Monthly Archives: July 2010

言葉のない世界  その1 都市について

1 「文明」という言葉の定義はいろいろあるだろうが、最も基本的な「文明」のイメージは「都市がある世界」だと思う。 こういうところで語源を持ち出すのは衒学好きのバカのすることと決まっているが、わしのように十全外人とも称されるカシコイ人間になるとときどき堂々とバカと同じことをしてもよいことになっているので、語源を述べるとわしがここで「文明」 とゆって考えているのは英語のcivilizationなので語源はcivitas です。 civitas とゆえばラテン語が目も当てられぬ劣等生だったわしでも知っておるくらい「都市」 という意味ですのい。 人間は生産性の高い土地に集まって住み着くようになったが、そのうち交易したりする場所があっというまに高い人口密度をもつようになって「都市」 になった。 学者は本ばかり読んでいて実生活が稀薄な人間が多い。 いきおい餅と絵に描いた餅の区別が付かない人間の集まりと化すし、実人生の機微に疎い。 人間の機微に疎い人は物事の成立を必要に従って出来たのだと解釈するのが常であって、だから都市も交易、防御、うんぬんかんぬんの必要性からできたと教科書には出てくるが、(仔細あって中国文明をのぞくと)世界で最も古い文明を形成したメソポタミア地方のひとびとと話してごらんなさい、ほんとうは違う理由だとすぐに判るから。 彼らの口は沈黙するということがないのです。 人間の世界に「都市」すなわち「文明」が成立したのは人間がおしゃべりだったから、というのが最大の理由だとわしはマジで思ってます。 そ、そんなケーハクな理由で文明が成立してたまるものか、ときみは言うであろう。 しかし、世の中には厳めしい事実のみを真実と思いたがって学問を誤る、ということはいくらでもある。 我が言を疑うことなかれ、とガメ・オベールもゆうておる。 それでも疑り深いひとびとは、疑うのが趣味なので疑うであろうが、疑惑を去れなければシドニーでもよろしい、ロスアンジェルスでも構わない、なんならロンドンでもよい、そういう中近東からの移民が多い街でメソポタミアからやってきたひとびとと話してみるが良い。 それはそれはそれは、すごおおおおおおい、おしゃべりであって、ほっとくとストップボタンがこわけたレコーダのように話してるから。 聴いてると楽しいけどね。 コーフンするといまだにブッシュの悪口になるのはどうかと思う。 あのひとびとは歴史の民であるから、まだ千年くらいはブッシュ息子の悪口を言い続けるだろうか。 人間のいちばん大事に至りやすい病気は「退屈」です。 人間は退屈するとたいてい破滅に向かって着実に歩き出す。 ニュージーランドの南島に行くと、この世の風景とは思われないような美しい牧草地帯が広がっている。 えーごではmeadowというな。 日本のひとは「さよなら」が最も美しい日本語だというが英語ではmeadowが最も美しい英語であると思う。 英語というのはmeadowとい言葉が支えているイメージが価値の源泉であるようなところがあるもの。 で、北島の「ワイカト」もそうだが、南島、ニュージーランド南島英語でゆえば「メインランド」に行けば、このmeadowが延々と延々とどこまでも広がっている。 ゆるやかな丘陵にまばゆい緑の牧草地が透き徹っていて白く濁ったところが少しもない青い空と合わさって消えるところまで続いている。 そーゆーところで育って15歳くらいになると人間はものすごく退屈します。だから牧場地帯のガキは16歳になってクルマの免許をとりくさると、制限時速100キロのオープンロードを200キロくらいで疾走して、下手がスピードをだすものだから当然、やや道路が狭くなっている橋梁とかに激突して死にます。 夜中にやるのね。 夜中に闇の中でぞろぞろ集まって、レースをやる。ニュージーランドをクルマで旅行すると変形Rのコーナーや橋のたもとに小さい十字架がいっぱい立っているのは、彼らが死んだ地点を表しておる。 あるいはゆいいつの大きな街であるクライストチャーチに集結して街のどまんなかで派手にスピンをぶっこいたりしてにーちゃんやねーちゃんからなる群衆の有卦をねらう。 フラメンコとか闘牛の原始的で下品な段階だともゆえるな。 「オーレッ!」とかゆーかな。 南欧人は少ないから言わないか。 あれはもともとは「アラー!」だそうだが。 こうしたガキどもは「ボーイレーサー」と言ってニュージーランドでは社会問題になっておる。 … Continue reading

