日本誌2


日本にいたあいだのことを思い出してみると、「なんだかよく判らなかった」という印象だけが残っている。
判らないことがたくさんありすぎて印象として、ぼんやりしている、というか、非現実的な感じがする。

毎日の生活で会う人は底が抜けているほど皆親切で、そのことはいつでも何度でも特筆しておいてよい。
ところがインターネットで経験したことをもとに考えると極めて巧妙な中傷を集団で、それも阿吽の呼吸で行うひとびとであって、日本人の友達には、「あの嫌らしい連中とガメが普段あうひとたちは実は同じ人なんだよ」と恐ろしいことをいうひともいた。
英語の世界にも無論人格が低劣なバカはいくらもいるが、これらは見るからにバカであって、口元まで見た目にしてからが下卑ておるので視覚的に明瞭です。
そばに寄ってきそうになったら、「しっ、しっ」とゆって向こうへ追いやってしまえばよい。
ところが日本ではいちようにしたり顔でものをいうこのひとたちは日本社会の体質にあっていて支持されるから厄介である。

捕鯨の話題のときでも、誰がどう考えても唖然とするくらいひどい日本社会の女びとたちの扱いの話題のときでも、正面から物事を論じる、ということはまったくしないので、暫くしてから、まったく違う方向から中傷する。
しかも犯罪にだけは頭がまわってまともなことは何ひとつちゃんとやれない犯罪者の類型そのままにインターネット上の中傷ということになると中傷に熱中して過ごす人の円熟の味わい、といいたいほどの腕のさえをみせる。
「他人を陥れることにだけ才能を見せる」という社会的敗者の定義そのままである。
あるいは、見るからに人間性が低劣で、やり方が汚いので相手にしないでいると「逃げた」といってはしゃぎたてる。
「はてな」とか「2ch」とかは日本人の悪意が建立した記念碑的なコミュニティであってインターネットに日本人の悪意が刻んだ刻印のようなものに見えました。

最後のほうにはなんだかよくわからないショーセツカのひとが「おまえは人種差別主義者だろう」とゆって出てきて、このひとは正面から話す気持ちがあるだけまともなひとだったが、お話の内容はボーゼンとするような無茶苦茶な理屈に基づいていて、モンティパイソンをシリアスなドラマと考えて全巻みてしまったひとのようであった。
途中、唖然とするようなこともいくつもあって、このショーセツカが「子供たち」とかという薄気味の悪い言葉で呼んでいるという取り巻きの一党がやってきて「知識人、という言葉を使うなんてアホの証拠である」という。
聞いていて「知識人」という言葉が自分では知識や見識があるつもりのひとびとの冷笑の対象でしかない社会の惨めさを思って、わしは心から気の毒である、と考えた。
社会というものは落ちぶれてくると、その構成員には、自分達が自分達自身を決定的に侮辱するようなことをみなではやし立てても最早判らなくなってしまう。

そういう訳の判らない、わしから見ると、漫画的でしかありえなかったひとびとの事を別にしても、たとえば、日本のひとというのは、自分の幸福を追求しているように見えなかった。
他人の目にうらやましがられそうな自分の虚構の姿、いわば自分をプロモーションするための書き割りのような自己像をつくることには熱中しても、ひとが寝静まった夜、誰もいない部屋で、向き合って座っていられるような「自己」というものには興味もないように見えました。

