夏の一日

モニとわしは相変わらず「山の家」にいます。
涸れ井澤が訛って「軽井沢」という名前になった町の奥の苔と森に包まれた一帯のそのまた奥の家に籠もってジッとしている。
動くと暑いからな。
庭の先にある気温計を見ると、昼間は26℃とかもある。
どこが「避暑地」じゃ、と思います。
通りに出ると30℃を越えているよーだ。
夜も21℃くらいある。
湿気がすげーので、21℃と言っても結構寝苦しい。
壁の除湿機はこの2、3日は全開です。

昼間はクルマに乗って気が遠くなるくらい美しい稲田を縫って、よく理由が判らないくらい景色の良い農道をたどって、「名前のついていない森」や「誰もいない池」へ行く。
足を伸ばして松本側や新潟にまで行くこともあります。
しかし、そーゆーことをするにもこの数日は暑すぎるようだ。

夕方には戻って庭に出したテーブルでモニとふたりでCavaでつくったサングリアやモニの国のシャンパンを飲む。
いまは東京の店がスタンドと一緒に送ってくれたハモンがあるのでバルセロナのハモン屋のパブロおっちゃんに習ったやりかたでイベリコを必死にコシコシ削って肴にする。
「屈みかたがパブロみたいだな」とチーズを皿にもってきたモニが笑っています。

テーブルをはさんでわしらは延々と話をするであろう。
ジョン・キーは意外とうまくやっている。
ピカデリー通りのA○○の改装が終わったようだ。総支配人のBがオークランドに来て見たいそーだ。
そう言えばガメが欲しがっていたリージェントストリートのオリジナルプランが手に入ったとBからメールが来ていました。どこに送ればいいかと訊いている。
あの雲の形はフランスみたい。
龍は西洋では火の精だが中国では水の精です。
弁財天は、インドの川の神様だが日本では宇賀神だけではなくて性の神でもあるそうだ。

Venice Cameronの声はほんとうに素敵だ。
キャメロンと言えばキャメロン夫人のあの可笑しな癖!

モニとわしはなんでも話します。
夫婦のあいだで知らないことがあるというのがそもそも嫌なので、どんなくだらない事でも話す。
むかしギリオージの日本人の友達が「西洋人の夫婦は判りきったことまで話すのを見ていると日本人の以心伝心はいいなあと思う」とゆっていたが、日本人たちが「人間は黙っていてもわかりあえるものだ」と考えるのに較べて「人間はどんなに努力しても本当にはわかりあえないものだ」と思っているので、森羅万象について話し合うことによって「少しでも」わかりあえればよいと思っているのかもしれません。

モニはもともと日本という国を嫌ってはいないまでも特別な興味はないので日本の話はしないが、わしもこの頃は日本の話をしなくなった。

軽井沢というところはヘンなところで夏の初めにヒグラシが鳴く。
西洋人は蝉の鳴き声が煩いだけにしか聞こえないというのは本当だが、しかし対象はドリルみたいな騒音を立てるクマゼミである。西洋人であっても日本文化を学習すればヒグラシの声には、特別な感情が湧きます。
特に「学習」しなくても、日本の夏がもう三回目になったモニは「あっ、蝉だ」とゆってちょっと樹上を仰ぐような仕草をする。
モニにとってもヒグラシは「日本の夏の象徴」だからでしょう。

80年代の昔、この国に向かって投げつけられた西洋諸国の巨大な軽蔑は20年後のいまでは「無視」になった。
2年前ロンドンのビジネスマンの集まりで大立て者のTは日本の恒久的な敗退をさして「バルバロイは去った」とゆったが、それがいったんは個人という概念をまったくもたず「全体の生産性」を掲げて西洋社会を脅かした日本という国に対する偽りのない感想なのかもしれません。

従兄弟や義理叔父がもたらした、わしとこの国との関わりは不思議なものだった。
わしはきっと岡田隆彦や北村透谷と巡り逢った夜更けの興奮を一生忘れないでしょう。
わしは日本の音楽には価値を見いだすことが出来なかった。期待した平面画もダメであった。

でも日本語は期待以上でした。
このブログを閉めてしまう前に、もうちょっとそういうことは話しておきたい感じがします。

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9 Responses to 夏の一日

  1. SD says:

     SD_Sieです。

     じつはここのところ、ガメさんとは結局は離れていってしまうのだろう、という予感を感じていました。ぼくとガメさんが違うのは当たり前ですが、しかしあまりに違いすぎるのです。
    >「彼が良い人間であっても悪い人間の理屈を受け入れる人間を近づけてはならぬ」という。
     という言葉に、ぼくはとても賛成できるのですが、だとするとやはり、道はひとつに交わっていません。

