故国にかえってきた

おもいきり深呼吸してもヘンな空気が胸にはいってこない感じ、とゆえばいいのだろうか。
何をするにも何も考えなくてよくて、ぼんやりしていればそれで一日が経ってしまいます。半日外にいるとひとりは新しい友達ができる。

アルバート公園のベンチに座って、夏の面影を残している日の光をみながら「自分の国はいいなあ」と思う。
自分の国、とゆっても、わっしの「祖国」は他の多くのこの国のひとと同じにふたつある。
わっしでゆえばふたつパスポートをもっていて、ひとつは連合王国という国、日本語で「イギリス」という。もうひとつはニュージーランド、という国です。
でもわしは新しい国というものが好きなので、自分では「ニュージーランド人」のつもり。子供の時からよく来ていたしね。

新しい国というのは、とても良いのです。
まず新しい移民たちははしごのいちばん下の段にとりついたばかりだ、と感じているひとが多いので、腕と足に全身の力をこめて社会のはしごを登ろうとする。
不景気になっても嘆いている暇はないので、不景気な社会のなかで全力をふりしぼって生きる。

(そうして、ここがいちばん大事だが)

新しい移民は、自分の国という本人にとっては最も居心地がよいはずの国を捨てて大ジャンプをして、このニュージーランドというまだ、少なくとも本人にとっては正体がうまくつかない国にくるのです。
そーゆーひとは、どんなタイプのひとかというと、何事によらず「無茶苦茶がんばれば何とかなるさ」というひとなのね。

「全力でぶつかれば必ずなんとかなる」というひとばかりなのです。

だから、社会全体が異様なくらいポジティブで、後ろをふりかえったり地面を見つめたりしない。

ニュージーランド人たちは昔から自分たちの貧しい国で、お互いに助け合って暮らしてきました。日本人が珊瑚海まで攻めてきたときには、ちゃちな戦車壕を掘ってオモチャのような戦車砲で威風堂々たる「大日本帝国連合艦隊」というニュージーランドから見れば母親のような「英帝国」にすらついていない「大」を冠したアジア人の帝国の侵略に備えた。「Think Big」なんちゃって、誇大妄想な経済政策をとって大失敗したあとは、これからこの国をどうすればよいかみなが一杯のビールでパブに何時間も粘って口角に泡をためて議論した。

ニュージーランド人たちは、おもいきって自分たちの福祉をいったん全部すてた。
政府なんかは、他の国のひとが一見してぎょっとするくらい小さくした。
どこの国のひとも「なにも、そこまでしなくても」とゆった。

でも、(小さい声で言うと)福祉を完全に捨てたその瞬間でもニュージーランド人たちは知っていたと思います。
福祉がなけりゃ、むかしみたいに助けあってやってきゃいーじゃん。
お互い文無しだからな。やむをえない。

ニュージーランド人の特徴は、すきさえあれば殆ど見も知らぬ相手に対してでも「自分は、これからどうしたいと思っている」と話し出すことです。

そーゆーことだから、わっしは自分の健康を管理してくれているねーちゃんが将来は警察官になりたい、と思っているのを知っておる。行きつけのパブのにーちゃんが、政治家になりたいと考えていることを知っている。モニの好きなレストランのやたらに親切なにーちゃんが経済学者になるためにベンキョーしているのを知っている。

若い国、というのは、国や社会というものが、そもそも個人の夢を助けるために存在している、ということを当然のこととして出来ている。
だから移民のなかでもいろいろな得失を較べて自分にとって「いちばん得な国」に来る移民に対して拒否反応を示すのです。

日本人は賢いひとたちの集まりなので、こんなことを言うと大笑いをされて終わるに決まっているが、ニュージーランド人は「お互いに助け合う」ということを当たり前だと思って暮らしています。
クリケットでも野球で同じで精巣にボールがあたってプレイヤが七転八倒することがある。そーゆーときに「可笑しい」と感じてアジアのひとは笑う。
ニュージーランド人は田舎者の集まりなので、なぜそれが「可笑しい」のかわかりません。

そー。
田舎者の集まりなのね。

新聞を買いに店に行くでしょう?
「やあ、元気?」「元気です。あなたは元気?」
「やあ、もちろん元気です」までは英語の世界では当たり前でも、後ろに並んでいる人がふたりもいるのに、昨日、自分の将来についてこんなふうに考えてみたがガメはどう思う?と訊く。
「そりゃ、学校に行った方がうまくいく確率が高いんちゃうか」とわしがゆって、ふたりで話していると、そこまでもじもじしていた列に並んでいたふたりが、「いや、おれは学校なんかくだらないと思う」「世界を旅行してみるというのはどうか?」という。

そーゆー土壌の国に物事に対して楽観的な新移民たちがやってきたので、それはそれはすごいエネルギーなのです。
こーゆーのもますますベタだが、国中が家族であるような趣がありますのい。

