佐藤亜紀(@tamanoirorg)さんへの返信

急に話しかけられたと思って振り返ったら、相手に怒鳴りつけられたのでぶっくらこいてしまった。相手が見知らぬ人ならば我が巨大な肉体からはとーてい想像できないわしの100m十秒八の大俊足を駆って逃げるところですが、よくよく顔を見れば知っているひとなので、やむをえずご質問にお答えすることにします。

順々に答える。

わたしが140文字毎に区切りをつけてきみを怒鳴りつけておるのに怒鳴られたほーのきみが勝手に字数の制約がない悲鳴をあげていいのか、というお叱りはあるでしょうが、@tamanoirorgは職業作家であって、冷菜凍死家のわしとは条件が異なるのでそのくらいのハンディキャップは認めてくれなければ困ります。

まず文章の話からしましょう。
わしはいつもはわしだが、これから相手を攻撃するかもしれないという文章において自称が「わし」ではいかにも失礼なので、今回は「私」と呼ぶ事にしたい。
わしが「私」とかというと、むかしからわしを知っているじゅん爺とかは抱腹絶倒してしまうだろうが、やむをえない。
声を殺して嗚咽に似た哄笑でしばし苦しい思いをしてもらうしかありません。

@tamanoirorg の事はどう呼べばいいのだろう?
佐藤さん、というのが最もよさそうですが、具合が悪い事にわしには「佐藤さん」というとても仲が良い年長の女の友達がいるので、呼びかけるたびにそのひとの顔が思い浮かんでしまう。
このひとは昔ブログに書いた、私の一世一代にして生まれて初めての日本語冗談「あそこにあるのなんですか?」「塀です」「へええええー」の、あのひとそのひと、歴史的当事者なので、これから罵倒するかもしれない相手に呼びかける名前としてははなはだ不都合なのです。

亜紀さん、もヘンだし。
やっぱり @tamanoirorg という呼びかたが良いようです。

さっきツイッタで「遊びに行く」とゆってモニと出かけてアイスクリームを買って帰って食べたら「がっかり」は収まりましたが、少しリラックスしたいのでワインを飲みます。
私はワインを飲むと早ければ2本半、遅くても3本半のむとなんだか勝手に愉快になって訳の分からない冗談を言い出しますが、ダイジョーブ、一本飲まないうちに返信を書き終えてしまえるでしょう。
「まず、第二次世界大戦の敗戦以来、日本などという国は外交上の単位として存在していない。精々米国の「堤防」であり、補給基地であり、出撃基地であり、RT @1001_revo_emag: クリントンの巧みな外交で日本は同盟国に衝撃を与えることなく静かに太平洋から退場する事になった。この後5年間に起きる事はだから暫くの円高とその後の急激な円安だと考えられる。トヨタが必ずしも「日本の会社」と呼べなくなる日ももうすぐそこに来ている。そのとき日本はどうするのだろう?」

と @tamanoirorgが突然話しかけて来たのでしたが、そこからもう同意出来ないのです。
1945年から1953年までアメリカ合衆国は「将来に亘って日本を外交単位として機能させない」と固く決心して占領に臨みましたが、結局アメリカは占領意図に完全に失敗してしまった。
まず第一に金融技術的には必要な正常値を遙かに超える、というよりもほぼ非現実的なくらいの過剰投資を日本に対して行ったので、それをうまく戦中に構想した「国家社会主義経済」の器にいれて使った国家社会主義者たちに孤立した経済と放置しておくわけにはいかない巨大な経済をあっというまに作られてしまった。
この辺りの事情は十年に一回は共産主義的全体主義から来るリセットがあるとタカをくくって投資したらあっというまに経済的な成長を中国に遂げられてしまったマヌケないまの欧州と合衆国の姿に通じるところがあり、また日本の共産主義者たちが演じた意思とは正反対の結果を生んだ道化的な物語もありますが、いまは端折ります。

