Daily Archives: March 31, 2011

ノーマッド日記_2

午後はお付きの運転手の役をしてモニの買い物に付き合ってあるいた。 さすがに後席には座らないが、モニは、でかい買い物袋をブートに積み込むと、行き先を告げて、小さくてカッチョイイ、みているだけでなんとなく哀しくなってくる感じがするほど形の整ったあごをあげて、「行きましょう、ジェームス」なんちておる。 ジェームス、というのはたとえば旦那さんをお雇い運転手扱いにするときに英国人の女びとが決まっていう冗談です。 107.5MHzのスペイン語放送から流れてくるバチャータを聴きながら片側7車線のオレンジカウンティのフリーウェイを走っていると、なんだか眠ってくる。 わしは(こういうと怒る人がいるのを承知でいうと)ふつーの人間は一日中揺れているお尻や濡れた唇やもっこりしか考えていないと思われるスペイン語世界というものが好きなので、隙さえあればスペイン語の世界に触れようとする。 ここよりヒアよりアキーなのです。 モニが(アメリカのコットンの手触りは世界一だ、という)薄い綿生地のシャツを店員のねーちんと選ぶのをやや離れたところで待っていると、モニとねーちんがこっちを向いてくすくす笑っておる。 きみたち失礼ではないかね、とゆいに行くと、モニが「旦那さんは、いつもああやって踊るのか、とこのひとに訊かれたのです」という。 ラティノの店員ねーちんが、もう耐えかねる、という様子で、はっはっはっと豪快に笑っておる。 わしは、この失敗をよくする。 リズムのよい音楽がかかると、気がつかないうちに足がステップを踏み出して、そのうちにクルクルまわりだして、マジで踊り出してしまう。 ときどき、ひとだかりがすることもあるからな。 でもさ、バチャータてのは、ほんとうは、こういうステップを踏むの、とゆって店員のねーちんが教えてくれます。 なんだ、ほんとうは自分だって踊るの好きなんやん。 さっき4台のシャトルをつらねて到着していた中国人たちが呆れはてたような顔をして、わしらを見ている。 顔に「ああいうことだから、西洋文明は滅びつつあるのだ」と書いてある。 ほっといてくれたまえ。 滅びてゆく人間には滅びてゆくものにしか判らない楽しみがこの世界にはあるのさ。 ブートにはいりきれないくらいシャツやジーンズやTシャツを買い込んで、モニとわしは帰り道についた。 夕飯はレストランに行くのが面倒くさいので「Whole Foods Market」で買ったチーズとパンとトルティーヤとサルサでごまかすことにした。 わしが大切な友マルクス博士・マルクスウォーターマン・@Marukusu_hakaseには悪いが、どうもモニとわしはどうしてもカリフォルニアという土地そのものは好きになれないよーだ。 なんだか、この水はないけど他の点では豊穣な土地の神様は「人間はオカネとセックスのことだけ考えていればいいのさ」と思っている。 なにもかもがプラスティックで、一見陽気なひとびとの顔の下に浅薄な人間だけがもつ酷薄さが浮き出てみえてしまっている。 だから、なんだよ、とゆわれればそれまでであって、たとえば故国で親族をみな虐殺されて命からがら逃げてきた東欧の難民にとっては、「この世は金さ」のカリフォルニアの社会は福音だろう。 宗教や思想というものの真の恐ろしさを知っていれば、肌触りの粗い、あんまり何も考えない社会は(皮肉ではなくて)福音そのものであるに違いない。 「金さえあれば」、呼吸することが許されて、歩いている道から突然連れ去られて殺されもしなければ、突然ドアを蹴破ってはいってきた兵隊たちに母親と妹が強姦されて殺される、ということもない「軽薄な」社会が、どれほど人間にとって素晴らしいものかは、言葉で思考されることを拒んでいる世界からやってきた彼らにしか判りはしない。 でも、モニとわしは、なんだか文明の「余り」のようなところに生きている。 ロスアンジェルスの店員は時給の範囲内でしか自分の一生を話したりしないが、マンハッタンの店員は、ときに、見ず知らずの客に自分の一生を理解してもらいたいと真剣に腰をすえてしまうことがある。 大陸欧州はもっとすごい。 自分がわかってもらえるわけがない相手はネズミのようににべもなく追い払うが、店を閉めて、神に告白するようにモニとわしに自分の人生を話し尽くそうとする。 神秘的なくらい自分勝手です。 それは、どうにもならない妄信、「他人と理解しあうことが出来ることがある」という妄信であって、それが欧州の本質なのだと思います。 カリフォルニア人は賢いので、それがただの妄信に過ぎないと簡単に納得してしまった。 アーバインの映画の書き割りみたいなモール(スペクトラムモール)で、コーヒーを飲んだ。 モニとふたりで駐車場までのプロムナードを踊るような足取りで歩いた。 カリフォルニア人たちは、モニとわしを呆れかえって見ていて、あまつさえ、写真を撮っているひとたちまでいたが、わしは知ったこっちゃないのさ。 わしらは、もうすぐわしらの故郷、欧州に帰るんだからな。 (画像は、「全然カリフォルニアじゃねーじゃん」、というなかれ。わしのNZのほうがやっぱええなあーな気持ちが選ばせたNZの夏の写真の一枚なんだし)

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