翻訳された世界


「荒地」という戦後の同人誌がある。
わしが尊敬する鮎川信夫やナンパジジイで気味が悪いほど日本語とうまくつるんでいた田村隆一、北村太郎、ついでに吉本ばななのとーちゃん 、というような同人がいた同人誌である。
この「荒地」という誌名は、話し方と物腰がいかにも妻を寝取られそうな人であって実際に寝取られてしまったT・S・エリオットのThe Waste Land に由来しています。
そ。
I think we are in rats’ alley
Where the dead men lost their bones.
ちゅうような科白に満ちている、あれです。

「生硬な」 という日本語があるが、この荒地同人に共通して見られるのはその「生硬」さであると思われる。ど演歌っぽい吉本隆明の詩は硬くてもやや和歌ふうであって色合いが違うが、それは全体を緊張する言語的才能よりも吉本の場合情緒が強烈だったからでしょう。
基本的ながっちんがっちんぶりはバナナとーちゃんも変わらない。

ところでT・S・エリオットの詩は憶えやすいので有名です。
わしのようなアホでも「アルフレードプルーフロックの恋歌」 や「荒地」は諳誦(そら)でゆえる。
たとえばディラン・トマスの詩はもっとおぼえやすいが、こっちは「これを言うためにはこの単語しかなかるべし」 という表現に際しての言語の選択が唯一無二の選択でばっちし決まっているからであってやや理由が異なる。
T・S・エリオットのほうは、流線型で音楽的だから、記憶しやすい。
この「音楽性」のせいで「上級」クラスの国語の落第を免れたバカ生徒は何百人いるか判りません。

「荒地」同人が書いた詩にはある共通した「トーン」があるが、それはT・S・エリオットが書いたもののトーンでは全然ない。
扱われている題材や一種の「文明批評的態度」は明らかにT・S・エリオットのものなのに、精神的基調、というか姿勢は全然違うのです。
口吻はゆうにおよばず。
それはなぜだろう?
というのがわしのしばらくのあいだの疑問だったが、ある日、疑問は氷解した。

古本屋で手に取った「上田保」というひとの翻訳が「荒地」の基調低音のように聞こえたからです。
あっ、そーか、これだったのか、と考えました。

わしはこのブログで何度も「すべての翻訳は誤訳だ」と言いますが、これがとても判りにくいよーだ。長い間このブログを読んでくれている「お友達」でも
「確かに字幕のようなものでも誤訳は多い」 とか「でも最近の翻訳は結構よくなってます」とご返事が帰ってくるが、そうやないねん。

わしがゆっているのは、「匙」「スプーン」と訳されたspoonはすでにspoonではない、とゆっているのです。
もっと言うといま連合王国から日本に輸入されてきたスプーンを考えると、ロンドン郊外の庭に出されたテーブルの上に置かれて英語で意識された世界で使われているspoonと日本のお茶の間に置かれているスプーンではまったく同じスプーンでもすでにspoonとして誤解されている。

同じデザインの同じ大きさのスプーンですら異なるのだから、まして「悲しみ」とか「恋」とかの感情みたいなものは日本人と欧州人に共通なものは何もない、とゆってもよい。

照応、という言葉があります。生物学の世界にはもっと直截に「相似器官」というときの「相似」 http://kotobank.jp/word/%E7%9B%B8%E4%BC%BC%E5%99%A8%E5%AE%98
という言葉もあるな。
そういう微かで表面的な類似を手がかりに「翻訳」 ということは行われる。
しかし翻訳というのはそうやって根本的に次から次に納得できる誤訳を生産する装置なので、翻訳して摂取されたものの比率が大きい社会では極く大規模な世界についての誤解が起こっているのがふつーである。

いちいち例を考えるのがだんだんめんどくさくなってきたので前にコメント欄だかツイッタだかで挙げた例をもういちど挙げると、男も女も、やりたくてやりたくてやりたくてたまらない文化である西洋文化から生まれた「ロミオとジュリエット」はwindwalker氏によると「自慰行為文化」であって特にやらなくてもなんとかなる日本へやってくると「純愛物語」 になってしまう。
さらに言いつのるとシェークスピア全体を覆う特有な(うまくゆえないが)「なまなましさ」が、全部取れてしまってツルツルなプラスティックな物語になってしまう。

義理叔父は、14、5歳の頃、村上菊一郎訳のボオドレエルが好きであったという。そこからヴィリエ・ド・リラダンやなんかをむさぼり読むヘンタイガキの方向に進んでいった。
わしはそーゆー義理叔父の昔語りを青山の裏通りのバーや銀座のビルのてっぺんのようなところで聴くのが大好きだが、頑張って丁寧に淹れられた紅茶やワイン事典を動員して精細な調査の結果選択された赤ワイン、マリービスケット、というようなものが用意されたオジベンキョー部屋でかつて繰り広げられた義理叔父の「精神の冒険」物語を聴いていると、どの話にも、そこに共通して感じられるのはある種類の落ち着きと、静かな安らぎのある「静かな世界」であって、すこおーしだけだが義理叔父のようなタイプの日本人が「翻訳」を通じてどういう世界を創造してきたか判るような気がします。
わしの限られた見聞に従ってえーかげんな感想を述べると、これは「翻訳されたフランス文化」によって顕著であると思われる。

