日本語の終わりに 2


コメント欄に「Kuichi」さんが、むかしの小説家について書いている。
「昔の作家は『書きたいものを書く』という点が徹底していて、それが売れようが売れまいが『わからない人にはわからなくて構わない』という姿勢を貫いているような気がします。」
というのです。
「昔の作家」がほんとうにみな書きたい物を書いていたかどうかは判らないが、むかしの「もの書き」は並の人間には想像もつかない大インテリがなるやくざだった。その伝統には欠陥があったが、いまのような健全な職業人としての作家になってから作品の質は低下したと思います。偶然の暗合か必然か判らないが、そう見える。

世の中に「正しいこと」や「正義」の側に立って何事かを話す「作家」ほど興醒めなものはないが、過去の悪びれてけれんたっぷりの「作家」たち-たとえば太宰治や坂口安吾-が散々つくりもののポーズを売りつけた反動で、日本では、だいたい大江健三郎くらいからいまのようなスタイルになった。
大江健三郎が「価値紊乱者」を自称した石原慎太郎のようなモデルチェンジしてデザインだけが変更された旧式な無頼漢路線の小説家と抱き合わせで登場したことは偶然ではないと思えます。

その背景にはもともと「食えない職業」の代表であった「作家」が60年代から「当たれば食える」職業に変化して70年代を通じては三島由紀夫のようにたいへんな高収入をあげる「純文学作家」が登場するようになったからでしょう。
その経済的地位の変化は戦前の「円本」刊行による第一次の作家の経済的立場の改善より遙かに大きかった。
北杜夫や遠藤周作のような地味な物語作家たちも、副業のようにしてエッセイを書くことによってすさまじい高収入をあげていた。
同世代のサラリーマンの年収の何十倍、という稼ぎかただったようです。

内田百閒や、比較的最近のひとでは山本夏彦は、「作家がまじめに仕事をしていれば、自分の作品を理解している読者の数は300人くらいである」と言っている。
日本にいるあいだに、「300人」という言葉を思い出しながら出版された本と反応を観察していましたが、いまは多分「200人」というくらいではないかとわしは感じます。

ある作家が何かを書いて、それがストレートに伝達される人間が300人もいた、というのは日本文学が幸福な環境にあった証拠で、そもそも、どうしてこんな特殊な言語で世界から隔離されたような言語世界なのに「近代文学」が成立したか、というヒントになる。

抜きんでて才能のある小説家がいたとして、その小説家が書くことをそっくり読み手の精神が理解できる、という幸福なケースが300もあれば、本は10000部売れるでしょう。同じように、経験則は、そうやって読み手に観念の高みが必要とされる本が1万部売れる社会では100万部のベストセラー(たいていは本の中身はゴミに近い内容だとしても)が売れる社会であると教えている。

日本というかつての「本の国」がどうやって出来たか、ヒントになる数だと思います。

批評など書くつもりは全然ないので、日本語とつきあい始めてからオモロイと考えた明治以降の作家をだらだらと並べて見ると、

北村透谷
二葉亭四迷
与謝野晶子
夏目漱石
山村暮鳥
内田百閒
萩原朔太郎
三好達治
谷崎潤一郎
三島由紀夫
西脇順三郎
瀧口修造
鮎川信夫
田村隆一
岩田宏
岡田隆彦
吉増剛造

ちゅうようなところでしょうか。
ひとによっては「詩人が多いなあ」と思うでしょうが、わしは日本の近代文学は詩のほうが散文よりも遙かにすぐれていると思っている。
国民性というような事よりも江戸時代には詩よりも遙かに散文のほうが優勢であったことを考えると、日本の近代が「現代日本語」をつくるのに失敗したことが原因として最大でないかと考えます。

今の世界で普遍的な「文学」と呼べるほどのものをもっている言語のなかで日本語は最も発語しにくい言葉だと思う。
ひとつには煩雑な「敬語」のせいがあるでしょう。

英語という言語はなにしろいまでもバリバリの階級社会をやっている社会で生まれて育った言語なので極度に敬語が発達した言葉です。
大陸欧州語のように人工的な敬語の体系でなくて歴史のなかで形成された厄介極まる敬語表現がたくさんある。
外国人の英語専門家が訊ねても「理由なんてない。こういうときにそういう言い方は失礼だからしないのさ」という表現に満ちている。
だからフランス語やドイツ語のほうが外国人の学習者にとっては遙かに習得しやすい。

それでも「発語しにくい」ということは起こらない。
それは何故かというと、英語は「自分の頭に浮かんだことを思惑なしに言えばいい」言葉だからであって、自分という意味の主語もだから「I」しかない。
社会と自分との関係性に依らないのです。
日本語は主語を選択しなければならない。
ぼく おれ わたし あたし わたくし わっし われ 余…
一人称単数の問題に限らないが日本語のステートメントには必ず社会との間柄における自分の位置を検討して決定してその狭い表現範囲の文脈にしたがって発言しなければならない取り決めがあるので、そもそも発語することがたいへんな作業になってしまう。

教科書的な事柄をここでわざわざ書くのは気が引けるが、英語が「考えた事をそのまま言ってりゃいーのさ」な言語であるのは、英語のかなり急速に発達して確立した成立期にはすでに英語人が絶対神を当たり前だと思っていたからで、王といえどただの人間で同じ地平に立つものだった。

しつこく言い募ると、この「同じ人間」というのは「平等」のような大陸欧州的な考えとはなんの関係もない。
連合王国人は人間が平等であるというような考えをもったことは歴史を通じてないと思います。

こーゆーことを言うと笑われるかもしれないが、わしは、日本語の発語のしにくさは「天皇という人間が神様であった」ことの直截な影響のひとつではないのか、と思う事がある。近代化を遂行するために人間でしかない天皇を神にしてしまった日本の近代の軽薄な過ちは結局言語を通じて日本の社会に呪いのようにいまに生きているのではないだろうか、と思う。

間抜けにも真珠湾への奇襲を許した合衆国の防衛責任者たちは開戦後の激しい責任追及に対して「まさか人間を神様として崇めているような野蛮な連中が近代兵器を操ってハワイにまで攻めてくるとは思わなかった」と抗弁するのを常としていたが、半ば本気で天皇を神様だと考えた日本人のほうでも、ほんとうはあのひと人間なんちゃう? と思うことがあったと思う。

いってみれば成層圏の遙か彼方にあるはずの「絶対」が300mくらいの低空にあったわけで、相対でありながら絶対であったこの「天皇制」は近代日本語にもおおきなマイナスの影響を与えたように見えます。

成立過程において語彙の外にあるような完全な「絶対」をもたなかった日本語は、自分の心に訊いて、それがそのまま発語になるような言語とは異なって、社会的な間柄のなかで間柄の複雑なもたれ合いの力学を調整するための道具として発語する言語になっていった。
その辺りから近代日本語の正常な成立が妨げられて、散文家の苦闘が始まり、詩人たちの日本語が本来もつ定型(音韻上の定型でなく 言葉が本来もつ定型のことです)のサルベージ作業が始まったのですが、この文章はまた長くなりすぎた。

(この記事、まだ続くのよね ははは すげーなげー)

(昼ご飯を食べに行くだよ でわ)

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