言に通ずとは何の謂ぞ(なんちて)


日本のひとが外国語が判らないのは、人間に余り興味がないからであると思うことがある。
言葉は、伝達・意思の疎通という肝腎の目的にあまり向いていないが、それでも表情と言葉身振り手振りに頼るくらいしか人間には普段お互いに判りあう方法がないので、普通はまず言葉をおぼえることから始めるしか仕方がない。
そのうえに誰かと向かい合って眼があっているときに相手が自分といることを喜んでくれなければ普通の人間は「つまらん」と思うものなので、なんとか相手を楽しませようとする。
当たり前のことです。
言葉がぜんぜん判らないというと、向かい合って、なんだかつまらなさそうにしていた人を、にっこりさせる、という、ただそれだけのことすら難しいであろう。

日本人の会話を観察していると、あんまり相手の話を聴いていないように見える。
自分の言いたいことをいう機会をうかがっているだけ、という感じがする。
日本滞在中、わしが日本語を理解できる、というのは、たいていの人は知らないことであったので、
そういう観察をするには、わしの立場はすこぶる有利であった。
ひとりが何かをいうと、「そう、そう、そう!」と言うが、ほんとうはただ相づちをうっているだけ、という人を多く発見して、わしはこっそり、これは日本の人の特徴であるな、と考えたりした。

日本のひとが英語を話す段になると、これはもっとはっきりしていて、話すのは上手でもこちらのいうことがちゃんと判っている人は殆どいなかった。
英語社会で5年、とか生活していた人に限られたようです。
このことは合衆国で会う日本の人などに、顕著なことであって、アメリカ訛になまった「米語」でぺらぺらぺらと話しかけてくるので、おおお、英語を話すのね、と思って返事をすると、盛んにyesyesyesと言うが、落ち着いて観察していると、どーもこっちの言うことは、あんまり判っていないようでした。
「判っていないよう」とか曖昧なことを言っているのは、わしの5年間11回に及んだ偉大な日本遠征の途中で、日本のひとに「さっき、こう言ったんだけど、ほんとに判っているかね?」というようなことを訊くと甚くプライドを傷つけられるらしいことを学習しているからで、そんな怖いことはすでにしてよおゆわんからです。
例を挙げないで話してもピンとこないだろうが、この特徴は、わしの印象では中国の人と日本の人に顕著で、「英語がわかるひと」というイメージが、自分がカッチョヨク英語を口ずさんでいるイメージだけに限定されていて、相手の話に耳を傾けて聴く、というイメージがそもそも頭にないのかもしれません。

日本にいて、だんだん判ってきたのは、そのことの背景には「英語が話せる人は偉い」という考えがあるからのようであって、どうも、高校や大学の受験のなかで英語の占める割合が大きいせいなのかしら、とも思う。
この「偉い」というのは、わしが他人をぶっくらこかせるためにやることがある「バク転」を決めたときの「おおおおおおおー」という感じとも違って、もう少し、陰湿な「エライ」のようである。
あるいは、空港の近くにあるホテルに泊まって、トルコ航空の制服を着た人がどやどやどやとロビーで群れていて道を塞いでいる。
わしは、しめた、と考えて乗務員のおねーさんたちが、じっと立ってわしがロビーを横切るために待っているのに気が付いてくれるのを待ちます。
そのうち、談笑にふけっておったおねーさんのひとりが、わしに気づいて、あっ、いけね、自分達はすっかり道を塞いでいたのね、と気が付いて道をあけてくれる。
わしがあっさり「テシュクリエデリム」と大声(たいせい)で呼ばわると、みなが一瞬沈黙してわしを見つめたあと、きゃあきゃあきゃあと笑ってもらえる。
「エライ!」とゆってもくれるが、そーゆー「偉い」ともまた異なるもっと湿ってじっとりした「偉い」を希求しているもののよーである。
英語、という存在がそもそも伝達の役割であるよりは学問考究の対象であるかのようであった。

日本人はたいへん自己主張の強い国民であって、多分、この世界のなかでは「自己主張の強さ」という点では合衆国人と並んで1、2を争うでしょう。
たとえば飛行機でたまたま隣に乗り合わせた、というような初対面の会話でも、日本のひとと乗り合わせると「自分は、XXXという会社で、貿易の仕事をしていて、これからミルウォーキーに△△△という会社に、○○○という事業で行くのだが合衆国には年に5、6回は行きます」というようなことから始まって自分の会社での地位、終いには飼っている犬が「ぽち」という名前であって、ぽちというのは日本では犬の古典的な名前であることまでこちらは聞かされて憶えてしまうが、わしに関しては名前も訊いてくれないのであった。
彼が熱烈に自分の事を、発音の輪郭がはっきりしない不思議な英語で述べているあいだじゅう、失礼にならないよう興味があるふりをしているのは、大変な苦痛でした。