Posted in カタロニア, 異文化異人種, Uncategorized | 2 Comments

東アジアブラザース

「日本人はさ、ほら、自転車が好きじゃない」 と、義理叔父が憧れていた赤毛の女の子が言うのであった。 1980年代のワシントンD.C. 義理叔父にとっては初めての合衆国であって、週末のある日、義理叔父はバーベキューに招かれたのであった。 「うん。好きっていうか、割と多い」 公共機関が発達していて網の目のように地下鉄があるからなんだよ、と言おうとすると、隣から赤毛の女の子のお母さんが、割り込んできた 「なんだってあなたがた日本人は毎朝大通りいっぱいに広がって自転車で通勤するの?トヨタもホンダも輸出するばっかりじゃなくて自分の国で乗らなくては! それに、みんなが制服を着ているってのもファッションとして退屈だとわたしは思います」 いえ、制服は高校生までだし、トヨタもホンダも結構はしってますよ、と話しているうちに、あこがれの赤毛のねーちゃんの母親が話しているのは北京のことだと気が付いて愕然としたそうである。 それ、日本ちゃうやん。チューゴクやん。 と言うと、赤毛かーちゃんは、ちょっとクビをかしげて考えてから、だって東京って中国でしょう?と不思議そうに訊くのだった。 言われて、義理叔父は一瞬頭のなかが、くらっ、としたそうです。 若いときから高血圧だったから、危なかったんちゃうか。 カンタベリー特有の「宇宙線なのかこれは」、の無茶苦茶強い陽射しを窓の外に眺めながら、わしは年長の友人、校長先生のJJとパブでCD、すなわち「カンタベリー・ドラフト」をちびちびとすすりながら話しておった。 日本ではビールは、「ごっくんごっくん、ぷはあー」 な飲み物だが、わしの祖国および裏祖国においては、ちびちびビンボたらしくすするものです。 タップから注ぐときも泡を立てないのね。泡を立てて出すと、ニュージーランド人は、一瞬顔をしかめてから、「金かやせ。泡のぶん」 と言うであろう。 パイントグラスにすりきりいっぱい入ったビールをそおおおおおーと口に持っていって、おっとっと、と思いながら初めのひとくちを飲むのがビールの醍醐味なので、泡があってはビールを飲むという行為の最良の部分が失われるとゆわれている。 ちっこい円形のテーブルをはさんで立ったJJとわしは、クライストチャーチのまばゆいほど美々しい夕方を見やりながら、よもやま話に興じておる。 「最近はまた日本人が多いのお」とJJ。 「あれ、中国のひとだと思うよ」 あっ、そうかね。おれはまた日本人だとばっかり思っていた。 「経済が悪いというから、それで逃げてきやがるんだと思ってたよ。でもジャポンヘッドにはたくさんいるようだが」 ジャポンヘッド、というのはエイボンヘッドという空港に近い住宅地でむかしから日本人が多いという事実を嘲って「ジャポンヘッド」という。 もともとは嘲りだがJJの世代のひと(50代)は、あんまり悪意もなくふつーに「ジャポンヘッド」とゆったりします。 「ジャポンヘッドってのは、蔑称だから教育者のあんたが使ってはならんだろう。それにエイボンヘッドのアジア人たちは、いまでは中国の人が多いと思うが」 ふむ、とJJはまだ疑わしそうにしてます。 気を取り直したように、そう言えば、ガメの叔母さんは日本人と結婚したんだったな、という。 なんだかそれで全部わしの言うことが説明がつく、とでも言いたげである。 話題を変えようとしてでしょう。 「日本人はアジア人のなかでは、いちばんマトモなほうだからな」 と言った。 誤解してはいかむ。 JJは温厚で公平な人間であって、みんなが大好きなおっさんです。 仕立ての良い三つ揃いを堂々たる体格で着こなして、鼻ひげを生やかしてえばっておるが、同情心の厚い、良い奴である。 年齢はわしより25歳くらい上だが、だからJJとわしはよくパブで一緒に酒を飲んで遊ぶ。 東アジアは遠い。 西洋から見ると、むかしから遠い遠い国々です。 ええええー、でも日本って東隣はもう合衆国じゃん、地図みなよおお、ときみは言うかもしれん。でも「西洋」という「意識」は、もともとの中心が大陸欧州にあるので、そこからの距離でしか物事を認識できないのね。 だからむかしは日本でゲームをデザインしていていまはブライトンで暮らしているjosicoは、よく聴いてみると連合王国人の使う「アジア」という言葉には中国や日本が含まれていないことに気づくであろう。 … Continue reading

