単子的

ライプニッツがでっちあげた単子(モナド)に窓がないのは「違法でない範囲ならば人間の活動は自由であるべきである」という当時の上流階級の人間の考えにライプニッツが阿ったからである。おっさんは、おとろしいくらい賢いやつだったが本来の意味のモラルはかけらもないプロシア的人物だったからな。
大衆小説を書くようにして哲学を書いたひとです。

人間はあの頃から生きてゆくということの本質的な意味を見いだすのに塗炭の苦しみを味わうようになった。
「神様」という言語の構造が生み出した病気を治そうと志すようになってしまったからです。
スピノザが神様とまじめに対話できた最後の哲学者だった。
スピノザが死んだあとは、「神様がいてもいなくても、どっちに仮定しても世界が成立する」という、ほぼやけくそみたいにえーかげんな世界を人間はつくりあげた。
神様が「いても」「いなくても」成立するならば、それは神様とは何の関係もない仮説じみた社会であるのはあたりまえで、だからニーチェは、論理的に完全な暴論を構築することができた。

気の毒にも「正しいこと」だけを信じれば人間の健全な繁栄が達成されると狂信したドイツ人たちは国が他国人に暴力的に制圧されるのを目撃されなければならなかった。

人間は自分に命令する内なる言葉の体系が「正しさ」を主張しだしたら顔を背けなければならぬ。
「正しさ」というものがいかに危険なものかわからない人間は言葉を使ってはいけないのだ。

ちょうど、爆弾に関する正確な知識をもたない人間は爆弾を見たら一目散に走って逃げるのがいちばん正しいのと事情はたいへん似ている、と思います。

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7 Responses to 単子的

  1. bubliki says:

    ガメさんと右上のにっこりちゃん、こんばんは。
    2百年前の世界で無神論なんか称えようものならそのひとは狂人あつかいされたでしょー。
    つまり神様を信じるのがみんなの常識だったわけでしょ?
    でも今は宗教を信じるか信じないか、神様がいるかいないかはひとりひとりが自分自身の責任で選択しないといけない。
    つまりもう宗教ってものの意味というか存在意義が昔とはまったく変わちゃってると思うのねん。
    『昔は良かった』なんて大嘘。世の中ちゃーんと進歩してるのよきっと!

  2. kochasaeng says:

     ええと、神も仏もないおれとしては、こういうことにコメントするのは場違いなのかもしれないけど、神も仏もないもんで、モナドってのは魅力的っていうか「あ、それアリかも」って思っちゃう。

     まえにも言ったことがあるけど、おれはパーリ語で念仏が唱えられるのね。上座部仏教って好きだから。上座部ならパーリ語になっちゃうでしょ。大乗ならサンスクリット語。
     ところで上座部は、大乗のひとびとに「なんだよ、じぶんだけ良けりゃいいのかよ」って思われがちで、「そういう料簡の狭いことではイカンではないか」と蔑まれてしまうのね。
     でも、ちょっと違うと思うんだ。極楽往生を目指す大乗と違って、上座部は救済なんかよりも「悟り」が目的なんだもん。
     大乗だと「仏陀さまが悟りをひらいてくれてるから、わしらはそれに乗っかっていけば良いじゃん」ってことですね。
     だけど上座部は、ひとりひとりが悟りを開きたい。そこはお花がいっぱい咲いた世界かもしれない。まだ見たことないけど。

     大乗は「みんなでシアワセになりたい」んです。わかる。そうだよな。みんなでシアワセになるって、いいよね。いつの日か悟りを開いた如来様かなんかが、わしらをブーンって涅槃に連れてってくれる。他力ですね。
     民主党に投票したひとと同じなのか違うのか、って一緒にしちゃいけない。
     いっぽう上座部は悟りが目的だから、瞑想しちゃう。修行しちゃう。めでたく悟った暁には、輪廻から解脱できて、なんということだ、そこには思考も言語もないワンダフルな世界が開けているわけだそうで。
     で、瞑想や修行を続けていると、ある日見つけられるというのね。「わかった! 見えた!」って。悟っちゃう。
     おー、いえー。ポエジーなんですね。悪く言うと、「いいかげんな思いつき」かもしれない。わかんないよね、そんなこと。ひとそれぞれだから。
     まあ、でもパーリ語の教典は、悟るための処方箋のひとつなんです。

