「先延ばし」の終わり


予定通りむちゃくちゃ早く起きた。
いまは丁度夜明けの前なので18℃くらいだが、なにしろ暑くてやってられないので東京に戻った方がよさそうです。
移動には新幹線が速いが東京駅のホームがうるさいのと人間が多いのが嫌なのでわしはクルマで移動します。
長野高速−>関越道−>首都高速と通って帰る。
ときどき「サービスエリア」に寄って行きます。
今年は「横川」のサービスエリアがカッチョヨクなったので、ここか、上里にちょっと寄って飲み物を買って行く。
「バス」と呼称している山の家と東京間の移動に使っているクルマのなかでは、だいたいスペイン語系統の音楽かアフリカン・ジャズが流れておる。
「バス」のなかにほうっぽりぱなしのiPodには一曲だけ日本の曲も入っていて水原弘の「黒い花びら」。

たいていは自分で運転します。
モニが「今日は天気が良いからわたしが運転してあげよう」ということもあるが、モニの運転で助手席(助手席っち、オモロイ言葉だな。英語ではスーイサイドシートという(^^;)
違う言い方ではパッセンジャーシートという退屈な呼び方もあるが)
に座ると運転するより身体が強張って疲れるとゆわれているので、だいたいにおいてはさり気なく運転席につくことにしている。
だって、モニさんの運転て、のおんびり走るようにつくられている「バス」ですらびゅんびゅん他のクルマぬくからな。
こえっす。

この5年間で日本は大きく変わりました。
合衆国が「グーグル」や「フェースブック」のような新しい産業の顔を育てて、採算がとれるわけがなくなった「ものを作る」産業から必死の脱出を試みているあいだ、日本は「先延ばし」に終始する不思議な経済政策を取り続けた。
いまでは誰でも知っている通り、この「先延ばし」政策は結局は日本の社会に対して「鎖国政策」としてはたらいた。

最もおおきな「鎖国」の現れは金融で、どーゆーことについても「ぬわあにダイジョブだんべ」なわしでも、いまの日本の金融が他の世界のレベル、たとえば連合王国のレベルに追いつくということはちょっと考えられない。
わしの観察では多分、日本で金融に携わる人びとの数学的能力の欠如がこの古色蒼然というのもバカバカしいような骨董金融を生み出したのだと思います。
たとえば日本人が殆ど道徳的な拠り所としているかにすら見える「もの作り」において、新しい技術投資の規模が奇妙なくらい小さいのも、技術投資をしようにもリスクを手続き的に示せる金融技術をもっていないので江戸時代的な資金調達しか出来ない。
2009年をかなり明瞭な境として日本メーカーの家電が合衆国や欧州やオーストラリアの家電店の店頭から姿を消した事には、そういう金融に原因する背景があります。

日本が長いあいだ得意であった液晶テレビで言うと、店頭の正面にあるのは「サムソン」の50インチであってソニーの「ブラビア」ではなくなった。
サムソンのテレビはソニーよりも価格は高いが機能的にすぐれているのと壊れないのとでソニーよりも遙かに人気がある。
細かい事を言うとUSBメモリ内の.flvファイルを再生する機能やLANにフックする機能のようなものでもソニーはサムソンに較べて半年から一年遅れてしまう。
当然、テレビを買おうと思うひとはソニーはサムソンのマネをしている会社である、という印象を受けます。
第一、ソニーの液晶パネルはサムソンが作ってますしね、とわしがテレビを買いに行った店のインド人のやたらテレビに詳しいおっちゃん店員はいう。
「日本は技術的にもうダメと思う。品質も悪いから買わないほうがいい」
「でもさ。日本人って、品質が高いものを作るのは得意だっちゆーじゃん」とわしが言うと、はっはっは、と笑って、それは大昔の話だよ。トヨタのクルマはまだいいけどね。
ぼくもカムリだし、と言うのでした。

日本について「失われた二十年」というが、5年前はまだ「失われた十年」と言っていた。
このブログでも前に「失われた十年」という言葉を使った記憶があります。
この二十年、日本が何をやってきたかというとマクロ経済の理屈にしたがって、ひたすら「ものを作る」会社に金を注ぎ込んできた。
終いにはやることが露骨というかやけくそじみて来て生産された製品を国民に買わせるべくゲンナマをばらまく、という凄まじい方策に出て世界中のひとの息をのませる、という局面までありました。
あれは、わしも、ほんまに驚いた。