わしだけでなく、わしの友達も「日本のひと」というと、なんとなく「自分の話ばかりしたがるひと」という印象があります。(すまん)
捕鯨のような話でも息せき切って「日本の立場」を説明する。
こっちの立場などは、西洋人のことなど、おれはすっかり知っているんだから、おまえらに訊く必要なんてない、と思っているのかなああああ、と邪推したくなります。
なんだか壁に向かって話してもわしらに話してもどっちでも同じなんちゃうか、とからかいたくなるところがある。

日本人が、全然、といいたくなるほど外国語を身につけられないのは、どうもそーゆーことに理由があるのではないだろうか。
相手を理解することに興味がなければ、相手の言葉を理解する必要もないわけなので、理屈にあっている、とゆえなくもない。合理的、といってもいいかもしれません。

翻って考えてみると、「言葉」というものは、これを人間間の相互理解に使おうと思うと極端にできが悪いことが判明するシンボルなので、ま、日本人的言語観というものもありうるであろう、と思います。
イタリア人などは是が非でもどうしてもわかり合おうという無茶なことを考えるひとが多いので言葉だけでは全然たりなくて、彼らの言語は「手の動き」とセットになっている。
振り付き言語、ですのい。
英語のように英語人を知らなくても理解できる言葉とは大きく異なって、イタリア人を日常見ない人にはイタリア人(ひいてはイタリア文化)がまったく誤解しか出来ないのは、イタリア人にとっては「言葉」は手の動きと半々くらいの役割の比重のものであるからで、というようなことは欧州では常識で、だからイタリアに住まないでちょいと旅行して覘きにいってイタリアの文化を吸収しようというのは畳の上でバタフライをおぼえるのよりも難しいのだとゆわれている。

さっき日本の義理叔父友達から「だんだん沈没してきたので、会社ごと海外に行かないと到底この先はくえないようだ。ついては社員に英語を学ばせたいがガメはどうすれば良いと思うか?」というメールが来ていたので、おもわず日本のひとと外国語の関わりを考えたたが、外国語ができるようになるには、ひょっとすると、まず日本語でお互いの話によく耳を傾ける習慣を形成するのが、近道かもしれなくて、そうゆえば日本の国外では関西のひとのほうが圧倒的に生活への適応力があるという日本に関心がある人間なら誰でも知っている事実も、ことによると関西の人の、相手に「あんたはんは、どんなひとでっか?」とつねに訊こうとする美風にも関係があるんちゃうかなあーと考えました。

よく考えてみると人間の社会では言語というのは結局、「知らない相手をリラックスさせて、相手のことをもっとよく知る」ための道具(粗末であるが)に過ぎないので、自分の話ばかりしていたのでは、そもそも機能が宙に浮いて空転するだけなのはあたりまえです。
誰かにあって、その人間に興味が生じて、このひとと仲良くして笑ってもらったり、これやあれはお互いに共通項としてわかるよね、しかし、これはわからんな、という手続きのために言葉がある、ということを知らなければ外国語である以前に言葉が通じない。
母国語も外国語も相互意思伝達という機能においては同一であってただ表現と仕組みが違うだけなのだから、母国語でわかり合えるように努力するのとまったく同じやりかたで外国語も身につくだろう、と考えました。

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5 Responses to 言に通ずとは何の謂ぞ(なんちて)

  1. SD says:

     ぼくが英語において、「1から10まで、最初から完璧に聞き取れる必要はないのだ」と考えるにいたったのは、母国語でも、何言ってるのかぜんぜん分からないもの・ひとはいて、理解しようとするのに何度もやりとりを要することがあるのであって、それは英語(あるいはどんな言語)においても同じだろうと考えたからでした。
     だから英語において「完璧」を追求するひとびとの言い分は今ひとつ理解ができません。われわれが常日頃「完璧」な日本語を話すわけではないのと同様に、英語圏の人々も常日頃「完璧」な英語なはずはない。
     それに、「完璧」好きの人々の基準はおうおうにして、完璧を希求するわりに「真摯であれば良い」「生産性が高ければよい」「高い地位にあればよい」というようなエクスキューズがあって、けっきょく恣意的なのが、聞いていて嫌なのです。ならばそもそも「完璧」を自他に求める必要性がないのに。
     そういえば、(子)ブッシュの時には、彼の言語に難があることをマスコミはさんざん笑いものにしていました。彼らが麻生元首相などにやって見せたことは、すでに何年も前から習慣としてあったわけです。