経済というものは @tamanoirorg が感じているような孤立的なものではない。
一国で完結できないものなのです。
日本の指導者たちが明らかに意図して狙ったのもそこでした。
合衆国が@tamanoirorgと同じように「 第二次世界大戦の敗戦以来、日本などという国は外交上の単位として存在していない。精々米国の「堤防」であり、補給基地であり、出撃基地であり」と言い募ってみようとしても、もう日本の経済の巨大な鈎の手はそこいらじゅうの国の肉体に食い込んでしまっていて合衆国の思い通りにはならなくなっていた。
そこから勝手に独り決めの「太平洋戦略」を思い描いていた合衆国のいまの苦悶が始まったのだと思います。

この頃の歴史を見ると日本の指導者たちの殆ど「悪魔的」と言いたくなるような外交の巧さに舌をまきます。

あなたの国の新聞がずっと「いいなり外交」「合衆国の妾」「アメリカの堤防」「アメリカの補給基地」と言い募っていたあいだじゅう合衆国の譲歩を引き出すために
(自分達が経済的に破滅した時の主に共産主義の脅威と絡めた影響を楯にとって)恫喝に恫喝を繰り返していたのですから、その知恵と度胸たるやたいへんなものです。

「そこに住んでいる土民どもが反乱をおこさないように経済的繁栄を与えられただけ。今更退場もへったくれもない。そもそも国家としての主権さえ形ばかりなので、国家としての体を為していないのは当然。RT @1001_revo_emag: クリントンの巧みな外交で日本は同盟国に衝撃を与える//」
とあなたは言うが、こんなに酷い空虚なウソに満ちた文章を私は見た事がない。

あなたが大嫌いな「欧州の人種差別主義者の豚ども」でも、最近はもうちょっと現実風なウソをつく。

まず、ほんの欠片でも「経済」というものへの理解力をもっていれば経済的な繁栄が「「そこに住んでいる土民どもが反乱をおこさないように」(たとえアメリカが南ベトナムに与えたいと願った些細な繁栄であっても)「与えられる」ものかどうかわかる。
南ベトナムにあれほどカネを注ぎ込んでも経済が育つことはなかった。経済をそんなふうに投げ与えることが出来るかどうかというと、答えは簡単、
「そんなことは絶対に出来ない」のです。

正直に言って少なくともアジアでは貴方のような「人種人種人種」「あいつは白人だ!だから、あいつは人種差別主義者の豚だ、あいつはアジア人共通の敵だ」と叫びたがる日本人たちに(鬱陶しいだけなので)早くいなくなってほしいと思っている人間がたくさんいますが、落ち目になったのを良い事に「じゃ、もう消えてもらおう」という訳にいかないのは、日本の巨大な経済はいかにも社会のあちこちに浸透していて、いますぐ突然経済的に破滅されてしまうと、世界中がまったく誇張でもなくアルゼンチンのときどころではない大混乱に陥ってしまうので、やむをえず、なるべく延命してもらいたいと傍から(あなたの言い方で言えば)「お気楽な」意見を次から次に述べているのだと思う。

それでも、日本には、あなたのように、社会的責任をまったく自覚しない、その辺のガキ並の社会意識しかない無責任な知識人がいる事は少しでも日本に興味がある人間なら皆知識として知っている。
だから面倒くさくてもこうやって反論しなければいけないと考えています。

「かつて日本人が一番心配していたことは、アメリカがロシアにこの衝立みたいな土地をくれてやることにしたらどうしよう、だった。今はロシアではなく中国にドナドナされたらどうしよう、だ。で、アメリカがどう決めたところで我々にはそもそも口が挟めない。RT @1001_revo_emag」

というが、そういう階層の「日本人」が「一番心配」していたことなんて、別にアメリカに限らず日本政府にとってもどうでも良かったのだと思う。
そんな心配は「現実政治」というものが判っていればいまの時点では日本の保障について有害でしかない妄想だからです。
妄想で現実の政治政策をつくるわけにはいかない。

