山の暮らし

まだ山の家にいる。
昼間は通りに出れば上で28度くらいだが庭は26度 、夕方になれば22度くらいです。この町は浅間山から流れてくる伏流水のせいで湿気がすさまじいので家にはほぼ建物の4隅の壁に4台の除湿機が稼働している。
空調は見栄を張って付けてません。
昼間はたいてい屈託なく広がった青空に積乱雲がもこもことわいてくるのが望見される。
28度くらいの気温があると見ているうちにもこもこもこと雲が大きくなるのが判ります。
はやい。

浅間山側に積乱雲が出来る日はたいてい短い夕立、それも沓掛の離山からこっちだけに降る夕立で終わるが、アルプスの向こうからやってくる積乱雲は、大雷鳴と洪水を引き起こしかねないすさまじい雨を連れてくる。

今日は上田に向かってクルマを走らせていたらアルプスの向こうに巨大な積乱雲が林立しているので「うーむ」と思っていたら、案の定、夕方はすさまじい雨と雹だった。
雷も盛大に落ちました。
この辺の雷は性格が悪くて、ピシャッガッシャアーンの至近弾が続いたあと、ドオオオーンゴオオオーンと遠くなって、雨もやみ、はっはっはもう終わりじゃん、勝った、と思っていると、しばらくしていきなり一発だけピッシャアアアーングワッシャアアアンと狙撃兵のような落雷がある。
油断できません。
うちにときどきお掃除に来てくれる若い女のひとは雷がすぎたので最新型横ドラムの洗濯機にありったけの下着とTシャツやショーツをいれて洗濯を始めたら狙撃落雷が近所に落ちて停電になった。
横ドラムの洗濯機は停電になるとドアが開かないのでニッカーズとブラだけで洗濯機の前に立ってボーゼンとしたそーである。

山の家にいるときは、無論自分たちで買い物に行くときもあるがだいたいお手伝いのひとがいろいろなものを買ってきてくれます。
たとえばパンは必需品だが、あんまり食べ物にうるさくないモニさんもパンだけは不味いのが嫌である。
町には「フランスベーカリー」や「浅野屋」 というようなベーカリーがいくつかありますが、どーもあんまりおいしくないよーだ。
フランスベーカリーはジョン・レノンが毎夏自分でパンを買いに来た、というが、やっぱしあのひとも昔の田舎連合王国人の味覚だったのかのお、とひどいことを考えます。
いや、おいしいけどね。
なんとなくそうそうジョン・レノン、ジョン・レノンと連呼されてホテルに行って「ジョン・レノンが好きだったアップルティー」 とか書いてあると、なんとなく目の前のサンドイッチも寅さんせんべいみたいに思えてきてげんなりする。
だからネガティブな思いがもこもこもちこ(mrballheadの奥さんの名前です)と心にわき起こってしまう。

お手伝いさんは賢いひとなので、あちこちまわってトーストブレッドはここ、クロワッサンはあそこ、といろいろな店から買ってきてくれます。
最近ではわしはマツヤというスーパーマーケットで売っている「もっちり山パン」が好きである。
小海町のベーカリーがつくっているこのパンはうめーです。
お手伝いのひとが「今日は売り切れでした」と言うと思い切り落胆するくらい
わしはこのパンが好きである。
すげー、おいしいんだよ、このパン。
どうもラミュエラのベーカーズデライトのトーストブレッドより美味いようだ。
オークランドに支店をつくればいいのに。

山の家にいるときは外食、ということはあんまりしません。
義理叔父の知り合いのレストランが特別に店を開けてくれると、かーちゃんシスター及び義理叔父、モニ、ついでにわし、という陣容で夕食に臨むことはあります。
あとこれも義理叔父が家にシェフのHさんとかに来てもらって庭で夕飯を食べるときにはたいてい呼んでもらえる。
義理叔父の「夏の家」はわしの「第一山の家」から歩いていけるところにあるので、へべれけになるまで酔っ払うのが大好きなダメなわしとしては、モニが多少めんどくさがっても誘いがあるとヘラヘラしながらワインを二本ぶらさげてでかけてゆく。
やっぱりへべれけになるのが大好きな叔父とふたりで呂律が回らなくなって英語で話しても火星語で話してもたいして違いがないようになるのでかーちゃんシスターとモニにたいへんケーベツされます。
ケーベツされても、いいのさ。楽しいんだもん。
まれにはこれに従兄弟がくわわることもあるが、わがマブダチ従兄弟は最近はやや多忙である。
あんまし遊んでもらえません。

この町は60年代初頭くらいまでは高級避暑地だったそうだが、いまは見る影もない。日本のどこにでもある観光地と同じで、訳のわからん不細工な建物が林立していて、団塊世代を中心としたひとびとがあてどもなくゾロゾロと歩いている。
乗ってくるクルマは他の国であれば中流家庭の人々が好むであろうメルセデスとかBMWです。 いまのフォードにジャガーのお面をつけたみたいな不格好なジャガーも走ってます。
たまにフェラーリやベントレーが走っておる。
連合王国ではよっぽど趣味の悪い成金でも買わない最も巨大なベントレーを乗り回しているところがアラブの王族風である。
ベントレーは、いまの時代ではクーペの、それも黒しか買わないことになっているのを知らないのだな。
20代の若い女が乗るクルマだし、と思うが、日本では日焼けしたおっちゃんが乗ってる。
いとすさまじ、という表現がなんとなく思い起こされる。

