アメリカの影から踏み出す日本


古本屋の「200円ワゴン」で山崎正和 というひとの「このアメリカ」という本を買ったことがあった。「なぜ」という理由はない。テキトーに買います。翻訳本は買わない。ラテン語とかギリシャ語とかは限りなくゼロに近い成績であったので良い訳なのだか悪い訳なのだか判らないが、なんとなく英語への訳のほうが日本語の訳よりいいんじゃないかなあー、と思うので英語のをこそこそ買うので日本語は買わない、というだけです。
一方では性格がデタラメに近いくらいえーかげんなので、日本にいるときには取り寄せるのがめんどくささに英語の本を日本語で読んですませようと思う事があります。日本のひとびとにはピンと来ないかもしれないし、自分でゆってていいのか、な感じがしなくもないが、こんな無茶苦茶なことをする英語人はわしは他には知りません。
でも、結構、おもしろいんだけど。英語の本、日本語で読むの。
上田保訳のT.S.Eliotなんちゅうのはたいへん味わい深いものであって、芭蕉が詩を書いているような趣があってなかなかよいものです。

「このアメリカ」という本は多分60年代終わりくらいのベストセラーらしいが、(違うかな)たいへん異様な本であった。
いまは手元になくてカンではメルボルンかクライストチャーチのどちらかの家にあるがどっちに送ったか、もしかしたら他のところにあるのか、オークランドの家にないこと以外は不分明です。思いつきであちこちに送るの、いまやどんな本がどこにあるかさっぱり判らん。

酒場で酔ったアフリカンアメリカンが酔ったあげくテーブルを壊し椅子を壊し、ただ壊しただけでは飽き足らないで椅子の脚もテーブルの板も細かいかけらになるまで破壊するのを見て驚嘆したり、休みの始めになると女の大学生を乗せたグレイハウンドバスが男大学生が待つ大学に着いて、バスからスーツケースを下げた女大学生が延々と長蛇の列をなして男大学生と番(つが)うために出てくるところに「アメリカ」を感じたりするところを憶えているが、異様なのは、この山崎正和というひとの視点の持ち方がアメリカ人の視点のもちかたと瓜二つであることで、読みながら、このひとアメリカ人みたい、と何度も考えました。

日本のひとは自分たちが西洋人の、特に連合王国人と似ている、とよく言うが、わしは似ていないと思います。全然似ていない。
どちらかと言えば180度正反対だと思う。
もしかするとあまりに異なるので似てるように見える、というような人間の感覚の不思議があるのかも知れません。
のみならず、わしは日本人は西洋人とはどの西洋人とも、あんまり似ていなくて中国人や韓国人とのほうが遙かに似ている (わしなどには当たり前と思えるが)と思いますが、そういうとどうも日本のひとは機嫌がやや悪くなるようだ。 あんまり機嫌が悪くなられても今夜の酒をおごってもらえなくなって困るが、どうにも似ていないものは仕方がない。
どうしても強いて似ている西洋人のグループを挙げよ、ということになればそれはアメリカ人であるとわしは思います。

「西洋」という集合は巨大過ぎて一般化するのがたいへんだが、それでも全然一般化できないということはなくて、たとえば「自分を大切にする」 ということにおいては西洋人はひとしなみにそうである。
自分というものを大事にして、それが納得して出来うるならば満足して死ねるように生きているあいだじゅう一生懸命工夫する。
それ以外のことは会社も国も家も二の次です。

有能な連合王国人がある日突然立ち上がってボスの部屋につかつかと歩みいり、「わたしは自分にやさしくしてやりたいと思うに至ったので会社はやめます」と言えばボスは否とはゆわぬでしょう。
わたしも、そうしたいな、わたしがこの忙しいボスボスした仕事をやめて朝台所に立って子供や旦那のためにゆっくりおいしいバナナパンケーキと目玉焼きとベーコンにたっぷりシロップをかけた朝ご飯をつくってあげられたら、「わたし」は、どれほど自分に満足してやさしい気持ちになれるだろう、と考えるに違いない。
「わかりました」と言うだろうね。
「あなたのような有能なひとがいなくなると困るのだけど」

あるいは午後4時の会議中にすっくと立ち上がって「諸君、誠に申し訳ないが私はこれから次男を学校に迎えに行かねばならん。40分待ってね」 という会社の役員も珍しいとは言えぬ。
アメリカ人ならぶーたれるやつがいそうだが、連合王国人は、ぷー、もゆわぬはずである。
みんなが「自分」 というものと「自分の幸福」というものに真剣でなければならない、という大前提があるからです。

