Monthly Archives: March 2010

A Real Kiwi

ときどき行くカフェの主人のベッキーさんの様子が変である。 ベッキーさんはニュージーランドで生まれて育った。 オークランドのハウィックというところです。 お母さんとお父さんは香港からニュージーランドにやってきた。 いつか訊いたらいまでも両親は英語をようしゃべらん、とゆって笑っていました。 ベッキーさんは、中国語もしゃべるが英語が母国語。どころか、バリバリのKiwi Englishで話す。 (Kiwiというのはニュージーランド人が自分たちを呼ぶときに使う呼び名です) カフェの主人、と言ってもまだ24歳である。 わしから見ると東アジア人の特徴だが、頭の回転がものすごく速くて、わっしが10考えるあいだに1000くらい考えて、いらいらしながらわしの反応を待っているようなふうです。 「ガメさんは、ほんとうに、のんびりだから!」という。 「なんだか、いらいらする」と言いながら、でも、人の相性というものはそういうものなのでしょう、ベッキーさんとわしは「ウマがあう」のだ。 だからベッキーさんのカフェに新聞を持ってモニとふたりでゆく。 軽い夕食を食べにも行く。ベッキーさんが得意な「flat white」を飲みに行く。 ワインだけを飲みに行くこともあります。 今日は、ちょっとヘンだ。 いつもと同じににっこりはするものの、なんとなく顔が強ばっているような気がする。 受け答えもぎごちないし、そう思って疑うとモニとわしを避けているようにも見えます。 ヘンな奴、と思っているうちに他の客がいつのまにかいなくなった。 ところが驚いたことに、いつもなら客がいなくなるとこれ幸いとばかりにわしのいるテーブルに寄ってきて、6連装バルカン機関砲よりも速い饒舌がとんでくるのに、カウンタのほうへ行ったきり、こっちを見ようともしない。 ちょうどワインのグラスが空になったので、わっしは手をあげてベッキーに合図する。 やってきたベッキーに思い切って「どうしたんだよ。ヘンだろ」という。 しばらく、ぐっとあごをひいて、わしを見つめていましたが、えーい、と思い切ったとでもいうような感じで、「先週、旦那とクライストチャーチに行ったの」という。 ベッキーの「旦那」はアフリカ人で、物腰の柔らかな知的なひとです。 わしの新しい飲み友達でもある。 「旦那と道を歩いていたの」 「そしたら」と、なんだかそこでこおみあげてくるものを我慢するような顔になります。 「そしたら」それからみるみるうちに突然眼に涙をためだしたので、びっくりしてしまいました。 「I was yelled at!」という。 そのまま、よっぽどくやしかったのでしょう。おいおい泣き出してしまった。 ガメ、I was yelled at! モニが立ち上がってベッキーの肩を抱いてやっておる。 I … Continue reading

Posted in 異文化異人種 | 2 Comments

「もう一個の地球」を買う中国政府

中国の投資攻勢はすさまじいものになってきた。なかでも「なりふりかまわず」なのが資源の購入です。国籍が中国でない投資家に購入を依頼して法律による制限を逃れる、とかいろいろなことがあるよーだ。食料源についても同じで、ニュージーランドでも5兆円というような単位で農場を買いとる会社の背景が不透明で社会問題になったりしておる。 中国人の生活水準が先進国、たとえば合衆国並みになると地球がもう一個あっても足りなくなる、というのはいまでは世界中の人間が知っているが、わかりきったことならば必ず手を打つのが中国という国の伝統芸で、簡単にやれそうに見えて他の国にはなかなかやれないことでもある。 中国という国は政治のことになると思考のスパンが異常なくらい長いので地球がもう一個いるとゆわれている2050年ー2080年とかは「次のページ」くらいに思っているようです。 これは中国人にとっての命を賭けて守るべき共同体が宗族という血で編まれた時間的な広がりをもった共同体であって西洋に多い空間的な共同体と異なるからでしょう。 中国人にとっての「パブリック」は時間的な拡張のほうが空間的な拡張よりも大きい。 中国の投資のもうひとつの特徴はやりかたが極めて投企的(投機、ではない)であることで、なんちゅうか「Plan B」に価値を認めない。 その手並みが決まったときの見事さは投資を生業とするものならみなが等しく知っているところです。 、中国が先進国になったときに必要だと言われる「もう一個の地球」は遠からず中国政府が買ってしまうだでしょう。 元の地球、はじめの、いまわれわれが住んでいる一個のほうは、なんというか資源のほうから見るとただのオーバーヘッド、というものになるわけです。 しかし政治というものが結局は「誰が死ぬか」ということを決めるものであることを思えば、それも仕方がないのかもしれません。 中国人が言うとおり未来の地球においては「誰かが必ず死ななければならない」からです。