そうして、言うまでもなく、わしらが最も誇りに思うのは、わしらの「家族」の皮膚が、あるものは黒く、あるものは白くて、あるいは他のひとは黄色いこと。
あるいは、どんな色であるかを考えなくなったことです。

雨が上がったビクトリア公園を、制服を着た女の高校生たちが歩いて横切ってゆく。
女の子の5人組で、ふたりはパケハ(白人)、インド人、中国人、いちばん体格が大きいのはマオリの、びっくりするくらい美人の娘です。

みなで何事か笑い転げながら木洩れ日の下を歩いておる。
わっしはモニと一緒に座っているベンチからそれを眺めながら、なんとなく「ざまーみろ」と思う。
誰に対して、とゆわれても困るが。

ざまーみろ、と心のなかでつぶやかないではおられないのです。

This entry was posted in Uncategorized. Bookmark the permalink.

4 Responses to 故国にかえってきた

  1. 亜米利加もほんとはそういう国だったんだ。ところが最初から甘えようというのが増えて、今じゃ加州なんざ社会主義国だ。それで、過払いの税金も返せないくらいビンボになって、納税者にIOU書面を小切手の代わりに送ってくる始末だ。
    近所付き合いもせちがらい。母ちゃんの話だと、昔引っ越してきたときに近所の皆はWelcome to our neighborhood!って挨拶に来てくれたって。だから、こちらも新しい人が来るたびに挨拶してやるんだが、名前も言わねえ。鼻からこちらを疑ってる。疑われるおいらが原因なら仕方がないが。結果、近所10軒のうち付き合ってるのは3軒だけ。
    今後気が向いたらNZに移民するかもしれない。しかし、国全体が田舎のNZは死ぬほど退屈な気もするなあ。あと、逆に、ガメみたいな者の限りないおしゃべりに付き合わされたりして、うんざりとか。
    あっ、俺様はNZ行ったことないんだ。うちの嫁さんはNZ少し知ってる。クジラ守りたいしょうもない国だけど、クロマグロ禁止に反対したからいいって言ってるよ。クライストチャーチに武蔵だか小次郎って日本料理屋があったけど、日本人じゃなくてインド人がカウンターにいたって。逆に、日本人でベンガルなんて料理屋開こうというサムライはいないのかな。

    • >母ちゃんの話だと、昔引っ越してきたときに近所の皆はWelcome to our neighborhood!って挨拶に来てくれたって。

      奥さんアメリカのひとなのか?そうだとしたらマルクスヒロシみたいな家事をちゃんとやらなさそーなやつとよく我慢してつきあっておるな。ちゃんと家のことをやらないと奥さんが周囲の人間に憐憫の眼で見られるからしっかり健闘するよーに。なんならわしが家事の極意を教えてしんぜる。

      >われるおいらが原因なら

      たぶん、そうなのでは。

      >NZに移民するかもしれない。

      IELTSはダイジョブだとして年収55000ドル以上の職業につけるかというとキョージュくらいしかねーだろ。ニュージーランドは研究者の給料がぶっくらこくくらい安いからな。あと「善良でニュージーランドに住みたいという熱意」がないとダメというから、たぶんダメですのい。わしが「こ奴は『国全体が田舎のNZは死ぬほど退屈』」とゆっておったと証言してしんぜる。

      >ガメみたいな者の限りないおしゃべり

      あっ、あのなあ、わしはおしゃべりちゃうぞ。
      モニとしか話せんもん(ウソ)

      >クジラ守りたいしょうもない国だけど

      他人の国の目と鼻の先にきて親子クジラをぶちころしたりしないよーに。
      日本は調査捕鯨なんてloohole狙いの汚い手を使わなければ支持が得られたと思う。
      少なくとも調査捕鯨の前は
      「捕鯨に反対か賛成か」という質問には9割以上が反対だが「日本の」捕鯨に賛成か反対か」という質問には7割が「反対しない」だった。
      ずるいことをする、ということに抵抗がない政府をもつとてーへんだな、と思いました。

      >クライストチャーチに武蔵だか小次郎って日本料理屋があった

      「山玄」しか知らない。あっ、いまは世界中にはびこっておる「WAGAMAMA」があるか。

      >日本人じゃなくてインド人がカウンターにいたって。

      それのどこが悪いねん。

      >日本人でベンガルなんて料理屋開こうというサムライはいないのかな。

      むかし(6年くらい前)クイーンストリートに、おいしいパンプキンスープを出す、日本人の若夫婦がやっているニュージーランド料理の店があったけどなあ。
      いまは違う店になった。

      あの若夫婦、どうしただろう。

  2. 母ちゃんは
    お袋だ。

    • Mark Watermanさん、

      >母ちゃんは
      お袋だ。

      し、失礼しました。日本のひとって奥さんのこと「かーちゃん」って呼ぶんだぜ、やーね、とかいつもゆったりしてるもんだすから。
      偏見だったのだな。すまん。

コメントをここに書いてね書いてね

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s