Monthly Archives: December 2010

壊れた時間

日本の工業製品の品質が高いものになったのはたかだか1950年代以降のことにすぎない、というのは前にも書いた。古い英語の辞書にはmade-in-japanという単語が載っていて、その意味は「安いが品質が悪いもののこと」であることもそのときに一緒に書いたと思う。なぜこの単語のことを書いたのを憶えているかというと、実はわしが戦前の日本の工業製品の品質がひどいものであったことを知ったのは、この単語の意味を不思議に思って歴史を遡ってみた結果であって、それまではわしも当然のように「昔から日本の工業製品の質は高かった」と誤解していたからです。 笑う人もいるかもしれないが、漠然とそう思っていたのには「零式艦上戦闘機」の影響がおおきい。戦艦のようなものと違って(とゆってもドイツのように4万トン級の戦艦を軽快に運動させるディーゼル機関をつくれたような国は別だが)航空機というのは、材料工学から始まってベアリング、精度の高いQCというような先進的な工業力が必要だからです。 ところが零戦のような航空機も技術者がそれまでの経験から日本の当時の劣悪な工作技術でも飛べるようなデザインにしたから飛んでいたのであって、たとえば三式戦飛燕のような液冷エンジンをつくるとデザインは工作が簡便なので有名なメルセデスのコピーであったにも関わらずもう工作技術が追いつかなくてまともに飛ばなかった。 それからこれへと調べてゆくとスペック的にはカッチョイイ伊号潜水艦も潜航すれば必ず水が漏って慌ててタオルを詰めねばならず、始めに挙げた零戦も編隊が離陸すればたいてい一機は増槽と機体の継ぎ手の部分から燃料の白い糸をひいていた、というような具合だった。 観念的な技術は「西洋」に追いついていても手はついていけていなかったのでした。 それが1950年代を境に見違えるしかない品質になったのは、アメリカ人達のせいだったという。 朝鮮戦争が始まって巨大な兵器工廠が必要になった合衆国は日本にそれを求めた。 増槽タンクのようなものから始めてだんだん精密なものも日本でつくってしまえばよい、ということになった。 だって、あいつら、ついこのあいだまで似たようなもんつくってたわけだしな。 7.7mm以下の銃は弾道性もよかったってゆーやん。 ところがいざ納品になってみると、凄まじい不良品率で頭を抱えてしまった。 こんな部品で戦争させられたら、うっとこのヘータイはみんな事故死してまうがな、というすごさだった。 やることが粗っぽくて、投げやりなのです。 このときに合衆国人たちに雇われた連合王国人たちが工場を視察して発見したのは日本人の作業のスピードがベラボーに早いことで、連合王国の工員がジーコジーコウイーンウイーントントンとゆって作る部品をジコジコホイチョイジコジコホイチョイという調子でつくってしまう。連合王国人が5つつくるあいだに8こつくる。 でも連合王国人の5個が全部動くのに日本のひとがつくったのは3つ壊れている。 「それではダメだ」というのが合衆国人たちと連合王国人たちの教育の内容で、具体的には「もっとゆっくりつくらないとダメだよ」ということでした。 日本のひとは「やりかた」はもう知っていたが、そのやりかたでものをつくるのに、どのくらいの時間をかけるのが適当か、ということを知らなかった。 成田エクスプレスに東京駅から乗るとき、目の前で新宿から来た車両と池袋から来た車両が連結されるところでした。 見ているとおもしろい。 ぷおおおお、とタイの象さんが仲間に警告するときの鳴き声をもうちょっと硬くして大きくしたような警笛をひびかせて、まず、ぐっと近づきます。 そこで止まる。しばらく、じっとしてます。 そこから、ゆうううううくりゆうううううくりセンチ刻みで相手との距離をつめていってガチンと連結する。 そのゆっくりさが人間の普通の感覚よりももう少しゆっくりなせいで作業をしている人達が大きな集中力を獲得できているのが見ていてわかる。 運転士は息をつめて運転しているかもしれません。 わしは、笑ってはいかむ、その作業と作業のあいまの異常なくらい長い「間合い」に文明を感じました。 しかもそれは紛うかたない「技術文明」の産物である。 日本が140年の猛勉強のはてに獲得した技術文明がすんなり稼働するための「時間」を獲得したのだと大げさなことを考えました。 ものをつくるには、あるいは技術的な作業を行うのには作業の内容に依存した「最適な時間の流れ」というものがあって、それは案外ひとによって違ったりしないものだ、というのは実は比較的よく知られていることなのかもしれません。 文明の悪の象徴のように言われる大量生産の流れ作業のコンベアの速度などについてさまざまな論考を遊び半分で眺めていると、わしなどは逆に、個人差というものの意外なくらいの小ささに打たれてしまう。 作業の持続時間にはおおきな個人差があっても作業に最適な時間に関しては大半のひとがもともと似た時間になっている。 自分が子供の頃からものをつくったりするときのことを考えても、プラモデルの組み立てにしろ、塗装にしろ、あるいは犬小屋の建築にしろ、物置小屋のペンキ塗りにしろ、まるで誂えたように「最適時間」というものがあって、その時間の定型にうまく「乗る」と作業が不思議なくらいうまくいくもののように思い出される。 そりゃ、きみがいいたい時間と作業の時間の関係はいいかげんもう判ったけど、いったい何がいいたいの? と、きみはいうであろう。 うふふ。 言いたいことは、ここからヘンなほうに行ってしまうんだけどね。 まあ、聞いてくれたまえ。 わしは他人のツイッタを眺めているのが好きなので、よく全然関係のないひとのツイッタを眺めます。 ねむいー、とかはらへったー、とか。 英語のツイッタは殆ど大勢でやってきたパブで言い交わす冗談を文にしてオモロイ冗談をゆって笑かしてやろう、ちゅうようなのが参加するひとも増えていちばん盛り上がるパターンである。 日本語のは、もっとマジメなのが多くて、いちばん盛り上がるのは唱道者がいてそれに人がぞろぞろ付いて歩くようなのが人気があるよーだ。 … Continue reading