20年間、ただもうひたすら建設や家電やその他の「ものを作る」会社に金を注ぎ込んできた、このものすごい政策の裏には「物作り」という言葉が大好きな国民性があった。
「ものを作ることを支援してます」とさえ言えば機嫌よく税金を払ってくれる「ものを作る」=「産業的正義」という国民的な合意があったから、これほどバカげた政策をとってこられたのだとわしは観察しています。
日本の金融システムの俄には信じがたいほどの遅れを外国人は「日本人の能力の欠如」と軽く片付けてきたが、ここにいて観察していると、どちらかというと「金融が嫌い」という(ヘンだが)「好き嫌い」の問題なのではないかと思えてきます。

合衆国人はもともと「物作り」がたいへん上手な国民でした。
しかも産業製品の基幹部分も工芸的部分も両方ともにすぐれていた。
戦争中はたとえば中国戦線でも日本陸軍の高級将校はみなフォードに乗りたがった。
乗り心地だけでなく故障が圧倒的に少なかったからです。
乗用車に限らずトラックでも運転手はみな日産よりもフォードに乗りたがった。
実際、初期のクライスラーなどは息を呑むような優美な曲線のボディで、あれを槌で叩きだせる職工の腕前は素晴らしいとしか言いようがない。

その自動車産業が急速に腐敗して、80年代に至るとちょうどいまの日本の産業界と同じに政治に頼って金をせしめようとするところまで落ちぶれたのは、主に圧倒的な円安に支えられた日本車との競合に敗れたからでした。
日本車の勝利を品質に帰するのが日本では一般的ですが、本来は、というか長いあいだ日本車の品質の悪さは有名であった。
合衆国に行って年寄りと仲良くなれば、日本車の粗悪さについての昔話をたくさん聞かせてもらえます。
しかも日本車には合衆国では「小さすぎて危ない」という致命的な欠陥があった。
インターステートハイウェイで日本のトラックの5倍くらいの大きさがあるトレーラーとすれちがってみればわかりますが、当時よりも遙かに大きいいまの日本車でも吸い込まれそうになってコワイ。まして反対車線で追い越しをかけているクルマと正面衝突したら絶対生命はねーな、と実感できます。
それでも日本車が売れたのは「あんなチンケなクルマが売れるわけねえー」と思っていた合衆国自動車会社の驕りによる販売店の態度の悪さもありますが、やはりなんと言っても国を挙げて円安に導いた政策に後押しされた価格の安さでした。

組合と政府の保護、というのは、産業にとってふたつの天敵です。
合衆国の自動車会社はこの両方とも身に付けてしまった。
おやじブッシュが大統領の頃、ビッグスリーの頭領3人に伴われて日本に圧力をかけに行ったことがあった。なんだか暴力団の付け馬が付いた田舎政治家みたいな話で非現実的だが本当の話です。
当時はまだいまほど産業の競争戦略論が発達していなかったので「必然的に死にゆく産業」という考えがなかった。
それでブッシュおやじは、シブシブながら自動車産業に政治的に加担しようとしたのでした。

それがオバマの頃になると、ふつーの国民でも「つぶれるなら勝手にすれば」というふうに変わってきたのは、おぼろげながらでも合衆国人には自分達の巨大な国を発展させうるのは最早ものを作る産業ではなくてより生産性が高く高度な技術に支えられたものでなければかなわぬようだ、と理解されてきたからでしょう。
同じものをつくれば後進性の強い国が必ず勝つ、というのは買い物といえばKマートやウォルマートに足が向く自分の事を考えれば殆ど直観的に判ることでもあったと思う。

合衆国の最大の強みは実は「知の集積」です。
そんなことは合衆国の大学をちょと瞥見すればすぐ判る。
むかしラッセル卿がさんざんバカにした合衆国の大学はしかし、いまでは異様なくらい世界中の「知」を集積する場になった。
わしなんかも合衆国にいるときは「アメリカの大学て教習所みてえ」と悪態をついて合衆国人の友達に嗤われますが、本当は、すげーなこりゃ、と内心で思うことが多い。
成績が良い割に業績があがらないのは東アジア出身の学生や研究者の特徴だが、よく見ると合衆国ではその欠点が少ししか顕れない。
他に東欧人や大陸欧州人、南米人、いろいろな「異なるものの見方」があるからで、たとえばHBSのような学校では、それが討議中心の教育とあいまって有効に働いている。
HBSのようなところでもものの1ヶ月もいると合衆国に世界中の研ぎ澄まされた知性が集まってくる理由は要するに「移民社会」の反映だということが判ってきます。

