夏の軽井沢

来週ちゅうか明日またわしも行こうと思っているが、義理叔父は今日も軽井沢にいるので電話しました。
今日は軽井沢町のパーティがある日であって食い意地のはった義理叔父は毎年アップルソースがかかったローストポークをめあてにこのパーティに行っていた。
だからもう軽井沢にいるのかと思ったら、今年は行かないのだそーだ。
もともとはもちっとディーセントなパーティであったというが去年などは別荘を売りたい不動産業者が招待券をばらまいたりしてなんだかその辺の土建屋の社員大会みたいだったので今年から服装規定をつくった。
しょーがないからジャケットを着ていくことにしたのさ、という。
ジャケットって、いま気温は何度ですか?と訊くと27℃という。
27℃の町でジャケット。
すげー。

ところがかーちゃんシスターが、こんなに暑いのに出かけるのは嫌だ、という。
かーちゃんシスターは常識がゆたかなひとだからな。
こんな日にジャケットなんて着てでかけたらぶちたおれるに決まってる。
もうやめましょう。
かーちゃんシスターが嫌だと言えば、義理叔父のアップルソースかけローストポークなどは儚いものである。

そーゆわけで、つまんないんだよー。遊ぶ相手いないし、ガメ、明日ぜったい来いよな。
このあいだ買った高圧水鉄砲触らせたげるからさ、ねっ? ねっ?
と恥も外聞もない情けなさそうな声でいう。
ガキと変わるところなし。

おっさん、あんた、いくつやねん。

軽井沢は夏は30℃になるので全然避暑地ではねっす。
では何故こんなにたくさん、ひと夏で500万人も人がやってくるのかというと、わしには皆目理由がわかりません。
だって町に大仏座ってないし。
別に京都タワーみたいに超超下品なタワーがもっこりおったってしまっているわけでもないので、来て見たからとゆって日本の人が納得して「これこそが軽井沢だぜ」と考える、好きそうなものはなにもない。
「雰囲気を味わう」という人もいたが、あの本通りの雰囲気を味わうには新宿のほうがよさそうである。
わし自身はなぜ軽井沢に「山の家」を買ったかというと、義理叔父が近所に掘り出し物の家が出たから買わないかとゆってきたのを真に受けて買った。
おためごかしに純真な義理甥を思っての事のようなふりをしながら実は自分が酒を飲みたいときに相手をしてくれる人がいないのでわしを欺して近所に連れてこようとしただけである。
いいとしこいて、まったく、とんでもないやつだ。

ひとつだけいいことは近所の不思議にも通常の日本人に較べるとどうも平均身長がだいぶん高い一様に日焼けしたおっさんたちが折り目正しくて挨拶もなにもきちんとしていることで、これはなかなか気持ちのよいことです。
朝はやく起きて散歩すると、角度の加減で、木洩れ陽が丁度ちいさな「天国への階段」のようになって甚だしく綺麗である。

庭のテーブルにわしは「もっちり山」のトーストブレッド、モニは佐久からもってきてもらったクロワッサンで朝ご飯を食べる。
ベーコンに、食事をつくってくれる人がいるときにはエッグベネディクト、そうでないときにはわしがつくったポーチドエッグがつくであろう。
モニさんが自分でローストした豆で淹れる珈琲もつきます。
カフェインが欲しくないときにはCavaがつく。
合衆国の人はベーコンをカリカリに焼くがわしが祖国ではヘロヘロしたベーコンを食べる。
ちゃんとしたベーコンは牧草の匂いが食べた途端に口のなかで広がって、まるで朝陽がのぼってくるようである。
うめっす。

午後は涼しければモニもわしも庭のデッキチェアに寝転がって本を読んでいることが多い。このために軽井沢の家には英語や仏語の本がいっぱい送りつけてあるので読みたい本に不自由するということはない。
今年はなにしろ十全計画の5年間前後11回に及ぶ日本遠征の最終年なので日本語の本ももちろんあります。
昨週は大好きな内田百閒を読んだ。