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もうすぐ一年が終わる

世の中に二日酔いの朝のベジマイトトーストほどうまいものはない。 しみじみ、うめーだ。 いつものごとく台所までよろめきながら歩いて行って妹に「そんなに飲むなんてバカなんじゃない?」と冷笑されながら、じっとジャグでお湯を沸かし、トーストを焼いて寝室までもってゆかねばならないかと思ったら、妹がゆわれもせんのに焼いてベッドまでもってきてくれたのであった。 すっかり動揺してしまった。 どーしたんだ、あいつ。 ボーイフレンドに振られたのだろーか。 なんか思いつきで理屈だけもっともらしい投資をして大金をすったのだろーか。 孰れにしても妹が失敗するのはめでたいことである、と考えながら、しみじみおいしいベジマイトトーストをかみしめたのでした。 マジで、うまかった。 モニははやく起きて居間でかーちゃんと話しているよーだ。 遠くから笑い声がきこえておる。 日本と同じことで、ニュージーランド人も一年の終わりにはよくその年を ふりかえって話をする。 「今年いちばん失敗した整形手術をうけた芸能人10人」 とか、 「今年もっともバカな失言をした有名人10人」 とかだのい。 日本と違うのはほとんどの場合、話が英語世界全体に及んでいて自国に限ることはない。 パメラ・アンダーソンもナタリー・ポートマンも、まるで自国人であるかのごとき扱いです。 クライストチャーチ人にとっての今年最大の話題は、「地震」であって、大きさでいうと「神戸大震災」や「ハイチ大地震」とちょうど同じでした。 「世界一地震に強いデザインの建物」とニュージーランドの建築家たちはことあるごとに自慢してきて、えらそーに胸をそっくりかえらせてフンフンしていたのであるが、蓋をあけてみるとフンフンがほんとだったので皆驚いた。 崩壊したのは建築家たちが地震の前から「こことここは絶対に崩壊するから補修をいそぐべきだ」と指摘していた1920年代以前の煉瓦造りの建物ばかりで、あとは崩れなかった。 フェンダルトンという町にあるかーちゃんの家も、同じ近所にあるモニとわしの「ChChの家」も地震のときに当然ひとが見に行ってくれたが、内部の壁のひび割れひとつなかった。 あれだけの大地震で人間がひとりも死ななかったのは、すごいことで、建築家のみなさんは自分達の仕事がいかに素晴らしかったかが証明されてフンフンがいよいよエビぞりになって歩いているが、しばらくは誰も文句をいわないだろう、と思います。 地面がやわらかいところに立っている家はしかし、無傷、というわけにはいかなかった。 外から見た限りでは変わりなく立っているがなかは梁がおれかかっていたり、柱がゆがんでいたり、壁に大きな亀裂が走っていたりする。 カウンシルが緊急な順に補修工事をしている。 通りも、古い、主に商店に使われている、補修の必要が指摘されていた建物は地震でつぶれてしまったのでたとえばマンチェスター通りはいまでも封鎖されている。 シドナム、というクライストチャーチでもいちばん古い商店街のひとつである街は殆どの建物が地震で危険な状態になったので営業停止命令を受けてかき入れ時のクリスマスも廃墟のようであった。 今年という年は、いままでの人生で最も忘れたい一年だった、とクライストチャーチ人はいう。 不景気、地震、政府の経済政策の失敗(政府主導のファイナンシャルハブにしようとして失敗した)があわさってやってきたので、てーへんだった。 3000回を越える余震のいくつかはおおきくて、つい昨日も大きな余震でオクスフォードテラスからみっつ向こうの通り(クライストチャーチの中心街)まで封鎖された。 崩れかけていた壁が余震でおちたりしたからでした。 スーパーマーケットもいくつかは棚の瓶がおちて割れたりしたので閉鎖されておった。 モニとわしも「今年いちねん、どんな年でしたか?」とカンタベリー友達にあちこちで訊かれたが、「日本に半年いてただもうひたすら暑かった」という以外には何もない年だった。 第一、ふりかえってみると、今年の最終遠征に限らず、いままで5年間に11回も日本にいったということそのものが、そもそも夢で、ほんとうはずっとニュージーランドや連合王国にいて、かーちゃんや妹やモニと、ウルの匂いのする生活をしていたよーな気がする。 エイクマン通りのバーで友達たちと酒をのんで遊んだ帰り道、星が雲間からたくさんのぞいている空を眺めながら「ガメとわたしはラッキーだな」という。 そーだのい、とわし。 今年いちねんで、また少しモニのことがわかるようになった。 モニにとっては、無論本人はいわないが、日本に6ヶ月も滞在することは大試練で、食べ物もあわず、日本の街も人間もなじめずで、たいへんだったのはわしにはよく判っている。 … Continue reading

