iPadと著作権

iPhone/iPod+iTunesというビジネスモデルが元々ソニーのものであることを知らない人は多分日本ではいないだろう。
英語世界のフォーラムで高校生と思われるガキンチョがソニーはもっと創造性のある会社だと思っていたのにアップルごときのマネを2010年になって始めるなんてがっかりした、という意見があったが、ソニーがオンライン配信と携帯音楽端末を組み合わせたビジネスモデルをぶちあげたのがあまりに昔のことなので、今頃になってマネしてやんの、と誤解しているのです。

iPadは少なくともいまの時点では電子書籍リーダーではなく、この石版ふうの板があれば映画も観られればテレビ番組も観られる、インターネットを徘徊することも出来て、表計算もどうしてもやりたければ出来るし、ほらこれなんだけどね、とゆってプレゼンも珈琲店のテーブル越しにやれる、といういままでになかったデバイスである。

ええええー、むかしからそんなことPCでやれたよお、そんなこと、iPadなんてただのデカイiPhoneじゃん、というひとはコンピュータというものをまるで判っておらぬ。なんとなくここでiPadの意味について書きたくなってくるが考えてみると、その程度の事を実機を見て判らない人に言葉で説明しても言葉の産生の無駄であるから、ここでは述べぬ。

iTunesからレンタル映画をダウンロードして映画を観る。観ていないテレビ番組シリーズをまるごと購買してテレビをまとめて観る。Financial Timesをカウチでごろごろしながら斜め読みしたり、オリジナル版のPrince of Persiaで遊んでカンドーする。Twitterで友達や友達でない人と話して、けっけっけと笑って喜んだり、サーバ上の本を購買して読みながらうとうとする。

そーゆー使い方がiPadのいちばんふつーの使い方だと思うが、試みにこれを日本語でやってみようとすると、そもそも映画のレンタルをやってない。
冬の八甲田山を彷徨する兵士たちの物語に見入って涙することも出来なければゴジラの徹底的で完全な破壊力にカンドーして、画面に向かって「ぎゃおおおおーん」と鳴き声を真似することも出来ないのです。
テレビ番組も観られなければ、本もろくすぽない。
日本版グーテンベルクプロジェクトらしい「青空文庫」ですげー古い本、たとえばわしの大好きな岡本綺堂を読むことは出来るが村上春樹の1Q84は夢のまた夢である。

ふにゃあ、と思いながら音楽のほうへ行くと、わしは日本のjpopについてスカな興味しかないので判らないが、どうも携帯電話用以外は配信されている曲が少ないようです。

ははは。珍しい。話がしたかった話題のほうにちゃんと戻ってきた。

そう。わしは「著作権」の話をしようとしていたのだ。

朝日新聞が最近「WEB新書」というショーバイを始めた。
「一冊100円」ちゅうような売り込みで本をダウンロードさせる商売です。
おーすげー、本が安い、と早まって喜んではならぬ。
そーゆーのは日本語では「糠喜び」という。
義理叔父はむかし昼ご飯を買いに行ったスーパーマーケットで「ぬかよろこび」という「即席糠漬けの素」を名前だけで思わず買ってしまって昼ご飯を買う金が足りなくなって午後のあいだじゅうひもじかったそうだが、こーゆーひとは「ぬか御大尽」という。

一冊3000文字、とかですからのい。
えっ?3000文字?それで「新書」と銘打つなんてひどいやん、というひともいるだろうが、もともとthe Daily Telegraph のようなタブロイド記事を「社会の木鐸」なんちゃってマジメな権威のごとく装って売ってきた日本人の「権威大好き」を熟知した商売の上手な新聞社ですから。そのくらいのことで驚いていては日本では生きてゆかれない。

こーゆーホイチャイ・メディアにはきっと名前が出ておるに違いない、と考えて眺めると、やっぱりあった。
慶大教授・岸博幸氏という人が「米国発のネット帝国主義を許すな」
「ネットが社会に浸透し、クラウドなんとか、とかいう言葉も耳にするようになった。…..慶大大学院教授の岸博幸さんは、「米ネット企業による帝国主義」だと警鐘を鳴らす。」というカッコイイ論陣を張ってます。
日本経済、という今にも破綻しそうな名前の新聞に連載を書いていたひとだな。

