Cold Blooded

常岡浩介というひとのニュースを追いかけていたら何だか気が滅入ってしまった。

日本人に生まれるということは大変なことなのだな、と考えた。

「自己責任だ、死ね」「判っててやってるんだから助ける必要なし、放っておけ」

というような意見が並んでる。

ニュージーランドのギズボーンで生まれて育った報道カメラマンMargaret Moth

http://www.cnn.com/2010/LIVING/03/21/margaret.moth.obit/index.html
が死んだのは二週間足らず前のことだったが、そのときは「Fearless」という名前で呼ばれたこのカメラマン…漆黒の髪に黒い皮のジャンパーに黒い皮のパンツ、黒いアイラインを強くひいたメイクアップにコンバットブーツで戦闘の修羅場を飛び回ったこの女のカメラマン…の訃報にニュージーランド人は彼女が好きだったひとも嫌いだったひとも共に泣いた。田舎者の集まりだと笑わば笑え、どんなに嫌いでも「仲間」は「仲間」だからです。

シーシェパードの沈没した抗議船Ady Gilの船長Pete Bethuneはニュージーランドでは、あんまり人気があるとは言われない人物です。ただの目立ちたがりとして毛嫌いするひとのほうが多い。だから日本の海上保安庁に逮捕されたときにも「ほんまにアホやな」あいつという反応が多かった。新聞は「逮捕拘留されているあいだは世界中にニュースが流れ続けて日本の『法のループホール』を狙った調査捕鯨の卑劣さに世界の人間の注目をひきつづけるためのスタントだろう」という観測記事ばかりだった。
でも「彼を憎悪するひとも支持するひとも」というデカイ記事には、拘留中にPete Bethuneの娘が誕生日を迎えたこと、娘の誕生日に異国の留置所で過ごすことになった夫を持って「あたまにくるけど、もうあきらめている。必ず戻ってきて、にやりと笑う夫を信じている」という奥さんのことが書いてあった。
娘の「ああいう父親なんだから、しかたないわよ」(^^)という談話も載ってます。
そこにはやっていることには賛成できないが仲間としては言葉も通じない国の自分たちの国の警察とはまったく異なる強圧的な警察でひとり留置所で娘の誕生日を過ごさなければならない「仲間」の父親へのいたわりがある。

国、なんちゅうもんは、たいしたもんでなかろう、とわしは思います。
少なくとも「良い国」というのは個人にとってはたいした制約をもたない。
ただ自分が属している最大の組織としてパスポートをもらって税金を払っているだけのことです。

ただそれだけのものなのに、自分の国を遠く離れたニュージーランド人はアトランタのパブで、ふと耳についた「ニュージーランド訛り」を耳にして、そちらを振り向いて微笑む。マンハッタンの酒場で誰かと大喧嘩するアイルランド英語を聴いたアイルランド人は自分の信じていることでも信じていないことであってもとりあえずアイルランド人のほうに加勢して大声で相手を罵るでしょう。

そーゆーことはひととして正しいことではないがアイルランド人としては正しいんだがね、とわしのアイアリッシュの友達はゆったことがあります。
人間としてとアイルランド人としての選択があるときに「人間としての選択」を選ぶアイルランド人がいるとはおれは思わんね。

加藤和彦が自殺したときに「自殺されたホテルの迷惑を考えろ」という意見がたくさんあった。大まじめに、いつも泊まるホテルでないホテルで自殺したのは、あのひとの最後の親切心だったのだろう、とわしにゆったひともいました。

うまくゆえないが、わしは、こーゆーことの「日本的な考え」の全体の嫌らしさがたまらない。(すまん)

日本語という言葉のなかに明然と流れる冷たい血流、氷のように非人間的な知性、
人類全体の努力に真っ向から対決する価値に触れて凝然とした気持ちになります。

「できの悪い日本人」や「あぶない日本人」、「頭が悪い日本人」「他の国に対して恥ずかしい日本人」を平然と切り捨てられる集団には何かが決定的に欠けている、と思うのです。

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11 Responses to Cold Blooded

  1. bubliki says:

    『赤信号みんなで渡れば怖くない』って知ってます?
    自殺行為が避難されるのは死ぬこと自体というより自由意思が糾弾されてるのね。

    • bublikiさん、

      >自由意思が糾弾されてるのね。

      これ、面白いな。ほんとうに、そうなのだろうか。
      寂しい感じがする意見ですのい。怖い感じもします。
      でも、ほんとうはそれが真実なのかも。
      うーん。