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トザイケーザイ_2

日本にいるあいだ「日本の国内市場での『円』て効率が悪い通貨なんちゃうか」とヘンなことを考えた事があります。 鞘をへつられ ぴんを削がれ というが、どうも50円のことをするのに100円はかかるような気がする。 物価が高いんだから、あたりまでしょう、という人が当然いるだろうが、ちょっとまっておくんなまし、そーゆーことではないのです。 オカネがスカな感じ、というか、そういう話をしたいのだ。 ついでに書いておくと、あの有名な「都市別物価高ワースト10」ちゅうのは、どういうインデクスの取り方をしているかというとたとえば某イギリス版は「連合王国のビジネスマンが一日の生活でオカネを使うことを各都市にあてはめて比較」してつくる。 朝食は、ポーチドエッグとベーコンとトーストとフレッシュジュースにコーヒーどすな。 卵料理のところはオムレツやめん玉焼きのこともあるだろうが、小異はあれども大同は動かぬ。 マンハッタンなら安ければ5ドルでこの朝食は食べられる。 5ドルの奴だどベーコンがほんとうは段ボール紙なのではないかという味ではあるが、北京の肉まんと違って一応豚肉です。 ではこれを東京で食べるとどうなるかというと、どうなるかもなにも食べるとこないやん。 高級ホテルなら、あります。 安くて2500円、普通3000円、高ければ4000円ですのい。 極端にいうと、だから日本での「朝食コスト」は3000円、ということになる。 夜も調査対象メニューがビーフステーキとかなので、これも東京では200グラムくらいでも、嫌がらせでやっとるのか、というような値段である。 コーヒーに至っては、もともとは殺意を抱きたくなるような価格であった。 だから「東京の物価」というのは、すげー高い、ということになっているが、日本のひとはわかると思うが真実をぜんぜん反映してないよね、あれ。 現実の東京人は、朝食を「小諸そば」で食べたりする。 300円、とかだな。食べたことがないからほんとうはよくわからんが。 わしが大好きな、ゆで卵と不思議な味のコーヒーと、あのオモロイ謎の分厚いトーストのクラシック「モーニングサービス」もあるしな。 あの「モーニングサービス」はカッコイイ。 わしは大好きです。 シブイ、と思う。 夕飯だって、とんかつなら1000円でしょう。 「とんかつ」が調査項目対象になっていないだけのことです。 だから東京の物価などはリストでゆわれる物価の半分も実勢がないと思われる。 家賃、とかが、ぶわか高いので「ほんとうは調査よりも物価が安い」と言い切れないところもあるが、こっちはこの記事の本題に関係があります。 オカネにも若いオカネと年取ったオカネがある、と「トザイケーザイ」でちょっと書いた。 若いオカネはたとえばシンガポールのオーチャードロードに行けば大量に消費物資と交換されているオカネであって、あの国ではオカネをもっているのが若年層なのでオカネは使うためにある。 わしのシンガポールの友人たち(20代後半)も見ていて気持ちよいくらい使います。 A某は、迎えに来るクルマが4年前はカローラだったが先月会ったときはメルセデスのSクラスだった。 「オダイジンでねーか」とゆって冷やかすと日本のひとそっくりの照れ笑いを浮かべながら「ARF(登録料)が100%に下がったからね」という。 シンガポールではクルマは日本のだいたい5倍くらいの値段だったが、最近は3倍くらいになった。だから、たくさん売れている。 モールに行けば、買い物袋をいっぱいぶらさげた若いカップルが買い物にくたびれはててカフェでコーヒーを飲んでいる。 午後3時という中途半端な時間なのに、去年できたカッチョイイ流行最先端レストラン街にある「大戸屋」(^^)も満員です。 「若いオカネ」は社会を豊かにする。 理屈は簡単で、若い人間たちが購入するものは社会の生産性獲得に結びつきやすいものが多いからであるに決まってる。 いちいち例を挙げる必要はないと思うが、それに較べて「年取ったオカネ」は社会を後ろ向きに引っ張ってゆく。 いまのつくられた「昭和ブーム」がその典型だが、年寄りのノスタルジアは自己満足で完結するだけなので、どちらかというと社会の足をひっぱる方向にしか使われない。 わしは、日本にいるあいだ、統計から眼を離して、インデクスも見るのもやめて、若いひとびとと話してみると日本の衰退は社会全体で常識だと信じ込んでいる「あと払い方式」にあると強く感じました。 年金も、そういう見方をすれば20歳になった人間に「45年経てばよいことがあるからね」とゆわれているだけであって、しかも、言ってしまえば、いまの日本の財務状況と産業構造という「大きな絵」や、政府の失敗に失敗を重ねてカネをすりまくっている年金積み立て金の運用を見てもなおかつ、ほんとうに45年たって積み立てたカネが(年金としての利得はもちろん)元金として戻ってくる、と信じるひとはいないでしょう。 … Continue reading

