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Avatar3D

シルビアパークのホイツに行った。 ホイツというのは映画館チェーンの名前だすな。 底辺が38メートルというドデカイスクリーンがどおおおーんと有って、ふたつの料金の席にわかれておる。 安い席が大半でこれは10ドルから12ドル(600円から720円)です。 上のほうには高い席があって、こっちは25ドルですねん。 歯医者さんの椅子みたい、というべきか、英語でゆえばレージーボーイだのい。モートルで動くリクライニングシートになっておって、脇には小さい卓と電燭がある。全体には2席でひとつのボックスになってます。 モニとわっしは赤ワインのボトルとチーズを頼んで、足を投げ出してのんびりする。 楽しいやん。 いまの映画館は映写室も、案内して貰うと、巨大なドラムやら造形的にかっちょいい機器が錯綜していて見るからに秘密のチョコレート工場みたいで「すげーじゃん」だが、むかしの原始的な映画館に較べると、レージーボーイはらくちんだし、食べ物も改善されて、ふつうのカフェで出すようなワインもボトルで頼めるようになった。 「Avatar3D」を観たかったのは一にも二にも液晶シャッターくらいから始まった最近のカッチョイイ3D技術が好きだから、ですが、物語も予想に反して面白かったので驚きました。 ハリウッド版の「ととろ」ですかいの。 トロンから始まったCGが、とーとーここまで来たのだなあー、というのが、感想の第一です。 CGというのはグラフィックの世界では「マヌケな映像」の代名詞だったのが、いまでは現実よりも美しいものを造形しうる可能性が見えてきた。 3時間があっというまに経ってワインを一本空にしたわしらは、とても幸せな気持ちになって映画館を出ました。 それが製作者の意図の一部であるのは見え見えですが、映画館の外でコーヒーを飲みながら、モニとわっしは「アバター」としての人間について話し合った。 神が眠っているあいだに、夢見ているのがいまの有機体がある宇宙なのではないだろうか。 有機体の起源そのものが宇宙であることを示唆する手がかりが次々に出てくるのに、われわれが地球で知っている生命の誰にも会えない、どころか、発見することすら出来ないのは、有機体が存在する恒星系は実はここだけであって、この孤独は、これが単に「神が見ている夢」にしかすぎないのではないか。 この現実世界の脈絡のなさと本質的な価値をことごとく否定するために全体が「皮肉」としてつくられているかのようなありかたは、結局、これが神の「夢」にしかすぎないからなのではないだろうか。 神が自分の言語体系の中枢にある記憶を整理するために見ている長い夢は、いまや悪夢に変わりつつある。 モニとわっしはちょうど昨日アフリカ難民の家族たちと話をしたあとだったので、アフリカという大陸そのものがこの地球全体の「生命の木」であって、人間の悪意と他人への不幸の無関心が、そこから神の意識になだれ込んでいるような不思議な気持ちがしました。 Advertisements

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