この人は、もともと「レンタル使用料」 をのっけて2600円とかいう気絶しそうなくらいぶわっか高い価格をCDにつけておいて、その上に「かけられるもんならかけてみい」のプロテクト(!)を音楽CDに施して、ビンボ人の持つ古いCDプレーヤでは正規ユーザといえども音楽がかからないようにする、という素晴らしいマーケティングを編み出して一躍有名になったエイベックスという会社の役員です。
役人が、ある種類の(やや語弊があるが)学者になって天下りをする先なので有名な慶応大学教授の肩書きがついている通り、元はお役人である。
著作権について堂々たる論陣を張って金を稼ぐのが商売の、「著作権屋さん」 なんです。

一方では「言葉職人」的な詩人である谷川俊太郎を初めとする作家たちが自分たちの最小の糧である著作権の侵害をこれ以上見過ごせない、と深刻な顔で会見に臨んでいる。この谷川俊太郎、というひとは職業的な詩人として十代からいまに至るまでずっと生きてきた、という世界でも類例がない離れ業を遂げてきたひとである。そんなこと、できるのか、と思って驚いたので名前をおぼえている。

わしは著作権が完全に守られるのは当たり前であるし、良いことだと思っています。その点では谷川俊太郎は当然、岸センセイとも意見が同じである。

youtubeは最近ひと頃に較べると画質が桁違いに良い、録画時間も段違いに長い動画が増えて賑やかになった。
「公式チャンネル」が出来たので、ビヨンセもシャキーラもキラーズも50インチテレビの画面いっぱいで見苦しくない程度の画像で観られます。
以前は誰かが違法にアップロードしては一瞬で削除されていたデイヴィッドレターマンのレイトショーも、インタビュー部分やバンド部分とかはふつーに観られるようになった。

どうするのがいちばんよいか、を世界全体が一生懸命考えているのがyoutubeを観ているとよく判るような気がします。

日本のひとは「何が正しいのか」 を議論するのが大好きだが、その「正しさ」が現実にどのように反映されてゆけばよいのか、ということにはまったく興味を持たないように見えることがある。
著作権などは、その代表で、谷川俊太郎のように自分の創作物の価値をかけて憤っているひとも岸センセイのように憤ってみせるのがショーバイであるひとも、それは変わらない。
わしが観た日本人では、ひとりだけ 坂本龍一が「職業的音楽家というものはなくなるであろう」 と現実が流れてゆく方向を観察することから始める、という西洋的なものの見方をしていました。

良い悪い、という問題とは別に、わしは「著作権」というものはなくなってゆくだろう、と思っています。その結果、次の、「著作権」に取って代わるビジネスモデルを誰かが発明するまで、音楽家や画家、作家という商売はプロの職業としては成立しなくなるに違いない。
そんなに遠くない未来に、こういう元は職業であった芸術分野は均並みにまた近代以前の「趣味」領域に戻ってゆくに違いない。
著作権というビジネスモデルは実は、それまでは「領主」や「大貴族」 や「富裕商人」 が支払っていた芸術の対価を市民社会の形成に伴って市民たちが共同で払えるようにした革新的なビジネスモデルだったと思いますが、しかしそれも「市民社会」 の崩壊に伴って、当たり前だが、崩壊しつつある。

ソニーが実現できなかった音楽配信+携帯プレーヤーというビジネスモデルをスティーブジョブスが実現出来たのは、ジョブスらしい巧妙な、殆ど狡猾といってよい知恵の賜物でした。
あのひとはレコード会社とミーティングテーブルを挟んで交渉する代わりに連日、パーティを開いた。
自分は音楽をもっと気軽に楽しめるものにしたい、と歌手やバンド人に話しかけた。
また、みんなで面白い事をやろうよ。新しい事はクールだとは思わんかね。

偉大なブルース王であるB.B.Kingにも口パク歌手のプリちゃんにも共通しているのは、こういうひとたちがもともと他人を喜ばせるのが大好きな底が抜けたような善良さを持ったひとたちだ、ということです。
レディガガはデビューしてからずっとマスメディアを憎んで敵視してきたが自分がファンであるエルトン・ジョンとマドンナとに会ったとき、ただただ他人を喜ばすのが好きな気が遠くなるほど善良なひとびとであることを発見して、自分もそうであるべきだと考えた、と先月のインタビューでゆっておったが、ものをつくるひとびとというのは確かにそうでしかありえないところがある。他人を喜ばせることが嬉しくてたまらないひとたちだと思う。

生来、天才的なアジテーターであるジョブスが、そういう音楽家たちの「弱味」 を見逃すわけはなくて、そこにうまくつけこんで煽ったのでした。
歌手たちはみなレコード会社に「自分の曲を配信させてくれないのなら所属会社をかえる」 とゆいだした。
レコード会社は必死に防戦したが、結局「商売のことがなにも判っていないいまいましいマヌケの集まり」である音楽家たちに敗けてしまった。