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R18

外国人が日本に来てぶっとぶものはいろいろあるが、「酒の自動販売機」もそのひとつです。 ビールの自動販売機を指さして、日本のお友達に「これて、まさか、ほんとうのビールじゃないよね」とか、途方もなくマヌケな質問をしたりする。 どこの世界にパチモンのビールを 10いくつもずらずらと並べた自動販売機があんねん、と日本人であるきみは思うが、国際親善は忍耐だからな、と思い直して、「本物のビールでんねん」という。 外国人のにーちゃんは、「ほたらガキが買えてまうやん」と、当たり前のことをゆって不思議がるであろう。 きみは、いや、ガキは法律があるから買えないんだよ、と一応答えるがメンドクサイので話題をアニメの金田一探偵に変えることを試みたりする。 あれ、欧州でも人気あるからな。 酒の自動販売機、というような存在には外国人、たとえば英語人と、日本人の考え方の根本的な相違がよく出ている。 日本人はビールが道端で年齢チェックなしに売られていても「法律で20歳以下はアルコール飲料は買えません」と書いてあるからOKであって、ガキのくせに法律を破って買う奴が悪い、と考え、英語人は、そんな気休めみたいなスティッカー貼ったって、これ見よがしに酒を道端に誰でも買える状態に放置してたらガキが群がって買うに決まってるやん、と考える。 実効性のないお題目唱えたって、しゃあないんちゃう?と思う。 もしかすると内心では、そんな「泥棒さんは私の家にはいってはいけません」と玄関に貼り札をしてあるから鍵なんかかけなくてもダイジョーブちゅうのと同じ類の理屈をおおまじめに唱える日本人て、アホなんちゃうか、と思っているかもしれません。 逆に日本人は、決まりがあるんだから、それでええやん、それ以上の心配をしなくてはならんなんて、おまえらの社会は下品なのではないか、と考えていそーである。 10歳くらいの頑是無いガキがいる英語人の家庭にいると、母親がダイニングテーブルで客人ときゃあきゃあと話に興じながら、しかし、ときどき隣のラウンジにさりげなくたっていって、カウチに座ったり寝っ転がったりしながら口を開けてときどきヨダレを垂らしたりしながらテレビを観ているガキがどんな番組を観ているかチェックしにゆくことにきみは気が付くであろう。 もどってきて「この時間帯は3チャンネルのXXXXはPGだから」ちゅうふうなことを言います。 もっと話に夢中になって時間が8時とかになると、「R18の時間帯だからテレビ観るのやめさせて、もう寝させないと」とゆって立ち上がるかもしれもはん。 ふつーの母親は、番組のレーティングが頭にはいっていて、どれが親が付き添っていれば子供が観てもよいことになっているPGにレーティングされているか憶えている。 少なくともニュージーランドでは、普通の家庭ではレーティングはそうやって厳格に守られている。 仮にレーティングを厳格に守らない親がいる家庭を訪問した客が子供が登場人物があらっぽい言葉を使ったりするような番組を観ていたりするのを目撃すると、「あそこの親はヘンだ」ということになって客が寄りつかなくなるであろう。 子供を保護するためにお役人が調査に乗り込んでくるかもしれません。 むろんゲームも同じである。 Far Cry 3がオモロイからとゆって高校生のガキにクリスマスプレゼントとしてあげた日には、お出入り禁止になるであろう。 あのゲームはR18だからです。 