連合王国では大学の構内を「阿片窟」という。
あまりに居心地がいいので、自嘲して、大学暮らしをそういう名前で呼び習わしていたのです。
それが合衆国に行かせられるとなんでもかんでも競争なので、どっひゃあーになりますが、それでもたとえば中国からやってきた学生にとっては天国だという。
ま、もともと競争に強い国民性ということもあるだろうが、国を出たときにはばりばりの愛国者留学生だった人間が2年もいると、帰りたくなくなって合衆国への居残りを画策するようになる。

合衆国というのは豪州と並んでふつーに暮らすのに社会の成り立ちから派生するごちゃごちゃしたことをなあああーんにも考えずに暮らせる国なので、実感として「楽だなこりゃ」な国ですが、その上に世界最悪の学歴社会なので有名大学を出た(あるいは出ないまま大学にお籠もりさんになっている)人間にとっては、歌の文句ではないが「オールモストパラダイス」です。
賢い人間にとっては、多分、バカと口を利くというのは人生を送る上での最大の苦痛ですが、それがたとえばプリンストンにいて「アインスタイン通り」とかを歩いて暮らしているぶんにおいては日常いちども起こらない。

そういう日常生活上の「気分」というものは「知」で食う様な人間にとっては大切なのはトーゼンで、そういう事共があわさって結局合衆国にはやたら「ブライト」なみなさんが堆積するようになったのだと思われる。

で、合衆国が「ものなんか作ってたらだちかんぞ」という事が判明したあと取りだした方策はかっこをつけて「知の核融合炉」なんちてるひともいたが、とにかく無茶苦茶賢い人間をかき集めてぎゅっぎゅっと競争させていればなんとかなるべ、という乱暴な施策であった。

バカの考え休むに似たり、という。
だいたい政治家や役人になりたがるひとは自分が考えるよりも他人のほうが賢いのであって、余計な細かい政策とか押し付けんじゃねーよ、という意味の日本の格言ですが、合衆国でもその通りであって、たとえばシリコンバレーでは、当初技術にしか過ぎなかった「IT」が、そーゆーことの好きなバークレーくらいを出口にして、思想化していった。
いま思いついたので慌てて書いておくと、日本のいまの殆どただひとつの社会的な強みである「安い高速インターネット」を日本にもたらした孫さんはこの大学の出身ですね。

この「思想化したIT」がやがてパラダイムシフトになって、合衆国という国を一変させてしまったのは、誰もが知っている通りです。

産業革命よりも遙かに本質的に世界を変えてしまうに決まっているこのパラダイムシフトは結局合衆国で起きた。
まだ始まりのところですが、やがて加速度的に進展して中国のような国権主義国家にとってはそれが致命的になってゆくでしょうが、このブログ記事ではふれません。

連合王国はなにしろもともとは合衆国よりも先に「ものづくり」でぶったてた国だった。
日本のひとは連合王国というと賢い人のひとつおぼえで「植民地でもうけた植民地帝国」というが植民地は巨大な生産性を獲得したことの結果であって原因ではない。
あくまで「売り先」が必要だったというだけのこととも言えるのです。
英帝国と違って頭に「大」が付いていた「大日本帝国」最大の植民地マンチュリアが最初から最後まで終始一貫赤字を垂れ流すだけで終わったのを見れば、それは明かであると思う。

ものをつくって儲けていた頃の英帝国の終焉は要するに不当に安いドルと巨大で未開な国内市場を武器に頭角を現したアメリカ合衆国であって、初めGDPで抜かれたときは、「ぬわあーに、あんな下品な『パンティ』とか『コンフォータ』なんて言葉を使いやがる国なんていまに四分五裂になってこけるに決まっておる」(マルクスヒロシとの会話を参考にしました)とマジに考えて口に出しても言い合っていたが、そのうち相手のGDPが「こける」どころか連合王国の十倍になってしまったので、アイルランド人の数の多さとかは目をつぶって以前からお友達であったことに急遽話をつくりかえた。

それ以来合衆国については常に怠りなく研究していたのでITという巨大なパラダイムシフトが起きたのを知ったときも自分のところは、「その波についていく」ことだけを考えた。

そういう言い方をすればいまの高度に発達した金融システムはITという巨大パラダイムシフトの「一部利用」なのね。
英魂米才という。
負け惜しみだが。

産業革命が起きたときにはラッダイト運動
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%83%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%88%E9%81%8B%E5%8B%95