Posted in 日本と日本人 | 14 Comments

アメリカの影から踏み出す日本

古本屋の「200円ワゴン」で山崎正和 というひとの「このアメリカ」という本を買ったことがあった。「なぜ」という理由はない。テキトーに買います。翻訳本は買わない。ラテン語とかギリシャ語とかは限りなくゼロに近い成績であったので良い訳なのだか悪い訳なのだか判らないが、なんとなく英語への訳のほうが日本語の訳よりいいんじゃないかなあー、と思うので英語のをこそこそ買うので日本語は買わない、というだけです。 一方では性格がデタラメに近いくらいえーかげんなので、日本にいるときには取り寄せるのがめんどくささに英語の本を日本語で読んですませようと思う事があります。日本のひとびとにはピンと来ないかもしれないし、自分でゆってていいのか、な感じがしなくもないが、こんな無茶苦茶なことをする英語人はわしは他には知りません。 でも、結構、おもしろいんだけど。英語の本、日本語で読むの。 上田保訳のT.S.Eliotなんちゅうのはたいへん味わい深いものであって、芭蕉が詩を書いているような趣があってなかなかよいものです。 「このアメリカ」という本は多分60年代終わりくらいのベストセラーらしいが、(違うかな)たいへん異様な本であった。 いまは手元になくてカンではメルボルンかクライストチャーチのどちらかの家にあるがどっちに送ったか、もしかしたら他のところにあるのか、オークランドの家にないこと以外は不分明です。思いつきであちこちに送るの、いまやどんな本がどこにあるかさっぱり判らん。 酒場で酔ったアフリカンアメリカンが酔ったあげくテーブルを壊し椅子を壊し、ただ壊しただけでは飽き足らないで椅子の脚もテーブルの板も細かいかけらになるまで破壊するのを見て驚嘆したり、休みの始めになると女の大学生を乗せたグレイハウンドバスが男大学生が待つ大学に着いて、バスからスーツケースを下げた女大学生が延々と長蛇の列をなして男大学生と番(つが)うために出てくるところに「アメリカ」を感じたりするところを憶えているが、異様なのは、この山崎正和というひとの視点の持ち方がアメリカ人の視点のもちかたと瓜二つであることで、読みながら、このひとアメリカ人みたい、と何度も考えました。 日本のひとは自分たちが西洋人の、特に連合王国人と似ている、とよく言うが、わしは似ていないと思います。全然似ていない。 どちらかと言えば180度正反対だと思う。 もしかするとあまりに異なるので似てるように見える、というような人間の感覚の不思議があるのかも知れません。 のみならず、わしは日本人は西洋人とはどの西洋人とも、あんまり似ていなくて中国人や韓国人とのほうが遙かに似ている (わしなどには当たり前と思えるが)と思いますが、そういうとどうも日本のひとは機嫌がやや悪くなるようだ。 あんまり機嫌が悪くなられても今夜の酒をおごってもらえなくなって困るが、どうにも似ていないものは仕方がない。 どうしても強いて似ている西洋人のグループを挙げよ、ということになればそれはアメリカ人であるとわしは思います。 「西洋」という集合は巨大過ぎて一般化するのがたいへんだが、それでも全然一般化できないということはなくて、たとえば「自分を大切にする」 ということにおいては西洋人はひとしなみにそうである。 自分というものを大事にして、それが納得して出来うるならば満足して死ねるように生きているあいだじゅう一生懸命工夫する。 それ以外のことは会社も国も家も二の次です。 有能な連合王国人がある日突然立ち上がってボスの部屋につかつかと歩みいり、「わたしは自分にやさしくしてやりたいと思うに至ったので会社はやめます」と言えばボスは否とはゆわぬでしょう。 わたしも、そうしたいな、わたしがこの忙しいボスボスした仕事をやめて朝台所に立って子供や旦那のためにゆっくりおいしいバナナパンケーキと目玉焼きとベーコンにたっぷりシロップをかけた朝ご飯をつくってあげられたら、「わたし」は、どれほど自分に満足してやさしい気持ちになれるだろう、と考えるに違いない。 「わかりました」と言うだろうね。 「あなたのような有能なひとがいなくなると困るのだけど」 あるいは午後4時の会議中にすっくと立ち上がって「諸君、誠に申し訳ないが私はこれから次男を学校に迎えに行かねばならん。40分待ってね」 という会社の役員も珍しいとは言えぬ。 アメリカ人ならぶーたれるやつがいそうだが、連合王国人は、ぷー、もゆわぬはずである。 みんなが「自分」 というものと「自分の幸福」というものに真剣でなければならない、という大前提があるからです。 アメリカ人は競争が激しすぎて西洋人のなかでも極めて特殊なひとたちだが、それでも前提というか人生上の公理というかが「西洋人」 なので、基本的に同じである。 山崎正和という人の「このアメリカ」という本がわしの頭のなかで「異様」 だったのは、そういう西洋的枠から外れたひとがしかし視点の持ち方異民族への観察の仕方だけは「とてもアメリカ的」に思えたからで、なにがアメリカ的かというと「自分と違う人間はモノみたいなものだ」 というところがアメリカ的と感じられたのではないかと思います。 うまくゆえてないが。 日本が真珠湾を突然空襲したときには陸軍力だったか兵員の数だかでは世界37位だかなんだかな、とぼけた軍事力しかもっていなかった合衆国は、すさまじい勢いで軍隊を拡張して、日本海海戦に勝利した参謀である秋山真之がつくった年代物の対米作戦である「三割漸減のち艦隊決戦」という寝言みたいなプランを歯牙にもかけず怒濤のように、というか太平洋を渡る津波のように日本へやってきます。 アメリカ軍というのは自他共に認める無茶苦茶弱い軍隊ですが、結構あっさり勝ってしまった。 銀座の和光ビルと三越デパートメントストアがある交差点を「タイムズスクエア」と名付けたり、檜造りの邸宅を白ペンキで塗っちゃったりしながらアメリカ軍がやっていたことは要するに「日本の属州化」です。 いまでも、機会があれば行ってみるとよい、横須賀の米軍基地に行けば、「雨」 「霧」という大日本帝国海軍のマンホールがある道に「ニミッツ通り」「ハルゼー通り」という名前が付いていて、背後に日本の救国の戦艦であって戦後は日本人「実業家」の手で艦橋とかも取っ払って米兵相手の安キャバレーであったのを「アメリカ人有志」が実業家の手から取り戻して復元した「三笠」 が見えるベンチにひと晩泊まりの日本人の女たちが水兵たちとじゃれあっておる。 … Continue reading