     最近友達と英語で話せていなくてなんだかつまらないのですが、ある程度の水準まで外国語を身につけると、一人で考える時の思考の幅が広がって、ひとつの言語ではつまらないことでも別の言語ではがぜん面白みがあったりして、多言語話者の人生は随分楽しいのだろうな、と思います。
     うちの国の言語は「自分の思考を他人に考えさせる」ことのできる言語なので、そういう必要性のない言語で考えることを通して、「ひとりだけで考える場所」をぼくは欲しているのかもしれません。

  2. じゅん爺 says:

    爺は、ヒコーキの中でケント・ギルバートの「1週間で英語が話せる!」ちゅうよーな本を読みながらロンドンへ行き、翌日は英語と日本語でちゃんぽんに考え、3日目ぐらいから8割がた英語で考え、4日目にニポンに帰ってきます。
    ツマには「アンタはヒトが何考えてるかばかり気にしてるからダメなのよ」と罵られています。

  3. moon_flight(るな) says:

    大昔、英米文学に興味は全然なかったのに、「英語をやっておけばつぶしがききそうだから」という理由で英文科にいました。どう考えてもそれが敗因だ…(今、もし大学に行けるとしたら…児童心理とか神学とか楽しそう!)

  4. SDどん、

    周知のごとくわしは超テキトーなので、あんまり言語で悩みません。
    その場の伝達の需要がみたされればいーわい、くらいしか考えてないよーだ。
    SDのようにマジメな人間はいろいろに悩むが、わしは(えばるわけではないが)ほんまにテキトーなんです。
    日本にいたときは日本のひとびとのマジメがやや伝染しておったが、日本を離れると瞬時にテキトーに戻ってヒコーキの乗務員のおばちゃんにすでに「あんたの冗談で笑うと乗務に支障をきたすから、それ以上冗談をいうと非常口から蹴落とす」とゆわれました。

    >英語において「完璧」を追求するひとびとの言い分は今ひとつ理解ができません。

    そんなヘンなやつて、おるん?

    じゅん爺どの、

    >ケント・ギルバートの「1週間で英語が話せる!」

    ケントギルバートてモルモンおじさんなのだな。なんで人気があったのか研究するだ。

    >翌日は英語と日本語でちゃんぽんに考え

    わし am ガメ えがった to meet あんた。とかっち感じですかいの。

    >アンタはヒトが何考えてるかばかり気にしてるからダメなのよ

    わしは法力で他人が何を考えているかわかって赤面してしまうことがあります。
    えっち。

    るなさま、

    >「英語をやっておけばつぶしがききそうだから」という理由で英文科にいました

    たとえば連合王国で英語が母国語なみに出来ても、せいぜい「ヘンな訛があるんだな」くらいの反応で誰もありがたがってくれないし、フランス語に至っては外国人のフランス語なんか聞き苦しくて聞けるか、というのでかえってイジメにあうのが関の山なので、外国語をやるならアルメニア語、とかのほうがよい。
    そうすっとニューヨークでたまたま出会ったアルメニア人の大ハンサムのにーちゃんに、ひとこと話しかけただけで結婚一直線になるであろう。
    言語の習得なんか、なるべくマイナーなほうが楽しいに決まってるねん。

    >児童心理とか神学とか楽しそう!

    ガキの心理がわかるようになると蹴りたくなるし、神様の考えてることがわかると教会に火をつけたくなるのではないだろーか、という気がしますのい。

  5. moon_flight(るな) says:

    >そうすっとニューヨークでたまたま出会ったアルメニア人の大ハンサムのにーちゃんに、ひとこと話しかけただけで結婚一直線になるであろう。

    残念ながら、既婚なのです~
    イーディッシュ語にしようかしら。

    >ガキの心理がわかるようになると蹴りたくなるし、神様の考えてることがわかると教会に火をつけたくなるのではないだろーか、という気がしますのい。

    ぶははは!なんてことをおっしゃるんですか!
    ガメさん、「白いリボン」ていうドイツ映画をご存知ですか?子どもも教会も両方出てきて、ホラー映画みたいに怖いんですよ~!

コメントをここに書いてね書いてね

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