アメリカがロシアに日本という「この衝立みたいな土地をくれて」やらなかったのは、さっきも申し上げたようにその「衝立のような土地」に巨大経済が手を施すほどもない速度で出来上がってしまったからなんです。

しかも、いまの世界というものは「 で、アメリカがどう決めたところで我々にはそもそも口が挟めない」というような噴飯ものの骨董品的な18世紀的な世界ではないのです。正直にゆってあなたの世界観は大時代過ぎてとてもついていけない、というよりも(ちょっと失礼すぎる言い方かも知れないが)腹を抱えて笑うことなしには聴いていられない世界観です。

もしあなたの世界観が「真実の政治世界」なら中国と合衆国が等し並みに陥っている窮地とニュージーランドやシンガポールやオーストラリアが「しめた!」と思っている世界などはじめから存在しなかった事になってしまう。
あなたの持っている大袈裟な身振りの国権主義的国家観は過去のものでしかない。いまは「安定していて経済的に繁栄する社会」が絶対の影響力を発揮する世界であって、その基準の判定には直截には国の大きさが関係しないので、小国の発言権が跳躍的に増大しているのです。

なんだか詰まらなくなってきた(すまん)ので説明を思い切り端折ってしまいますが、いま東アジア人の「覇権」を繞って角を突き合わせている日本中国ロシア合衆国なんて、まともで正常な国から見れば「4バカ大将」ですよ。
お互いに国権国家の終焉が理解できなくて、自分達の時代がすでに終わってしまって自分達がもう死んでいるのに、それに気が付かないのでお腹のふくらましっこをしているカエルたちのようにしか私には見えません。

@tamanoirorgさん、あなたが懸命に怒ってみせていることは結局はあなた自身の「日本優越主義」に起因しているのではないでしょうか。
「日本が破滅しようがしまいがおまえたちガイジンには関係ない」というのは、ただの思い上がりですよ。
自分達が自分達の力だけでここまで来たのだという、とんでもない思い上がりがなければ、あなたのような無責任極まりない発言が出てくるわけはない。
あなたに限ったことではないが、日本人の「言論人」にはかっこをつけるためだけのこの手の途方もない無責任さが付いてまわっていて、とてもマジメに聴けやしない。

「そういう事情を無視してああだこうだ非日本人に言われても、そうかいあんたらは幸せでいいね、これからもお幸せにねとしか答えようがない訳だ。」

「非日本人」というところで、そのあまりの古めかしい考え方にふきだしてしまった(ゴメン)が、もう随分長い文章になったので、この続きはまた明日にでもしたいと思います。

では

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5 Responses to 佐藤亜紀(@tamanoirorg)さんへの返信

  1. @taronod says:

    この後の一連のやりとりも見せていただきました。
    自分はガメさんのファンなので佐藤氏の不利にならないよう公平に公平にTLを追っていたつもりですが、まぁなんというかすごいものでしたね。

    片方はキャッチボールをしようとボールを投げているのに、片方はノックマシーンのごとく好きな方向に好きな数だけボールをぶっ放しているというか。
    「おら、千本ノックだ!」と監督は陶酔してるけど選手は疲労困憊故障寸前。ああなるほど「高校野球は選手のことを考えていない。理不尽に過酷な状況で苦労している若者を見て快感に浸っているだけだ」という話はこういうとこかと妙に納得してしまった。日本人は高校野球好きですからね。

    自分の中の歴史的事実を基に否定のための否定を繰り返し相手の言うことには聞く耳持たず。
    結局佐藤氏は

    「外の人間って言うな、とか叫ぶ前に想像していただきたいもんだ。あなたが国籍を有している国が日本と同じような状況に置かれたとして、そこに私が顔を出して、いやあ風前の灯火wwwwと言うところを。@1001_revo_emag」