この百閒という人はどうにもこうにも日本語がたいへん上手な人であって、「雲山萬里を隔てた異郷に転戦している留守を幸い、こんな当て字の名前をつけたと云う事を、向こうで新聞を見て知ったら、銃後のつれなさをかこちながら、そっと鉄兜を被りなおすに違いない」というようなことをヘーキで書いてしまう。
この「そっと鉄兜を被りなおす」というのは、いったいどうやったら出てくるのか、日本人の癖にわしよりも日本語が上手であってなんとはなしに不愉快な人です。

閑話休題。

昼間からかーちゃんシスターと義理叔父がやってきて4人で庭のテーブルを囲んでワインを飲みながら「わっはっは」「けっけっけ」と益体もなく何の生産性もない午後を過ごすこともあるが、これはこれで楽しいとゆわねばならない。
ちなみに前者の大声だがどことなく気品というものが感じられる「わっはっは」がわしの笑い声で、後者の世の中をなめきった響きの笑い声は義理叔父のものですね。

しかし年寄りを甘やかすと際限がないので、毎日義理叔父につきあっているわけにはいかん。
そーゆーとき、モニとわしはだいたいクルマで東京と反対側の方向へ遊びにでかける。
これが軽井沢という町の最もよい所で軽井沢から出立してでかけられるところには、たくさん良い所がある。

近い所ではモニもわしもたとえば小諸の「布引観音」なんちゅうところは大好きです。
急な斜面の暗い森のなかの、大きな岩がせりだしていたり、小さな滝があったりする細い径をずっとのぼってゆくと崖の上に社がある。
タイミングということもあるのかもしれないが、モニとわしはこの布引観音にでかけて他の人に出会ったという事がいちどもありません。
誰もいない、静かな森の上方に崖から突き出すように建っている観音堂は、ちょー格好良くて、もう前後5回くらい行っておる。

山の家から離山の裏を通って鶴溜をかすめて星野温泉の「トンボの湯」があるところに出る。そこからガソリンスタンドの脇をとおって「1000メートル道路」を追分のほうに向かう。
モニもわしも御代田には実験農場があるこの昼間でも薄暗い道が大好きである。
そのままずううううっっと走っていって小諸から南下する。

佐久穂から小海にかけて広がる湖や池が点在する森や望月の奥、別所温泉の郊外にもよくでかける。

わしの頭のなかでは「軽井沢」というのは要するにそういう場所や生活をすべてひっくるめたものなので、本通り(軽井沢銀座)やまして駅の南のアウトレットとは何の関係もない、田舎ばっかしで出来た「軽井沢」なよーだ。
料理屋とかもほとんど行かないし。

もう軽井沢で夏を過ごすのも今年で最後です。
これからは日本にやってくることがあってもストップオーバーで長くても1ヶ月もいないに違いない。
十全外人最大最難関の遠征であった日本遠征もついに日本文化を完全制圧して圧勝してしまった。ついては「山の家」を売るのはやめて建物を取り壊したあとを小公園にして少し盛り土をして小高くした丘に「十全外人ガメ・オベール日本文化征服の碑」を建てるというのはいいのではないかと思う、とゆったら、
かーちゃんシスターに「誇大妄想がすぎて脳のタンパク質が暑さで変性したひとみたいだ」とゆわれました。

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8 Responses to 夏の軽井沢

  1. godlitespeed says:

    ツイッターでオベールさんを知ったのはつい最近のこと。残念ながら最早あと少しで日本とは決別されてしまうようで、寂しい限りでございます。どっぷりとその日本に浸かって生きてきた私も、日本人の欠けている根幹に気付いたのは極最近のこと。日本人自身で変われる情況には無いようだ、とも思っています。今後も日本人向けに発信し続けて頂けることを願いつつ。

    • godlitespeed さま、

      >残念ながら最早あと少しで日本とは決別されてしまうようで、寂しい限りでございます。

      年中訣別してんねん。物理的にはもう1ヶ月以上滞在するのは嫌ですが、「天気がきびしい」という理由です。多分。

      >日本人自身で変われる情況には無いようだ

      最近は日本の人の持病の「全員ですげーヘンなことを信じてしまう」という症状がありますのい。
      また「鬼畜米英」「鬼畜中韓」とか訳わかんねーことをいいださなきゃいいけどねえええー、と思います。

  2. じゅん爺 says:

    百鬼園を評するに
    >日本語が上手であってなんとはなしに不愉快な人です<
    とは至言なり。

    • じゅん爺、

      百鬼園先生は愛人宅維持に金を使いすぎてサラ金地獄に落ちたそーだが、日本語が余りに上手なのでびっくりしてハンモックからこけそうになる。
      いったい、どうなってんだ、このジジイは、といつも思います

  3. takeda says:

    軽井沢には(物心ついてから自力では)オフシーズンしか行ったことがない。

    幼い頃はスキーなどに連れて行かれたよーだが、群馬県の方が雪質が良くて空いてる。

    初日の出を見に浅間に登ったときは気持ちよかったけど。

    私等の中では軽井沢では、深夜か早朝に出かけて峠のカーブを楽しんだ後、人がいない寂れた雰囲気のペンションを見て哀愁を感じたり、人工の小さな湖に石を投げて水切り遊びをしたりするという刹那的な遊び方をするのが流行でした。

    あとは知る人ぞ知るよーな天然の岩露天風呂に行ったり、大通りからはずれた奥の方にある美しい日本庭園を見て歩いたり。

    或いは、山に入り動物を見たりと、ひっそりこそこそ遊ぶのが楽しいのだな。

    とは言え、たまには人をご招待したり、寂れたペンションの集客プランなどを作らなければならんので、そーいうときは樹の枝や木の実を拾ってきてオブジェを作ったり、牧場でバター作り体験などを企画したり、客人をアウトレットに連れていき、駐車場でぼーっとしたりする。

    別荘を持つ大人たちは、料理を作って、たまに友人を招いてぼーっとしてるのが楽しいようですけども。

    ふつーに遊ぶなら、小布施の方が楽しいな。

  4. ヒロシマークウォターマン殿、

    >昨年3月末に軽井沢に行ったときは雪が降っていたぞ。

    わしのせいじゃねーよ。
    今年は特に雪が降って死んだ、とゆってました。軽井沢は本来は「氷の町」で冬は雪が降らないのよね。長野オリンピックでトンネルの穴開けたら雪がふるようになった、と言ってました。

    >薄目のカリカリは安物レストランのカリカリ。あれではベーコンなのかゴミなのかわからん。

    あまりにホンマなので笑い転げてしもうた。
    わしはマジでゴミと思ったこともあります。
    わしもカリカリベーコンも好きですが、マジなベーコンは英国式のほうがよい。

    >大声一族か。ふっむ。余は大声なら負けないと思っていたら余の嫁は余以上だった。

    わしがニュージーランドのクラブの屋根に立って月に向かって吠えるとトランシルバニアの狼どもが呼応して吠えまくるとゆわれておる。時差があわなくてヘンだが。
    友達のよしみで見逃してくれ。

  5. タケダくん、

    >群馬県の方が雪質が良くて空いてる。

    軽井沢のスキー場て樫山の人工降雪やもん。

    >初日の出を見に浅間に登ったときは気持ちよかったけど。

    あっ、じゃあ、そのときのガスにあたっていまみたいになってしまわれたのだな。気の毒に。

    >人工の小さな湖

    レマン湖! あれて戦前からあるねんて。サイコーだな。
    あまりのシブサにわしは初め冗談でやってんのかと思ったらマジであった。レイクニュータウン、さびれてはるけど。

    >ペンション
    >ふつーに遊ぶなら、小布施の方が楽しいな。

    なんだか団塊ババのようなものいいであるな。
    ヘンなやつ。

    • takeda says:

      >なんだか団塊ババのようなものいいであるな。

      何失礼を言うか、私は遊ばんよ。
      にーさんが遊び場所の話してるからそのとーりだね、って同意してやっただけやん。

      団塊ババみたい、と思うなら私がガメさんの金使いみてそう思ってるから伝わっちゃったやんな(ニヤニヤ

      小布施は、じーさんに一度だけ、どうやって道を覚えるんだ、って山奥の店に連れていかれたことがあるが、蜂の子とか出てうわー、ってなった記憶しかない。

      しかし小布施の街中にある和紙屋の人形(人形全般怖くて苦手なんだが)あれだけは素敵だと思った。
      友達が近くに住んでいたので、話題にしたもんだ。

      ってま「私」の話なんかはちっさすぎて聞こえねーみたいだから、ほんとのことなんてガメさんには話してやらねーんだよ^^

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