Monthly Archives: September 2010

「中国様」が来た!

北虜南倭、というが中国にとっての長年の「北虜」であったソビエト連邦は1991年に自分で、たのまれもせんのに勝手にこけてしまった。 このときの中国政府要人の欣喜雀躍は通りいっぺんのものでなかったことが、当時、北京に公務で居合わせたいろいろな人々によって記録されている。 「これでやっと中国の時代が来る」とゆって、歓喜天に至る趣であったそーだ。 北虜って、何?というひとびとのためにちょっとだけ書いておくと、中国の北の長い長い国境線から浸透してきては中国人たちを苦しめ、13世紀から14世紀にはちゃっかり支配層になって中国人を支配したりした遊牧民族のことです。 ペダンティックなひとびとは、こう言うと、「ええええー、北虜って明代に限るんだよおおおおお バッカじゃねええええー」と下品に舌を突き出して言うであろうが、学者でもないのに学者バカのバカだけ真似てはいけません。研究者でない「研究者気取り」というのはニセ医者より悪い。 中国人にとっては北には歴史を通じて強圧的で暴力的な魔神のようなものが住んでいたのであって、これが国家の方策そのものを縛り上げていた。 卑小な例を取ると、京都に出て「正しい中世」をやりたかったのにすぐ後ろに戦争と正義が三度の飯より好きでちょっと油断すると飛びかかってくる上杉謙信対策に忙殺された武田信玄みたいものであろーか。 もっとも上杉謙信というひとは「純粋戦争屋」、ゲージツのためのゲージツのごとく、センソーのためのセンソーを愛好していただけであったので、別に戦争は好きではないが、とにかく金寄越せわりゃおれのために働かんかいこのボケ、だった北方遊牧民の方が遙かに大規模で質が悪かったのはいうまでもない。 17世紀には東北からやってきた北虜もどきのひとびとが、武力のみならず知的にも漢人文化の土俵で圧勝して、しかも有名な「辮髪」を強要した。 辮髪強制って、すごいのよ。 だって江戸時代の丁髷日本人を征圧して、「おまえらみんな明日からカーリーヘアにしてこい」っちゅうのと同じだからな。 カーリーヘアでマジメな顔して「武士道」とか、やれるもんならやってみい。 切腹も髷があるから出来るのであって、ライオネル・リッチーみたいな頭してやれるもんとちゃいます。 形骸というものはたいていの場合、精神なんかよりもずっと文化にとっては重大かつ致命的なものである。 書いていると切りがないので中国人の「北虜」イメージはこのへんでやめるが、じゃ、「南倭」はなんわ? 倭、ちゅうのはチビちゅう意味です。縮み男だな。 日本人の事です。 チビがフンドシ一丁で、すごい数でダンビラふりかざして、わあああああー、と海岸から攻めてくるねん。 南無八幡大菩薩とか、八紘一宇とか、お題目はかっこええねんけど、いったん上陸すると集団で略奪するわ荒れ狂うわ強姦するわで言う事とやることが全然違うひとびとであった。 明代にも散々くるしめられたが、1930年代の「南倭」は最悪で、首都に雪崩れ込んできて、中国人とみれば区別無く一列に並べてぶち殺すわ、女と見れば子供から老人までいきりたって強姦するわ、強姦すれば必ず後で「虐殺も強姦もありませんでした」というために間違いなく殺害するわで、とんでもない目に遭った。 国家的トラウマになったが、あたりまえ、というか、近代国家でここまで蹂躙された国は他に見当たらないので、「南倭は北虜より悪質である」というイメージが出来たのもむべなるかな。 中国の歴史を読んでいて、強く感じるのは、「北虜がなくなればなあ北虜がなくなればなあ北虜さえなければなあああ」という終わりのない繰り言のようなタメイキのような基調底音である。 ところがそれがほんとになくなってしまった。 「冷戦の終わり」とは中国にとっては要するに北虜の消滅だったのです。 これで南倭もなくなっちまえば、いえーい、だが、南倭はなくなるどころか万事好調で大秦国のパチモンみたいなアメリカ合衆国の強い後押しでぶいぶいゆわしておる。 二言目には「おれは平和主義なんだからな」とゆーが、相手は両親をへらへら笑いながらぶち殺して叔母や姉を無惨に強姦してコンクリ詰めにして捨てて出所してきた当人であるし、第一容疑をちゃんと認めなかったし、おまけに肩越しにふと見ると、後ろでヌンチャクを振り回して奇声を発してこちらを威圧している図体のでかいにーちゃんはあろうことか、南倭を強姦殺人で逮捕した警官そのひとである。 中国人としては、隠忍自重臥薪嘗胆克己復礼、いろいろにゆったりごまかしたり、70年代にはいまでも日本で活躍しているひとびとを学生時代から招いては因果を含めたりしてありとあらゆる孫子の策をつくして自力の涵養に努めたのであった。 ああ、疲れた。 たとえ話は難しいな。 やめた。 中国の「尖閣体当たり物語」はもうすぐ止むでしょう。 戦場で、隠密にこっそり敵情を観察しても判らないこと、たとえば火線の配置と規模、反撃に要する時間と立体攻撃の有無やなんかを見るのに、軍隊というものはときどき「強行偵察」ということをやる。 たとえば戦車を後陣に配置した装甲車を中心とした小部隊を繰り出して敵の面前にちょっとだけ展開させてみたりします。 敵の反撃を誘いだして「あっ、反発はこーゆー感じなんだな」と把握実感する。 中国は沖縄の普天間問題を凝っと観察していた。 日本の民主党政権が防衛問題についてはびっくりするくらい素人で、しかも防衛省の玄人衆は人が悪くもそのバカッぷりをニヤニヤして見ているだけであることに驚いたに違いない。 もうひとつヒラリー国務長官の軽い恫喝でへなへなと方針を変えるあっけなさにも、へえ、と思ったもののようである。 ちょっとヘリを飛ばして自衛艦に思い切り近づけてみた。 また、へえ、と思ったでしょう。 今度はアメリカの反応を見て、です。 … Continue reading