たとえば、こういうことがある。
わしは広尾山にいないときには軽井沢という長野県の山のなかの町にいたが、他所の街からやってくるひとたちは、なんだか判で押したように欧州のクルマに犬と家族を連れてやってくる。落葉松の林のなかを散歩して、犬をつないで珈琲を飲んでゆく。
モニとわしは「ふむふむ」と思いながら眺めていましたが、夏が終わったら、その犬を置き去りにして行ってしまった。
地元のおっちゃんに訊いてみると、これらの人達は典型を求めると、東京のたとえば「二子玉川」っちゅうようなあたりに住んでいるひとたちで、夏になる前に新しいメルセデスと犬を買って軽井沢にやってくる。
で、雑誌やテレビが描くところの「軽井沢生活」をなぞってみる。
そうして夏の終わりになると、犬は邪魔なので捨ててゆく。
軽井沢にいる最後の日に珈琲屋へ行って、東京へ戻るまえの昼食を摂る。
犬さんをテラスにつないで、みなで楽しかった山の夏を振り返る。
で、帰りましょう、といって高速に乗って帰るのだが、犬さんはつないだまま置いていったそうです。
ゴミ捨て場に籠に鍵をかけて犬を捨てていったひともいて、これもだいぶん話題になっていたようであった。
メルセデスのワゴンを「ま、つかってください」とゆって置き捨てにして犬を連れて帰るのなら良いが、逆なので、珈琲屋さんも困ったであろう。
ゴミ捨て場の犬のほうに至っては、いくらわしでも冗談をいうわけにはいかない。
息をのむ、ほどの残酷さです。

なぜ犬さんをへーゼンと捨ててゆけるかというと、やはり、それは「他人の目に映った自分」しか自分を見る目をもたないからだと思う。
自分というものが歴然と存在して、その自分自身と相談しながら生活していれば、よもや犬さんをポイと捨てて東京に帰れるわけはない。
「自分」というものが自分自身を永遠に許さないだろうからです。
インターネットの中傷が嬉しくて仕方がない惨めなひとびともそうだが、そういうことを平然とやってのけられるのは、「自分自身」というものが存在しなくて他人の目のなかにしか自分がいないので、他人が見ていないところで行うことは行為として意識されないからである。
言葉を変えていうと他人が見ていないところでは、このひとたちは人間ではないのだと思う。

最近は言葉がわからないなりに英語人も日本韓国中国のインターネット世界の異様さに気が付いてはいて、大学の情報関連のようなところでは話題になることがある。
取り分け日本のインターネット世界の異様さは、ときどき捕鯨がらみなどで、まったく別の話題が進行しているところに「白人、人種差別主義者、死ね」とか、オモロイ英語で書き込みひとがよくいるので、割とふつーの人でも話題に取り上げることもある。
新聞の投稿欄にも、こういうバカバカな投書をメディア人にはあるまじき悪意で載せて冷笑する新聞記者たちがいて、よく日本のひとが投げつけた超バカな投書が載ります。

日本語のインターネット世界ではインターネットが議論をする場所にならずに、思い込みによる吊し上げや、せいぜいよく悪罵を投げつける場所になってしまった。
よく言って、日本語のインターネットは光ファイバーで形成された巨大な洞窟であって、たとえば捕鯨なら捕鯨で、「外の世界では、こういう事が起こっている」と洞窟のなかに向かって叫ぶメディアや自称欧州通の知識人、作家、というようなひとたちの声に応じて、わあっと起こる叫喚を「議論」と勘違いしているのであると思う。
観察していると、多分、日本の人は、自分が悪鬼のような気持ちになって相手をなんとか傷つけん、とするときにアドレナリンが出まくって交感神経もコーフンするらしく、議論というよりも自分のアドレナリン分泌を楽しむために攻撃性を発揮するらしい。
人間には思考するのに適切な速度、というものがあるので、日本のひとの考え方は忙しすぎる、とわしは感じるが、それとは別に、とりあえず相手の言うことを聞いてみる、ということがすでに出来ないようだ。
何を話そうとしても、相当まともげに見えるひとでも、要するにただ喚き散らすだけなので、これでは英語メディアが垂れ流す日本人像そのものではないか、と考えてゲンナリすることが何度もあった。

ところで犬さんを捨てるひとと、ネットで巧妙なやりかたで他人を傷つけようとすることに専念する匿名であれば何をやってもいいという日本の社会の習慣を利した「他人攻撃の専門家」とのあいだには紛うかたなき共通性があって、どちらも、「自分」や「自分の生活」を持たないことであると思う。

彼らの現実の生活を見もしないのに、なぜ判る、という人がいるかもしれないが、そりゃ、判りますよ。「自分」あるいは「自分の生活」というものがあれば、あんなこっぱずかしいことが出来るわけがない。