アメリカ人は競争が激しすぎて西洋人のなかでも極めて特殊なひとたちだが、それでも前提というか人生上の公理というかが「西洋人」 なので、基本的に同じである。

山崎正和という人の「このアメリカ」という本がわしの頭のなかで「異様」 だったのは、そういう西洋的枠から外れたひとがしかし視点の持ち方異民族への観察の仕方だけは「とてもアメリカ的」に思えたからで、なにがアメリカ的かというと「自分と違う人間はモノみたいなものだ」 というところがアメリカ的と感じられたのではないかと思います。
うまくゆえてないが。

日本が真珠湾を突然空襲したときには陸軍力だったか兵員の数だかでは世界37位だかなんだかな、とぼけた軍事力しかもっていなかった合衆国は、すさまじい勢いで軍隊を拡張して、日本海海戦に勝利した参謀である秋山真之がつくった年代物の対米作戦である「三割漸減のち艦隊決戦」という寝言みたいなプランを歯牙にもかけず怒濤のように、というか太平洋を渡る津波のように日本へやってきます。
アメリカ軍というのは自他共に認める無茶苦茶弱い軍隊ですが、結構あっさり勝ってしまった。

銀座の和光ビルと三越デパートメントストアがある交差点を「タイムズスクエア」と名付けたり、檜造りの邸宅を白ペンキで塗っちゃったりしながらアメリカ軍がやっていたことは要するに「日本の属州化」です。
いまでも、機会があれば行ってみるとよい、横須賀の米軍基地に行けば、「雨」
「霧」という大日本帝国海軍のマンホールがある道に「ニミッツ通り」「ハルゼー通り」という名前が付いていて、背後に日本の救国の戦艦であって戦後は日本人「実業家」の手で艦橋とかも取っ払って米兵相手の安キャバレーであったのを「アメリカ人有志」が実業家の手から取り戻して復元した「三笠」
が見えるベンチにひと晩泊まりの日本人の女たちが水兵たちとじゃれあっておる。

大挙してやってきた合衆国人たちに対して日本人が「羨望」と「憎悪」を感じたのは理の当然でした。しかし日本人はすさまじいほどプライドが高い国民なので「憎悪」のほうは敗者の憎悪というものの惨めさに耐えられなくなって忘れてしまうことにした。
その感情は「実はアメリカ人も日本人の勇敢さと意外なくらいの兵器の優秀さによって『敵ながらたいしたものだ』と驚嘆したのだ」という話によって取って代わられていったのでした。

しかし羨望のほうはストレートに生き残って自分たちはまったく意識しないままほぼアメリカの属州人として振る舞うようになったように見えます。
わしには日本のひとが「日本人はアメリカ人より連合王国人に似ている」というのを聴くたびに、えええええー、なんでええええーと思ってきたが、どうも日本人の連合王国好きは「自分がアメリカ人にあこがれているのを認めたくないからだ」と考えると納得できそうな気がする。

山崎正和は「アメリカ人のものの見方を使ってアメリカ人を批判的に眺める」という不思議な本を書いたが、あの本のものの眺め方は案外と戦後日本人すべてに共通のものなのかも知れません。

民主党という政権は、民主党幹部にとっては、かつて彼らが若いときに大人たちに向かって絶叫した「反・米帝国主義」「東アジア共同体」の夢を実現するための装置だと日本の外のひとびとは理解しています。
いよいよアメリカの属州たるをやめて、アジアの国に向かって歩み去ろうという日本の決断の、たとえば「普天間騒動」などはその象徴であると受け止められている。
「象徴」になりそうだったからこそ、合衆国の国務長官はルートを介して日本の首脳を恫喝し、大統領も国務長官と一心同体であることを示すために鳩山首相を公然と侮辱したのでした。
真の独立かね、ふーん、やれるもんなら、やってみろ、ということであった。

それは露骨極まりない恫喝外交であって、それを「日本は重要なパートナーだから、あれは恫喝とは言えない 恫喝なら他のことをした」という気が遠くなるくらいナイーブ(英語の意味)な意見が日本のネットの「オピニオンリーダー」に多かったという英語国民に憫笑を起こさせたエピソードがあったりして、そーゆーところはいつもの日本人らしい反応でした。
阿Q的、というか。