というものがあった。日本語の本には、なあーんとなく英国版の神風連の乱みたいに書いてあるが、これは意外とそーゆーものでもなかった。
まともな思想ではあったが「有効」でなかった。
丁度いまの日本での「金融革命なんかインチキじゃん」というのに似ています。

この粗雑な譬えをもうちょっと続けると、日本はほとんど全身でITに端を発したパラダイムシフトを拒絶している。
その理由はなんだろう、と考えると、どうも「ものづくり信仰」がそれの理由であるようです。
ちょっと米作信仰と似ている。

物作りが中国に移行してゆくのを見て取るのは最近の中国製品の劇的な品質の向上を見れば明らかです。
製品としては周辺的な「家具」のようなものを見ると、欧州の高級家具店を見る限りでは中国製家具が日本製家具の品質を圧倒している。
価格も日本製家具のほうが通常はるかに低い。
それでも上顧客達が買ってゆくのは中国製家具のほうです。

以前オーストラリアでデカイ雹が降り狂ったときには、車体にへこみが出来たのは韓国車だけであってオーストラリアの自動車業界ではそれがひとしきり話題になったことがある。
しかしいまの韓国車はソナタなどは日本のクルマよりも品質の点で高い評価を受けるようになった。
一方では、日本では材料工学のような物作りの基本になるべき技術はだんだんだんだん地盤沈下しているのが知られています。
理由は簡単で、たとえば材料工学の研究者の待遇は悪すぎる。
給料が安い、どころか就職先があればラッキーちゅうようなもんです。

他国に較べて日本がはなはだしく劣っているものには他に「経営」がありますが不思議な事に日本の会社では’「会社」が最も取り分が多く、次が経営者で、物作りを奨励しているはずであるのに実際にものを作っている人間の収入は微々たるものです。
誤解を防ぐためにゆっておくと「日本の経営者は年収が低い」と言いますが、それはフリンジベネフィットという考え方がないのと本来二年なら二年しか支払われるべきでない役員報酬が十年、ひどい場合には二十年にも及んで支払われるからで単に累進課税を嫌って一年に多く支払わないだけのようにわしは観察しました。

ああ、ちかれた。
もう好い加減にすべ。

このあと、いつかは続きを書くんだか書かないんだかは判らないが、「物作り」を美化してしがみついていると日本はその「物作り」においてすら東アジア諸国にぶち負けると思います。
わしはいつかぶち壊れた日立の洗濯機の制御基盤を見た事があるが、驚くべし、壊れるのも道理、すげーイモハンダでした。
ニュージーランドでは友達が買った新車の三菱に乗ってクイーンズタウンに行く途中、どうもエンジンの振動音がヘンなのでボンネットを開けて調べてみたらエンジンのボルトがちゃんとしまってなかった。整備工場までもっていったらおっさんが笑ってました。

そう言えば日本ではこれもでもかこれでもかと新聞に書き立てられる「ボンバルディア」機は、ニュージーランドではたくさん飛んでいます。町と町が離れているからな。
飛行場に遊びに行ったときに、整備のおっちゃんに「これって日本では欠陥機っちて大騒ぎなんだぜ」と言うと、おっちゃんはちょっと怪訝そうにしてましたが、そりゃ整備してねーからだろう、と結論していました。
もっとついでにいうと、ニュージーランドでリフトやエスカレーターに乗った場合、十中八九はシンドラー製です(^^)
これは実際よく壊れるが、実は日立とかからの買い換えなのね。

書きたいことは山ほどあるが、経済については「先延ばし」ほど悪いものはない、ということだけ付け加えておきます。
すでにうまくいかないと判っている産業構造を抱えたまま財政的に先延ばしを繰り返してゆくと(当たり前だが)借金が増える。しかし、もっと致命的なのは、悪い姿勢で背骨が固まってしまうことで、いつかは来る「跳ばねばならない日」に必要な筋力が失われてしまう事のように思います。

「焦眉の問題から目をそらして細部にこだわる癖」というものは、その癖(へき)にひたっているひとにとっては気持ちの良いものなので、頭の悪い人間や怠け者は必ずその罠にはまる。
しかし、個人の愚か者がその罠にはまって一生を終わるのなら、たいしたことのない愚か者の典型的な一生でもそれを良い事のように喧伝した挙げ句社会ごと罠にはまるとなると、それはまともな人間まで巻き添えにするという点で犯罪と変わらない。
少なくともいま30代20代の日本人から一生を奪った、という事実は覆い隠せないことだと思います。