     それでも、ガメさんの言葉を通して、改めて自分の周りを見つめなおして、その結果生きてゆくのはとても楽になりました。自分を苦しめなくて済むいまのぼく自身の物事への考え方は、間違いなくガメさんの影響を受けているのです。
    >「人間はどんなに努力しても本当にはわかりあえないものだ」
     というのはぼくは本当だと考えていて、日本人の言う以心伝心というのは、悪く働けば差異に対しての嫌悪感であり、それを互いに押しつぶして生きていく、というところがあるのだと思います。なんだか非健康的にもたれあったり我慢しあったりしているうちに、個人としてはかけがえのないものを、知らず知らずほうり捨てているような気がして、やるせなくなります。それが行き着く先には人死にが出ているのだから、もっとぼくたちは深刻に考えたほうがいいとも思っています。
     ぼくの周りの欧州・米国からの留学生たちは、ガメさんとはまた違って、日本のアニメやゲームが好きな人々で、話題が合うのでうれしいところです。せめて彼らが日本をずっと好きでいてくれるには、ぼくには何ができるだろうか、ぼくはこれからそう考えながら生きてゆくのだと思います。

     その日が来るまで、もうしばらくお付合いください。

    •  SD_Sieどん、

      >ガメさんとは結局は離れていってしまうのだろう、という予感を感じていました。

      それはなかなか寂しいことだが、一方ではそーゆーもんだ、とも言えるな。われわれはみな毎日毎日進歩しているわけで、自分が変わってゆけば、あるいは相手が変わってゆけば、嫌いにならなくとも疎遠になるのは当たり前とも言える。
      逆に去年と今年とで同じ事をやっているのでは困るもの。

      >ぼくの周りの欧州・米国からの留学生たちは、ガメさんとはまた違って、日本のアニメやゲームが好きな人々で、話題が合うのでうれしいところです

      本人たちに訊いてみればよいが「日本にいる外国人」はすでにそれだけで「特殊なひとたち」ともゆえるのい(^^)
      初めの一年は頭がわあああーとして何だか判らんが、2年目くらいから周りが見えるようになる。
      3年目くらいになると、「日本」が判るようになって唖然として国へ帰る、というのが最も一般的なパターンと思います。

      留学とかは一年くらいが丁度よいのかも知れません。

  2. takeda says:

    10年ぐらい前に、もうネットのオープンな場所で
    人と口をきくのはやめようと思ったことがあるが、
    そん時「こういう人生を送りたくないな」って思う人の
    言うことは絶対に聞いちゃならんな、と思ったもんでした。

    私はガメさんのことは、トモダチだとは思っているが好きではない。
    何故なら会話する前に偏見で嫌なことを言うからだ。

    昔の日本のおやじみたいである。

    なんだこのやろー、と思って乗り越える存在がおやじである。

    ネットのオープンな場所で会話をする気がなかった私が
    ついったを始めたのは、ガメさんが遊ぶ。と言ったからであるが
    なんだよいなくなるんかよつまんねーな。というのが
    本当のところの本音である。

    どうせいなくなるなら最初っからいなければいいのに、
    と思うのは私が大変なさみしんぼうさんだからであるが
    この際そんなことはどーでもいい。

    でもどっかから、このにーちゃんのこういう台詞を
    相手にするなって以前言われたろ?という声もする。

    こーいう言葉を軽々しく使うガメさんは、嫌いだ。
    ほんとーは、大っ嫌いだー って言って逃げてやりたいぐらい。

    • タケダ、

      >私はガメさんのことは、トモダチだとは思っているが好きではない。

      くっくっく。タケダらしい。わしはタケダの突撃タンクぶりが好きですよ。仕事の面から眺めると「やってること無茶苦茶やん」と思うが、仕事などは馬力がいちばん肝腎なので、そのうち判ってくるに違いなし。

      >ついったを始めたのは、ガメさんが遊ぶ。と言ったからであるが

      えっ? そーなのか?
      タケダのツイッタはすげー量なのでリストを見れば判るが別立てになっておる。いつも読んでは、へ、ヘンな奴、と思ってます。

      >どうせいなくなるなら最初っからいなければいいのに

      日本語ブログやツイッタで見たかった反応はみんな見てしまったから、このブログにはあんまり意味がなくなった、というだけで、他にあんまし考えてないんだけどね。
      でもブログをやめてもタケダもそーだが、ここで知り合った友達と特別にお別れを述べるわけではない。
      どちらかというと現実の付き合いに切り替えるくらいに考えてます。

      >こーいう言葉を軽々しく使うガメさんは、嫌いだ。

      わしは自分がふつーに好きだがな(^^;)
      いろいろなことをいっぺんにやりすぎておるので、どれかは省かないとやばいじゃん、と思ってる、というだけのことではなかろーか。

      >ほんとーは、大っ嫌いだー 

      タケダはいつもそればっか、ゆーてるやん。
      メールとかもう滅茶苦茶だし(^^)
      わしに文句いうやつなんて実生活では従兄弟と妹とかーちゃん以外おらんので新鮮であると言われている。

      • takeda says:

        うううむ。

        日本で本当に「やめる」には、こっそりフェードアウトしないとやめられんよーになっているのだが、まだ気がつかないか?^^;

        やめると言っちゃう自分が好きって、実はそーやって遊んでねーか?とも思うんだが多分違うんだろうなぁ。天然ぽい。

        時間については全く同感、遊ぶのなんてのはたまにで良いだろうし
        遊ぶ価値なくなったら放置で良いのである。

        全然関係ないけど。

        じーさんの代の人はカッコよかったぞ。

        特攻隊から帰ってきて、勉強して大学に行き歯医者になった。
        毎朝5時になると患者さんが並んでしまうぐらいの人気でな。

        北海道出身で12人兄弟の9番目、かな。
        寡黙な人であった。

        北海道に一番最初に行ったときは、じーさんの友達が趣味で買ったSLを見せてくれた。
        じーさんの友達は、スケールが微妙に違う人が多くて面白かった。

        (もう居ない彼らが「いる」かのように物事を考えたらどんなものが生まれるだろうか?)