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約束リスト

振り返ってみると、このブログを書き始めてから5年になる。 わしが一度は使ってみたいと思っている「3年連用日記」でゆっても二冊目だぜ。 初めは100語くらい書くのに日本人らしく見せかけるのに半日かけて悪戦苦闘していたのに、いまではべらぼうなスピードで書いても、あまりに文章が上手すぎて(^^) 「ニセガイジン」とゆわれるほどになった。 まことに名誉であると言わねばならない。 (ニセガイジン事件にも良い事はあって、そんな人達が読んでくれているとは知らなかった数年から長い人は30年以上外国に住んでいる日本人や日本語が堪能な外国人たちから、ぶっくらこくような数のメールをもらったのだった..どうもわしのブログはふつーの日本人はあんまり読んでいないよーだ..あっ、いや、冗談です。励みになりました。ありがとう。ほんとよ。でも皆さんに確認していただかなくてもちょっと立ってバスルームに行って鏡を見ればわしがまだ大庭亀夫に化けていなくてわしのままなのは一目瞭然であるが) こういう爆発的で集団的な嫌がらせは4回目くらいであって、そのたびにうんざりして4回リンクを削除しているのだった。 そのたびにブログを通して出来たお友達もぶち捨てて、josicoはんやすべりひゆやじゅん爺やナス、あとではヒロシのような、自分のほうでどうしても切実に話しかけたい相手にだけその度にメールを出して、ホソボソと続けて来たのだった。 それもふつーに考えれば、もうすぐ終わりだろう、というのは誰にでも想像がつくことです。だって、わし、このブログとこれも二回アカウントを削除しているツイッタ以外日本語使わないし。 性格上、何の理由もないのに、いきなりリンクがなくなってツイッタもしめて、そのままモニとシャンパン飲みに行ってその晩で日本語と縁がなくなる、というふうになりそうなものなのにならないのは、日本人である義理叔父と努めて日本人的態度をとろうとするかのようである我が変わらぬ間マブダチたる従兄弟がいるからです。 従兄弟には「ねえねえ、ニュージーランド人になっちゃいなよ。めんどくさいじゃん、日本人なんて。ニュージーランド人になっても、どーしてもオールブラックスの試合見に行こうとかゆわないあからさあ」というが、母親が欧州族であるにも関わらず、「それ以上言うと、今度からもうパブに付き合ってやらんぞ」とすごむので親切な無理強いが出来ない。 だから日本語と完全に縁が切れるということはないだろうが、自分のやることの先など判る人はいない。 やっぱりブログとかツイッタとか急にやめちゃうかもしれません。そのときはどうかひとつよろしく。 いきなりブログをやめるというわけには行かなくて、このブログをやっているあいだにいろいろちゃんとやると約束した事がある。 民族差別主義者のwindwalkerに、彼等が言うような「半島人の先天的な欠陥」などどこにもありゃせんのだ、ということを、めんどくさからずにちゃんと正面から説明する、という約束した。windwalkerは、生粋の民族差別主義者ちゅうか、根の深い民族差別主義者なので、終いには疑似精神科学(彼自身は科学だと主張していたが)を根拠だといいつのって「大学教授のお墨付きもある」みたいなことまで言い出したので、しょーがない、絶交してしまったが、約束は約束です。 windwalkerは女のひとびとの話をしていると自動的にアダルト・ビデオの話になるというくらい下品な奴だったが、不思議な品性のある奴であった。 こうやって考えていても、あの、わしに対する悪罵さえなつかしい感じがする。 そういうことがありうるのなら、「いいやつだった」とゆってもよい。 わしはジブリ以外は日本アニメが全然好きでない。 このあいだ小沢健二のコンサートに車椅子で現れてわしを泣かせた岡崎京子が順調に復活を遂げて万が一アニメをつくったら判らないが、多分、ジブリくらいしかこれからも日本アニメに興味をもつことはないような気がします。 でもそれでは日本文化を判ったことにならないとブログ上で大勢の人にゆわれたのでsleepyhead というひとに「機動警察パトレイバー、攻殻機動隊」を観て感想を伝えるとゆうてもうた。 これもやってない。 ごく最近になって、@tamanoirorgというやたら頭の回転が早い言語能力に恵まれたひとに 「ナチスが欧州の属性から生まれた必然でないこと」と「神が存在しないこと」と「欧州人の人種差別が民族的思想体質に他ならないこと」についてちゃんと説明しろとゆわれたので、説明すると約束した。 約束してから題名をみっつ並べて見ると「世界で最も題目が深刻な三題噺」でギネスブックに申請できそうだな、と考えたが、約束したものは仕方がない。 第一、時間はかかるだろうが、オベンキョーの課題としても面白そうである。 あとチロヨ他のみなさんに約束したギリオージとかの続き物が1とか2とかで放っぽらかしになっているのも、このクソ夏のあいだは 「みんな、太陽が悪いのです」とゆってすましていればよかったが、涼しくなるともう太陽の母上を理由に使えない。 魂の友達に書けば相手にすぐ判る長い手紙を書かねばならないがこれは英語でもいいとゆっていたので約束のリストにははいらない。 なにしろ、すべりひゆに秘伝であるのを忘れて約束した「ガスパチョのレシピをあげる」くらいでもゆったことを履行するのに3ヶ月もかかったわしであるから、わしののんびりは常軌を逸しているが、「約束を必ず守って何かをする」ということには常に良い所があるので、これらの約束がはたされるまではブログはここの中空のヘンな場所に浮いているであろう。 では、ハニー・ロースティッド・カシューナッツを囓りながら、ぼつぼつと約束をはたしたり、はたすための準備をしたり、はたすのがたいへんでくたびれて午寝をしたりしようと思います。 ごきげんよろしゅう。 待っててね。