日本人の喧嘩の特徴は暴力が始まる前にまず儀式のように長い罵りあいというか「凄みあい」があることです。やくざの喧嘩、とか、パーなにーちゃんやおっさんの喧嘩を見ていると、ガイジンどもは失礼にも笑ったりする。
なぜ笑うかというと、英語人の喧嘩は暴力に至る閾値をもっている場合には、「先ず殴る」からです。言葉を交わすのはひとことふたことであって、しかもその時点では、あんまり大きい声は出しません。
殴ってから罵るのであってその逆ではない。
日本人の威勢のいいお兄さんがよく重傷患者としてオーストラリアの観光地の病院に搬入されたりするのも、どーも、こういう習慣の違いもあるようだ。
自分は喧嘩して相手を侮辱しただけなのに殴るなんてひどい、と思ったことでしょう。

あのときアメリカ人も恫喝をする前に実行した日本がらみの政策がたくさんあるようです。
そして日本の政府もいまごろになって、それに遅まきながら気が付いたように見えます。

ちょっと信じられない鈍感さですが属州をやめてアメリカの影から歩み去る、ということの現実的意味にようやく気づいたのであるのかも知れません。

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11 Responses to アメリカの影から踏み出す日本

  1. Masaki Kitamura says:

    日本と中国や韓国とがまったく似ていないことを韓国留学などの多彩な経験から論じているのが、古田博司(筑波大学教授)。著書に『日本文明圏の覚醒 』、『東アジア「反日」トライアングル 』、『東アジア・イデオロギーを超えて』など多数。いまのところ最も説得的な議論ではないかと思えます。

  2. >古田博司

    いま見たら、研究者キャリアの前半と後半でずいぶん意見が変わっちゃったひとなんですのい。なにがあったのでしょう。

    中国のひとや韓国のひとも「われわれは日本人とはまったく違う。似ている所はない」という人が多いですね。

  3. SD_Sie says:

    >有能な連合王国人がある日突然立ち上がってボスの部屋につかつかと歩みいり、「わたしは自分にやさしくしてやりたいと思うに至ったので会社はやめます」と言えばボスは否とはゆわぬでしょう。
     言葉どおりとは限らないとしても、これは日本にはないですね。有給取るのにさえ理由が必要なのに。
     幸福。きっとぼくが明らかにしようとしているのは、「日本でも『幸福』を求めることは可能か?」ということなのだと思いました。
     幸福が求められないのだとすれば不幸ですが、自分が不幸なあまりに、他人の不幸をも願ってしまうのだとすれば、もっと不幸なのだと思います。

  4. SD_Sieどん、

    >幸福。きっとぼくが明らかにしようとしているのは、「日本でも『幸福』を求めることは可能か?」ということなのだと思いました。

    60年代に描かれた物語や映画を観て不思議なのは出てくるひとに「幸福」なひとが普通にたくさんいることです。
    「希望があったから」ということでしょうが、それと社会自体がもっと落ち着いているのね。
    品性が悪い人間が大声でわめいて歩かないのです。
    そうやって考えると日本語インターネットは社会を不幸にしているのに一役買ってるんちゃうか、と思う事すらある。

    日本人にとっての「幸福」はたとえば合衆国人にとっての幸福とはまた異なるものなのかもしれません。

  5. Suzuki Hitoshi says:

    日本人の言う「似ている国」は、「条件が似ているから模範にしたい国」みたいなもんだと思います。イギリスは島国だから。ドイツは勤勉な国民のいる工業国だから。別に考え方が似ているとか、そういうんじゃないです。発想が似ているのはお説の通り、韓国人だと思います。気性は正反対に見えますけど。

    有能な連合王国人の話で思い出しましたが、昔の日本人も仕事の優先度低かったみたいですよ。親孝行したいんで頭取辞めますってエピソード読んだ記憶あります。それで普通に辞めたとか。終身雇用や新卒主義がなかったせいですかね。

    そうやって考えると、今の日本はまったくもって、戦時統制経済の延長なんだなー、と感じてしまいます。明治維新から日露戦争までの富国強兵と、敗戦からバブルまでの高度成長がだぶって見えて、暗澹たる気分ですわ。