英語世界ではオトナのヘンテコでエグイ性的需要や暴力的なものを観てすかっとする下品な欲求の充足で利益をあげる感情消費市場からガキどもを引き離して、ガキが裸のおばちゃんが刺青だらけのおっちゃんに馬乗りになられて無茶苦茶にいじめられているのに次のシーンではおっちゃんをうっとりした眼でみあげてやさしくキスしているような訳のわからんものを見せられて混乱のあまりヒキツケを起こしたりしないようにヘンタイおとなとガキを分離するように仕組みがつくってある。 その結果たとえば5歳のガキが見ている世界は空にはサンタがそりに乗って飛び、太陽の母上は万人をやさしく照らし、オトナは自分をあたたかく受け入れてくれる、というオトナが聞いたら「アホか、おまえは」と思うような世界であって、しかしその幻想がその段階で確固として与えられないとそのガキの一生は苦労に苦労を重ねて克服しなければならない障碍に満ちたものになるのがわかりきっているから、無理でもそういう世界のみをみさせることになっている。 初めは薔薇色の元始人間が太陽であった頃の世界をすりこんでおいてから、12歳14歳16歳とガキの魂が打たれ強くなってゆくにつれて、世界と自分のデタラメさにつてい学習させてゆく、というシステムになっている。 「分割して統治せよ」というのは全然違う意味だが、ガキとガキオトナとオトナを完全に分離することによってなんとか世界を壊れてしまわないように維持しよう、という方針なのです。 で、このシステムでこともなく粛々と英語世界が平和に進行しているかというと、それはそんなことがあるわけはない。 ずっとむかしCarmageddonというゲームの、結局ミリオンセラーになったシリーズがあって、このゲームはハンドルの後ろにプレーヤーが座ってクルマで舗道を歩いている人間や横断歩道を渡っているひとをはね狂う、というゲームだったが、これは連合王国とドイツではあっさり発売で禁止になった。国家が禁止したわけではありません。レーティングがとれなかったからで、レーティングのないビデオやゲームは流通にのれないので売りようがない。 結局、人間をゾンビとロボットに差し替えて発売することになった。 それでもたしか18+だったと思います。 ところがオーストラリアとニュージーランドでは無修正でずっと売っていたのであって、怒り狂った親に押された議員が国会質問して侃々諤々という四字熟語そのままの議論になった。 で、どうなったかというと、ははは、おぼえてねーんだよ、わしは。 たしかMA15+とかで、そのままほうっぽらかしで売っていたと思うが、わしは15歳だかなんだかで買ってもよい年齢だったが、そもそもあんまり興味がないタイプのゲームだったからな。買わなかった。 したがってニュースにも興味がなかったので、そのまま事情がわからなくなってしまった。 ゲームの世界では発売国のレーティング基準に従って、同じゲームでも血がどばっと出るやつもあれば全然血が出ないのもある。あるいはエグイ場面そのものがばっさりカットされている場合もある。 まさか条例や法律で禁止するわけにはいかないので、レーティングの仕組みを使って、開発者とレーティング団体が話し合って、というよりも実態は罵りあって、どういう形なら世間に受け入れてもらえるか決めてから販売します。 幼児ポルノなどは、その公開をやめさせることに緊急性があるので警察が所管する刑事事件の世界に属するのでまた話が別です。 たとえば12歳の女の子が性行為の対象になっているような写真を所持していれば、お巡りのおっちゃんががかなりの部分個人的な怒りにも駆られてぶっとんできて、手錠でひきたてて、刑務所に迅速にぶちこまれる。 … Continue reading

