一人称単数

ひとりでいるのが好きな人、というのは割とふつーにいるものです。
数が多い。
「孤独が好き」なのではない。
孤独、という漢語にはくだらない情緒がいっぱいつまっていて、その言葉を聞くと歌舞伎でいう「みえ」を切っているように響く。
ひとりでいることに落ち着きを感じるひとは、孤独、というようなものではなくて、ただ「ひとりでいること」 が好きなのだと思います。

子供は社会性を獲得するために自然に集団をなす。家の近くのガキどもと放っておいても徒党を組む。
わしの家は裏庭をずっと歩いてくだって行くと小川があって舟着き場がある仕組みになっていたが、この流れに面している家にはどこも同じ船着き場があって、しかも似たような年頃のガキがいっぱいいたのでよく徒党をなして遊びました。
いまでも同じだが、どこの家にも「樹上の家」 というガキが出来損ないの冒険心を満足させるために親につくってもらったボロイ家が木の枝のうえにつくってある。ガキどもはあるときは流れに棹さしてボートを出してきゃあきゃあゆい、またあるときはどのガキかの樹上の家に集団でよじ登って突然降り出した驟雨の音にきゃあきゃあ言う、というふうでした。
徒党というものはガキの心にも楽しいものであった。

ところが、(妹も同じらしかったが) 集団で徒党を組む楽しさは、ときどき、ポロッという感じで心から抜け落ちてしまって、ひとりであることの安らかさのほうに「ほんとう」 を感じる、ということがよくあった。
子供の時からずっとそうだった。

クライストチャーチという町は夏は天国で冬は地獄だという。
夏には渇いてさらさらした風が吹き渡る芝生の上にここだけ特別製であるかのようなきらきらした陽光が反射して、町中ですらまばゆいばかりの光景です。
冬は、すごい。
毎日クソ風とクソ雨で冷たくて湿った空気のなかを歩いていると、雨が風にまきあげられて地面から降ってくる。

ところがわしは、そのクライストチャーチのクソ冬に北半球からわざわざひとりで帰ってくることがよくあった。
別に用事はありませんでした。
あのクソ天気が好きだったから、だと思います。

家のガレージでバッテリーを外してあったクルマを動くようにして、ひとりで街に出かける。
むかし大学であった建物、いまは「アートセンター」という、にクルマを駐めて人気のないコートヤードを横切って構内の小さな珈琲屋に行く。
かじかんだ指でカボチャのスープを飲みながら、灰色単色の景色を眺めるのが好きであった。

あるいは、ゴドリーヘッドという有名な小さな岬に出かけて、白い細い径をたどって、遙かな遠くまで続く暗い色の冬の海を見に行く。
そうすると、すうっと心が落ち着くのね。

わしはときどき考えるが、人間の魂は自分の周りに自分だけの広大なスペースがあることを前提としているような気がします。
われわれはみな「人間は社会的動物である」と学習するが、動物としてはそうでも、人間としては一人称単数の存在であるようだ。
誰にも何をすることも強制されず、自分の頭の中だけで組み立てた言葉で毎日を生きることに人間は特化されている。
集団に拠って生きてきた人間という「動物」が集団を離れて一人称単数である自分を獲得したときに初めて人間の真の文明が生まれたのではあるまいか。

もっと言うと、現代世界の人間が等しく信奉している「人間的価値」は結局人間が環境に対して「絶対的に少数」であることを前提にしているのだと思います。
たとえば、「自由」。
欧州人は1918年に自分たちの地方文明が完膚ないまでに破壊されるのを目撃していまの渾沌のなかに投げ出されたが、21世紀にはいってからは、また違う破壊にさらされることになった。
その第二の危機は、つまるところ、人間の数が多すぎて人間が集団の部分としての属性を再び多くもたされつつあることから来ているのかもしれません。
言うまでもなく、日本の問題の大きな部分も、信じられないくらい多いその人口から来ている。
空間の不足は魂を破壊する、という法則と戦っているのだと思う。

二十何年か暮らしてきて、もうだいぶんボロクなってきたわしの結論は、「人間はひとりの生き物だな」ということです。
人間の社会の役割は、個々の成員が「ひとりでほうっておいてもらえる」 状態を作り出すことにあるよーだ。
その役割をはたすことは年々難しくなってくるが、それでも現代の社会の最も大きな役割は個々人に集団を意識させないで生活することを保証することでしょう。
他の社会の役割なんか、特には、どーでもよいことのように思えます。

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6 Responses to 一人称単数

  1. 神宮司 says:

    人は独りじゃ生きられない。そんなの当たり前。ロビンソン・クルーソーだってフライデー君が必要だった。でもちょっとだけ一人になりたい時もある。わざわざ誰も居ないとこに行って、妙に清々しさを感じたりするのは性みたいなもの。

    わざと僻地に行ったのに、そこで誰かを見つけてぎょっとすることありません?フィールドで一番コワイのは人間ってのを実感する瞬間。俺って何しにこんなとこ来たんだっけと自問自答する時でもあります。

    独りが良いって時は、詰まるところ人に会いたくないってことで、そうじゃなければわざわざ妙ちきりんなとこに出かけたりしません。例えば洒落たレストランで同じことしたらものすごい後悔の念を覚えるでしょう。そう思うと他己との微妙なバランスが問題なのかも。

    秘境駅として有名な小幌駅には、かって小幌太郎さんて人がいたようですが、ほぼ完全な自給自足な生活をしながらも死ぬまで駅に留まり続けたというのは、何か象徴的なものを感じます。

    人間ってあっちとこっちを振り子みたいに揺れていく生き物なんじゃないですかね。

    • 神宮司さん、

      >そう思うと他己との微妙なバランスが問題なのかも。

      現代の人間にとっては「社会」とかは孤独を感じさせない程度に、そのへんで屯ってるくらいがいいなああーと思います。

      あんまりわしのそばに寄らんでくれ、と思う。
      ほうっておいてくれる社会がええですのい。

  2. ぽんぴい says:

    孤独というのは、正しく言えば、今が在る ということになるわな
    人は常日頃、まことに孤独なのだが、日本語では究極の孤独感のことを「死」と言います。
    せっかく産まれたのだから死ぬのは嫌だ! と言う人は、死んでも死ねない。
    これを 恥 とか 執着 とか 「自尊心」と言いますわい

    話は変わるけど、なんでおまえらの国はクジラ食うと怒るわけ?
    アメリカとニュージーランドとオーストラリアって、イルカフェチなの?

    • まーたヘンなひとが来ちゃったなあー、ゴミ箱じゃゴミ箱と思ったら、ヘンクツジジイのぽんぴいではないか。本物なのか? 元気でしたか?
      ぼんぴいの変態理屈が読めなくなったから寂しいと思っておった。 ビョーキ、してたのか?

      >話は変わるけど、なんでおまえらの国はクジラ食うと怒るわけ?

      どーゆー話の変え方じゃ。どーも本物ぽんぴいだな。これは。

      「サルを食べる」みたいで「気持ち悪いから」なんちゃう?
      わしは鯨が好きなので反捕鯨だがシーシェパードとかは、「なんで護衛艦を派遣して撃沈せん」と思います。話をひっぱるからマヌケ男のワトソンが儲かる。鯨を捕るとNZ人はもちろん怒るがシーシェパードを堂々轟沈させてもほめてつかわすだけと思う。

      「調査捕鯨」は法の抜け穴をくぐりやがって、という「日本人ずるい」の印象を決定的にしたが、ブログにも書いたが連合王国人とかはついこのあいだまでクジラ食ってたもん。
      「キリスト教があー」とか訳のわからんことを言うからシーシェパードみたいマヌケにつきまとわれるのじゃ

  3. ぽんぴい says:

    ふーん。。。。。なるほどね。
    THE COVE に対する近所の反応見てると、おれは、この映画は在った方がよかったと思ってるんだよね。the cove は俺にとって、肉食ってなんぞや? という疑問の投げ掛けになった。
    海の大きさに対して、人間の数が増え過ぎとる、ということと、人間は地球上に何人くらいるべきなのか、ということを考えさせられたわい。
    貴重な人間資源を有効に使う為には、個々の人々が相当の程度まで発達しないとまずいわけだ。

    >ビョーキ、してたのか?
    常日頃、ぼくは病気なので、今どんな病気なのか自分でも分からん。
    だが肉体はバクテリアよりも丈夫な気がする

    「孤独というのは、正しく言えば、今が在る ということになるわな」
    言っておくが、これ↑ は事実だ。

    • >THE COVE に対する近所の反応見てると、おれは、この映画は在った方がよかったと思ってるんだよね。

      The Cove くだらなさそーだから見てないし。盗撮ちて騒いでたけど、あーゆーのってふつーこっそり撮るんでないのかなあー、と思ったくらいがわしの感想ですじゃ 

      >「孤独というのは、正しく言えば、今が在る ということになるわな」

      これ「ぽんぴい語」だよお。わかんねえよ、意味。
      もっとも、これでぽんぴいが本物だということはよく判るが。

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