     だけど、「ナ・モー タッサー パカワトー アラハトー サムマー サムブッダサー」ってパーリ語で唱えても、おれは阿羅漢で正覚世尊の仏陀様を礼拝できてない。
     「ブッダン サラナン ガッチャーミ」って言っても仏陀様に帰依してない。
     ダメじゃん。俺の念仏にはタマシイが入ってないんです。九官鳥と同じですね。九官鳥に、こんな強烈な言霊の念仏を唱えさせてはイカンのだが、タイの僧は「マイペンライ」というのね。
    「ニホンジンよ。おまえも見つけられるのだ」と言うのね。「仏陀様に帰依しなくとも、見つけられるかも」と。
    「だから」僧は言う。「ブン(良いカルマ)を積むことだ」
     おれがパーリ語の念仏を一発で憶えるのもカム(カルマ)だと言うんだけどね。たんなるドルゴルスレン能力なんだが。
    「いつでも帰依できる。そのときは、ここへ来るように」
     へへぇーっ、とおれは頭上でワイ(合掌)するんだけどね。まあ帰依することはないと思います。

     帰依することなく、ポエジーでいいから悟れたなら、それはモナドみたいなものかな、と思った。窓なんかない。自力だもん。
     この考えは、ちょっといいな、と思う。それを「悟り」と呼ぶかどうかはわからんが、ひとが何と呼ぼうと、見ることができればいいじゃん。

     ところで、この僧というのが、うちのヨメの実家がお世話になっている僧で、たまに思い出したように「つぎの宝くじは、この番号を買いなさい」とか言って、それがまた当たる。なん度も数万バーツ当ててるんだ、これが。そういうところがタイの坊さんだなって思うんだけどね。
     で、ちょっと昔。この坊さんが義母に「おまえの娘が子供を産むよ。8月に。女の子だ」と言ったときには大騒ぎ。娘といえばウチのヨメか、その妹(すげえ美人だった。あ。過去形にしちゃイカンな。今でも、まあアレです)しかいないわけで。でも妹は男と手を繋いだこともないから、そりゃ違う。
     お義母さんは日本まで国際電話だ。「あんた、子供ができてる?」
     驚いたのはヨメとおれです。ちょうど「コドモ、できたかも」って妊娠判定薬で陽性だったから、「明日、産婦人科で診てもらおう」って話をしてるところだったんだもん。「できてたら、お母さんに電話しなくちゃ」ってヨメが言ってた矢先のことです。
     翌日、産婦人科では「おめでとうございます。予定は8月ですね」って。
     すげえ! すげえよ! タイの坊主は。驚いちゃった。生まれてくる時期まで当てちゃうなんて。もうね、タイから女物の子供服が届くんだ。気が早いから。
     さすがタイの坊主。文句なく高僧(モンク)だ、って洒落てる場合じゃない。ちゃんと生まれました。8月に。男の子が。
     え? 男の子?
     うーん。惜しい! 画竜点睛だぞ、坊主。
     
     あ。それからタイの坊さんと向かい合ったときに、出家していない者は僧の目を見てはいけないので気を付けてください。
     おれはいつも坊主の目を見てしまうので、あとでヨメに「だからー。目を見ちゃダメでしょ」って怒られてしまうのです。

    • kochasaengさん、

      すげえーkochasaengさんが戻ってきた。ご馳走だすのい。(涎がたれる音)

      >、上座部は救済なんかよりも「悟り」が目的なんだもん。

      わっしは(当然)上座部のほうが好きですがな。只管打座でのなんでもええねん。自分で救おうとおもわなんだら、なんで救われましょう。

      >おれはパーリ語で念仏が唱えられる

      すげえだすな。わしはギャーテーギャーテハラギャーテーとシャーンティシャーンティシャーンティティしかおぼえとらん。

      >そこはお花がいっぱい咲いた世界かもしれない。まだ見たことないけど。

      スウェーデンボルグというメチャクチャ知能が高かったが危ないおっちゃんによると、あれは「花が咲いている世界」ではなくて、
      「議論のための議論を好んで他人に悪罵を投げかけるのが好きなひとびとがいない世界」なのだそうです。

      > うーん。惜しい! 画竜点睛だぞ、坊主。

      トマス秋茄子というひとの本を見ていたら同じような話が出てきました。
      時間のなかに偏在しない存在は「横から」時間を見られるんですと。

      わしはオークランドに戻ってきたのでタイ人の友達がまた増えました。
      kochasaengさんから聞いたことを受け売りして、「えええー、なんでそんなことをあんたが知っておるのかね」と驚かせて悦にいって暮らしておる。
      このあいだは「タイ風鯛の酒蒸し」の鯛がめっきり巨大になっておった。
      (でも本場風に辛くなって閉口しました。おいしかったけど)

  3. bubliki says:

    kochasaeng様
    >ところで、この僧というのが、うちのヨメの実家がお世話になっている僧で、たまに思い出したように「つぎの宝くじは、この番号を買いなさい」とか言って、それがまた当たる。なん度も数万バーツ当ててるんだ
    わはははは!!なんですかそれ!!
    以前ニュースかなんかで袈裟を着たタイの坊さんが銀行強盗してる映像を観てびっくりしたことがあるんですが、後で知ったのはタイの男の子は一生に一度は必ず出家するそうですね。要するにあれは坊さんが銀行強盗してるというより銀行強盗がたまたまその時出家中の身だったということだったのかな。