    と言いたかったのではないでしょうか。これを見たとき彼はナイーブなひとなんだなと感じました。
    自分はまだ佐藤氏のちょうど半分の24歳で若くて(?)バカなんで「日本はもうだめだぜい!」って言われても「マジすかやっべえなぁ」とエヘラエヘラしてられますが佐藤氏には我慢ならないんでしょうね。

    しかし

    「ここをお読みのネイティヴな日本人にもよく聞いておいて欲しい。一度やったことは消えない。植民地支配も、虐殺も。許して貰えたとしても、忘れて貰うことは不可能だ。それが未来へと進むための条件だとしたら、我々は永遠に留まるしかない。かくて未来へと進むことは完全に没義道となる。」
    「ま、進むけどさ。わしら没義道だから。」
    (もぎ‐どう 〔‐ダウ〕 【▽没義道/▽無義道】[名・形動]人の道にはずれてむごいこと。非道なこと。また、そのさま。不人情。)
    この文章の意味がわからない。消えないし許してもらっても忘れてもらうことはできないから未来にはいけない。でも進みますよってチンプンカンプン。相手がいないし自分でかってに論こねくり回して納得してるようにしか見えない。というかかっこつけてるだけ?
    それこそ侵略を受けた国の人に見せたら憤慨どころか噴飯どころか悲しげな目をして力ない笑みを浮かべてしまうように思う。

    「馬脚を表した」「じゃあね。」のあたりは笑ってしまいました。すさまじい言い逃げ!それはあなたでしょう、と。

    佐藤氏が「ブログ見て書いて放り込んだので、当然、会話にはなっていない。@81Q」とつぶやいていたので会話をしていないのは当然だったのですね。それが作法としていいか悪いかは別として。

    と、ここまで書いて佐藤亜紀氏が女性なのだとようやく気づきました。『となり町戦争』の三崎亜記氏とかぶるんだよなぁ。こっちが男性なので。

  2. じゅん爺 says:

    呵呵大笑。主語を選ぶのはむづかしい。ほとんどスタイルを決めてしまうからな。

    「円高のち円安。東京不動さんは買収されるでしょう」っち意見に賛成。

  3. salubri says:

    ガメさん、こんばんは。

    お二人がやりとりしているのを(「やりとり」と言えるかどうか怪しいですが)Twitterで見ていて、とても胸が痛みました。
    私にはガメさんが書いていることの方がしっくり来ます。日本が完全に孤立したものであったり、「滅んでも日本人以外には関係ない」というものであったりする訳がない。佐藤亜紀さんは途中から、ひょっとしたら最初から、自分の中にある痛みしか見えなくなってしまったように思いました。それはきっと彼女がこれまでに受けた、あるいは向けられたと思った憎悪や偏見から来ているのでしょうけど、それにしても…。あれではただの一人相撲です。
    思わぬ方向に曲解されて悪意を浴びせかけられるのは、本当にがっかりするものだと思います。とても悲しかった。「許して下さい」なんて、厚かましくてとても言えないような気がします。彼女の心理もよく分かるような気がしてしまうだけになおさら。

    きょうび人種的偏見や差別や憎悪なんて、日本人が頑固に信じ込んでいるほどにはあふれていない。それはきっとそうなんだと思います。ではなぜ、自分たちの脳内で実際の数百倍にも膨らませてしまうのか? 例えばマスコミや個人が、火のない所に煙を立ててでも生み出して、増幅させて再生産し続けているのではないか? そして私たちはなぜそれを信じたがってしまうのか?
    それはまだ私には分かりません。ただ、日本人同士のやりとりでさえ、一皮むくと憎悪と強烈な被害者意識が顔を出して、いがみ合う方向に行ってしまうのをよく見る気がするのです。ものごとをありのままに見ることがひどく難しいのも、実はそれらで視界が曇っているからかもしれないと思います。
    ひょっとしたら日本人同士ですら、手を取り合うのがとても難しいのかもしれません。

  4. buruu_burakku says:

    佐藤亜紀さんは言葉のキャッチボールを最初から放棄してましたね。まず相手の主張をよく理解するという、議論の基本的姿勢が欠けていたので驚きました。

    twitterで佐藤亜紀さんに何か言おうとしましたが、彼女の言っていることは全体として感情的で暴論に過ぎるのでどこから取っかかっていいか分かりませんでした。2ちゃんやyoutubeで「人種人種」と僻んで罵詈雑言を吐いていた人たちと、本質的にはやってることが同じではないかと思います。

    私は、ガメさんが日本について(厳しい批判も含めて)考えを述べるのも、日本人を同じ人間とみなしているからに他ならないと受け止めています。そうじゃないと説明がつかないから。あまりに明白すぎてわざわざ言うのも変ですが。そしてそれに対して深く感謝しています。

    だから、なぜ「あなたにとってアジア人は魂がない。本当の人間じゃない。」と佐藤さんが考えたのか理解できません。あれは曲解としか言いようがないです。本筋と関係ないところでの非難もいつもどおりで、日本のためにずっと骨を折ってくれたガメさんが気の毒で、申し訳なく思います。

  5. YesNoBuT says:

    ブログ復活ありがとう。どう言葉をかけることができるのか、途方に暮れていました。
    佐藤氏とガメ氏の衝突はお二方の呟きが好きなだけに苦しく、お二人に的外れなコメントを入れるだけで精一杯でした。お二方が互いの「地雷」を踏みつけているように思えます。
    佐藤氏のコメント法は防衛ラインを広めにとって踏み越えたら徹底攻撃後排除で、以前からフォローしている私には見慣れたものですが、対象がガメ氏となると私も同様に攻撃されているようで苦しくなりました。
    このブログの内容と件の呟きに関して佐藤氏個人の評価を除くとガメ氏を支持します。ガメ氏が白人NZ人として「フェア」「人種差別」に関して人一倍敏感であることは常に感じていましたので、特に「人種」差別者としてガメ氏を決めつけた点に佐藤氏の判断根拠にずれがあるのではないかと指摘してみましたが、申し訳ありません私まで攻撃対象となるのは避けたかったので、射程外から一寸つつく程度にとどめています。今後も佐藤氏の呟きを楽しみつつ、折に触れコメントを入れるくらいが私の限界です。
    一方で、議論を無視した佐藤氏のコメント法では無理もないのですが、「日本型知識人」「日本型差別主義者」「日本優越主義者」と佐藤氏を評することを私は受け入れられません。佐藤氏には見当違いと怒られそうですが、私なりの見方を記します。
    このブログのコメント欄に書き込んでいる人は佐藤氏の小説を読んだことはなさそうですが、ガメ氏は読んでおられますよね。佐藤氏の小説が私に与える愉悦は他の日本語小説ではなかなか得られないものです。そして、佐藤氏への日本の文壇、ネットでの評価がいかに偏見と誹謗、誤読に満ちたものか、も調べられていると思います。
    ガメ氏が佐藤氏に「知識人」と呼びかけるとき、批評が正しく機能している西欧社会基準を用いていると理解しています。日本の出版・言論界は目先の商売ばかりに走った結果、見渡す限り知的な瓦礫の野となっています。それでもそこに蛸壺を掘り、少しでも敵と見なす素振りをしたものを徹底的に攻撃排除することで、息をつく領域を確保して作家活動を続けている佐藤氏には、「知識人」というよびかけは揶揄としか受け取り得ないでしょう。小説を内容で評価されず、ジャンルで決めつけられ、書き手が女性であることで無視され、表面的な筋書き、登場人物が美形であることから少女漫画の同類扱いされる。内容に届かない、先験的に差別されることへの憤りが、爆撃コメント群において佐藤氏を支配ているように見えます。そのような佐藤氏が日本を呪詛こそすれ「日本優越主義者」etc.ではあり得ません。
    長くなったのでガメ氏が踏んだ佐藤氏の「地雷」についてはSGのブログにコメントします。

コメントをここに書いてね書いてね

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