Posted in 日本の社会 | 11 Comments

日本特殊新聞

ひとりです。 義理叔父はトーダイの学生であって、両親の家はトーダイに通える距離にあったが義理叔父のことである、きっと若い女の子についてよからぬ妄想を巡らしてひとり住まいをしていたに違いない。 もっとも後年義理叔父のアパートを訪問したかーちゃんシスターによると、床一面が本であって、ベッドの下も本、おそるべきことには冷蔵庫のなかにまで本が突っ込んであったというから、妄想が現実になることはついになかったであろうと思われる。 ともあれ、義理叔父はベンキョーしておった。 義理叔父が大好きなユーミンというあの脳みそが腐りそうな甘ったるい音楽を聴きながら机に向かっておったに違いない。 わしも、「いつだって I love you more than you. You love me 少しだけ」うんちゃらかんちゃら、という曲だけは好きだけどな。あれはマルチカルチュラルな感じでなかなかおかしくてよろしい。 義理叔父の中学の近くにあった喫茶店では、この曲がかかるたびにインタースクールのガキンチョどもが合唱するのを常としたそうだが、むべなるかな。 義理叔父が日本語の歌に厭きて「フラッシュダンスのテーマ」にかかった頃、 どんどんどん、と玄関のドアをノックするものがあったという。 もともと後ろ暗いところがいっぱいあってトーダイも裏口であると一般に信ぜられておった叔父は、「おまわりではなかろーな」 と考えながら玄関に向かったに違いない。 向かった、とゆっても義理叔父の描写によると一歩半で着いたというから「向かった」というより「向か」くらいだのい。 ドアを開けると、そこには人相のええかげんなおっさんが立っておる。 「おにーさん。新聞とってるの?」 ちゅうんだそーです。 「いえ」 「おにーさん、学生?」 「そーですが」 「じゃ、新聞とらなきゃダメじゃない」 Y新聞の「勧誘」 なのであった。 へっ? とブッシュミルズの炭酸割りを飲みながら、いつものごとく「義理叔父昔語り」 に耳を傾けていた、わしの手が止まります。 「カンユーって、なに?」 その質問に答えた義理叔父の物語は、わしにとってはぶっくらこくのを通り越して、なんじゃそれは、なお話であった。 洗剤に Y新聞資本の野球球団のチケットに6ヶ月ただ、って、なんなんなんだ旦那だんなんだ? 結局、義理叔父が断り倒すと、このえーかげんな顔をした「勧誘おやじ」は、 「また来るぜ。今度は朝の3時ごろ来てやるから、よく憶えとけこのクソガキ。東京はぶっそうなところだから、一人暮らしは気をつけた方がええぞ!」 というありがたいご忠告を残して立ち去ったそうである。 … Continue reading

