Daily Archives: April 20, 2010

壁にかけた絵のある風景

ニュージーランドは絵を買う人が多い国である。欧州の国と較べてもふつーのひとが絵を買う回数は遙かに多いとゆわねばならない。 ゲージツ的なのか、というとそんなことはなくて、単に「家好き」だからです。 ニュージーランド人は一生のあいだに平均11回家を買う、という。 11軒買う、のではない。それではガメ・オベールになってしまう。 買い換える、のね。 伝統的にはニュージーランドの典型的なカップルは大学で知り合った相手と卒業と同時くらいに結婚する。ポリテクなら卒業して見習いが終わる頃でしょう。 結婚に前後してふたりで初めてやる共同大事業が「家を買うこと」です。 わしが子供の頃、とゆーのは1994年、とかだと思うが、仲の良かった近所のねーちゃんが結婚することになった。旦那はウエリントンからカンタベリ大学にやってきためったやたらに背が高いにーちゃんで会計のひと。本人はエンジニアリングを専攻したひと。 ふたりが家を見に行くのに、わしもときどきついていった。 掘り出し物だ、とかいう家を見に行ってみるとしょぼいペンキがはがれかけたような家です。 きったねえーちっこい家だなあ、こんなの買う奴いるのかな、とわしが言うと、ねーちゃんに 「金持ちのあまったれガキめ、何をぬかす。こーゆーのを綺麗にするのが、いいんだぞ」と怒られたりしておった。 結局、ねーちゃんたちはこのウエザーボードのペンキが剥げかけた、電灯の半分が切れかけている「きったねーちっこい」家を買った。 わしは誠実で率直で飾るということの出来ない性格がもろにでた前記の発言のせいで、ねーちゃんに「ガメは、新しい家にこなくていいからな」とゆわれたが、ペンキ塗りを手伝う、という条件で遊びにいってもよいことになった。 ねーちゃんはメレンゲを作るのが超じょーずだったので、他人の幸福な生活などはどーでもよいが、あのメレンゲをそうむざむざあと諦めるわけにはいかなかった。 この家はベッドルームが3つ(マスターベッドルームがひとつに小さな寝室が2つ) 吹き抜けのラウンジがひとつ、こしらえ付けられた机がある「スタディ」がひとつあった。ニュージーランドの家ならばたいていそうなっている自動開閉式のシャッターがついた家を直截つながった車庫(クルマ2台分)のある、クライストチャーチでは若い夫婦が住むのにごく平均的なつくりの家だったが、12万ドル(700万円)だとゆっていたのをおぼえている。 いま温和で成熟したオトナになったわしが振り返ってみると、パパヌイというあの地域ではこの15年で家の値段はだいだい倍になっているはずであって、あのくらいの家はいま35万ドルを超すのだから、と考えて逆算すると、多分、敷地がクロスリースであったに違いない。家自体がドライブウエイの奥にあったのも、多分、そのせいに違いない。 ニュージーランドのカップルは、そうやってなるべく安く手に入れた家を10年ローンを組んでおいて、どんどんホームローンを返して一刻もはやく完済をしようとする。 実際ねーちゃんたちも5年くらいで返したはずである。 一方でふたりとも休みの日には、家中のペンキを塗り直したり、壁紙を貼り替えたり、ふるくさいトイレをぴっかぴかのスーパーモダニズムに換えたりして家をかっこよく見え映えのよいものにしてゆく。 わしもでっかいハンマーをぶんまわして壁をぶち抜いたり、壁紙を「ぎゃわあー」と叫びながらはがしたりするのが楽しくて日曜日やなんかによく遊びにでかけて手伝った。 3年も経つと、はげかけたペンキに包まれて、なあーんとなく寂しそうだった家は、ウエザーボードまで貼り替えたぴっかぴかの無茶苦茶クールな台所のある家に生まれ変わった。 ねーちゃんたちは、(内緒)な金額で売り飛ばすと、今度は大きさも倍くらいあるもうちょっと良い名前の通りに面した家に移った。 その頃には、いまときどき家にやってきてエラソーな口を利くTがすでにマヌケなおしめをつけて幼児用のベッドですやすや眠っていたので、良い学校の学区のなかに移ったのもゆうまでもない。 大きい家に移ると、ねーちゃんたちは、かーちゃんたちに「絵」について訊くことが多くなった。なにしろ壁がいっぱいあるので、あちこち絵を掛けないとカッコがつかん。 だから絵を買う。 かーちゃんは、自分の友達の父親である画家を夕食に呼ぶからそのとき一緒にくればよい、という。 ニュージーランドでは、というよりもイギリス式だが、こーゆーときは、画家のおっちゃんにひさしぶりだから会いましょう、と言っていろいろ話しているうちにひと言だけ、ねーちゃんたちのことに触れます。 文明人というものは便利なものであって、そのひとことで事情はすべてわかることになっておる。 おっちゃんはクルマに山と積み込んだニュージーランド画家の絵が載っている本を食後のテーブルに積み上げて、いろいろ説明していました。 若い夫婦は、そうやってがんばりまくって家を買い換えたり、ペンキを塗ったり、どんな絵があうかなあー、と考えたり話し合ったりしているうちに、だんだん美術というものに馴染んでゆく。うまくゆえないがふつーのニュージーランド人にとっては家を買ったり子供を育てたり殖財をしたりするのと美術とが地続きになっているのね。 ふつーのひとがふつーにすることなんです。 11回家を買い換えるうちにおもいがけず(金銭的に)成功してしまった夫婦は、広大な敷地に彫刻も買い求めるであろう。そうやって買い求めた彫刻をつくった彫刻家が、急にひょっこり訊ねてきて庭に溶け込んだような自分の彫刻を目を細めて眺めながら一緒に午後のワインとサンドイッチを愉しんだりするのは。突然やってこられたほうも全然いやではない。今度は逆に彫刻家の家を訪ねていって、またいろいろなひとに会ったりするのも楽しいことであると思います。 目下のニュージーランドの悩みのひとつは国の経済が成長するにつれて家がどんどん高くなっていることで、それに較べると、収入の成長は十分はやいとはゆえない。 そうすると結婚生活のスタートに家を買えないカップルが増えるので、家をあきらめたお金で新車を買ったりする。(そーゆえば、上記のねーちゃんは、「世の中には『 新車』を買うような贅沢をする人間がいるなんて信じられない!、とゆっていたことがあった) ひどくなると借家に住んでいてポルシェを買うようなひとが出てきます。 新しい家を買ったり建てたりすることが基本的には、それこそ高級車を買うのと同じで(金銭的には)お金をドブに捨てるのと同じ制度になっている日本とは違って、ニュージーランドでは家は買えば価値が上昇するに決まっているので、要するに家賃のぶんだけ生涯収入に差がついてしまう。 貧富の差の拡大に直截結びついてしまうのと、それよりもなによりも「国民性」(ニュージーランド人は自分達が「質素で堅実である」ということに大変な誇りをもっている)が変わってしまう、というので、なんとかするべ、といまみなで知恵をしぼっているところ。このあいだは、じゃあ、固定資産税、とかっちて所有不動産の0.1%を徴税すべ、ということになりかけたが、考えてみると、そうすると大家がみんな家賃を値上げして家賃が高くなるだけじゃねーか、という「家を借りているほう」という意外な方角から激しい反対が巻き起こったりして、いきなり廃案になりました。 … Continue reading

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