社会というものが個人の幸福のために存在する、という事を忘れた国はあたかも呪われた国のように歴史のなかで扱われてゆくことを忘れない方が良いように考えました。

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13 Responses to 「先延ばし」の終わり

  1. s.takeda says:

    16年前ぐらいにあるデザイン会社に1ヶ月だけいたことがあり、そこでは社長が「給料を上げれば社員は頑張るはず」と、なんも意味なく給料を上げることがよくあった。
    私はその会社に入るまで油絵しかやっておらず、写植のことや商業・工業デザインの基礎を学ぶため
    上司の出す課題と本を読むのに一所懸命であった

    そしたら男性社員2、3人に呼び出されてだな。

    お前が頑張ると俺らまでやらなければならなくなる
    ここの社長はなんもやらず質が下がれば給料が低いせいと勘違いして
    給料を上げてくれるんだから、こんな楽な会社ないぞ

    と、言ったわけだ。

    即日辞めた、と格好つけて言いたいところだが
    過呼吸起こして会社どころではなくなった

    だから私はずーっと「半分フリーランス」なのだ
    こんな腐った中でまともな考えで生きて行かれるわけがない

    私が言う「非生産的な考えの支配」とは、こーいう根性腐った奴らの延命措置を言う。

    ガメさんが「面白い」と思うような規模での話を言うなら
    今やっと、金を無駄に突っ込む社長連中が
    金を突っ込むのも金を出さないのもどちらも意味なくて
    中身をきちんと吟味して(てゆか監督して)判断しなければならんな、
    ということにやっとやっと気づき始めたってレベルだよ
    (体力がないところは、仮に気づいても「制度」に邪魔されて悶死するが)

    私みたいな末端が、制作者の頑張りに対し正当な額を払うよう上と交渉するのなんてのは微々たる話だし
    1つのレストランが潤うぐらいの農業や個人向けの車椅子とかの小さなレベルでどんな「良い事例」があっても
    大きな津波でも押し寄せれば流されてしまうよーなものであることは確かだが

    一方の、例えば精密機械のバネだとか、世界シェア何十%とかいうこっまけー部品作りだとかの、
    職人が手作りしなければダメだったものを何十年もかけて自動化した、とかいうのは
    職人がいる国ならではのものづくりであろう

    私の師匠に言わせると、大手が割に合わないからと手を出してこないよーなところで
    ゲリラ戦みたいなことやるのが日本のものづくりであるよ

    ま、実際どんなに金を注ぎ込もうが、きちんと監督しなければ腐った奴らが全部ダメにするのは間違いない

  2. Kuichi says:

    どうも、以前twitterで少し絡んだことのあるKuichiという者です。

    先延ばしというのは、昔はある程度有効な手段だったのではないかと思いますよ。時間が経てば年を取りますから、年功序列の根強いこの国では年齢が上がれば上がる程有利になる仕組みですし。
    (現在も、正社員等であればある程度は有効なはずです)

    その先延ばし癖の付いた人々が上に居座っているので、なかなか変わらないのだろうとも思っていますが、果たして自分が上に行ける頃にはそういう考え方が淘汰されているのか疑問です。

    私は今身体の都合で休職中ですが、正直先延ばししたくてたまらないですよ。転職するリスクと合わなかった仕事に復帰することによる安定(少なくとも金銭的な)の間で常に揺れ動いています。
    私にも先延ばし癖、あるみたいです。

    ガメさんとはtwitter以前にも別の名前で短くないやり取りを交わしたことがありました(当時はブログを持っていなかったので適当な名前でした、すみません。少年倶楽部、覚えておいででしょうか)。

    その頃からガメさんのモニさんとの日常や自然、その他心に留まったことなどの文章を読むと、何だか切ないような居たたまれないような気持ちになるのです。
    ガメさんの言うことはたまにカチンとくることもあるけれど、そういう色々なものに向ける視点は好ましいと思っています。
    (カチンとくるのは図星を指されているから、なのかも知れないですが)

    はてなに関するあれこれの時も、ガメさんは日本に興味を失った、もう離れると言っていましたし、こうしてブログやtwitterを続けることを強制するつもりもありません。

    ただ、こうしてガメさんのブログを読んだりコメントでやり取りをすることが楽しいと思っていて、居なくなってしまったら寂しいかな、とちょっと考えている人間がここにひとり居ますよ、と書いてみたりします。

    • Kuichi殿、

      Kuichiは少年倶楽部だったのか。
      おおきくなったのお。(ウソです ごめん ゆってみたかっただけ)