Posted in Uncategorized | 2 Comments

オークランド

エーボンデール(Avondale)の日曜市場に行った。 日曜になれば、あちこちに立つ市場のなかでもエーボンデールは特徴がある。 他の市場はぶらぶら歩いてひやかすひとが多いが、エーボンデールは来るひとがみな買い物に来ます。 なんでもある。中国人たちは自家製の豆腐をつくって売っている。アフリカ人たちはアフリカ料理に使うクスクスや豆を売る。中東人たちは菓子、あらゆる国のひとたちが銘々自分たちの国の人間が食べる果物や野菜を売る。みな故郷の食べ物を食べたい一心でやってくるようなところもあります。 もうひとつの特徴はコーカシアン(白人)がほとんどいないことで、何千人という大群衆のなかでモニとわしが見たコーカシアンはブドウを売っているおっちゃんだけで、あとはクルマに乗ったまま群衆のなかに分け入って市場を突っ切るという無茶なことをしているおばちゃんがひとり。 お客の方は、モニとわし以外コーカシアンはゼロ、です。 理由はわからん。 コーカシアンはいないが、それ以外の人間は全部見られる、と言いたくなるくらいいろいろな文化圏のひとがいます。 インドのひとと中東のひとがいちばん多い、と思う。 ブルカのおばちゃんが、頭のベールと下のマスクの部分がくっついて前が見えなくなって焦ったりしているのを見ていると、へえー、そういうところが不便なのね、とわかったりして歩いているひとを見ているだけで楽しい。 アフリカ人の若いカップルの男のほうが古道具屋で買った電気掃除機のホーズのくびをつかんでずるずるひきづって道を歩いて行く。少し離れた後ろから、カップルの細い背の高い女のほうがなんだか半分跳びはねるように歩きながら何事かからかいの言葉をかけて笑っておる。 「楽しそうだなあ、あのふたり」とモニがふたりを見やりながら言う。 「ステートハウスに入っていったのい。難民のひとだな、あれは」 モニさん、「いいなあ」といいます。 「なにが?」 「だって、未来にいいことがいっぱいある、って信じてる顔だぞ、あれは」 そういわれてみれば、人間があんなに明るい顔をしているのを見たのはひさしぶりなような気がする。 ブルカのおばちゃんたちが、韓国人の夫婦が家電を売っている屋台で品定めをしておる。 みんな英語で話している。 韓国なまりや中国のなまり、ポリネシア、アラビア、いろいろな国の発音とアクセントで、みなが真剣にやりとりしています。 なんだか、みなが全身から「わたしは幸せになりたい」と訴えかけてくるみたいだ、とゆったら、モニにガメは思い入れが過ぎるよーだ、とゆって笑われてしまった。 帰りにはHalal(ムスリムの法に定められた手順で準備された、っちゅう意味です。肉やなんかは屠殺の手順から全部定められている)の肉屋に寄って鶏肉を買った。鶏肉はHalalの店のほうが断然おいしいし、豚肉は中国人たちの店がおいしい。アラビア人たちの菓子屋やインド人たちのスパイス屋、出かける手間を惜しまなければなんでも新鮮な食べ物が手に入ります。 オークランドは英語ではAucklandと書く。カリフォルニアのOaklandもオークランドでカタカナで書くと同じになってしまいますが英語では発音が全然違う。 最新の統計では人口が140万人。2027年には200万人を越える。 いや、そんな見積もりは甘い、2025年には200万人を越えるだろう、というひともいます。わしが子供の頃は100万人、とゆっていたが、多分、100万人以下だったでしょう。いままでは7つのカウンシルがてんでんばらばらに勝手に行政をやっていたのが今度は「スーパーシティ」っちゅうんで、今年の10月からだかにひとうの行政体をつくることになった。 人口の半分超がコーカシアンで、残りはアジア人とマオリ・ポリネシア人で世界で最もポリネシア系人の人口が多い都市です。 わしはもともとクライストチャーチが好きで、いまでもそこのフェンダルトンというところに家がありますが、モニの希望でオークランドに住むことになった。 結婚する前からパーネル(Parnell)というところに家はあった。 でも、これもまたモニの希望でラミュエラ(Remuera)という所に新しく家を買って越した。 ラミュエラからニューマーケットというオークランドでいちばん大きい繁華街まで歩いてゆけます。バーやレストランはパーネルのほうが良いところが多いが、モニはあんまりそういう場所の近くに住みたがらないので結局パーネルから越すことになった。 ラミュエラはオークランドの真ん中みたいなところに広大な住宅地が広がっている、というヘンなところで、袋小路がやたらに多い、静かな町です。 住んでみると、たいへん住みやすいところで、パーネルから越してきてよかった。 いつものことだがモニのほうがたいぶんわしより賢いようだ、と考えました。 僅かにベーカリーとワイン屋がパーネルのほうが良かったなあ、と思うくらいです。 他はラミュエラのほうが何事によらず住む場所として快適である。 インド料理もピザも中華料理も、チェーンではない、すげーおいしい店の出前があります。当然、テークアウェイズ(Takeaways)はもっと、山ほどある。 わしは労せずしてうまいものを食べるのがすきなので、オークランドも結構よいではないか、と思っているところです。 日本のひとはクライストチャーチのほうが好きなようです。 新聞に観光客の感想として、そう出ておった。 わっしが知っている日本のひともオークランドはアジア人ばっかりでシンガポールみたいだ、と言う。クライストチャーチのほうが白人が多くて落ち着いてるよね。 … Continue reading