Posted in 日本の社会 | 18 Comments

チーズとバターと利権デフレ

日本にいる外国人には外国人なりの「素朴な疑問」 というものがある。 なんで日本のスポーツ番組は北朝鮮のニュース番組に限りなく似ているのかとか、日本の猫はなぜ尻尾が短いのか、とだいたいそーゆーことです。 ニュージーランド人は難しいことを考える習慣をもたないし、テキトーなので、あんまりそれ以上たちいったことは考えぬ。 そーいうとテキトーなのはきみだけだろう、というひとがいそうだが、それをゆってはいけません。物事には一般化することによって話を曖昧にする、ということがある。 とはいうものの、わしはアホを装っているが実はカシコイので(ほんとよ) 、猫を騙して膝の上に載せて尻尾が短い悲しい猫に生まれついた気持ちをインタビューするよりも複雑なことを考えることもあります。 鼻の頭に青いプーさんのバンドエイドを貼ってコンピュータスクリーンに向かっている姿からわしの知能を推し量ってはいかんのだ。 なにをゆっているか判らないひとはツイッタを参照するよーに。 もう何年も世界中のメディアが日本のデフレについて合唱しているが、あれはほんとうに教科書的なデフレとゆえるだろうか、とわしは今日の午後考えました。ほら、カシコゲでしょう。アホはこういうことは考えぬ。 アホというのは愛国心がどうのこうのとかガイジンが増えたらどうのこうのというようなことしか考えないので、もうここでわしがアホとは一線を画したカシコイ青年であるのがわかりますね。 しつこいからこのくらいでやめるが。 だってさあああ。商品っちゅうのは価格があって、価格があるということはその商品を欲しいひとがお金を払うから売れるんだかんね。 最近は、ほら、留学とかするやん。 そうすっと、一年とか住むからスーパーマーケットとか行くやん。 いまちょっと見るとニュージーランドでは特に高いほうでも安い方でもない 「New World」の価格を見ると http://www.newworld.co.nz/content/42618/NW2806web.pdf 最近無茶苦茶物価が高くなったとは言え、 牛肉のスコッチフィレ(価格が高い部位なんどす)が 1kgで16.99ドル (1000円) トーストブレッドが2斤で 120円 コカコーラの355ml缶が18本パックで12.99ドル  (780円、一本43円)、 くそ旨い グラニースミス・リンゴ が1kg1.99ドル(120円)とかです。 こういう価格は全部ニュージーランドの消費税15%を含んでおる。 西友スーパーの特売チラシ http://ipqwww.shufoo.net/c/2010/06/30/c/933784663050/index.html?sid=asp/common&shopId=16841&chirashiId=933784663050 を眺めると、 牛肉バラカルビ用(ステーキ用の肉よりはだいぶん安いであろう)が 1キロで6980円 トースト用のヤマザキパンが2斤では280円 とかであって、だいたい牛肉みたいなものはニュージーランドの10倍以上、工場大量生産パンで 2倍以上、チーズは20倍以上、というわしのニュージーランドと日本の物価比較の感覚に合致してます。 はっはっは。たまにはちゃんと憶えてるやん。 ところでついでに言うておくと、わしは実はパンとかハムとかはニュージーランドではスーパーマーケットでは買いまひん。手作りでおばちゃんやおじちゃんがつくっておるところで買う。 こーゆーものになると、日本ではたとえばわしがいつも一斤3ドルで買ってくるトーストブレッドと同じくらいの品質のトーストは1000円とかなので、ニュージーランドの5倍お金をつまないと買えない。日本は「手作り食品」 … Continue reading

Posted in 日本の社会 | Leave a comment