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日本語の終わりに(0)—まずは序なんだぞ

一昨日の夜は12℃でたいへん快適であったのに今日はまた22℃という気温に戻ってしまったので、16℃くらいから22℃くらいまでのところにTシャツ一枚でいられる適温があるモニの機嫌はよくても、わしにはちょっと暑い。 いったいいつまでこのクソ夏は続くのだとぶつぶつ言いながら、屋根のあくクルマに乗ってここよりは少しは涼しい菅平に遊びに行きました。 ひとりで行った。 あっ、とーとーモニさんに捨てられたんだ、いえーい、とかと考えて欣喜雀躍してはいかむ。モニは母国を同じくするお友達がやってきたのでお友達と家では「バス」と呼ばれているドデカイクルマで出かけただけです。 モニが一緒に乗っているときは超安全運転だがひとりだと本性が出て坂をえらい加速で上がりながらときどきドリフトさせて遊んだりする。 ぎりぎりのラインを狙ってガードレールのない崖の向こうに落っこちそうになりながら際どいところで立て直して、うまくいったじゃん、けっけっけ、と喜びます。 道祖神のある森の入り口にクルマを駐めて散歩をした。 太陽の母上は相変わらず傲然と輝いているが、ここまで登ってくると空気は乾いていて風が冷たくて気持ちいい。 そんなことをゆっては日本人に失礼だが、いったいわしはこんなところで何をしているのだろう、と考えながら、クリーパーのある小川のほとりに仰向けに寝転んで青空を見上げます。 ロクでもない外国語を中途半端にいくつか憶えたので、頭の中が同時通訳たちがストライキにはいった国連委員会のようである。 日本語とロシア語はなかでも人間の感情を悲劇に導きやすい言葉だと思う。 そのことと両方の国民とも戦争ともなれば兵団がそのまま強姦者の集団となることとなんらかの関係があるだろーかと考えてみたり、やはり両国とも若い芸術家が剥き出しのセックス、しかも禁忌のセックスに傾きやすいことには関連があるかと考えたり、そんなわけはないと自分で自分のおもいつきを軽蔑したり、なんという心地の良い風だろうとあらためて思ったり、人間の心は野放しのままだと、なんて散らばっていて手が付けられないほどアナーキーなのだろうと考えました。 最近は、外国語に興味がなくなってきた。 いくら上手に書こうと思っても限界があるし、「紙やすりの目の立ち方」とでもいうべきものがうまく判らなくて、なんだか使い古したやすりの目みたいに語彙がのっぺらぼうである。たとえば「The Kindly ones」は英語国民がフランス語で書いた小説でしかも試みに成功しているが、乱暴なことをいうとフランス語と英語は似てるし。 まして日本語にはもうひとつ大きな問題があって、この4年間で日本語世界は猛烈にローカル化して田舎になってしまった。 ジェット機しかない時代になっているのに最も有効なプロペラのピッチの可変率を口角に泡を飛ばして論議するヒコーキ技師たちのよーだ、というべきか、錠型か皮革型かどちらの貞操帯がより有効か夢中になって研究している道徳家たちのようであるというべきか、どうゆえばよいか判らないが、どちらにしても浮世離れしてます。 こーゆーと怒るだろうが、もういまの時点で日本語を習得することには何に意味も無い。 スワヒリ語を学習することの十分の一、中国語を学習することの一万分の一も意味がないであろう。 日本人はかつて偉大な「近代文学」を持っていたが、(おもいきっていうが)もう日本語で書かれたものには「文学」と呼びうるほどのものはなくなった。 現代詩は吉増剛造の「オシリス、石の神」が最後の「白鳥の歌」だった。 