わしは日本では日本車に乗るのが好きなので、4輪駆動のバスみたいクルマ以外は国産車です。山の家にいるときはクルマが好きなひとびとが口を極めて罵るワンボクスカーに乗っていることが多いですのい。
ニュージーランド人は殆どワンボクスカーを買わないが、あれは便利だと思う。連合王国のカシノのロゴが付いた巨大なピクニックセットにシャンパンが3本くらい入っておる冷蔵庫に自転車が二台楽々とはいる。
日本の交通速度は低いのでアメリカ風にゆるゆるなハンドルの味付けも良いと思います。
外はクソ暑いがなかはバカでかいバッテリーを利した強烈なエアコンの冷たい空気が流れている。
長野の高い青空やよく手入れされて気が遠くなるほど美しい水田を眺めながらモニさんが歌う(ときどき旋律から外れる)鼻歌を聴きながら田舎道を走っていると、特に理屈を立てなくても、しあわせじゃのお、と思う。

長野の最もよいところは「名前が付いていない深い森」がたくさんあるところで、きみにも教えてあげない、そーゆー森へ、モニとわしはよく出かけます。夏のもっとも人が多いシーズンでさえ他にひとがいないそーゆー場所へ行って、ふたりでのんびりごろごろして過ごす。
日本は、そーゆー弛緩しきった午後が過ごせる人気(ひとけ)のない森がある最後の先進国かもしれません。
これがニュージーランドなら、わしは無意識にも周りに気を配っているであろう。
カップルだけでハイキングをするひとびとを狙って強盗強姦、というのは夏にはもっとも多い犯罪だからです。
そうそうたいした比率で起こるわけではないが毎年必ず二三件はあることなので。どうしても頭から去らない。
そーゆーことは合衆国でも連合王国でも大陸欧州でも同じなので、ツキノワグマにさえ注意していればよさそーな長野の森はモニとわしにとっては天国である。
もしかするとこういう安心の感情は日本の人々が物理的に体格が小さいということも関係があるかもしれません。

駅の近くの矢ヶ崎を中心に毎年毎年木がばしばし切り倒されて、マンションがどかどか建つ。
地元の人に訊くと、どうやら東京に通勤する人も多いよーだ。
JRのおっちゃんが、「なんでもっと軽井沢に停める新幹線を走らせないんだ。他の駅はいいから軽井沢を出たら東京まで止まらない新幹線をつくれ」と怒鳴られたりする、とゆって苦笑していました。
「一応、軽井沢って避暑地なんですけど、どうもご理解いただけなくて。どうしてもわれわれは自分の理屈が当然と思い込んでしまう人種なんですなあ」という。
いま思いついてぐるぐるで検索してみたら、なるほどそーゆー憤懣をぶちまけたブログとかがいくつかあるようです。
軽井沢も鎌倉もみんな戸塚や高井戸に変えるのなら、別に軽井沢を選ばなくてもえーんちゃうか、と思うが、この「緑を求めて緑を破壊する」という日本の不思議な習慣は国中コンクリになるまで変わらないのかも知れません。

軽井沢も結局は鎌倉やなんかと同じ道をたどって町としてはほぼ崩壊してしまったが、でも、まだ「ポケット」は残っている。
だからあと二年くらいしかやってくることのないわしには、あんまり気になりはしません。
庭でワインを飲んだあと、夜中の森をモニとふたりで散歩する楽しみは素晴らしい。
少し奥のほうに行くとむかしからある「けものみち」があって、そこまで行くと、そこは本当に夜行性の動物たちの「往来」であってモニとわしがかまえるナイトスコープのなかに狐や狸や、さまざまな動物が映ります。
昼間は散歩している足下から雉子が飛び立ったり、きっと近づく人間たちを見つけてくさむらに隠れてドキドキしていたに違いないカモシカが、ワッと飛び出してきてモニとわしと大声で大絶叫したりする。(あれはマジでこわかった)
ひとが増えたといってもちょっと奥へはいると、なあーんとなくのんびりしていて自然がいっぱいあって、もともと自然があるところでないと嫌でしょーがないモニとわしにとっては楽しい遊び場である。

もうすぐ来なくなってしまうが、やっぱり、長野はいいなあ。
もっと何十年も経ってからモニとふたりでやってきても、やっぱりカモシカが飛び出してきて、ふたりでなつかしがって涙ぐむだろうか。
ダメかな。

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2 Responses to 山の暮らし

  1. Suzuki Hitoshi says:

    更新ありがとうございます。お願いしてみるもんですね。(笑)

    それにしても、いい散文ですねー。
    こういう文章読むと、頭の中で散歩したように落ち着いて、ありがたいです。
    散文で散歩、なんちて。(ガメさん風)

    たしか若い方だと思いましたけど、今度から年齢も詐称ということにした方がいいですよ。その方が自然ですって。

    あと二年というのは寂しい気もしますが、あと二、三十年は落ち目の時代が続きそうですから、ご心配なく。緑もカモシカも、きっと怖いくらい増えているでしょう。

  2. Suzuki Hitoshi 殿、

    >今度から年齢も詐称ということにした方がいいですよ。その方が自然ですって。

    うん。だから大庭亀夫・46歳・独身・某市役所総務課
    なんですけどね。
    キョーヨーがありすぎて最近は文語体にしたいと思い詰めております。
    余は真にその如く思い詰めたり。

    なんちて

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