Posted in Uncategorized | 2 Comments

見えてきた新しい世界

日本の世界経済からの退場が決定的になったので様々なひとがグランドデザインの変更を余儀なくされることになった。日本の「再起シナリオ」がなくなったとゆっても、なにしろ日本はまだ国別で見れば世界二位のGDPを持っているので、その巨大な経済が崩壊していゆく過程に対処してゆくのは結構たいへんなのです。 いま見えてきた新しい世界は、太平洋側では中国とインドが巨大化してゆく世界だということは明らかになった。中国が内陸市場のゲートを開く、というちょっと考えられなかったことを実行したのでチャイメリカという構想はやはりオバマ執行部の見果てぬ夢になりそうです。マルクスヒロシが怒り狂っているナショナルヘルスケアの改革なども、クリントン時代から続く人脈に歩み寄らざるをえなくなったオバマの「党内政治上の投機」でしょう。マルクスヒロシはナショナルヘルスケアを通じて直感しているようですが経済上の政策はもっとひどい。税金を注ぎ込むだけ注ぎ込んで遠大な「先延ばし作戦」に出てしまった。そうすると、国が社会主義化して不況が10年20年と続くはずですが、「破綻よりは良い」ということに合衆国人は同意してしまったようです。 中国は内陸市場ゲートを開いたことによって政治的不安定に直面する可能性が高くなった。それだけアメリカを経済的なパートナーとすることに不安を覚えるようになったのでしょう。 インドはバカ官僚主義の国なので、つねに官僚が起爆剤になった自爆の可能性を抱えておる。 でも、世界の経済というものは「伸び続けなければならない」という義務を負っているので、やはり、この二国に世界中のひとたちが金をつぎ込むでしょう。 欧州はうまく自閉しようとしているが、うまくいくかどうかわかりません。 ロシアは資源大国としてカムバックしようとしている。でも富の再分配装置が皆無に近いので経済大国化は当然無理です。 存在感を示そうとすれば国権的にならざるをえないので危ない国になりかねない。 だからインドと中国。 オーストラリアとニュージーランドは「すでに不景気を脱した」と投資家たちはゆいます。わしはあと3週間くらい様子みたほうがいいんでねーの、と言いますが、経験がわしより豊富なおにーさまたちは、「なにをぬかす、もうダイジョビに決まっておる」とゆっておる。どちらも直截の引き金は前者は資源後者は食料に対する中国の需要の強烈な増大です。乳製品とかは全然生産が追いつかない。 オーストラリアとニュージーランドは中国の「触媒」の役割をはたしているのも見逃せない。英語国で中華圏人口が(特定文化集団が有効な影響を与える人口比率とされる)一割を優に超えるオーストラリアとニュージーランドでは西洋と中華圏の投資上の折り合いについての実験のような取引がたくさん行われている。主に金融を舞台にしてさまざまな試みがなされています。 一方では合衆国は軍事的な再編成も含めてオーストラリアー合衆国ラインをつくろうとしている。日本が片務同盟国としてすらいかに不実か身にしみて学習したからでしょう。 普天間などは、中国人たちですらぶっくらこいておった(^_^;) 不確定なのはスペイン語圏と欧州で、これが見えてくるのは、もうちょっと後、二年後、とかになるのではないでしょうか。 南アフリカを除くアフリカ及び中東近東については英語の世界では意味があることなので先刻も論じていたところですが、日本語で書くことに何の意味も見いだせない。 ここまで書いて、どうしようかなあ、と思いましたが、ゆってしまうと、わしはいまでも日本のひとに 「世界の期待を裏切る努力をすればどーか」と言いたい気持ちがあります。 260年鎖国してても追いついたんだから、やればやれるのではないだろうか。 でもそのためには、いまの戦前の日本を彷彿させるような集団発狂の状態を脱しないとダメだと思う。当然正しいと思い込んでいる自分たちのほうががおかしいのではないか、と思わなくなった日本、というのはどういうときにそうなっていたか、ということを思い出さないとダメなようです。