小説も、これを言うと、すごおおおおく嫌な顔をされそうだが、天人の五衰と共に衰弱して寿命を終えたのである。 しかもわしは岡崎京子や他のいくつかの数の少ない例外を除いて「マンガ」はそれほどすぐれた表現を獲得したとは言えないと思う。 たぶん、あんまり表現の問題を考えた事がない編集者の影響力が強すぎたせいなのではないかと思うが、物語も月並みだし、何よりも表現に痙攣的な「ハッとさせるところ」がない。 アニメも、Spirited Away (また日本語題わすれた) や「トトロ」のジブリを例外として、ダサイにーちゃんやねーちゃんがクラスのなかで目立つ道具にする以上のインパクトをもっていたわけではないと思う。 むかし流行った文化で言うと本質的には欧州におけるアフリカ文化ほどのインパクトをもっているわけではない感じがする。 多分、その理由は、日本の「マンガ」や「アニメ」が常に緊張よりは弛緩を目指しすぎていて、芸術本来の痙攣的な興奮と緊張を与えてくれないからだと思います。 村上隆のように一見マンガアニメカルチャに属しているように見えながら、その実、それを梃子の支点にして世界に回し蹴りをくわえようという試みをする人が現れるのは、マンガやアニメがそれ自体ではのびきったゴムのような精神状態に陥った人間たちに受け入れやすい表現の形式である何よりの証左であると思われる。 漱石はすごいが、いまだに19世紀末から20世紀初頭に全盛期を迎えた作家が「すごい」のはたいへんな問題という見地もある。 実際いまの時点から見返ると荷風よりも漱石のほうが最近のひとであるように見えるし、たとえば大江のような作家は翻訳調を誇張して日本語の完成を拒絶してみせることによってかろうじて表現としての普遍性を獲得したりしなかったりするというまるで植民地文学のような手法をとっている。 日本語の地方語化が急速に進んでしまったとか、日本語の体系から再生産性があっというまに失われてしまったということはいろいろな人があちこちで述べていて自分でもブログやツイッタで何回も何回も述べたことなので飽きちまってやめることにして突然まったく違うケイレツのことを述べると、システムを評価するためにはメタシステムが必要なのである。 つまりひとつのシステムを評価するためにはその外側に場所を見つけてそこに腰掛けてほおづえをついて当該システムをじっと眺めてみるためのベンチが必要なのであって、日本語が衰弱した理由の大きなものは、そのメタシステムを日本人が失ってしまったことにある。 日本語文化は架空な西洋を長い間仮想的なメタシステムとして使用してきたが翻訳文化が単純に誤訳文化、しかもたいへんに恣意的な誤訳に基づいた誤訳文化だということがあまねく知れ渡るようになって以来、日本語世界からはメタシステムが失われてしまった。 いまでも「欧米では」というミソもクソも欧州も合衆国も一緒くたな杜撰な表現は生き残ってはいるようだが、いくら日本でも、いまになってマジメに欧州と合衆国が肩寄せ合っているような摩訶奇怪な世界観をもっているひとはいないだろう。 日本語は正に瀕死だが、メタシステムを意識にのぼらせる努力があればもしかするとまだ生き返る余地があるかもしれない。 もちろんそのためには翻訳というようなものやカタカナは抛擲されねばならないが、閾値を越えれば陰極に向かっていっせいに移動するゾウリムシのような際だった集団変化を示す日本人のことである。 案外と、必要が実感されれば一瞬でやりとげるのとちがうか、と考えます。

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