そうやってミュージシャンたちは自分たちの職業が滅びる道へ通じるドアを開けてしまったが、しかし、それは彼らの「ひとりでも多くのひとに自分の音楽を聴かせて喜ばせたい」 という金銭よりも遙かに根源的な欲求を考えれば当然ともゆえる成り行きでした。

著作権に代わるビジネスモデルの構築はまだ全然うまくいってないよーだ。
あれもダメ、これもダメ、で頭を抱えているうちに売り上げはどんどん減っている、というのが現実です。

でもさ、とわしは思うのです。
音楽がある程度まで廃れたところで、また音楽を聴いている方がなんとかして金を払う方法を考えるのよ。だって、音楽をつくるほうは聴かせるほうに夢中でよく理解していないが、聴くほうも良い音楽がなくなれば死活問題である。

iPad/iPhoneのjailbreak(OSをハッキングして違法ソフト等を使えるようにすること)が最も盛んなのは噂では日本だそーだが、とゆーか、周りを見渡しても、あんまり「ウラモノ」に縁がないひとびともjailbreakを当然のように行っていてびびるが、日本語でiPadを使うことを想像してみると、なんとなく理由が判るような気がする。
なんにもコンテンツないものね。
「著作権」という監獄に閉じ込められてしまったので、みな脱走して文字通りアウトロー化しているようだ。

で、レンタルCD/DVDや「録画用DVR」のごとく、そうやって逸失された利益はほいほいと気軽に価格に転嫁されるので、日本ではそのうち「邦楽CD」 なんちゅうのは、もの好きなお金持ちだけが買うものになってゆくのかもしれません。

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4 Responses to iPadと著作権

  1. 神宮司 says:

    はじめまして。

    ガメさんの文脈とは微妙に異なるかも知れませんが、希望退職に応じた出版社勤めの人のブログを思い出してしまいました。
    紆余曲折の後、退職日まで綴った内容をコメントも含め本にするとかで、発言者の許諾を得ようとしたら炎上。著作権保護とは何ぞやといったレベルで賛否両論入り乱れてます。

    ひょんなところで「『何が正しいのか』を議論するのが好き」という典型例を見せつけられたようで、やれやれまたかと感じる次第。

    ネガティブな反応にはいろいろありますが、少なからず感じるのは歴史的な変遷に伴い廃れ行くものに対し、絶滅危惧種を慈しむような感情を発露させてるのが含まれてること。ここで対象になるのは著作権。お家大事、主君を守れなんて感覚に近いのかも知れません。

  2. 神宮司さん、

    >少なからず感じるのは歴史的な変遷に伴い廃れ行くものに対し、絶滅危惧種を慈しむような感情を発露させてるのが含まれてる

    新しいものは文明を理解しうる人の愛惜を逆撫でするものですのい。新しく来たものは常に醜い相貌をしてますからのい。でも川の水は流れる方にしか流れない。
    堰き止めると洪水になって皆で溺れて死んでしまう。

    難しい議論を強いられますね。
    わしは著作権が守れるものなら守ったほうがいいに決まっているが、まあ無理だろう、という意見ですが、著作権に代わるビジネスモデルが創作家側に与えられるか、というと「わからん」としか言いようがないですしね。

  3. 神宮司 says:

    川の水とは良い例えですね。自分も同じような感覚で見てました。いったん栓を抜いてしまえば誰にも止められず、どこまでも水は流れて行ってしまうでしょう。特にネット空間なんてのは、その最たるものだと思います。

    件のブログでは、そんな場所に書き捨てたはずのコメントに強固に著作権を主張する人達がいたのでした。内容はといえば本に載せるなというものです。APPLEやGOOGLEのようなサービスを自在に享受する環境にありながら、自分は別枠に留まりたがるのはどういう心象かと不思議でした。まぁ大半は嫉妬か、やっかみなんでしょうけどね。

  4. 神宮司さん、

    >APPLEやGOOGLEのようなサービスを自在に享受する環境にありながら、自分は別枠に留まりたがるのはどういう心象かと不思議でした。

    真剣に物事をやってみたことがない人は競争にさらされたことがないので「自分のいうことややることはたいしたものなのだ」と妄想します。馬鹿発言も印税に値する貴重な創作だと考える。自分はてーしたもんだと考えたがるのは怠け者の特徴ですのい。
    みんな王様、の国でコーフクじゃん、ともゆえますが。

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