Posted in Uncategorized | 3 Comments

故国にかえってきた

おもいきり深呼吸してもヘンな空気が胸にはいってこない感じ、とゆえばいいのだろうか。 何をするにも何も考えなくてよくて、ぼんやりしていればそれで一日が経ってしまいます。半日外にいるとひとりは新しい友達ができる。 アルバート公園のベンチに座って、夏の面影を残している日の光をみながら「自分の国はいいなあ」と思う。 自分の国、とゆっても、わっしの「祖国」は他の多くのこの国のひとと同じにふたつある。 わっしでゆえばふたつパスポートをもっていて、ひとつは連合王国という国、日本語で「イギリス」という。もうひとつはニュージーランド、という国です。 でもわしは新しい国というものが好きなので、自分では「ニュージーランド人」のつもり。子供の時からよく来ていたしね。 新しい国というのは、とても良いのです。 まず新しい移民たちははしごのいちばん下の段にとりついたばかりだ、と感じているひとが多いので、腕と足に全身の力をこめて社会のはしごを登ろうとする。 不景気になっても嘆いている暇はないので、不景気な社会のなかで全力をふりしぼって生きる。 (そうして、ここがいちばん大事だが) 新しい移民は、自分の国という本人にとっては最も居心地がよいはずの国を捨てて大ジャンプをして、このニュージーランドというまだ、少なくとも本人にとっては正体がうまくつかない国にくるのです。 そーゆーひとは、どんなタイプのひとかというと、何事によらず「無茶苦茶がんばれば何とかなるさ」というひとなのね。 「全力でぶつかれば必ずなんとかなる」というひとばかりなのです。 だから、社会全体が異様なくらいポジティブで、後ろをふりかえったり地面を見つめたりしない。 ニュージーランド人たちは昔から自分たちの貧しい国で、お互いに助け合って暮らしてきました。日本人が珊瑚海まで攻めてきたときには、ちゃちな戦車壕を掘ってオモチャのような戦車砲で威風堂々たる「大日本帝国連合艦隊」というニュージーランドから見れば母親のような「英帝国」にすらついていない「大」を冠したアジア人の帝国の侵略に備えた。「Think Big」なんちゃって、誇大妄想な経済政策をとって大失敗したあとは、これからこの国をどうすればよいかみなが一杯のビールでパブに何時間も粘って口角に泡をためて議論した。 ニュージーランド人たちは、おもいきって自分たちの福祉をいったん全部すてた。 政府なんかは、他の国のひとが一見してぎょっとするくらい小さくした。 どこの国のひとも「なにも、そこまでしなくても」とゆった。 でも、(小さい声で言うと)福祉を完全に捨てたその瞬間でもニュージーランド人たちは知っていたと思います。 福祉がなけりゃ、むかしみたいに助けあってやってきゃいーじゃん。 お互い文無しだからな。やむをえない。 ニュージーランド人の特徴は、すきさえあれば殆ど見も知らぬ相手に対してでも「自分は、これからどうしたいと思っている」と話し出すことです。 そーゆーことだから、わっしは自分の健康を管理してくれているねーちゃんが将来は警察官になりたい、と思っているのを知っておる。行きつけのパブのにーちゃんが、政治家になりたいと考えていることを知っている。モニの好きなレストランのやたらに親切なにーちゃんが経済学者になるためにベンキョーしているのを知っている。 若い国、というのは、国や社会というものが、そもそも個人の夢を助けるために存在している、ということを当然のこととして出来ている。 