東アジアブラザース

「日本人はさ、ほら、自転車が好きじゃない」 と、義理叔父が憧れていた赤毛の女の子が言うのであった。
1980年代のワシントンD.C.
義理叔父にとっては初めての合衆国であって、週末のある日、義理叔父はバーベキューに招かれたのであった。

「うん。好きっていうか、割と多い」 公共機関が発達していて網の目のように地下鉄があるからなんだよ、と言おうとすると、隣から赤毛の女の子のお母さんが、割り込んできた
「なんだってあなたがた日本人は毎朝大通りいっぱいに広がって自転車で通勤するの?トヨタもホンダも輸出するばっかりじゃなくて自分の国で乗らなくては! それに、みんなが制服を着ているってのもファッションとして退屈だとわたしは思います」
いえ、制服は高校生までだし、トヨタもホンダも結構はしってますよ、と話しているうちに、あこがれの赤毛のねーちゃんの母親が話しているのは北京のことだと気が付いて愕然としたそうである。
それ、日本ちゃうやん。チューゴクやん。
と言うと、赤毛かーちゃんは、ちょっとクビをかしげて考えてから、だって東京って中国でしょう?と不思議そうに訊くのだった。
言われて、義理叔父は一瞬頭のなかが、くらっ、としたそうです。
若いときから高血圧だったから、危なかったんちゃうか。

カンタベリー特有の「宇宙線なのかこれは」、の無茶苦茶強い陽射しを窓の外に眺めながら、わしは年長の友人、校長先生のJJとパブでCD、すなわち「カンタベリー・ドラフト」をちびちびとすすりながら話しておった。
日本ではビールは、「ごっくんごっくん、ぷはあー」 な飲み物だが、わしの祖国および裏祖国においては、ちびちびビンボたらしくすするものです。
タップから注ぐときも泡を立てないのね。泡を立てて出すと、ニュージーランド人は、一瞬顔をしかめてから、「金かやせ。泡のぶん」 と言うであろう。
パイントグラスにすりきりいっぱい入ったビールをそおおおおおーと口に持っていって、おっとっと、と思いながら初めのひとくちを飲むのがビールの醍醐味なので、泡があってはビールを飲むという行為の最良の部分が失われるとゆわれている。

ちっこい円形のテーブルをはさんで立ったJJとわしは、クライストチャーチのまばゆいほど美々しい夕方を見やりながら、よもやま話に興じておる。
「最近はまた日本人が多いのお」とJJ。
「あれ、中国のひとだと思うよ」
あっ、そうかね。おれはまた日本人だとばっかり思っていた。
「経済が悪いというから、それで逃げてきやがるんだと思ってたよ。でもジャポンヘッドにはたくさんいるようだが」
ジャポンヘッド、というのはエイボンヘッドという空港に近い住宅地でむかしから日本人が多いという事実を嘲って「ジャポンヘッド」という。
もともとは嘲りだがJJの世代のひと(50代)は、あんまり悪意もなくふつーに「ジャポンヘッド」とゆったりします。
「ジャポンヘッドってのは、蔑称だから教育者のあんたが使ってはならんだろう。それにエイボンヘッドのアジア人たちは、いまでは中国の人が多いと思うが」
ふむ、とJJはまだ疑わしそうにしてます。
気を取り直したように、そう言えば、ガメの叔母さんは日本人と結婚したんだったな、という。
なんだかそれで全部わしの言うことが説明がつく、とでも言いたげである。
話題を変えようとしてでしょう。
「日本人はアジア人のなかでは、いちばんマトモなほうだからな」 と言った。

誤解してはいかむ。
JJは温厚で公平な人間であって、みんなが大好きなおっさんです。
仕立ての良い三つ揃いを堂々たる体格で着こなして、鼻ひげを生やかしてえばっておるが、同情心の厚い、良い奴である。
年齢はわしより25歳くらい上だが、だからJJとわしはよくパブで一緒に酒を飲んで遊ぶ。

東アジアは遠い。
西洋から見ると、むかしから遠い遠い国々です。
ええええー、でも日本って東隣はもう合衆国じゃん、地図みなよおお、ときみは言うかもしれん。でも「西洋」という「意識」は、もともとの中心が大陸欧州にあるので、そこからの距離でしか物事を認識できないのね。

だからむかしは日本でゲームをデザインしていていまはブライトンで暮らしているjosicoは、よく聴いてみると連合王国人の使う「アジア」という言葉には中国や日本が含まれていないことに気づくであろう。
あの「asia」という言葉には米語や豪州語やニュージーランド語とは違ってインドとパキスタンまでしか含まれておらない。
そーから向こうはまとめて「ファーイースト」なんです。