日本の人とフランス映画の話をしていると「シェルブールの雨傘」とかいうので、あの映画がまるごと音痴みたいな映画のどこがえーねんと思わず口走ってしまったりするが、ほんとうは、そーゆーことをゆってはいけないのだ。
どいつもこいつも、よりによってなんであんな映画知ってるねんやろ、あの映画のどこが「フランス的」なんじゃ訳がわからん、とかとゆってはいかむ。
なぜなら「シェルブールの雨傘」は
Les Parapluies de Cherbourg
ではないのであって、日本人が丹精して育て上げた「翻訳されたフランス」がこの物語を好んでいる。
フランス人の文化と日本人の文化はほぼ180度異なるが、「異なるから」という理由では全然なくて奇妙に相通じるところがあるのは、実はこの「翻訳されたフランス」にフランス人の文化が感応しているのではないか、と思う事があります。
翻訳が創造たりうることがある、という稀有な例なのかもしれません。

This entry was posted in 異文化異人種, Uncategorized. Bookmark the permalink.

14 Responses to 翻訳された世界

  1. Suzuki Hitoshi says:

    義理叔父さんのエピソード1が始まってワクワクしてたんですが、変なサイトの「くまのプーさんv.s.エイリアン」を辞書片手に読んでいた自分には、いきなりキツい話ですわ。

    フランスとかは「進歩的文化人」の憧れの国でしたから、誤解も甚だしいところがあるのは仕方ないですよ。

    逆に、私は遠藤周作のエッセイ読んで、フランス人はとんでもなく陰湿で不気味な連中じゃないかと偏見持ちましたけど、別に自分で体験した事でなし、そんな感想持ったこと自体、今の今まで忘れていました。そんな程度じゃないかと。

    なんとなく、今回の話を読んでいると、日本人が外国の変な寿司に文句つけてるのを連想しましたデス。

  2. Suzuki Hitoshi 殿、

    >義理叔父さんのエピソード1が始まってワクワクしてたんですが

    旧悪をばらされるのを恐れて必死の抵抗モードにある叔父を制圧しながらちょっとづつ続きを書きます。

    >フランスとかは「進歩的文化人」の憧れの国でしたから、誤解も甚だしいところがあるのは仕方ないですよ。

    うん、でもフランスの場合は、その「誤解」が別の文化を生んでいると思います。英語のほうは何も生んでねーな。

    >フランス人はとんでもなく陰湿で不気味な連中じゃないかと偏見持ちました

    欧州人はみんな陰湿で閉鎖的ですが不気味でなくてマヌケですのい(連合王国人をもちろん含む) 
    欧州の真の陰湿と閉鎖性は30年は住まないと判らないからダイジョーブダ。たいていの外国人は死ぬまで気がつかん。

    >日本人が外国の変な寿司に文句つけてるのを連想しましたデス。

    わし、「チキン照り焼きロール」とか「カリフォルニア巻き」結構すきでんねん。日本のカッチョイイ「鮨」とは別のものとおもえばよろしい。
    わしがNZで好きな「ヘンな寿司屋」は日本人経営どすけどな(^^)

    • Suzuki Hitoshi says:

      照り焼きは好きな私ですけど、これは微妙かも>チキン照り焼きロール
      やっぱり酢飯で巻くんですか、これ。

      話が逸れましたけど、スプーンもスシも似たような話じゃないですかね。
      外国のヘンなスシは寿司じゃないと言っても、味覚は地域ごとに違うから、現地で普及するうちに違うものになるのは仕方ないんじゃないかと、カレーライスの好きな私は思った次第です。

      >うん、でもフランスの場合は、その「誤解」が別の文化を生んでいると思います。英語のほうは何も生んでねーな。

      「翻訳されたフランス」と「翻訳された日本」の相思相愛ということなんでしょうか。うーん、あまり実感がないんでよくわかりません。
      日本のマンガが好きなフランス人とかニュースで見ても、何が気に入ったんだか、さっぱりですし。(コスプレ上手いなーとか感心しちゃいますけど)

      • Suzuki Hitoshi 殿、

        >チキン照り焼きロールやっぱり酢飯で巻くんですか、これ。

        ゆわれて見ると酢飯ではないのではなかろーか。照り焼きちても日本の照り焼きと違って西洋世界の照り焼きはすげー甘いので日本人経営とゆえど甘好み味覚にわせてありますのい。
        でも義理叔父なんかは「そのジャンク感がよいのよ」と失礼な事を言いながらNZにいると好んでいるよーだ。わしはふつーに好きです。