前にも書いたが有名なルー・タバキン・ビッグバンドを束ねてきた穐吉敏子が「私はこれからは自分に優しくすることにしたのだ」とゆっていて、わしはそれを日本人の口から出た「自己」についてのもっとも善い言葉だと考えました。
自分に耳を澄ませて、自分がほんとうはこれから何をいちばんやりたいか、聞いてみようと思ったんです。そうしたら、自分はピアノを弾きたかったのだと気が付いた。
だから、もうこのビッグバンドは今日で終わり、ということにします。

凝っと聴いていたひとたちは、突然の解散にびっくりしてしまったが、しばらくして、皆が立ち上がって鳴り止まない拍手をした。
穐吉敏子というひとの「自分自身への敬意」に、その自分自身への誠実さに、そこに居合わせた皆が心をうたれたからです。

わしはこれから日本で見聞きしたことのうち、日本語で書いたほうが良さそうなものを見繕ってここに書いていこうと思うが、その記録の初めに、「自分」というものとの日本人の関わりを書いておきたかった。
その説明材料として穐吉敏子という(他の言語文化の人ではなく)日本のひとが、素晴らしい言葉を述べていたことを取り上げられた事を、とても嬉しいと思います。

もうすぐクリスマスなのに自分が長い間関わった国のことを思い出して、現実の世界では輝くような微笑みや遠慮がちでめだたないやりかたを好む親切さのことが思い出されるのに、ことが「言葉の世界」のこととなると、醜悪や陋劣としかいいようがなかったひとびとのことばかり思い出されるのは、やりきれない。
日本という国に結局は敬意をもてなかった理由が彼らであることを考えてみればゼノフォビアの虜のあのひとびとの目的は常に達成されてはいるわけである。
同じ理由で日本を嫌悪するに至った「かつては日本に興味があったひとびと」の数を考えるとなんだか日本という社会自体の「不幸」というようなことを考えてしまう。
もしインターネット上で出来た何人かの友人がいなければ、日本という国を地図上に発見するたびに、なんだかスウィフトが描いたラピュタ島のようだったいえなくもない社会を思い出して、見る度にげんなりすることになったでしょう。
わしは運がよかったので、そういう友人達がいつも正面から怒ったり共感したりしてくれたので日本語で何事か話す気が残ったが、ただもううんざりして、日本を去っていった友人たちの事を考えるとまったく気鬱になってしまいます。

しかし、良いこともたくさんあったのだから、夏のクライストチャーチの乾いた透明な大気の向こうに太陽の母上が燦然と輝く天国に限りなく似ている街にでかけて、この日本に対する否定的な印象を捨ててしまおう。
よく考えてみると、わしとは何の関係もない社会なので、深く関わらなければよいだけではないか、という声が心の奥から聞こえてくる、ということもあるしな。
晴れ渡った午後の街で、あのカッチョイイ絵が浮かんでいる「コーヒーアート」付きのフラットホワイトを飲みに行こう。

モニさん、起きたかな。

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One Response to 日本誌2

  1. p_mume1980 says:

    そういう訳の判らない、わしから見ると、漫画的でしかありえなかったひとびとの事を別にしても、たとえば、日本のひとというのは、自分の幸福を追求しているように見えなかった。
    他人の目にうらやましがられそうな自分の虚構の姿、いわば自分をプロモーションするための書き割りのような自己像をつくることには熱中しても、ひとが寝静まった夜、誰もいない部屋で、向き合って座っていられるような「自己」というものには興味もないように見えました。

    あしがいつもガメさんの言うことを聞いていて教わるのはここだなもし。

    いっぽうで、いろいろ裏街道を歩いていると、「60過ぎたんだからもう好きなことしないのよ」と笑う美しい70過ぎのおばあちゃんとか、毎日畑仕事にせいを出してこっちが呆れるくらい野菜をおまけしてくれる農家のおっちゃんとか。そういう人もいて面白いですばい。それで、それが裏街道なのが日本の変なところだけどもね…

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