    • Suzuki Hitoshi 殿、

      >昔の日本人も仕事の優先度低かったみたいですよ。

      そおおおー!そー、なんですのい。わしも聞いて驚いたぎゃ。
      サラリーマンとかは午後4時とかに終わって、鰻丼食べてビール飲みながら横須賀線で帰ったりしていたようだ。

      おまけに昔の日本のサラリーマンって、いまの年収に直すと大きな会社の課長さんとかって「三千万円」とかの年収ですのい。
      いったいどこで、いまみたい忙しい「仕事がすべてじゃ、ぼけ」の国になったんだろう。謎だ。

      >今の日本はまったくもって、戦時統制経済の延長なんだなー、と感じてしまいます。

      戦後の日本の経済政策って実際にも岸信介の考えた「戦時経済」そのものですねい。わしもSuzuki Hitoshi 的感懐に賛成であります

      • Suzuki Hitoshi says:

        みんな仕事がすべてみたいな生活ですけど、実際には仕事が好きな人なんて、そんなにいませんよー。

        休まない、残業する、休日も働く。サービス残業と称してただ働きまでする。端から見たら、そんなに仕事好きか?って感じですけど、下っ端の立場弱いだけですって。

        課長で年収三千万相当は、たぶん戦前の人でしょうけど、当時は日本も普通の資本主義だったみたいですね。昔の小説や評伝とか読んでると、日本は貧しかったんだなーとつくづく思いますけど、それ以上に金持ちも庶民も今とは全然違う考え方で、外国みたいです。

        なんか、賛成されると妙に面映いんですが、私は団塊の世代が悪いというよりは(ツイッター見ました)、戦争の負け方が良くなかったんじゃないかと思います。

      • Suzuki Hitoshi殿、

        >日本は貧しかったんだなーとつくづく思いますけど、それ以上に金持ちも庶民も今とは全然違う考え方で、外国みたいです。

        貧しいけど社会的な「落ち着き」というのがあるみたい。あの落ち着きがどこからくるかなあああ、と思って考えるとやっぱり戦争に負けてなくてアメリカに占領されてないからかもしれませんのい。

        世界というのは、ひとつの国から見ると「ほっといてくれない」のでめんどくさい。
        競争はいつも外からやってきて、自分たちの古い文化の毛布にくるまってぬくぬくして見ていた夢をひっぺがされてしまう。

        やですのい。

        >私は団塊の世代が悪いというよりは(ツイッター見ました)、戦争の負け方が良くなかったんじゃないかと思います。

        「団塊の世代」は「世代論」をどの世代よりも強烈にもっていて、それを激しく主張した世代なんです。
        でも自分たちが社会の主人になったら、いきなり「世代論、なんだそれ? あほか」と言い出した。
        外野から見てると喧嘩が上手なひと特有のうすっぺらさを感じてしまいます。
        ツイッタにも書いたが団塊を憎んでもしょーがないが、世代としてうまく付き合わないと日本は「おしまい」になりそーだ、と思う事がある。

        こんなオモロイ国にいきなり終わられるとつまらないので、どーするのかなあーと思わず考えてしまうのです。

  6. じゅん爺 says:

    昔、阪神のランディ・バースが、息子の生死にかかわる病気を理由に、試合を投げ捨てて帰国した時、それはそれはものすごい、非難の嵐の毎日でした。
    シーズンホームラン数で王貞治の記録抜きそうになったり、三冠王になったり、とかとか、バースはニポンジンのヒステリックな反応を引き出す試験薬みたいなお人でおましたな。

    • じゅん爺、

      >昔、阪神のランディ・バースが、息子の生死にかかわる病気を理由に、試合を投げ捨てて帰国した時、それはそれはものすごい、非難の嵐の毎日でした。

      バースって叔父上が最も好きな野球選手だな。義理叔父は、ですね。バースが息子のために帰国したところになると感極まって泣くのだよ。いいとしこいて、ハナすするなっちゅうに、きたねえなあ、と思うが、そのくらいカンドーしたそーだ。

      むかしのビデオ見ると、かっこええ選手ですのい。顔がとても良い顔をしたひとでもあります。

  7. _kidn says:

    初めまして。日本人がUKに似てるって思いたがるのはUKに憧れてるだけでしょう。似てないから(怒)!もし似てるんだったら7年間UKにいた自分はもっと日本に馴染んでると思います。なんかKY、KY言ってるくせにKYな国なんですよねー。

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