木枯らしがふいている

5thアベニューを歩きながらエンパイアステートビルディングを見上げて、今日は何だかへんてこな色だな、ときのうの夜おもったのだったが、あれは「日本の色」だったのだそーだ。
知らなかった。
さっき日本語サイトを見ていて初めて知った。
街で会う誰もそんなことゆってなかったからな。
そうするとオークランドタワーとかも、あのイチゴシロップをかけたかき氷みたいな風変わりな色だったのかしら。

「世界中がタワーの色を日本の色に変えて日本を応援している」は日本の新聞が大好きな大げさで恣意的な報道だが、そうでも思わなければやってられない国民心理の顕れでしょう。
東北の人のツイッタでの発言やブログを拾って読んでみると「地震と津波だけならいくらでも立ち直れたのに」と書いてあるのが多い。
ほんまやなあー、と思います。
なんだか気持ちが判るような気がする。

人間の想像力では及びもつかない厄災に見舞われた人間の集団は、無我夢中で、ゆわば、「一定の時間持続する火事場の馬鹿力」で、回復にこぎつける。
それが、これから先も原子力発電という利権に寄り添っていたい一心で「われわれはちゃんと事態をコントロールしている」というふりを演じ続けようと決意した東電が、ほんとうはかけらも把握していない事態を知り抜いているふりをして、なんとかつじつまをあわせようと、情報を誰にも与えない無理な努力をしたあげく、すんまへん、ほんまはお手上げなんですわ、になって、いまは二三年あれば、なんとかできるんちゃうやろか、になりつつある。
それで、英語が読める人が、英語のサイトを読んでみると、まるで話が違って、二三年どころか、まだ何の目途もたってなくて、事態は根本的には悪くなる一方とみなされているのを知って、ぶっくらこいてしまう。
むかしの人は良い言葉を知っている。
どこまで続くぬかるみぞ。

トライベッカのアルゼンチン人たちのコーヒー屋でコーヒーを飲んだ。
わし、カフェ・ウナ・ソロ。
モニは、カフェ・コン・レチェ。
ブラウニーにヨーグルトをかけてもらって食べた。

どけちなわしが好きな「センチュリー21」に出かけて、元値は600ドルだが、値引きで200ドルに落ちぶれたセーター(日本語ではセーターだからやむをえない、セーターと書くが、カタカナでもよいからせめて「ジャージー」にしないかしら)を買った。
チャーチストリートをそのまま北に歩いて、馴染みのイタリア料理屋に行きました。
この店のプロシュートはマンハッタンでいちばんおいしい。
プロシュート、いっぱいもってきてね、というと顔見知りのウエイターのKが、「ガメさんみたいのばっかり来ると、うちはプロシュート屋だという悪い噂がたっちまう」と笑ってます。
チーズとくるみとプロシュートとパンで赤一本は空いてしまう。

ここでは白を飲んだことがないし、たまには魚も良かるべし、と思ってスズキのフェネル蒸しを頼んだら、素晴らしい香りの魚料理の皿が出てきて、ウエイターのKが「こいつはご覧の通り立派なもんだが、ご心配なく。太平洋の日本産放射能にあたったやつじゃないからね。大西洋産ですけん」
というので、また一瞬日本の事を考えてしまう。

透明なグラッパとオークの色のグラッパを二杯づつ飲んで、ティラミスとコーヒーを飲んだ。
Kや奥から出てきた主人に別れを告げて外に一歩でてみたら、ガスト!なんちて、 木枯らしが吹いていて、ひゃあああー、気持ちいいのお、とゆったら、モニに「ガメの天候に対する感覚だけは一生なじめないかもしれません」と言われました。

6thAveは、いつ歩いても、歩いていて気持ちの良い道である。
ずっとずっと歩いてチェルシーの、わしのアパートに帰った。
途中、DVD屋で、Liliana Cavaniの「The Night Porter」があったので買ってもうた。
30ドルだった。

モニは一緒に歩いているとき、力の限り、思い切りわしの手をにぎりしめるので子供のようです。
痛いやん、というと、わしの顔を見て「にっ」と笑う。
そーゆー笑い顔も5歳児のようだ。
いつもは、なあーんとなくえらそーにしていて、女王様みたいなのに。

信号を待っている交差点で唐突に、ガメ、わたしたちは、ラッキーだな、という。
うん、と、わし。
(触る木がないところで、そういうことを言うなよ、と思ってわしは慌ててデコに触るが)

このパパイヤドッグちゅうのは、きみとわしは食べて見たことがないが実はたいへんにうまいホットドッグ屋だという説があってだね、一説には、….と言いかけてモニの大きな緑色の瞳を見たら涙がいっぱいたまっておる。

きみには何の話をしているか判らないかも知れないが、モニには、もちろんわしの考えていることなどでかいスズキがテーブルに載ったときからお見通しなのです。
モニには、わしのどんな小さな心の片隅も見えているのだ。

15thまで来た。
わしのアパートは25億円くらいするモニのアパートの20分の1くらいのショボイ家だが、モニは今日もガメのアパートに泊まろう、という。
あそこから始めたのですから、という。
始めたところに戻ろう。

(もう、やめた)

くっそおおおお、幸せじゃ。
これでは、全然、文章の終わりにならないが、もう知るもんけ。
モニに会えて良かった。
会っていなかったら、今頃はまだ毎日違うねーちゃんと朝目覚めていたであろう。
ラッキーである。

(アホでのん)

(ごめん)

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2 Responses to 木枯らしがふいている

  1. SD says:

     外から見ると日本人はどう思われているだろうかと思っていたたまれなくなるので、最近は原発に関するニュースを読みません。読んでも、「わからないということがわかる」だけですが。
     まさか絵に描いたような情報統制を、ぼくがこの世にいる間に拝むことができるとは思いませんでした。日本人がこれほど無力であることも意外でした。

     何か書きたいのですが、まとまりません。続きはまた今度メールします。今は、考えるのが嫌です。

    • >日本人がこれほど無力であることも意外でした

      わしも。

      1)日本人がパニクらないのは評判通りである。感心した。
      2)あまりに技術が古いのでぶっくらこいた(エンジニアリング衆)
      3)一致団結の国風がなくなっているのはなんでだ?

      ちゅうような反応が多いですのい。

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