      >年功序列の根強いこの国では年齢が上がれば上がる程有利になる仕組みですし。

      このあいだ年齢別の収入分布をみました。マンガみてー、と思いました。

      >果たして自分が上に行ける頃にはそういう考え方が淘汰されているのか疑問です。

      いまの「年功序列」から来ている巨大なオーバーヘッドに社会が耐えられたら「日本の奇跡」といって語り継がれるとおもいます。延ばしに延ばせば40年もつそーだ。40年のばしたらその後は永遠に立ち上がれないが。

      >私は今身体の都合で休職中

      そーゆーのはやだのい。なんとか工夫して気持ちをのんびりさせてくださいね。

      >ガメさんの言うことはたまにカチンとくることもある

      むかしからブログ読んでるひとは全員もれなくそーゆーな(^^)
      josicoとかタケダとかは、もう何回も繰り返しアタマにくるので最近はタダ「ばかやろー」と書いてきます。
      単純は力なり、という。

      >ガメさんは日本に興味を失った、もう離れると言っていました

      だいたい半年に一回もーやめた、絶対ヤンピと思うみたい。

      のーんびりしてね。きっとよ。

  3. Suzuki Hitoshi says:

    スウェデンボルグ読む人を自分以外で初めて知って喜んでたのに、帰国するだのブログ閉鎖するだのになって。
    だがしかし、まあ、男が決めたからには文句は言えん、俺だって海外移住したいよ、と思って黙って読んでいたのに。
    キンタマついてんのかよ!?と思いましたが…要するにお若いんですね。
    内心、ヒーローシンドロームの件で、感謝しているので、下品な文句は言いづらいですが。

    モノ作りと国粋主義はセットみたいなもんで、落ち目になったら伝統回帰(といっても怪しい伝統だけど)という、良くある話。
    私の記憶だと、どっちも今世紀に入ってから流行りだしました。ITバブル以降の印象が強いです。
     バブルはじけた!どないしよ?
     →次はIT革命や
     →ブームだけで失敗
     →やっぱりものづくりや
    てな感じかと。途中、金融ビックバンとかもありましたが。
    この辺り、若い外国の方が知らないのは無理もないのですが、いろいろ軽はずみなことをして失敗した結果が今なんですよ。
    何が言いたいかと言いますと、モノ作りは道徳じゃないです。流行です。だって、バブルの頃は人気なかったし。

    他の指摘はもう、当たり過ぎるくらい当たっていて、毎回同意ばかりしているのも格好わるいのですが。
    勝てば官軍、負ければ賊軍、長いものには巻かれろよ、無理が通れば道理が引っ込むとばかりに組織の論理とやらでやってきたツケなので、現状どうしようもないのです。
    つくづく、辻政信や牟田口廉也には死んで欲しかった。おかげで、下っ端を何十万人無駄死にさせた上にボロ負けで醜態晒しても、エラい奴はエラいんだという悪しき前例を作ってしまった。
    今日では、散々デタラメなことをして会社を傾けた挙げ句、社員を陰湿なやり口で退職に追い込んでも、エラい人はクビにならない。もはや徳川幕府並みの強固さですよ。天下泰平だけど、よく見ると死屍累々ってね。
    唯一の脅威(希望?)は黒船ですが、幸か不幸か、戦争じゃないんで5年くらいじゃ終わらないのが悲しいところです。

    またくだらないことを書いちまった。
    ガメさんの暇文字は、牧歌的な雰囲気があって素敵ですね。

  4. 神宮司 says:

    物づくりが好きとかこだわりがあるというよりも、奥底に隠された怠け心が表に出ただけ、と思うことがありますね。

    昔は勤勉とか精神の細やかさなどが語られていましたが、勤勉さは行為に疑問を持たなければ良く、細やかさは虚心でありのままを掬いとっておればそれなりに回る社会だったから。「我感じる、故に我あり」で閉じてしまっており、行為の行方まで気にする必要がなかった。

    これも昔話ですが「小さな親切・大きなお世話」という街角標語を皮肉ったフレーズがありました。最初、何という社会傷害的な言葉なんだろうと思いましたが、実は地方のコミュニティなどにありがちな「的外れ親切心」の押し売りを例えてたんですね。皮肉の対象になった変則的な圧迫形態は、2ちゃんねるに散見する煽りに通じるものがありそうです。