だから移民のなかでもいろいろな得失を較べて自分にとって「いちばん得な国」に来る移民に対して拒否反応を示すのです。 日本人は賢いひとたちの集まりなので、こんなことを言うと大笑いをされて終わるに決まっているが、ニュージーランド人は「お互いに助け合う」ということを当たり前だと思って暮らしています。 クリケットでも野球で同じで精巣にボールがあたってプレイヤが七転八倒することがある。そーゆーときに「可笑しい」と感じてアジアのひとは笑う。 ニュージーランド人は田舎者の集まりなので、なぜそれが「可笑しい」のかわかりません。 そー。 田舎者の集まりなのね。 新聞を買いに店に行くでしょう? 「やあ、元気?」「元気です。あなたは元気?」 「やあ、もちろん元気です」までは英語の世界では当たり前でも、後ろに並んでいる人がふたりもいるのに、昨日、自分の将来についてこんなふうに考えてみたがガメはどう思う?と訊く。 「そりゃ、学校に行った方がうまくいく確率が高いんちゃうか」とわしがゆって、ふたりで話していると、そこまでもじもじしていた列に並んでいたふたりが、「いや、おれは学校なんかくだらないと思う」「世界を旅行してみるというのはどうか?」という。 そーゆー土壌の国に物事に対して楽観的な新移民たちがやってきたので、それはそれはすごいエネルギーなのです。 こーゆーのもますますベタだが、国中が家族であるような趣がありますのい。 そうして、言うまでもなく、わしらが最も誇りに思うのは、わしらの「家族」の皮膚が、あるものは黒く、あるものは白くて、あるいは他のひとは黄色いこと。 あるいは、どんな色であるかを考えなくなったことです。 雨が上がったビクトリア公園を、制服を着た女の高校生たちが歩いて横切ってゆく。 … Continue reading

Posted in Uncategorized | 4 Comments

単子的

ライプニッツがでっちあげた単子(モナド)に窓がないのは「違法でない範囲ならば人間の活動は自由であるべきである」という当時の上流階級の人間の考えにライプニッツが阿ったからである。おっさんは、おとろしいくらい賢いやつだったが本来の意味のモラルはかけらもないプロシア的人物だったからな。 大衆小説を書くようにして哲学を書いたひとです。 人間はあの頃から生きてゆくということの本質的な意味を見いだすのに塗炭の苦しみを味わうようになった。 「神様」という言語の構造が生み出した病気を治そうと志すようになってしまったからです。 スピノザが神様とまじめに対話できた最後の哲学者だった。 スピノザが死んだあとは、「神様がいてもいなくても、どっちに仮定しても世界が成立する」という、ほぼやけくそみたいにえーかげんな世界を人間はつくりあげた。 神様が「いても」「いなくても」成立するならば、それは神様とは何の関係もない仮説じみた社会であるのはあたりまえで、だからニーチェは、論理的に完全な暴論を構築することができた。 気の毒にも「正しいこと」だけを信じれば人間の健全な繁栄が達成されると狂信したドイツ人たちは国が他国人に暴力的に制圧されるのを目撃されなければならなかった。 人間は自分に命令する内なる言葉の体系が「正しさ」を主張しだしたら顔を背けなければならぬ。 「正しさ」というものがいかに危険なものかわからない人間は言葉を使ってはいけないのだ。 ちょうど、爆弾に関する正確な知識をもたない人間は爆弾を見たら一目散に走って逃げるのがいちばん正しいのと事情はたいへん似ている、と思います。

