普天間基地移転


沖縄には一回しか行った事がない。
それも普通の旅行では1ヶ月はいるが沖縄には10日くらいしかいなかった。
那覇にずっといてクルマを借りていったりきたりしていただけです。
魚市場に原色いろとりどりな魚が並んでいたり、鮨屋さんの職人の包丁の使い方が日本本土と違っていたり、電柱が鉄柱で頑丈なつくりであったり、そーゆーことが面白かった。

いちばんぶっくらこいたのは「セーファーウタキ」で日本にもこんなに宗教的な感じのするところがあるのか、と思いました。それは正真正銘の「聖域」であって、三角にしきられた岩の向こう側にゆくと手をさしのばすとそこに実際に精霊がいるような気がするのです。

最も似ているところをあげろとゆわれれば、メキシコのチェチェンイツアの洞窟のなかの奥へずっとはいってゆくと細い細い一条の太陽光があらわれる「聖なる場所」であると思う。なんだか日本人の大学教授のような顔をした案内人のおっちゃんがつれていってくれるのです。

真の暗黒の中に糸のように細い太陽の光が射している。
(現実には神がそんな面倒なことをわざわざ人間のためにするとは思えないが)神が実際に自らの実在を人間に示そうと思ったとしたら、こういう類のやりかたにたよるだろうと思えるような神秘な感じのする部屋であった。

セーファーウタキはとてもそれに似ていて、人間ごときには有無をゆわせないところがある。一木一草にまで沖縄の神なる精霊がしみこんでいて、人間の理性の反発くらいでは揺らぎもしないところがあります。

那覇には日本人の医師の招きで行った。
そのひとの知り合いが大勢あつまって宴会をひらいてくれました。
あとで聴くとずいぶん偉いひとたちも混じっていたそうでしたが、若い人やおじいさんもみな立ち混じって、誰かが歌い出せばその歌をみなが歌い、誰が楽器を奏でだせばみなが踊り出す沖縄のひとたちの酔っぱらい方は素晴らしかった。

理屈などは必要がなくて、沖縄人は日本人とはまったく違う民族なのだとふつーにわかるようだった。
おもしろいな、と思ったのは、なんども沖縄のひとたちと同じような宴会を開いているはずの医師日本人友達が「今夜みたいなあのひとたちは初めて見た」とゆっていたことで、
「きっとガメがガイジンだからだなあー。なんだか外国人の前でのほうが日本人の前でよりも振る舞いが自然だなんてフクザツだな」とゆっておった。

その夜、わしは久米仙を飲み過ぎた。
瓶からひしゃくですくって飲んでいるうちに、あとで、場所の主に訊くと2升くらい飲んだそうです。

ずっとあとでそのとき持っていたカメラのjpeg ファイルをAppleのiPhotoにうつしたら、なんだか随分えらいひとだそーなじーちゃんふたりとわしが交互に延々とうつっておった。
どうやら3人で写真をながいあいだ撮りっこしていたらしい。
医師日本人は酔いつぶれて寝ていたよーである。

その夜、初めはみな「われわれ沖縄県民は」とゆっていたのに、半ばからはみな「沖縄人は」に変わっていて、「本土のひとたち」がいつのまにか「日本人」に変わっていた。

日本のひとはぼんやりしていると聞き逃すが、英語では、沖縄人をオキナワンという。
それもThe Japaneseとは異なって、The Okinawanとは言いません。
ただOkinawanと呼ぶ。

簡単にいうと言語自体として沖縄人により親近感をもっているのです。

画家のひとが奄美に住んでいて、奄美は日本人が勝手にひいた県境とは関係なくどちらとゆえば沖縄人の島なので、わしは少しだけ沖縄のことをまた思い出していた。
「普天間」や「名護」で沸き返っているような日本の(主に政治と軍事になると異様に興奮するひとたちの)サイトを覘いてあるきました。

正直にゆって、自分の偏見と隔たりがあるのでヘンな、とゆってもわかりにくければ「腑に落ちない」感じがしました。戦前の「満州を守れ」という主張と同じ匂いがした。
そーゆーときみは怒るだろうが、なんとなく「チベットを守れ」と叫んでいるハン族のひとびとのよーでもある。

チベットのフォーラムを覘くと中国のひとたちがいてチベットの国防上の地政学的な重要性や貧困に悩むチベットを助けるべきこと、しかし、そのためにはチベット人も「もっとものわかりがよくなければならない」ことを彼らが懸命に学習した蘊蓄を傾けて、なかなかな誠意をもって語り合っています。

普天間についての日本のひとびとの議論はそれにとてもよく似ていると思った。

あの中国人たちは、チベット問題熱が去ったところで、また次の「最重要課題」に集団ごと移動していった。フランスの侮りへの対処、万博の屈辱、こざかしい小日本の挑戦。

いやいや、そーゆーふーに考えではいかんだろう、と思っても、つい「似てるなあー」と思ってしまいます。

沖縄人に決めてもらえばよい、と思いました。
沖縄県に特別に外交の権利を委譲して沖縄人に決めてもらえばよかった。
沖縄には比率でゆえばすごい本土人が住んでいるが、わしの知っている沖縄人たちは「本土人の参政権は認めない」というタイプのひとたちではないので、きっと沖縄の住民である限りにおいて一緒に考えることを嫌がるひとはいないでしょう。

中国人は香港型統治、ということが出来る民族なので、なぜ沖縄人は中国の統治を仰がないのだろう、という友達がいたので、わしはいまの沖縄人は日本の標準語で暮らしているのだ、と話すと納得していた。

もしそうでなければ沖縄のひとも香港になりたいとゆったかもしれないね、と付け加えました。

沖縄人の忍耐はすごい。
考えてみればすぐにわかるが、基地がどういう構成になっても真っ先に攻撃されて焦土と化すのはどの基地計画によっても沖縄本島である。

それなのに、自分たちの立場を一応考えているのだ、と感じられる意見であれば、たとえそれがケーハク軍事ヲタクの意見であってすら、ちゃんと行儀良く聴いている。
一方の軍事ヲタクは沖縄人の魂になんか全然斟酌しないが、沖縄人のほうは、ちゃんと襟を正して拝聴しています。

もうすぐ政治に興味があるネットワーカーたちの「ブーム」が去れば、誰も沖縄のことなど思い出さなくなるだろうが、いまは、このわずかなチャンスをとらえて、少しでも自分の魂を理解してもらおう、ということなのでしょう。

ネットの意見を見て歩いているときに、カリフォルニアの元日本人のアメリカンが「沖縄はもういちどアメリカの統治領になるのがもっともよい」とゆっていて、それを読んだわしは、「まあーた突拍子もないことをゆっちゃって」と思ったが、わしから見るとケーハクきわまりないオタメゴカシ、どころかオタメをゴカシすらしない
「家賃を100円払っているんだから、われわれがこの家の去就を決めることになんの文句がある」といわんばっかりな、日本人の「白熱した議論」を見て、わしは、あのパーティの夜、酔っぱらって、白いあごひげをしごきながら、「ヤマトはだめだあああー。あんな奴らは、全然だめだああああー。沖縄人もだめだ。どーにもこーにも、あんた。オキナワンも全然だめだああああー」と口々にいっていた偉大な酔っぱらいたちを思い出しました。

そもそもどっちの男とも結婚したくないのに、どちらと結婚するのが幸福か口の端に泡をためて頭上で議論しているふたりのいかれた男を呆然として床に座り込んで見上げて眺めている気の毒な女のひとを連想したからです。

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