引っ越しが一段落ついた

クライストチャーチからの荷物が着いたところで引っ越しが一段落ついた。
モニの意見で、大半のものを新しく買うことにしたが、子供の時から使ってきたアールヌーボーのライトやホワイトパインの不思議な色調のキャビネットが家のなかに並び出すと、やはり落ち着きます。
わっしがいまこれを書いているテーブルはモニが育った家から送られて来たものだが、力自慢のニュージーランドの引っ越し屋さんが4人で必死になってやっと持ち上がるほど重い。
何十というキャンドルスタンドがあちこちに置かれて、モニとふたりで灯りをつけて歩いくと、家全体が輝きだすようである。

モニといろいろ話し合いましたが、結局、フランスとニュージーランドを往復して暮らすことになりそうです。わっしは「東京で鮨」に未練があったが、モニの珍しいくらい強い反対でダメになった。いつもの、えーかげんな調子で「中継地なんだから、二週間くらいいてもえーんちゃう」とゆってみたが、中継地ならシンガポールのほうがいい、という。
なんだかおっかないので、すみませんでした、それでいいです、ということになった。
このあいだからオークランドに来ている叔父としばらく話し込んで、怖い顔をしていたので、叔父がまた何か余計なことをゆったのではないかと憶測しますが、叔父もなんだか難しげな顔をしているので、なんの話をしていたか訊く気がせん。

落ち着いてみると、今度の家は良い家です。
オークランドの「フルセクション」はだいたい1400平方メートルですが、この家はダブルセクションでちょうどその二倍ある。
ニュージーランドではそんなにめずらしいことではないのは住んだことがあるひとは知っていると思いますが、一面だけのテニスコートと20メートルのプールがなだらかなスロープをのぼりつめたところにあって、そのむこっかしにモニとわしの家がある。
ラミュエラの丘の北の斜面にあって、遠くには海が見えます。

もっとも良いのは裏庭が静かで、たとえば軽井沢の家よりも静かである。
背の高い生け垣の向こうにいまちょうど満月の月が顔をだします。
これも軽井沢よりも多い数の星が頭上に輝いている。

便利もなかなかよろしい。
オークランドでいちばん大きい繁華街はNew Marketというが、このなんでもある繁華街まで歩いても30分くらいです。
ながあーい、だらだらだらとくだっている坂を下りてゆくと、もうたとえば「Tasca」でチョリソや挽肉の上に卵がのっているバスク料理をつまみながらワインを飲める。
イタリア人たちがやっておるピザ屋やシシュアン(四川省人)たちが、愉快でデッタラメな英語で注文をとりにくる中華料理屋がある。

モニの強い主張で腰を落ち着けることにしたニュージーランドですが、わが故郷ながら、こうやっていてみると、なるほどわが里ながらなつかしくも居心地がよい。

ニュージーランド人の第一の特徴はお互いに対する「仲間意識」の強さだと思います。
小さくて、吹けば飛んでしまいそうな小さな非力な国なので、みなが力をあわせて肩をたたきあいながら暮らしているようなところがある。

先先週、ドライブの途中で寄ったPanmureという街のカフェでわっしが考え事をしていてたら、よほど暗い深刻な顔に見えたのでしょう、倶利伽羅モンモンの身長が2メートル20くらいある小錦みたいな体格のマオリのにーちゃんが、通りから、わっしのテーブルに向かって歩いてきて、「どうしたい、ブラザー、悩みがあるなら、おれに話してみろ」という。

わっしが、取引のトラブルのことを話してみると、自分はギャングだが、おれたちの世界でも、そういうことがよくあるんだぜ、といろいろな話を聴かせてくれてから、
ギャングたちの方言で「He should of stayed withya」とゆった。

わっしは、そこ至ってこらえきれなくなって涙ぐんでしまったが、このにーちゃんは、わっしに手の甲をだしてみろ、とゆって、そこに自分の名前と電話番号を書くと、「また、会うべな」とゆって、悠然と歩いていった。

そーゆーことが、いくらでもある国なんです。

この国ではマオリ人もサモアンも元イギリス人も東欧人も中国人も韓国人も、もちろん(この頃急速に増えた)日本人も、みなが肩を寄せ合って助け合って暮らしている。

肌の色がなんであろうが性別がどちらであろうか、みな仲間なのです。

それは「考え」というよりも国を成り立たせるための本能に近い。

日本人、とゆえば、わっしには日本人の友達が新しく2人できた。
ひとりは元ガッコの先生、もうひとりはバンドマン。
「学校の先生」は日本のひとらしくすべてに悲観的で、日本の教育はもうダメなんです。
取り返しがつかない、とゆって、暗い顔をします。
バンドマンのほうは正反対に明るいひとで、ヨーコ・カノーの話をして、日本の音楽はこれから世界に出て行くのだ、とゆって威張っておった。
不思議な変化は、どこにいたってあんまり見なかったテレビを観るようになった。
午後8時半くらいになるとカウチに座ってモニさんと肩をくっつけて凝っとテレビを観ます。もっかのお気に入りは「The Good Wife」と「Cold Case」ですかいの。
日本では観ようとおもっても観られなかった「The Oprah Show」も「The Late Show with David Letterman」も帰ってきた。

妹によると、この現象は「文明世界復帰のリハビリの一環なんじゃない?」という。

もうひとつには(あたりまえだが)朝から起きてから夜ベッドに行くまで、街中で聞こえてくる言葉がすべて英語なので、ただその「音」だけでなんだか気持ちが落ち着くのです。

英語を話さない人ばかりの外国にいたときの、ささくれだった気持ちが、滑らかになってゆくのが、身体に染みこむ光のような感じでわかります。

ここまで書くとカンのよいひとはわかったと思いますが、だから北半球はロンドンでなくてパリなのね。

じっと黙っているが、きっとモニさんも同じなんです。
わっしはわが怒れる心の友antonianの言うごとくアホなので気が付いていなかったが、こんなにも長い間自分の国に帰らなかった(一時帰国はのぞく)モニは、自分のなかからフランス語世界を失って、きっと。とても不安であったに違いない。
そーゆー、わしでなければ、誰でもとっくのむかしに気がついていたに違いないことに気がついてわっしはモニの忍耐心の強さにぶっくらこいてしまった。

だから、わっしがあんまり好きでないパリにわしらはいるべきである。

上のラウンジにも下のラウンジにも真新しいカウチが並んだら、モニがわしの肩に手をまわして「ガメ、新しい生活の始まりだな」という。

うー。
あんたの勝ちですがな。
わっし、涙、とまらんやん。

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