祖父の時代の小学校の教科書を読んでいると「この世界にはさまざまなひとが住んでいます」と書いてあって、その後に「わたしたちヨーロッパ人のように勤勉で正直な人間もいれば、アフリカのひとたちのようにナマケモノばかりなひとびともいます。アジア人のように感情的でウソをおおくつく人たちもいます」という。
ぶっくらこきます。
しかし、あの年代のひとは、それを当然だと思っていた。

アメリカ人が東アジア人と見ると「中国人だな」と思うのは、日本人がわしに「アメリカ人ですか?」と訊くのと同じだともゆえる。
差別、というよりも、「ほんとうの関心がない」からではないだろうか。
ちょっとした好奇心以上の関心が起こらないのは、やはり、「遠い国の話」だからであると思います。
むかしむかし東の果てのそのまた最果てにある島国の国民だけが、切実に西洋という遙かな向こうにある国を知りたいと願ったのは、富国強兵、というようなもっともらしい理屈よりも。もっと神秘的な何かがあったとしかわしには思えません。
「日本」という国が、わしの心に強く訴えかけてくるのは、その歴史的なひたむきさ、太陽を見つめて、見つめ続けて盲いてしまったひとでもあるかのような一途な気持ちの強烈さのせいです。
いまは日本という国からは「ひたむきさ」は消滅して、なんだか紛いものの評論家とかインチキ学者みたいな嫌らしさだけが目立つようになってしまったが歴史的には日本人ほどひたむきで真摯でしかもそれを静かな態度で行える民族はいなかった。

日本人の「ひたむきさ」「まじめさ」は近代化を通じて、いまは中国人と韓国人に伝染して、たとえばいま「ブログ」や「英語新聞への手紙」を通じて中国から伝わってくるひとびとの意見は、50ー60年代の日本人の意見にとても似ているように見えます。

日本の外、たとえばニュージーランドで眺めていると、日本の人と中国の人は日本の国内では考えられないくらい仲がよい。友人同士、ということもそうだが、店員と客、というような立場でのやりとりを観察していても、やりとりに「同じ故郷からきたもの同士」とでも言うような言うに言われない親密さがあって、わしなどは羨ましさを感じることがある。

義理叔父とふたりででかけた中華街では、どこの国でも、義理叔父を日本人と見てとったときのいちばん典型的な反応は、まず一瞬の緊張があって、義理叔父が「ヘンなほうの日本人」でないと判ると、今度は一転、「露骨な親しみ」
とでも言いたくなるような親しみを見せる。

ふたりで出かけた韓国料理屋で、給仕も終わった後、若い女の店員がよってきて、「あなた、日本人でしょう?」と義理叔父に言う。
そうだよ、と答えると、女店員はなんだかキャッキャッと喜んで、すさまじい韓国語訛の英語で、オデコからヘソまでを指さして「ニ、ホン、ジンと顔に書いてあるよ」と言う。カンコクには、あなたみたいなひとは、いない。
ニ、ホ、ン、ジ、ン!
よく見ると、チェックアウトカウンタに立っている店の主人らしきおっさんは、あんまり嬉しそうな顔でない表情で女の子の様子を眺めているが、他の若い男の店員や女の店員は一緒に大笑いしてます。
この女店員はわしらが店にいるあいだじゅう何回かテーブルに戻って来て、「コンニチワ」とか「アリガトウ」と言うので小さな子供のようであった。
帰りに件の仏頂面の店主おっさんが、それでも若い人の圧倒的な友好ムードにのまれたようなかっこうで日本語で「ありがと」と言う。
義理叔父が自信なげな小さな声で「アンニョンハセヨ」と答えます。
仏頂面店主は、そしたら、胸を張って、クマものけぞるような大声で
「アンニョン、ハセヨ!!!」 とゆった。
誇らしげで、嬉しそうです。
のみならず握手まで求めておる。
ひょっとすると眼に涙が浮かんでいたかもしれません。

ただ昼ご飯を食べに来ているだけなのに、なんちゅーおおげさなおっさんたちじゃろ、と義理叔父と同年配の仏頂面オヤジのふたりを眺めてうんざりしましたが、だがしかし、なんとはなし、良い光景と言えなくもなかった。

義理叔父とふたりで東アジア系の店に行くと、そういうことが山ほどある。
わしの友達の中国系マレーシア人のプログラマとの食事に義理叔父も連れて行ったら、義理叔父に対する態度が、見たことのないひとのように打ち解けていて、まるで、古くからの友達のように寛いで話してやがって、ふてくされそうになったこともあった。