    話を戻しましょう。こうした感覚はつまるところあまりモノを考えなくて良いということになり、真面目さと裏腹に身も蓋もない自堕落な世界観が出現してしまいます。働き者という自画自賛の影には、閉じたところに蟄居したがる感性があるような気がします。

    坂口安吾の堕落論じゃありませんが、隘路で頚くくるところから始めないといけないのかも知れません。

    • 神宮司 殿、

      >「我感じる、故に我あり」で閉じてしまっており、行為の行方まで気にする必要がなかった。

      ぬわるほど。
      そっちのことをもっと考えてみるといろいろ判るのだな、きっと。

      >皮肉の対象になった変則的な圧迫形態は、2ちゃんねるに散見する煽りに通じるものがありそうです。

      「はてな市民」もそーなよーだ。
      同根ですのい。
      なんか人間の集団がちょうど蛙の卵のゼリーみたいなものでくるまってつながっているのだな。

      >真面目さと裏腹に身も蓋もない自堕落な世界観が出現してしまいます。

      日本には誰でも何にも考えなくても準拠してやっていけばいい「定型」がないように感じます。年中誰かがずるをして他の人がそれを購っている。ふつーにやれない、感じがします

      • 神宮司 says:

        >ぬわるほど。
        そっちのことをもっと考えてみるといろいろ判るのだな、きっと。

        あはは、何をおっしゃりますやら。既にガメさんはお腹いっぱいでゲップが出るほどになってるはず。どこでそんな会話を覚えて来たのやら。

        蛙の卵で思い出しましたが、菊地誠(ソニーの方です)が日本は蟻だったか蜂だったかが形成する社会のようだと言っていました。これ、文脈では褒め言葉に近いのです。強固なコロニーこそが、戦後経済の発展理由のひとつであるという例えです。他にも、戦略を持たないが故に機動性に制約がなくなるという話もありました。あれこれ哲学的に悩まない分、動きが軽くなるとの由。

        ある意味「考えない戦略」というゲリラ戦を採用してるんですね。これで日本は復興を遂げました。ところが戦略の有効条件や発動タイミングということも考えていないため、脚を掬われると有史以来な惨劇に見舞われます。ご指摘の通りです。あいたたた。

        この間読んだ本によれば、徳川幕府が崩壊してから70年経ったころにゼロ戦飛ばしてボロ負けし、そろそろ次の70年目を迎えようとしているとのこと。暑い夏が続きそうです。

      • 神宮司殿、

        >蟻だったか蜂だったかが形成する社会のようだと言っていました。これ、文脈では褒め言葉に近いのです。

        自分がハタラキ蟻なのでコロニーが素晴らしいと言われて喜ぶ蟻さんはいるだろーか。
        わしとかはやはり全部が女王蜂でいきなり自爆、とかなコロニーのほうが趣味にかなっているよーです

        >徳川幕府が崩壊してから70年経ったころにゼロ戦飛ばしてボロ負けし、そろそろ次の70年目を迎えようとしている

        40年説というのもあって、1952年に合衆国の占領が終わってから40年でバブルが瓦解して次のスタートにつくのは2032年だそーだ。
        それに従うと2045年くらいになれば、また日本もちょーしがこけるようになれるわけですのい。
        たった35年のシンボーですじゃ。

  5. Suzuki Hitoshi 殿、

    >帰国するだのブログ閉鎖するだのになって。

    帰国は既定値だぞ。だってえ、もうこの5年くらい1ヶ月から5ヶ月の範囲で日本に来てるんだもんね。もう十分っす。
    ブログは「書かないと日本語忘れる」という強迫観念がなくなればやめるであろう。1ヶ月書かないと回復に半年かかるみたい。

    >キンタマついてんのかよ!?

    朝みたときはまだあったから多分いまもあると思う。
    (なかったらアマゾンでレスビアン用の愛技集を買わねば)

    >若い外国の方が知らないのは無理もないのですが、いろいろ軽はずみなことをして失敗した結果が今なんですよ。

    ベンキョーしてみたが、どうもITが理解できなかったのがすべての根源なよーでした。「文系のひとが数学ができない」というくだらない理由なのかもしれません

    >モノ作りは道徳じゃないです。流行です。だって、バブルの頃は人気なかったし。

    なっ、なるほど。ぬわるほど。にゅわるほどー。
    Suzuki Hitoshi はアタマがいいな。
    尊敬しました。

    >辻政信や牟田口廉也には死んで欲しかった。

    それは深い所に関わる意味で辻も牟田口も服部も死ぬべきだった。
    どうしても群衆に八つ裂きにされるのでなければダメだった。
    いまの日本の腐敗のおおきな潜在的理由と思います。

