世田谷ののベッドルームが7つある社宅に住んで、「こんな狭い家に押し込められて」とゆっていつも怒っていたJ夫人はアイルランド系の合衆国人で合衆国の大きな会社の役員夫人であった

。たいへんプライドが高いひとです。

ところが、このひとがわっしが合衆国に行くときには、ガメ頼むから「あれ」買ってきて、といつも頼むのでした。

「あれ」というのはリコリシュやねん(^^)

リコリシュは、ひとによって、好きなのと嫌いなのがはっきりしていて、それが手にはいるかどうかが死活問題のひとびともいるのね。

だから「ガイジン」同士でよく助け合ったものであった。

ロンドンは言うまでもないが、オークランドでもたとえば「ドサプラザ」というようなところにゆくと、是も非もなく故郷の匂いを満喫したくなった南インド人たちが群がっておる。

わしはゆかんからわからんが、オークランドのくそまずい(義理叔父証言)日本料理屋

は、いつも日本人であふれているそーです。

うまくゆえないが、わしは、そーゆー話を聞くと、なんだか泣くのい。

なぜだろうか?

前にも記事に書いたが、バターンの死の行進の監視の役割についていて、なけなしのきんぴらごぼうを捕虜に勧めたせいで(捕虜虐待の罪状で)処刑された日本の若い兵隊や、

黒パンを焼いた「マツヤマさん」たちのことを考える。

わっしにとっては、日本にいたときは「ローストフード」だろうか。

それよりも、なんちゅうか、「ほんとうの西洋料理」に飢えていたような気もします。

パンもスープも、肉ですら味が違うので、わっしはなんとなく「なにからなにまでインチキな世界」にでもいるような錯覚に陥ることがあった。

いやいや、ウソだな、それは、ラムとリコリシュとパン。

このみっつが、ときどき夢に見るくらい欲しくなった。

みっつとも日本にもあるじゃん、というひとは、まことに何も判らんひとである。

全然うまくゆえないが移民のひとびとは、もともとが「勇気」のひとびとであって、明るさもあれば、どんなことが起こったって楽天的に考えて解決してゆこうとする特質があると思うが、それでも食べ物だけはなかなか移民しきれないようです。

わっしはサンドリンガムの街にあるインド・スーパーマーケットに出かけて、ブルカの女のひとたちが、スパイスの棚の前に立って、何十分も過ごしているのを正視できないもののよーです。

笑いたければ笑えばよい。

どうか、がんばって、と思って、それだけで胸がいっぱいになる。

インド人たちはドケチなのでセキュリティを雇わないが、もしセキュリティを雇っていたら、ブルカの女のひとたちをみつめて涙ぐんでいるわしなどは、いきなり警察に通報されそうです。

シークの家族を空港で止めて侮辱した、というニュージーランドのパスポートコントロールなら、もう戻らんでいいから、とわしに言うかもしれん。

魂、をいっぱい買いこんで、うんと、この国で幸せになってくれればよいが、と思います。

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One Response to ソウルフード

  1. SIVAPROD says:

    初めまして。ガメさんのエントリはそれぞれ激しく首肯したりあるいはなんだか違うんじゃね?と感じたりいろいろ刺激を受けております。異国にてソウルフードに焦がれる話で思い出したのが、ラッシャー木村がアメリカで修行中に糠漬けに焦がれるあまりパンとビールで糠床を作りまがい糠漬けを作って食べていた、という話です。大男がホテルの部屋で糠床の出来上がるのを待ち焦がれてる姿を想像するとなんだかとても切ないです。

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