カリフォルニアの中東人たち

                                                                                                                                       午後はパサディナの Norton Simon Musium
http://www.nortonsimon.org/
に行った。
ボナール
http://www.nortonsimon.org/collections/browse_artist.php?name=Bonnard%2C+Pierre&resultnum=1

とロタリ
http://www.nortonsimon.org/collections/browse_artist.php?name=Rotari%2C+Pietro+Antonio&resultnum=8

の絵がいいのがあるやん、と思いました。
美しいコートヤードのある、楽しい美術館である。

ニューヨークに電話したら「寒いぞおおお。3℃だぞおおおお」と言うので、びびって
シタデル・アウトレット
http://www.citadeloutlets.com/index.cfm

でモニとふたりでキャンピング用のコートを買った。
75%OFF。 いえええーい。
シタデルの巨大なLCDビルボードにも「日本の被災者救済の募金を!」が載っている。

夜は、レバノン人やイラク人たちと彼らの友達のレストランへ行って、別れを惜しむことにした。
女主人が出てきて、「ガメ、この米をブドウの葉で巻いた料理は、これの肉巻き版が大好きなガメのためにわたしが特別につくったんだぞ」という。
Mezza, Mezza, Mezza!

レバノンの小皿料理がいっぱい(20皿くらい)出てきて、お腹がいっぱいなのに、その上に串に刺したラムとチキン。
レバノンのワインKSARAを8人で13本飲んだ。

レバノン飯はうめーなー、とゆったら、レバノン人たちが
「バカだなあ、ガメは、ここは確かにおいしいが、こんなんで喜んじゃいけないのさ。
夏のレバノンの浜辺の後ろに聳えている巨大な崖の上で、テラスに長い長いテーブルを出して、みんなで宴会をするのさ。
沈む太陽を眺めながら、みなで神様に、お願いだから消化させてください、と祈りたくなるくらい食べるんだ」
「ははは。それがきっと宗教の発祥だのい。きみらの土地でばかり世界宗教が生まれたのは、それが原因だと知れておるの」

ちげーねー、ちげーねー、と大笑いしながらイラク人とレバノン人たちが唱和する声が広場に響いておる。

わしは中東人が大好き。
ペルシャ人たちも好きだが、アラブ人たちには人間の文明を始めたひとびとだけがもつ不思議な風韻がある。

「チグリス川とユーフラテス川がつくる三角州にできるスイカは、他の土壌でできるスイカの二倍はあるんだぜ。そんでもって、あのスイカを食べるとあまりの糖分で虫歯になるんだ」

「おれの家はB.C.3000年に遡れる。マヌケな神官たちや、悲劇的な死を死んだ戦士たちの話がいまでも我が家には口碑として残っている。ガメ、聴きにきてくれよ。すごい体験になるぞ」

夜が更けてきて、レストラン主人の家族も暖簾をおろして、一緒にテーブルを囲んで、ワインを飲みながら話に加わる。

もちろん英語だが、レバノン人たちは酔っ払ってきたのでモニにフランス語でも話しかける。
わかりそうなセンテンスになると、アラブ語でも話します。
「レバノン人のアラブ語って、オカマの衆の言葉みたいであるな」と、わっし。
(モニがわしの足を蹴っておる)
イラク人は大笑い。
レバノン人は顔をひきつらせておる。

カタールからきた双子の子供がガラスに顔をくっつけて注意をひこうとしている。

2年前もこうだった。
立ち上がって、何事か別れの言葉を述べねばならないが、うまく別れの言葉が見つからない。ただでさえ(アメリカ人の標準では)吃る癖のあるわしの英語は、つかえてばらばらになりそーである。
アメリカ人はわしの英語を聴いてトィテトウィタトゥイティ」というふーに聞こえる、という。
連合王国人の英語はなんてヘンなのだろう。
まるで鳥が囀っているよーだ。

おお、だから、トウィテトウィタトゥイティ、別れの言葉を述べねばならないのだ。
トウィテトウィタトゥイティ。 何事か「綺麗事」を述べねばならない。
トウィテトウィタトゥイティ。 わしらの良い習慣だからな。
トウィテトウィタトゥイティ。 だが、言葉が見つからない。

中東人とわしが共有する長頭形の悲しみが襲ってきて、正常に言葉が終了しない。
異常終了するわしの別れの言葉を聞いて、中東人たちが涙をぬぐっている。

お別れのときになれば、中東人のハグは、それはそれはでっかいハグで、あれはきっと「世界最大のハグ」に違いない。

「また必ずこいよ」という。
その口調は、まるで彼らだけが人間の言葉を知っているのでもあるかのような手で触れてくるような、ものすごい直接性のある「言葉」です。

どうしても別れの言葉が見つからないので、モニとわしは東方へ去る三人の博士のように、静かにお辞儀をしてみなから離れた。
あんなに遠くになったのに、まだ「モニさん、ガメ、必ず戻ってこい!」と叫んでいる。
あんなに大きな、あんなに悲しい声で。
こわくてふりかえられやしない。
振り返ったら古代の神々が手をふっているのではないか。

まるで人間の文明そのものが呼んでいるようです。

画像はパサディナの葉巻屋で葉巻を喫うふたりのおっちゃん。

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