芸術と学問の所得税廃止


アイルランドのアーティストは所得税を払わなくてもよいことになっている。
1960年代の後半から、ずっとそうです。

http://www.revenue.ie/en/tax/it/reliefs/artists-exemption.html

U2があまりに派手に稼ぐので、いくらなんでもあんまりだ、ということになって2006年からは年収25万ユーロを超える部分については課税することになったが、それまではU2が何億円稼いでも税金を払う必要はなかった。

かけ声、というものは人間を動かさない。
いくら政治家や役人が「マンガ立国日本」と叫んでも、票になりはしても、それで良質なマンガが生まれてくるわけではない。
軽く年収一千万円を越える、たいしてマンガに対する理解力もない編集者が、たかだか6択のソーダイやケーダイの入学試験に合格したという「権威」を基に、マンガ家に代わって「ネーム」をいれ、筋書きにまで口出しする一方、当のマンガ家のほうは食うや食わずで暮らしているのでは「マンガ立国」などはすでにしてそこで架空の話です。

なんだ、たかがカネの話か、
カネは創造性とは関係がない、という人が必ず出てくるのが日本という国のようだが、説明するのもメンドクサイ、たかがカネ、と思うなら明日から創作家という創作家への支払いを試しにいまの十倍にしてみればよい。
魂の世界にも金銭の健全な法則がはたらいて、ふるめかしくも字義通り、陸続と名作が生まれる、と思います。

ものをつくる人の手、というものは、止めようとして止まるものではない。
真に創造力に恵まれた人間というのは一円も与えられなくても、やはり作るのをやめない。
巨大な言語表現能力をもった人間にものを書くことを禁じれば、彼女もしくは彼は発狂する以外に途はないと思われる。

学問の神様に魅入られた科学者はP5厳守といわれてもP3でやってみたくなる。
原水爆は禁止だといわれても、「それでも科学者の手は動く」といって原水爆禁止の実効性に悲観的だったアインシュタインは「人間の手」の秘密を知っていた、というべきである。

「手」は人間の理性よりも強い意志をもっている。
だから収入がなくても芸術家は毎日ひたすら絵を描き、作家はスクリーンの仮想的な紙に書き込んで彫塑するだろうが、それを職業に値するまでの高みに引き上げるには莫大な時間が必要で、その「時間」は結局、単価の大きい収入によって生まれてくる。
ゲージツ、といえど、オカネの支えがいるのです。
そこで「カネを出さなくてもつくるんだから、出さなくてもいいや」というのは田舎商人の発想だが、万国共通、アホ商人というのは足下からひとを見て弱みにつけこむのが発想の根源なので、日本の出版社のような文化商人は世界中に掃いて捨てるほどいます。

しかし。
芸術家あるいは芸術家の卵の手は貧困と生きるために選んだ職場の仕事を終えて帰宅したあとの絶望的なほどの疲労を越えて午前零時をまわった机の上で動き続けるとしても、その手から生まれてくる作品の質にはやはり大きく報酬が影響する。
現代社会では最も健全な批評精神は金銭であって、創作家が自分で意図しなくても自分の作品に支払われる報酬は社会の側からの自分の精神への批評と意識される。

むかし日本には現代詩の興隆期があったのは明らかだが、80年代くらいを境にいまでは跡形もなくなってしまった。
だいたい日本で信頼できそうなひとたちに訊いてみると、散文では島田雅彦、詩ではねじめ正一というような人達が出てきたところで文学そのものが崩壊した、というが、わしが見たところではそうでもない、というか、本当の原因は、そもそも作品に対してまともな支払いがされていなかったように見えます。
原稿料一枚あたりの支払いがクソ小説と詩で同じでは、詩人などやってゆけるわけがない。

成功がない職業世界、というものはありえないが、日本の学問と芸術の世界では「学問や芸術に志すものには金銭的成功はいらない」という社会的な「ウソ」がまかりとおってきた。
日本人には工芸的あるいは芸術的な特殊な才能があるのは文化集団的に明らかだ、と世界中の人間が気がついてきたところで、皮肉にも日本の「芸術」は急速に衰えつつある。
細かく見ていくと文学において批評家が育たなかったこと、マンガやアニメにおける分野としての自信の無さ、いろいろな理由があるように見えるが、背景にある、もっと大きな問題は経済世界、あるいは芸術を受容する側の世界が芸術に対してリスペクトをまったくもっていないことにあるようです。

せめてもアイルランドを見習って芸術家や学者の所得税を免除することにすれば、少なくとも「国としての姿勢」「社会集団としての決心」を明瞭にすることにはなると思う。
日本を家電や自動車に依存した中国や韓国とのトンテンカントンテンカンな平板で退屈な競争の地獄から救い出す第一歩になると思います。

画像は日陰が大好きなタイの犬さん。本文との関係は何かって? 特に意味はない。(ほんとよ)

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2 Responses to 芸術と学問の所得税廃止

  1. ぽんぴい says:

    「だから収入がなくても芸術家は毎日ひたすら絵を描き、作家はスクリーンの仮想的な紙に書き込んで彫塑するだろうが、それを職業に値するまでの高みに引き上げるには莫大な時間が必要で、その「時間」は結局、単価の大きい収入によって生まれてくる。
    ゲージツ、といえど、オカネの支えがいるのです」

    あのな、芸術は行為なんだよ。絵や音楽が芸術ではない。
    絵や音楽に金を払うのは、それを商売にしている投資家がいるからです。
    ガメはそこんとこ、よ〜〜く考えてみろよ。
    行為、つまり寝たり起きたり、歩いたり走ったり、それがもう、芸術なんですわ。絵や音楽は、その下位にある行為です。それに金を払うという行為は、さらに下位の行為です。
    芸術とは何か、人の行為ですよ。腕を上げたり下ろしたり、日々会話したりするのが人間の芸術です。でも、それじゃ画商とか美術館に作品(商品ですな)が集まらないので、売り物に困るので、画商や美術館やレコード屋さんが、音楽が芸術だ、絵が芸術だと言っているだけです。
    わかりまっか?

  2. Emiechika says:

    日本で、誰か政治家が「ゲージツ家の税金はただにする」なんて言ったが最後
    なまはげが大挙して押し寄せて「あいつら好きなことやって稼いでやがるくせに、ケシカラン!!」とか
    「まんが、アニメがゲージツなもんかーー!!」とか大騒ぎになって
    その政治家は議席を失い、もとの木阿弥になると思われます。
    連帯保証人制度ほどには、政治家の怠慢て感じはしないです。

    話がずれてしまいましたが、欧米にも連帯保証人制度があるとは驚きでした。
    気が向いたときに、もう少し詳しく呟いていただければ幸いです

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