  4. kochasaeng says:

     おお。bublikiさんではないか。
    >タイの坊さんが銀行強盗 
     僧侶であることと、銀行強盗をすることは、靴下を穿くことと牛乳を飲むことのようにべつべつのことなんだが、やっぱり僧侶が強奪はいけませんね。仏教でも盗みと暴力は戒めてるもんね。
     破戒僧だ。まあ、ニュースになるくらいだから、それは珍しいことなんで、タイの坊さんは荒くれ者揃いってわけじゃないです。
    >タイの男の子は一生に一度は必ず出家する
     まあそうです。成人後に「必ず出家するのが望ましい」と言います。必ずじゃないじゃん。タイっぽい言い回しですね。
     社会人になって「ちょっと出家してきます」と、2~3週間、会社を休んで坊さんになる。周囲のひとも「おお。それは善いことだ」と送り出します。けっこうカネがかかるので、貧乏なひとは出家できません。
     出家に際して剃髪とともに眉毛も剃るから、復帰してもしばらくは「怖いひと」に見える。
     あのへんの国の僧侶が着ている黄色い僧衣は、糞僧衣(ふんぞうえ)と言って、むかし糞瓶に染まった布で僧衣を作ったからですね。一生役に立たない知識。

     タイの僧侶が宝くじの当たり番号を占うのは、珍しいことじゃないのね。水盤に蝋を垂らした模様なんかで占うのが多いです。インチキ臭いですねー。
     インチキな坊さんは走り書きのメモをくれる。
    「なんだ? これ2か? これは6だよな」なんて言って、それを参考に宝くじを買うんですね。で、「しまったぁ! あれは6ではなく9だったのかぁ! 残念!」みたいなことを言ってます。
     そんなメモを、いろんな番号で大勢のひとに渡せば、そりゃどれかは当たる。「あの坊さんは凄い」って話になるわけです。
     僧侶は宝くじを買ってはいけないのね。現金に触ってもいけない。托鉢のときの供物も、お付きの小僧さんが代わりに受け取るくらい徹底してます。
     高僧がヴィザのゴールドカードで買い物するのを見たことがあるのは内緒の話だ。
     つうか、占いだけしてりゃ、当たったひとがご祝儀つうか「タムブン」と言って当選金のなにがしかを喜捨してくれるから、そのほうが元銭がかからないですね。

     タイの宝くじも、好きな番号を買うことができるのね。「末尾が4649で。よろしく」なんて買い方ができちゃう。
     で、あれは20年くらいまえだったかな。
     宝くじの当たり番号の抽選がデジタルの電光掲示板にリニューアル。どうだ、これからはデジタル時代なのだ、ってかんじ。
     でも一般のタイ人は「あやしい。それはインチキし放題ではないの」って騒いだんですね。そしたら、内部告発で「うん。そうだよ。あれはインチキだよ」って言い出したから国中が大騒ぎ。
    「ふざけんな」ってタイ人が宝くじ局に詰めかけた。
    「よし、わかった。デジタルはダメだ。アナログでいく」と、宝くじ局は急遽くじの抽選方法を変更しました。
     会場に前面だけガラス張りの箱を並べて、抽選係のひとに見えないように上の穴から手を入れて、番号を書いた玉を任意に選ぶという方式です。何の番号が選ばれたのかは、会場の観客にしかわからない。これなら安心だね。
     ところが、9999なんていうタイでは縁起のいい数字が続出しちゃうので、「やっぱりインチキ? それとも仏法の霊験?」とまたタイ人が騒ぎ出した。
     関係者も「実はね」って秘密を漏らしちゃう。「あれは出したい番号の玉を冷蔵庫で冷やしておくんだね。そうすると手で触るとわかるんだ。アタマいいだろ」って。こんな面白いハナシをタイ人が秘密になんかできるわけないです。
     またまた大騒ぎ。
     その後、同様の箱に入れた番号玉を柄杓で掬うという方式になりました。抽選するひとは穴から番号を覗いてはいけないというルールつきだよ。これなら安心。って、今でもそうしてるんじゃないかな。たぶん。

  5. bubliki says:

    それ、掬いたい番号の玉だけ重くすればいいんじゃないかな。

  6. kochasaeng says:

    うははー。そのとおりだ。
    でも、そんなことしなくても、穴の隙間から番号を盗み見すればオーケー。
    あ。磁石を仕込んでもいいですね。

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