Posted in 宗教と神 | 7 Comments

日曜日

日曜の朝には朝市に行く。駐車場や学校の校庭、公園、というようなところに近くの農家や店や素人も集まっていろいろな店が立つ。 先週は郊外のおっちゃんがつくった手作りのラベンダーの石鹸を買った。石鹸はたくさんあるが、あまりに匂いがよかったので、また買いました。 フランス人のにーちゃんが作って売っているベーコンとハムもうまい。 ノースショアのマーケットは規模も大きくて他のマーケットより商売気の多いひとが多いようだが、それでも、普通の店で買い物をするよりはずっと楽しいので、ここにもときどき出かけます。ジャムやパンを買う。蜂蜜を買う。 それから店の横の暗い軒下を通ってゆくと急にぱっと視界が開けて楡の美しい大木が立っているコーヒー屋で朝食を食べる。裏庭は店よりも少し高くなっていて、調理場の高窓が庭の地面と同じ高さになっている。 注文を変えたりするときは庭の端まで歩いていって、「さっきのベルジアンワッフル、ショルダーベーコンもつけてけろ」とか言いにいきます。 そうすると、おっちゃんがフライパンを動かしながら「あいよおー」とゆってベーコンがつく。忙しいときにこれをやると、おっちゃんが混乱するので、客はみなマジメに小路をまわって店の表へ行ってウエイトレスのねーちゃんたちに注文するのね。 こういうところのウエイトレスねーちゃんたちは17歳やなんかのひとが多い。 アイアリッシュダンスのダンサーで次の大会がカナダなので航空運賃を貯めてるんです、とか、第二外国語に日本語をとっているから今度の夏休みに東京に行く、とかそーゆーひとびとが多い。高校生ですのい。 モニとわっしは、庭にまわって木の下のテーブルをとると、フラットホワイトとフレンチトースト(フライドバナナとベーコンが付いていて上からメープルシロップがかけてあるな)っちゅうような朝食を摂ります。わしは食い意地が張っているので、それにポーチドエッグX2と、はなはだしきはステーキをつけてもらって朝食とする。 うめっす。 そーゆえば、「フラットホワイト」とは、アメリカ人は言わない。ダラスからニューヨークへ行く飛行機のなかで、アジア系アメリカ人乗務員のおばちゃんに、つい「フラットホワイトにしてください」とゆったら、のけぞられた。 あっ、そーか、と気が付いて、「わしらはミルク入りコーヒーの事を、そうゆうねんで」とゆったら「あー、よかった。なんか人種的なジョーダンを言われたのかと思いました」 と言った。くわばらくわばら。 フラットホワイト、は、では普通に牛乳がはいったコーヒーかというと、そーではないのです。スチーマでじゅわあああと泡を立てたミルクをコーヒーと混ぜてつくる。と、ここまで書くと、「カフェ・ラテと、どこが違うねん」と思う人がいるに違いない。 その違いは、ですね、わしもわかりひん。 いっぺん、コーヒー屋のおっちゃんに訊いてみたことがあるが、カフェラテとカプチーノとフラットホワイトが同じ3ドル50セントで載っているメニューをじぃーと眺めて、長考1分、 「わからん」と言うので笑ってしまった。考えてみると、バルセロナやなんかの カフェ・コン・レチェとも似ている、っちゅうか、同じだすな。 コーヒー屋さんの裏庭でふたりで新聞を広げたりしながらのんびりしていると、ブランチを食べる人が多いこの店に近所の子供連れの夫婦やなんかが三々五々集まってきます。 空気がだんだん和やかで賑やかなものに変わってゆく。 ガキンチョ椅子に腰掛けた子供が緊張した顔で、必死に静かにして心の中のコーフンと戦っておる。 モニがなんだかニコニコして、それを眺めてます。 子供と目があうと手をふったりしておる。 わっしはすっかり平和な気持ちになって、頭のうえに大きな枝を広げてたっている木の向こうに広がる青空を見ながら、 「日曜日はいいなあ」と、あんまり意味のないことをつぶやいてみたりするのです。

Posted in Uncategorized | 7 Comments