「その赤毛の女の子の家でさ、おれは結局いっしょうけんめい、日本は中国といかに違うか、そもそも別の国だぜ。それどころか日本の歴史というのは見方によっては中国の影響を受けないために必死でつくった文明の歴史である。だからわれわれは180度正反対なんです。あうひとごとに繰り返して、居合わせた人たち全部に説明するのにひと晩つかったようなものだったんだけどさ」 と義理叔父は、なつかしそうに話すのです。
「考えてみると、そんなこと、くだらなかったんだよ。」
中国も日本も兄弟同士ですから似たようなもんですな、と言っていればよかっただけだったんだ。
若いときはくだらないことを考えるよね、とゆって、義理叔父はにっこり笑ったのでした。

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14 Responses to 東アジアブラザース

  1. SD_Sie says:

     アメリカ人、ってなんなのだろう、と最近は思います。
     日本人がふだん思い描いているような、「いかにも」な白人が相方になったこともありましたが、アメリカ人学生、と銘打ってやってくる留学生の顔ぶれや性格がぜんぜん違うのを考えると、「典型的なアメリカ人」を思い描くのは難しい。
     知り合ってきたひとびと、たとえばアルメニアをルーツに持つヨガの先生はアメリカ人(アメリカ国籍)だけど当然ながら白人ではありませんし、また日系○(今は3~4くらいが同年代ですね)世のひとびとは、名前は英語名なのに顔つきは日本人と遜色がなくて、彼らと連れたって行動して英語を話していたら、ぼくも勘違いされるのと違うか、と思うくらい、日本の人に似ているのです。でも彼らの多くは日本語はからきし。そこは「アメリカ人」なんですね。
     そういうわけで、西洋的な顔つきをした人を見かけても、ただちにアメリカ・イギリスから来たのか、とは思えなくなってしまいました。イギリスにしたって、「連合王国」の名が示すとおり、色んな地域があるではありませんか。

     長くなってしまいましたが、「顔つきで国籍は判断できない」「国を単位として相手を推し量るのは難しい」というようなことが言いたかったようです。色んな人に会いたい、とまじめに思っています。そうなると、今のままの祖国に骨をうずめるのは、もったいない。

  2. SD_Sieどん、

    アメリカ人、というのは正確には「アメリカという理念を信じ合衆国が定めた手続きを遵守するひと」の事ですね。
    でもたくさんのアメリカ人と付き合うと、そのほかにも属性としての「アメリカ人」もちゃんとあります。日系人もちゃんと「アメリカ人」をしてますのい。
    その属性ははもちろん簡単に言い表せるものではないが。

    いまの英語世界では国籍はあんまり意味がありません。
    現にわしみたいにふたつ以上国籍(パスポート)があるひとたくさんいますしね。

    日本は別宇宙みたなものだからまだわかりにくいかも知れないが。

  3. SD_Sie says:

    >アメリカ人、というのは正確には「アメリカという理念を信じ合衆国が定めた手続きを遵守するひと」の事ですね。
     なるほど。それなら、たんに「白人か否か」で国籍がはかれるわけがないのは納得です。ありがとうございますm_ _m

    >日本は別宇宙
     ほっとくと別宇宙に幽閉されてしまうのがこわいところ。ブラックホールみたい^^;
     ガメさんは、インターネットは日本を不幸にしたのでは、と言われますが、ネットがなければ「別宇宙」を知りようがなかったので、ぼくにとっては大事な通信手段です。このふたつの宇宙がどうやら同じ星の中にあって、しかも(いまのところは)物理的に連結しているらしいということを知ったことも、ぼくにとっては救いでした。
     英語は英語圏、という言葉が示すとおり、多くの国々で通用する言語ですが、日本語はそうではありません。そのことも別宇宙である原因なのでしょうね。

    • SD_Sieどん、

      >英語は英語圏、という言葉が示すとおり、多くの国々で通用する言語ですが、

      ふつーのひとが取り立てて決心しなくても他の国に行ってしまうので英語圏の政府はどこも必死で努力するようになった、という点がいちばんいいですのい。アホぶっこいていると国民がおらんくなってしまう。

      でもユニクロや楽天みたいな会社増えるでしょうからいずれ日本も同じになるかもしれませんのい

  4. JOSICO says:

    日本、中国、韓国は「なんか遠い不思議な国」というイメージなんだろうなぁ…。ブライトンはずいぶん開けてるし留学生も多いので、東アジアの国のこともよく知られていると思いますが。
    あと、中華や日本レストランがたくさんあるので、それで区別つくのかも?
    でも「日本料理も韓国料理と同じように辛いの!?」と聞かれたりはしますね。