  2. >ことはひととして正しいことではないがアイルランド人としては正しいんだがね

    嫌いな兄貴でも他人が彼を悪く言っていると落ち着かんし、嫌な国の筆頭と思っている日本だが、長い付き合いだったから叩かれているのを見ると黙っていられない。

    気障(キザ)で傲慢でときどき大馬鹿なガメだけど、そういうとこがわかる男だから仲間だと思う。

    だけど、やばいことやってる人見ると、やっぱりどきどきするわ。心臓に悪い。

    • Mark Waterman さん、

      >気障(キザ)で傲慢でときどき大馬鹿なガメ

      そーゆー謂われのない非難を教師たるものがゆっていいのか。

      >やばいことやってる人見ると、やっぱりどきどきするわ。

      ほんまですのい。おっちゃん、でーじょぶか、いけいけで勢いつきすぎて三途の川わたっちったらどーすんじゃ、と思いますのい。しかしジャーナリストというのは本質的にあーゆーもんですけん。

  3. gouk says:

    >日本語という言葉のなかに明然と流れる冷たい血流、氷のように非人間的な知性、
    >人類全体の努力に真っ向から対決する価値

    ふむ。私はこういうのは「狂気」だと思うけどね、て以前も言いましたが(メールで
    大切なものを排除して自分らの首を互いに絞めあうなんて狂気の沙汰ですがな。
    生きるのに向いていないというか。

    どうしてこうなった。っていつも考えちまうですよ。

    • goukさん、

      >私はこういうのは「狂気」だと思うけどね

      なんとゆえばいいかわからん。生きるのがてーへんな国だ、くらいしか言葉が浮かびません。お百度参り、すごいな。

      • gouk says:

        「狂気」だと、狂った原因をどーにかすればなんとかなりそうだが
        「人格」だと思ってしまうと、硬直化する気がしてね。

        それは私が持つ、言葉に対する印象の問題かもしれないけど。

        お百度石ってのがあるんだよ、って教えてもらってそれは面白そうだ、ということでw
        先週(夜遅い時間に)初めて行ったのだけど、想像以上にお百度やってる人がいて驚いた。
        こんなご時世だからだろうか。

        お百度だけじゃなくて、仕事帰りの人、ビジネスマン風の人も、割烹着きた人も、ヲタク系の人もたくさんお参りしていた。花見のカップルもいたな。

        うちはひーじーさんがお寺だったもんで、小さい頃からお経とか読まされてたんだが、私はお寺よりも神社のが好きやんね、なんか清々しくて。

  4. Sie says:

     なぜぼくたちが「日本的な考え」をもってしまうのか、一日考えてみましたがわかりませんでした。
     いくら考えてみてもぜんぜん思い浮かばないので、今は常岡さんの無事を祈ります。
     ぼくたちも、いつか、いかにちりぢりに離れようと同胞への愛を忘れない人々になれますよう。そのほうがずっと、心安く毎日を生きることができるでしょうに。

    • Sieさん、

      >今は常岡さんの無事を祈ります。

      ほんとうですね。みなで祈ろう。わしも(よそものだが)祈りたいと思います。

      >そのほうがずっと、心安く毎日を生きることができるでしょうに。

      日本はもっと「家」のようなものだと思っていたので、ちょっとびっくりしました。

      Sieさんマジメだから、少しゆるく考えたほうがいいかもしれませんけど。

      英語、いつも読んでます。
      間違いや「言わない言い方」いっぱいあるけど(^^)
      あれだけ言えたら、もう外に行ったほうがいいと思う。
      日本にいる英語人は日本のひとの英語に慣れすぎていて、半分日本人みたいなもんです。

      外に行こう、外に。

  5. goukさん、

    >先週(夜遅い時間に)初めて行ったのだけど、想像以上にお百度やってる人がいて驚いた。
    こんなご時世だからだろうか。

    みんな懸命なんだな。うまくゆえないが、切ない感じがするのい。

    • gouk says:

      そかな。なんも出来ない自分を嘆くよりは、祈ることが出来る方が1000倍もマシな気がする。
      というか、自分がそうだったなーってだけだけども。

      私は、家族のことではすごく苦労したけど、その分社会に出たとき色々な人に助けられて、特に仕事には恵まれてきたもんで、絶対私には仕事の神様がついていてくれているんだから大丈夫、って信じて突き進んできたけど、そーいうのなかったら途中で挫折してたと思うからなぁ。

      あ、そーいうのないと生きられない世の中が切ないってのならわかる。
      だとしたら、神の一番の望みは、神の助けがなくても人が自立することやと思いますわ^^

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