        >現地で普及するうちに違うものになるのは仕方ないんじゃないかと、カレーライスの好きな私は思った次第です。

        カレーライスはインドの「カレー」の新鮮なスパイスという主要点が「うまみ」に移行していてオモロイ食べ物です。日本式の元になったとおぼしき英帝国海軍の水兵料理は新鮮なスパイスもうまみもない。しょっぱいヘンな料理だが、日本で「うまみ」を獲得した。見事な翻訳ですのい。
        わしはあんまし好きでないが。一年に一回はつくるけど。

        >「翻訳されたフランス」と「翻訳された日本」の相思相愛ということなんでしょうか。

        ここで言いたい事を言うと明日からひとり寝になる可能性がゼロとはゆえぬのでコメントパス。

  3. nenagara says:

    >わしがゆっているのは、「匙」「スプーン」と訳されたspoonはすでにspoonではない、とゆっているのです。
    小学校の頃、大学教授であるお父さんに連れられてアメリカに転校していった友達が高校3年生になって戻って来た。帰国子女の癖に僕と同じ英語の塾に通っていて、嫌味なやっちゃなぁって文句行ったら、「英文読んでもちろん意味は分かるけど和訳が上手いことできひんねん」って言ってたの思い出した。
    彼は真面目だったから、「スプーン」じゃない「spoon」を如何に表現したらよいかいちいちつまづきながら和訳していたんじゃなかろうか。今にして思えば、彼の和訳は間違いじゃないものの日本語として非常に分かりにくいたどたどしい文章であったような。
    「和訳苦手」って聞いて「そんな事あるわけ無いやろ」って頭はたいたけど、あん時はすまなんだ。

  4. takeda says:

    なんか男女の恋愛のようだなとも思った。と、ぼそっと言ってみる。

    • タケダ殿、

      >なんか男女の恋愛のようだなとも思った。と、ぼそっと言ってみる。

      ヘンな奴。

      あっ、そーゆえばメールの返事もうちょっと待ってね

      • takeda says:

        >ヘンな奴。

        ま、ガメさんや私にゃ無縁の話だが
        日本じゃ男女間の会話が軽く噛み合わないのなんて普通だし。

        いや、本当のこと言うとどちらかというと私は
        女の人と会話が噛み合ってるか不安なんだが。

      • タケダ殿、

        >女の人と会話が噛み合ってるか不安なんだが。

        会話が「噛み合う」ていがみあってるみたいだ。けがをした犬さんのようである

      • takeda says:

        ふむ、上顎と下顎の噛み合わせ、であるから
        噛みあわんとふがふがしてしまうべな。

        噛み合いと言えば、うちの夫婦間の会話半端ねーっすよ。

        私「15時にAさんに連絡してね、後で連絡先教えるから」
        旦「え?連絡先知らないよ?」
        私「いやだからあとで教える」
        旦「そっか」
        私「ところで何時に連絡するかわかってる?」
        旦「知らない」

        ・・・

        以下略。

        どっちかが会話を諦めたらふがふがなりますねん。

        てゆかこうやって客観的に形にすると漫才夫婦と言われる理由がよくわかる・・・

      • タケダ君、

        >上顎と下顎の噛み合わせ、であるから
        噛みあわんとふがふがしてしまうべな。

        えっ、歯車のこととかじゃねーのか。ベンキョーしちった。

        ところできみの洪水のような囀りで他のお友達の囀りがみんな押し出されてしまうので、リストはタケダ専用をつくった(^^)
        メールは読んだしふむふむと喜んで読んでおるが、もちっと返事待ってね。
        (なまけてるだけだけど)

      • takeda says:

        なんかデジャブな話が含まれておるな・・・>洪水

        >歯車のこととかじゃねーのか

        私も自分で「歯の噛み合わせ」って普通出てこないよなと思った。これでもいちお歯医者の娘ってことだな。

        歯車の噛み合わせとか想像すると、確かに壮絶に痛そうだ。そして死にそうだ。

  5. Suzuki Hitoshi says:

    やっぱり、本当に、外国の方なんですねー。
    最初の頃、「実は日本人なんじゃねーか?」と疑ったりしてました。
    ごめんなさい。

    こんな風に真剣深刻にヨメさんのことを考える日本人はいないと思いました。
    宗教だの文学だのについては、まだあり得ても。

    そのうち気が向いたら、ブログの更新お願いします。

    • Suzuki Hitoshi 殿、

      >最初の頃、「実は日本人なんじゃねーか?」と疑ったりしてました。

      いや、みんな日本人と思ってるみたい。
      日本が誇る国防婦人会ブログ組織「はてな市民」とかが、あんまり日本人日本人と言い立てるので、次のviとかからは「ニセガイジン大庭亀夫の逆襲」っちゅうような題名にしようと思ってますもん。

      >そのうち気が向いたら、ブログの更新お願いします

      これから毎日ブログ更新したんねん

コメントをここに書いてね書いてね

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s