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刺青(しせい)

おばちゃんは、なんとなくアメリカ人風である。 声が大きくて、ちょっとチャビイちゃんであって、おおらかです。 「で、あんたたち、どこの町がいいと思ってるの?」 決めてねっすけど、とわし。 まだこの辺はよくわかんねーので、うろうろしてみよーと思ってるとこ。 街のほうはトゥラックに決めたんすけどね。 おばちゃんは、自分はアパートをウォーターフロントにもっていること、週末になると娘と孫に会いに自分の町からクルマで一時間半のメルボルンまででかけていって、そのアパートに泊まることなどを述べて、この郊外とメルボルン市中の家とを組み合わせるのはよいことであると思う、というようなことをゆった。 それから、ちょっと考えて、「タトゥー・パーラーがある町はよくないのよ。止めなさい」という。 ここより、ひとつメルボルンよりの街にはタトゥー・パーラーがあったのを思い出して、じゃ、あそこはよくねえーでしょうか、と訊くと、うなずいておる。 ふーむ、と思います。 興味深いことである。 オーストラリアではタトゥーのイメージがびみょーにニュージーランドよりも、もう少し悪いようだ。 ニュージーランドでも、刺青をいれるパーラーは無論「良い所」というイメージではないが、町の善し悪しの指標にはなりもはん。 マオリは刺青のひとびとです。 顔にも一面に刺青をするひとがいる。 女のひとでもそーです。 ニュージーランド人は、電話に出るのでも、ふつーに「キオラ!」とゆって出る。 もともと連合王国から来たひとびとも、ハロー、に退屈するとキオラっておる。 日本のひとと話しているとコーカシアン・オーストラリア人とアボリジニの関係とコーカシアン・ニュージーランド人+マオリ人の関係がごっちゃになっていてるよーであったが、マオリ文化は歴然とニュージーランド文化の大きな部分を占めている。 マオリに対する待遇がよすぎる、というオモロイ怒りの抗議がよくアメリカ合衆国政府からやってくる。 おまえらが、マオリ人との共同統治とかいうから、わしらがネイティブアメリカ人との交渉に苦労するやん、という。 知るかよ、そんなの。 マオリ文化では刺青は文化の精髄、聖なる芸術なので、刺青に誇りこそもて、悪いイメージなどぜんぜんありません。 そーゆーわけでパケハ(マオリ語で白人のことですのい)も、ニュージーランドでは他の国よりもさらに刺青に対する抵抗感が少ないのだと思われる。 パケハでも7、8歳で胸や腰にタトゥーをいれている女の子も多い。 わしくらいの年齢(20代後半)のひとだと、体中タトゥーというひとはごろごろいます。わしのジム友達には、チン○ンにタトゥーしてるやつまでおるからな。 いくらなんでも下品であるから具体的に詳述しないが、なかなかオモロイ刺青ではあって、週末にいっぺえやって、その辺で拾ったハクイにーちゃんと一発やるべ、ということに決めて、あのにーちゃんとベッドをともにしたねーちゃんは、なかなか遊べたことと思います。 ひっぱったり弾いたりして楽しんだことであろう。 いつか背中に桜吹雪のイギリス人にーちゃんとプーケのプールサイドで話したことがある。にーちゃんは、この総天然色テクニカラーの桜吹雪と風神の彫り物のためにコーベに行ったのだった。 そう。神戸。 有名なバスケットボール選手コービー・ブライアントの名前は、あのとーちゃんが息子がカネをいっぱい稼いで一家で自分が大好きな「神戸ビーフ」を毎日腹一杯食べられるように、と願ってつけた名前だが、ここでは関係がないよーだ。 このにーちゃんが、日本の温泉が楽しかった話しをするので、ふと気づいて、「日本て、『入れ墨のひとお断り』なんちゃうの? どうやって、あんたはんは入りなすった?」と訊くと、これはタトゥーであって入れ墨ちゃうぞ、とゆって入った、という。 OKだったそーだ。 ううううーむ。なんてオモロイ、とわしは感心してしまいました。 考えてみるとマオリ人の部族での地位が高いカップルなどは日本では生活に不便を極める。顔中にいっぱい刺青いれてるからな。 スーパー銭湯にもスーパーじゃない銭湯にも、夏の釜ゆでにあってもプールにも、行かれひんではないか。 でもそこで文化的差異ということを意識して、これは刺青ではない、よく目を見開いてみんかい、マオリ人の聖なる文化Ta Mokoやぞ、ボケ、と言うも可なり。 現実には日本にはマオリ人のカップルはたった一組しか住んでいないので、そーゆーことが問題になったというのは聞いたことがないが、たとえば西洋人のタトゥーについてであっても、そのうちにはこめかみのピアスを怒りにプルプル震わせたパケハにーちゃんの誰かが「文化差別だろーがボケ」と言い出すやも知れむ。 その場合、日本側の「とーんでもない。刺青してる人=マフィアでっせ。そんなもん許可したら、うっとこのお風呂、やーさんだらけになってしまいますがな」という予測される言い訳は通用するかしら。 … Continue reading