    「あ、韓国の人の感覚って、わりに近いかも?」と思うことはよくあります。まあ、ここは絶対相容れない!…みたいなことも無いとは言えないけど。

    • josico殿、

      >ブライトンはずいぶん開けてるし留学生も多いので、東アジアの国のこともよく知られていると思いますが。

      と、思うんだけどねえ。留学するんだったらブライトンくらいがいちばんよかるべえ、とわしも思います。

      「アジア」という言葉はもともとの英語の定義をゆいたかったのね。東アジアはあまりに遠いので敵意すらもちにくい、というところがもともとはあるんです。

  5. じゅん爺 says:

    ワシ、行きつけの氷見の魚を食べさせてくれる小料理屋で、
    「とりあえず生ね。泡ぁ、いらんど」
    といって飲み始めます。
    「マスター、グラスさかなくさいやんけ、気張って洗えや。マグロのフト(内臓)焼いてくれ」
    と言いつつ、へべれけになるまで「立山」を飲みます。
    夏よ、来い!

  6. じゅん爺だあ。

    >行きつけの氷見の魚を食べさせてくれる小料理屋で、

    氷見は魚が揚がるからおいしいと聞いたがどこに行けばよいわからなかった。ちぇっ。

    >へべれけになるまで「立山」を飲みます。

    立山! いいなあ。モニもわしも吟醸でないほうの立山大好きじゃ。

    うー。

  7. SD_Sie says:

    生きています。
    「おまえはバカで、弱くて、ダメだね」ということが前提された議論はいやですね。そんな人の話はいかに正しくて論理的に魅力的であっても、その人と話を続けていたいというある種の誠実さ、に欠けています。

    >英語は英語圏、という言葉が示すとおり、多くの国々で通用する言語ですが
    英語圏の国々同士で競争、しているんですね。

    >でもユニクロや楽天みたいな会社増えるでしょうからいずれ日本も同じになるかもしれませんのい
    この趨勢について行きたいところ。

    ああ、短いコメントしかできません。また、次のエントリ楽しみにしています。では

  8. SD_Sieどん、

    >生きています。

    ちょっとも心配してませんよ。SDだもの。ダイジョブに決まっておる。

    >そんな人の話はいかに正しくて論理的に魅力的であっても、その人と話を続けていたいというある種の誠実さ、に欠けています。

    バカと話をしてはいけません。

    >英語圏の国々同士で競争、しているんですね。

    フケーキなので人間の取り合い、という点では「死闘」という趣になってきました。

    >次のエントリ楽しみにしています。

    目下「夏休みのお勉強」ちゅうだが、また書くだよ。
    また遊びに来てけろ。

  9. SD_Sie says:

     ところで、ぼくのメールアドレスはガメさんには見えていますか?

    >SDだもの。ダイジョブに決まっておる。
     自分ではレールを外れているのもあって「あやうい」といつも思います^^;

    >バカと話をしてはいけません。
     相手がバカなのかどうかぼくにはわかりませんが、不誠実な人とは話ができません。体が嫌がるんです。
     しかし、相手の論のどこがダメなのか具体的に思考を構築しようとすると、けっきょく「おまえの言い方が気に入らん」ということになるんですね。語彙が足りなくて、威力のある立論にならない。無力を感じてしまいました。

    • > ところで、ぼくのメールアドレスはガメさんには見えていますか?

      見えてますうう。

      >相手がバカなのかどうかぼくにはわかりませんが、不誠実な人とは話ができません。体が嫌がるんです。

      何が起きたか目撃しそこなったからわからんがSDが不誠実だと思うのだからやっぱりバカなんでしょ。

      >無力を感じてしまいました。

      空論は下品な奴が勝つものと心得たまえ。

  10. Suzuki Hitoshi says:

    義理叔父さんのエピソードはどれもカッコいいですね。

    日本人論みたいな話は面白いけど、話が大きすぎて自分の考え自体がまとまらなくて困ります。ムツカシイ。

    ところで、ツイッタ見ましたけど、正体がばれるとマズい方なんでしょうか。
    ネットで知り合った人が色々あって無理矢理会いに行くと、そこに巨大なコンピュータが居て、流暢な日本語で「よくぞここまで辿り着いた。GameOverだ」みたいなオチなんでしょうか。

    • Suzuki Hitoshi殿、

      >正体がばれるとマズい方なんでしょうか。

      まだよろしくないけど、そのうち正体ばれてもダイジョーブになるとおもいまーす。
      そんなたいした正体でもなし。ブログに書いてあるとおり、そのままでんがな。

      >ネットで知り合った人が色々あって無理矢理会いに行くと、そこに巨大なコンピュータが居て、流暢な日本語で「よくぞここまで辿り着いた。GameOver だ」みたいなオチなんでしょうか。

      で、その「巨大コンピュータ」が鉛筆もって「えーと、えーと」ちて一生懸命計算してホームローン計算間違えるのだな。シュールだ。SFに書いたら名作だのい。

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