新しい生活

夕方の塀の上に頬杖をついてモニとふたりでならんで今日着くはずのステレオを待っている。
太陽がかげって向こう側の丘陵から海のほうまで真っ赤です。

「全然、こないじゃない」とモニがわしのほうを向いて言う。
「全然こない、って、ちょっとだけ来るってことがないんだから、そーゆー言い方は出来ないでしょう」というと、モニがくっくっと笑っておる。
そうやって笑うと5歳くらいの子供みたい。

「あっ、あんなところにお月さまが出てるぞ、ガメ」
「うさぎ、見える?」
「見えない。月のうさぎって、どういうふうにしたら見えるのかな?ガメは日本の専門家だろ? 教えてよ」
「専門家、じゃないよ。わし、偽外人だもん」
2月の話をするとモニが塀から落ちそうになりながら笑ってます。

ガメって、ほんとうにヘンだな、という。
そんなことないさ、わしは、毎日こうしようと思っていることを一所懸命やってるだけだよ、というと、
(意外や)
モニは嬉しそうな顔をして、でもなんだか真剣に大きく頷く。

気が遠くなりそうに深い暖かい緑色の眼で、わしをじっと見ておる。
ガメ、大好き、という。

わしはなんだか、もう、それでいいや、という気持ちになって自殺した九龍人も猿も「はてな」の日本のひとたちのびっくりするような反応も、どうでもいいことになってしまった。

ちょっと風がそよいだので、モニの良い匂いがする。
「馥郁」という日本語を思い出します。

半ばに近く薔薇色に染まった青空。
丘の下の道に眼を戻すとステレオ屋のロゴをつけたトラックがのろのろと坂を上ってきます。

あのステレオを売ったセールスマンのにーちゃんは、「このステレオは人間の幸福な声がよく響くのだ」と言ったのだった。
モニとわしはふきだしてしまったが、その台詞が気に入って買うことに決めたのでした。

そのステレオがやってくる。

幸福だけが増幅されるステレオの前でモニとわしは腕をとりあって踊るでしょう。

モニとわしの新しい生活が始まったのだ。

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