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トザイケーザイ

世界中のメディアで最も経済についての報道が少ないのは日本のメディアであると思う。 まるで破滅へのカウントダウンにはいっているような財政と産業構造の改革に失敗して蟻地獄のような縮小過程を繰り返している経済を抱えている国が経済について考えるのをやめてしまったように見えることに興味があった。 義理叔父に訊いてみると、もう考えたくない、ということなのだろうな、ということだったが、たとえば膠質の癌は発見されても痛くもなければたいした症状はなくても、ほうっておけばある日には必ず死をもたらす。 死ぬくらいのことはたいしたことではない、という立場も当然あるのだろうが、それはしかし謂わば利己的に自分を納得させ救済するためにとられる立場であって、まともなオトナが他人に向かっていうことではない。 死ぬくらいのことはたいしたことではない、というのは、まだ健全なひとびとに向かって自分がひとりが死んでゆくときのみ正当性がある発言なのだと思います。 日本という国は、まさに死にかけている。 かつての繁栄でつみあげた富は右肩上がりの経済を前提した年功序列制度と、皮肉なことには、日本人があらゆる人間の能力的平等という不思議な思想に基づいて築きあげた社会保障制度によって柔軟な再分配を阻まれたまま、どんどん食いつぶされて、いまでは底をつきつつある。 これまで日本人が自分達の社会を考える時に当然の前提であると考えてきて、いまでも根拠はなくなったが漠然と状況が変わっていないように思いなしている「社会が活動すれば自動的にうまれてくる富」が、すでに存在しなくなっているのに、まだそのことが実感されないまま予算を組み、あれが欲しい、これが欲しい、とあちこちから手を出して、すでに借金してきた結果としてのみそこにある金を誰も彼もが当座の用だ、と言っては攫っていってしまう。 いますぐにでも解決に手をつけなければならない問題はいくらもある。 たとえば、いま一兆円なら一兆円という社会の「富」がここにあるとして、社会を一瞥すれば誰にでもわかる日本の大きな問題は、この一兆円の多くが60歳以上の手に握られていることです。 国は死にかけていても、60歳以上の人間達は世界で最も豊かな層である。 数字的な平均であるより、社会のなかの印象をつくっている、こうしたひとびとの典型的は、すでに住宅ローンの支払いを終えた住居をもち、月に30万円を越える企業年金を受け、時間と金と長年の個人間競争を支えてきていまでも有り余る活動力をもてあましている。 わしの日本人の知り合いは、今年から会社を日本からニュージーランドに移動させることにして、ようやっとビジネス・ビザを取得したが、さまざまな準備を終えて、いざニュージーランドに行こうとすると本人を運ぶ航空券が全然買えなかった。 1月も2月もいっぱいで、キャセイ航空も日本航空もシンガポール航空もニュージーランド航空もカンタスも大韓航空も全部、満席。 このひとが調べてみると、所謂「団塊世代」にニュージーランドは人気があって、このひとびとが退職するにつれてニュージーランドに大挙して観光に押し寄せることになったからのもののようでした。 「去年まで、こんなこと、なかったのに」という。 いったい、あのひとたちは、どこまでおれの人生に祟るんだろう、というので笑ってしまった。 あるいは、日本にいた頃モニとわしが銀座の少しは気の利いたレストランにでかけると、そこで見るものは見渡す限りの60歳代以上のひとたちで、他の国ならば30歳代のカップルが最もたくさんいそうなそのレストランに、やや異様な雰囲気をつくっていたりした。 当時のわしの観察によれば、ひとりあたりの支払いが二万円を超えるレストランになると、六本木や青山、という街の柄を問わず、60歳以上の客が多くなるようでした。 モニとわしが「山の家」と呼んでときどき出かけていた長野県の軽井沢という小さな町にある夏の別荘地も、若い人はほとんどが日帰りでアウトレットにやってくるひとびとでホテルや「別荘」に夜をこえて過ごすのは、やはりここでも60歳以上のひとたちしかいなかった。 軽井沢という町のもともとの性格を考えると、多分、他の国ならば30歳代と40歳代がもっとも目に付くはずのところだと思います。 社会全体が仕事をする人間に対して支払いを遅らせる傾向があるので、人間の活動が最も盛んなときに使えるお金がないのだ、というのがわしの、30歳代の日本人友達たちの説明であった。 「ほんなら、若いひとにもっと給料払えばええんちゃうの?」と、わしが言うと、 「そう簡単にいかないんだよ」という。 この「原因は分かっているけど解決するわけにはいかないんだよ」という不思議な反応は、日本のほぼあらゆる問題について見られた反応で、わしはいまだによく理由が分かりません。 わしは「判っているなら変えればええんちゃう?」と単純に思うが、そうはゆかない、なんだか「呪い」のようなものが社会全体にかかっているものであるらしい。 わしは28歳になるが、仮にわしが日本人であるとして、しかも何らかの奇跡によって「仕事」とかをやる気が起きたとして、どこかの会社でばりばりばりと働くべか、と思ったとすると、たとえばコンピュータ関連の研究職だとして、年収は800万円です、とかゆわれるとキレると思います。 きみはわしをなめとるのか。 どうしても、なめるにしても、そんなヘンなところなめないでね、と思うだろう。 28歳などという年齢は現代の仕事世界にあっては活動力と能力のピークであって、であるから当然、収入もピークでなければヘンじゃん、と考える。 もしかしたら40歳過ぎても同じ能力を発揮するかもしれないし、そういうひともいるのはいるが、だいたいは40歳くらいになれば技術的にやってみたかったことはやってしまっているので関心は家族や「人生」みたいなものに移行してしまっていて、会社で過ごす時間は短くしたい、あるいは、やめちまってもいいよね、と思っている年齢であるほうが普通である。 それに比して28歳はまだ疾風怒濤でやりたいことがたくさんあって、会社から家に帰りたくねーよ、というほうが正常であるくらい人生なんかよりも仕事のほうが楽しいのが普通の年齢です。 えっ?おまえ仕事してへんやん、って? わしは根っから出来が悪いので遊ぶほうが仕事よりも楽しいのじゃ、ほっといてくれ。 40歳くらいまで頑張れば、50歳すぎてからいっぱい給料あげるから、というのは、理屈として完全に根拠不明である。 わけわからんやん、そんなん。 日本の軍隊は戦死しないと絶対に褒めてももらえず勲章も出ないので有名な軍隊だったが、なんかそーゆー文化的なことがあるのかしら。 どことなく、いまは日陰者としてお妾さんでいてもらうしかないが、十年、床で尽くしてくれれば正妻にも出来るから、ちゅうふうにゆわれているみたいでもあって、淫靡で因業な感じがする。 不健全である。 インチキっぽい響きがある。 … Continue reading