    ほんとうに仰る通りです。

  6. Suzuki Hitoshi says:

    南国でアイスコーヒー飲みながら読書三昧の日々を送るには、まだまだオツムが足りないようです。
    最初にコメント書いたときもそうでしたけど、気になったら指摘したくなる性分なんですよ。堪忍してくださいな。

    >それは深い所に関わる意味で辻も牟田口も服部も死ぬべきだった。
    >どうしても群衆に八つ裂きにされるのでなければダメだった。

    八つ裂きどころか、国会議員にしてしまったというのは、悲しい話ですよ。まったく。
    戦後復興で上り坂というのもあったんでしょうが、そう思うと今の落ち目の時代も悪いことばかりじゃないと思います。
    モノ作りやら少子化問題やら、いつも何かが叫ばれてるこの国ですが、大声で叫ぶだけの連中を食わせる余裕がなくなれば、世の中落ち着きますしね。
    それまでは食い扶持稼いで意地汚く生きて行きますよ。へへ。

  7. 親愛なるSuzuki Hitoshi 様、

    >南国でアイスコーヒー飲みながら読書三昧の日々

    レイコー、一丁!
    なんちゃって、わし小説読んであれ聞くの愉しみやったのに誰もゆってへんやん。つまらん。

    >最初にコメント書いたときもそうでしたけど、気になったら指摘したくなる性分なんですよ。堪忍してくださいな。

    気持ちの卑しいバカと口を利くのはマジで嫌だが、バカでない人は何を書いてきても良いのです。楽しいやん。堪忍もニンカンプープもありますかいな

    >八つ裂きどころか、国会議員にしてしまったというのは、悲しい話ですよ

    辻牟田口服部とは同列に出来ませんが源田という人もヘンですのい。
    第一特攻は本当に大西滝次郎の考えだっただろうか。
    戦争の話は記憶があるあいだは仲間を庇うので難しいようです。
    公にならない記録もたくさんありますしね。

    >それまでは食い扶持稼いで意地汚く生きて行きますよ。へへ。

    シブイ。

  8. Suzuki Hitoshi says:

    レイコーなんて古の言葉、よくもまあご存知で。
    生まれて初めてシブいと言われて、知らずしてナイスミドル街道を驀進中と判明した私だって、耳で直に聞いたことはないです。
    関西方面にはまだ残ってるかもしれないんで、帰国前に立ち寄っては如何でしょう。
    一口の冷コーから、とんでもなく長い回想が始まったりして、いいかも。(できれば日本語で、せいぜい上下二巻くらいにまとめて頂けると有り難いです)

    特攻の話は詳しくないんですが、戦争の話でよくわからない時は、自決する人は良い人で、自決させる奴は悪い奴と割り切ります。(エラい人の場合)
    うちの爺さんも昔は軍人やってたので、話を聞きたいと思っていたのに、結局言い出せずに終わりました。
    カメラと釣りと、なによりも酒が好きな好々爺で、この祖父がかつて自ら志願して軍隊に入ったと人から聞いた時は、心底驚きましたが、
    共産党の選挙カーが通ると機嫌が悪くなる(祖母談)みたいな話を聞くと、私のような不肖の孫でも、うかつに聞かなくて良かったと思うくらいです。
    仲間をかばう以前に、いろいろあり過ぎて、事情も知らん奴らに話したくない、というのも多かったんでしょう。

    というわけで、いろいろ書くことにしました。

  9. Suzuki Hitoshi 様、

    >レイコーなんて古の言葉

    好きなんですねえ。「レイコー、いっちょう!」
    むかしの週刊誌によく出てくる。
    国にもどったら流行らせてやる、と思ってます。
    (アイスコーヒー、日本とは似ても似つかぬ飲み物だが)

    >特攻の話は詳しくないんですが、戦争の話でよくわからない時は、自決する人は良い人で、自決させる奴は悪い奴と割り切ります。

    わしも後から必ず諸君に続く、と行った司令官はドンヅラこいちまいましたが、生き残った人の書いたものを読むと、みんな「あんなやつ逃げるに決まってる」と知っていたようです。やりきれない話ですの。

    >事情も知らん奴らに話したくない、というのも多かったんでしょう。

    そう。でも話しておくべきだった。
    もうすぐ大東亜戦争なんてなかった、と言い出しそうなこの国を見たら、なんと思うでしょう。

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