      • >特攻隊から帰ってきて、勉強して大学に行き歯医者になった。

        義理叔父が子供の時は丸ビルのなかに昔の零戦隊の隊長だった元大佐が戦後医学部にはいりなおして開いている診療所があったそーだ。
        壁一面にデッカイ零戦の絵がかかっていてカッコヨカッタとゆってました。

  3. Chiro(yo) says:

    アタシはガメさんのことは好きです。素直に「好き」という言葉を抵抗なく使えます。
    ガメさんのオカァチャマより絶対年上なアタシが、あなたと例えWeb上であったとしても知り合えた、そのことに感謝しています。

    でもアタシは時々、ガメさんのモノ云いにムカッと、これまた素直に脊髄反射で、そう感じちゃうのは、非常に、ヒトを「世代」でまとめて語るからです。

    確かに世代の色んな意味でのクセは、それぞれの世代に存在します。特にアタシが属してるらしい世代は、ガメさんにだけでなく嫌悪や怒りの対象に成ってることは、勿論重々知ってもいます。
    でもさぁ…チョット待ってくれよぉお! と思っちゃうのですよ、ねぇ~。(笑)

    ガメさんが云うように、ヒトは日々、考えや行動が変わっていくのが本来有るべきカタチだし、自然なことなのだとも思います。
    自分自身のことを振り返っただけでもソウなのですから…。

    まぁここ3年程かけて、辛くもありましたが、昔の仲間で、「あの風」が吹き止んでもずーっと付き合いのあった友人数名との付き合いも、少しずつ少しずつ距離を置くように努力し、やっと止めました。
    吹き止むまえに、暴風圏外に逃げたアタシと、吹き止んでも未だ、いつかまた吹き始めるのではないかと夢想する友人たちでしたが、ね。

    ン?何を書きたかったンだアタシ??
    まぁイイやぁ…と、イイ加減なアタシでもあります。

    そうだ、そうそう。
    云いたかった一言はですねぇ、TwitterやBlogからガメさんが居なくなっても、いつかまた「世界のドコカで会いましょう!」っていうことであった、のですよ。
    うんうん、そうだった……。

    でも結局、ココにいま、何をいっとぅ書きたかったのかワカンナクなっちまったので、止めま~すぅ。

  4. SD says:

    >それはなかなか寂しいことだが、一方ではそーゆーもんだ、とも言えるな。
     ほんと、その通りですね。ぼくはこのごろ、入学した頃には仲のよかった多くの人々と、絶交ではないまでも疎遠になりました。なんだかぼくにはぼくの、人との付き合い方があって、その枠の中からみんな離れていってしまったのですね。

    >「特殊なひとたち」
     日本人から見て特殊、ということですか? それとも本国の人々の中でも特殊、ということ?
     ぼくはこれを聞いて、日本のプレゼンスが落ちてきているのかしら、ということくらいしか頭に浮かびません。彼らとマジメな話をするといつも痛感することです。
     とはいえ、日本の何がしかが好きなうちは、日本語を学んだことの意味は十分あると考えるので、できることがあるのなら協力したいと思っています。しかし、その距離感が難しいですね。一言目は日本語、日本語で話しかけられたら日本語、英語なら英語、で話すようにしています。

    >留学とかは一年くらいが丁度よいのかも知れません。
     ぼくも行けるものなら一年くらい留学しようとしています。夏休み、たっぷり時間があるので、自分の将来についてマジメに考えてみたいと思います。
     ぼくとしては、海外に出るのは就職でも留学でも放浪でもどれでもいいのですけどね。

    • SDどん、

      > 日本人から見て特殊、ということですか? それとも本国の人々の中でも特殊、ということ?

      「日本に来ようと思った」というだけであんまし一般的な「外国人」としてのグループではない、という事。
      そんなに日本に興味をもつ、というのは一般的なことではないんです。

      >ぼくはこれを聞いて、日本のプレゼンスが落ちてきているのかしら

      もとから、あんまりないっす。皮肉で言ってるのでなくて「遠い遠い国」だもの。80年代ですら、プレゼンスはなかったというよ。

      >ぼくも行けるものなら一年くらい留学しようとしています

      愉しむには、という意味で「一年」です。
      観察すると日本のひとが多少でもその国のことが判るのは「5年」かかるみたい。韓国とかが対象だとぐっと縮まって二年、とかみたいだけどね。

      >ぼくとしては、海外に出るのは就職でも留学でも放浪でもどれでもいいのですけどね。

      就職が最もよい。次が留学。放浪はダメね。ふつーは。

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