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日本誌2

日本にいたあいだのことを思い出してみると、「なんだかよく判らなかった」という印象だけが残っている。 判らないことがたくさんありすぎて印象として、ぼんやりしている、というか、非現実的な感じがする。 毎日の生活で会う人は底が抜けているほど皆親切で、そのことはいつでも何度でも特筆しておいてよい。 ところがインターネットで経験したことをもとに考えると極めて巧妙な中傷を集団で、それも阿吽の呼吸で行うひとびとであって、日本人の友達には、「あの嫌らしい連中とガメが普段あうひとたちは実は同じ人なんだよ」と恐ろしいことをいうひともいた。 英語の世界にも無論人格が低劣なバカはいくらもいるが、これらは見るからにバカであって、口元まで見た目にしてからが下卑ておるので視覚的に明瞭です。 そばに寄ってきそうになったら、「しっ、しっ」とゆって向こうへ追いやってしまえばよい。 ところが日本ではいちようにしたり顔でものをいうこのひとたちは日本社会の体質にあっていて支持されるから厄介である。 捕鯨の話題のときでも、誰がどう考えても唖然とするくらいひどい日本社会の女びとたちの扱いの話題のときでも、正面から物事を論じる、ということはまったくしないので、暫くしてから、まったく違う方向から中傷する。 しかも犯罪にだけは頭がまわってまともなことは何ひとつちゃんとやれない犯罪者の類型そのままにインターネット上の中傷ということになると中傷に熱中して過ごす人の円熟の味わい、といいたいほどの腕のさえをみせる。 「他人を陥れることにだけ才能を見せる」という社会的敗者の定義そのままである。 あるいは、見るからに人間性が低劣で、やり方が汚いので相手にしないでいると「逃げた」といってはしゃぎたてる。 「はてな」とか「2ch」とかは日本人の悪意が建立した記念碑的なコミュニティであってインターネットに日本人の悪意が刻んだ刻印のようなものに見えました。 最後のほうにはなんだかよくわからないショーセツカのひとが「おまえは人種差別主義者だろう」とゆって出てきて、このひとは正面から話す気持ちがあるだけまともなひとだったが、お話の内容はボーゼンとするような無茶苦茶な理屈に基づいていて、モンティパイソンをシリアスなドラマと考えて全巻みてしまったひとのようであった。 途中、唖然とするようなこともいくつもあって、このショーセツカが「子供たち」とかという薄気味の悪い言葉で呼んでいるという取り巻きの一党がやってきて「知識人、という言葉を使うなんてアホの証拠である」という。 聞いていて「知識人」という言葉が自分では知識や見識があるつもりのひとびとの冷笑の対象でしかない社会の惨めさを思って、わしは心から気の毒である、と考えた。 社会というものは落ちぶれてくると、その構成員には、自分達が自分達自身を決定的に侮辱するようなことをみなではやし立てても最早判らなくなってしまう。 そういう訳の判らない、わしから見ると、漫画的でしかありえなかったひとびとの事を別にしても、たとえば、日本のひとというのは、自分の幸福を追求しているように見えなかった。 他人の目にうらやましがられそうな自分の虚構の姿、いわば自分をプロモーションするための書き割りのような自己像をつくることには熱中しても、ひとが寝静まった夜、誰もいない部屋で、向き合って座っていられるような「自己」というものには興味もないように見えました。 たとえば、こういうことがある。 わしは広尾山にいないときには軽井沢という長野県の山のなかの町にいたが、他所の街からやってくるひとたちは、なんだか判で押したように欧州のクルマに犬と家族を連れてやってくる。落葉松の林のなかを散歩して、犬をつないで珈琲を飲んでゆく。 モニとわしは「ふむふむ」と思いながら眺めていましたが、夏が終わったら、その犬を置き去りにして行ってしまった。 地元のおっちゃんに訊いてみると、これらの人達は典型を求めると、東京のたとえば「二子玉川」っちゅうようなあたりに住んでいるひとたちで、夏になる前に新しいメルセデスと犬を買って軽井沢にやってくる。 で、雑誌やテレビが描くところの「軽井沢生活」をなぞってみる。 そうして夏の終わりになると、犬は邪魔なので捨ててゆく。 軽井沢にいる最後の日に珈琲屋へ行って、東京へ戻るまえの昼食を摂る。 犬さんをテラスにつないで、みなで楽しかった山の夏を振り返る。 で、帰りましょう、といって高速に乗って帰るのだが、犬さんはつないだまま置いていったそうです。 ゴミ捨て場に籠に鍵をかけて犬を捨てていったひともいて、これもだいぶん話題になっていたようであった。 メルセデスのワゴンを「ま、つかってください」とゆって置き捨てにして犬を連れて帰るのなら良いが、逆なので、珈琲屋さんも困ったであろう。 ゴミ捨て場の犬のほうに至っては、いくらわしでも冗談をいうわけにはいかない。 息をのむ、ほどの残酷さです。 なぜ犬さんをへーゼンと捨ててゆけるかというと、やはり、それは「他人の目に映った自分」しか自分を見る目をもたないからだと思う。 自分というものが歴然と存在して、その自分自身と相談しながら生活していれば、よもや犬さんをポイと捨てて東京に帰れるわけはない。 「自分」というものが自分自身を永遠に許さないだろうからです。 インターネットの中傷が嬉しくて仕方がない惨めなひとびともそうだが、そういうことを平然とやってのけられるのは、「自分自身」というものが存在しなくて他人の目のなかにしか自分がいないので、他人が見ていないところで行うことは行為として意識されないからである。 言葉を変えていうと他人が見ていないところでは、このひとたちは人間ではないのだと思う。 最近は言葉がわからないなりに英語人も日本韓国中国のインターネット世界の異様さに気が付いてはいて、大学の情報関連のようなところでは話題になることがある。 取り分け日本のインターネット世界の異様さは、ときどき捕鯨がらみなどで、まったく別の話題が進行しているところに「白人、人種差別主義者、死ね」とか、オモロイ英語で書き込みひとがよくいるので、割とふつーの人でも話題に取り上げることもある。 新聞の投稿欄にも、こういうバカバカな投書をメディア人にはあるまじき悪意で載せて冷笑する新聞記者たちがいて、よく日本のひとが投げつけた超バカな投書が載ります。 日本語のインターネット世界ではインターネットが議論をする場所にならずに、思い込みによる吊し上げや、せいぜいよく悪罵を投げつける場所になってしまった。 … Continue reading

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