Daily Archives: April 7, 2011

ノーマッド日記4

1 Marchiの息をのむような精確な描線の絵を買いにブエノスアイレスに行きたいと思うが、 なんだか買ってしまうと怖いような気もする。 あの光のなかに消えてゆく女の子の絵を壁にかけて、目を近づけて、沈黙している自分の姿を発見するのが怖いのだ。 写真を模写して芸術にかえてしまう手。 それは神よりも悪魔に似ているような気がする。 2 画廊の主人Pとラムの話に熱中していて、次から次に訪れる客たちに呆れられる。 初めのうちははいってくる人をちらと見て「やあ」程度は言っていたが、ハラルの殺し方のあたりから話に魂がはいってしまって眼が光り始めていた。 ひとりの男の客は、辛抱強くPに話かけるために立って待っていたが、明らかに怒りに顔を紅潮させて帰っていった。 P、一向に反省する様子もなく、「ちぇっ、うまいラムのアシがくいてえなあ」だって。 食べ物好き、侮るべからず。 3 カタロニア人にスペイン語で話しかけるのは、当然、微妙な行為だが、ニューヨークでは無条件に喜んでもらえる。トライベッカのコーヒー屋のあの気立ての良いバリスタの女の子は、スペイン語で話すようになってからコーヒーを何度も捨てては淹れなおすようになった。 どこから来たの? というので「ニュージーランドからだよ」 というと、モニに向かって、こんなひとばっかりいる国なんだったら、私もニュージーランドに行ってみたいなあ! だって。むふふ。 モニ: こういう見かけばかり立派な男ばっかりです。 がっかりすると思う。 どーゆー意味だんねん。 4 このMacBook ProはHDDを512GのSSDに代えてあるが、やはり無茶苦茶はやい。 スリープモードからの復帰は一秒もかかっていないように見える。 スクリーンを開いたときには、もう復帰している。 インテルから新しいSSD のシリーズが出たが、あのくらいの値段ならサーバはダメとしても個人のPC はやはりSSDに変わってゆくだろうか。 マンハッタンも殆どが20Mbpのfiber opticに変わってしまったが、コミュニケーションにしろスタンドアロンのコンピュータにしろ(あたりまえだが)速いのは気持ちがよい。 一方ではユニオンスクエアのヴァージンレコードもボーダーズもなくなってしまった。 現実のセックスについての知識について「ネットフリックス以前」と「ネットフリックス以後」という冗談があるが、オンラインビジネスが圧勝した陰には、そういう理由もある。 優秀な店員はB&Nに流れたようだ。 このあいだまで気息奄々だったB&Nのおっちゃんがえらい鼻息で笑ってしまう。 ボーダーズ、消えたからな。 マディソンスクエアガーデンのボーダーズがどんな様子か見にいってみよう。 5 中国人たちの知性は意外なほど網羅的で枚挙的だが、中東人達にも同じところがある。 「物事の本質」とはなんだろう? 要約と要旨は異なるが、要約はよいとして要旨を把握する知性は姑息な知恵なのかもしれない。 6 … Continue reading

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ノーマッド日記3

チャイナタウンへ行ってお粥を食べた。 「粥之家」という有名なコンジー屋ですのい。 アレン通りにありまんねん。 http://www.congeevillagerestaurants.com/restaurant-village.php  魚とピータンが入っている、すげーうめえー粥が3ドル95セント。 わしはけちんぼなので、どんなにうまいものでも値段が高いとたちまち機嫌が悪くなるが、この世のものとは思われないくらいうまい粥をモニとふたりで食べて8ドル。 それにゼーキンがついて、中国人のにーちゃんが親切だったので、チップを少しおおくあげて12ドル。 安いやん。 前にブログに書いた1ドル餃子屋 http://bit.ly/hxY9Vt もそうだが、マンハッタンのチャイナタウンは安くておいしい店が多い。 わしのアパートからはホーストンという幅の広いマヌケな通りをずっとずっと歩いてゆく。 交差点で交通整理に立っていた警官にうっかりクラクションを鳴らしてしもうて、「てめー、このやろー、そこに下がってまってろ」とゆわれてから、警官のおっちゃんにこの世の終わりのようなF言葉で怒鳴りつけられてる気の毒なタクシー運転手をくすくすしながら眺めたりしているうちに、のんびり歩いてもすぐにつきます。 ペドミタで見たら5000歩であった。 わしは超大股なので、距離にすると結構あるのかもしれん。 エスニック料理屋にほぼ共通した欠点だが、チャイナタウンの店はどこもコーヒーと甘いものが不味いので、チェルシーまで歩いてから知っている店のカウンタに腰掛けてカフェ・ラテでシトロンのタルトを食べた。 ここまで読んで、マンハッタンに住んでいた人は、「ひえええー、ずいぶん歩くんだなあ」と思っているかもしれないが、モニとわしは、マンハッタンにいるときには(最近日本のケーズデンキで極秘に入手したペドミタに依ると)一日二万歩は必ず歩くよーだ。 出かけては戻ってきて、また出かける、ということを何回も繰り返す。 チェルシーマーケットにでかけてパンを買ってくる。 (あの「モリモト」という日本料理屋はチェルシーマーケットの隣にあるのだった。東大元暮らし、というのは東大に合格しただけで能がない人が一生大学の名前だけを元手にさびしい人生を生きてゆくことを言うのだと叔父がゆっておった) わしのアパートはチェルシーという所のビレッジよりにあるので、南へ歩いていけば小説家や画家のおっちゃんおばちゃん友達たちの住む家があり、北へどんどん歩いていけば投資家やシャチョーのジジ友達たちの家がある。 ミュージシャンやダンサー、俳優女優ライターちゅうような若いお友達はマンハッタン中に散らばって住んでおる。 研究者の友達はハーレムの南にひとりだけ偏屈なやつが住んでいるが、そもそもおおむねマンハッタンを人間が住むところだと見なしていないので、誰もいません。 モニとわしは日が暮れてくると、その日の気分や誰かのパーティやコンサートの都合によって、ハーレムやトライベカ、イーストビレッジ、この頃はときどきMPDにも出かけるが かっちょよくタックスを着ていかなければいけない場合以外は、ほとんど歩いてでかけます。 今日は48F(摂氏だと9℃ですかいの)で、このくらいだと、わしはTシャツ一枚で、モニはワンピースの上から薄いコートを着ている。 足もとは気の毒に歩ききちがいの旦那に付き合わされるので平底の靴です。 もっとも、わしには時々「小さいさん」と呼ばれるモニだが、マジメにセンチメートルに換算してみると180センチ以上あるので、これを読むきみが想像するほど背が低い姿で歩いているわけではないが。 目下わしはあごも口の周りもヒゲぼうぼうで髪の毛ももしゃもしゃなので、道の反対側で交差点を歩いてくるわしを眺めていたモニに「なんだか気が違った預言者が時代を間違えて歩いてくるみたいだ」とゆって笑われたが、いつもは、もうちょっとタイディにしておる。 Tシャツとジーンズで、山を歩くときにはくようなブーツをぶっとい靴紐で固めて大股でノッシノッシと歩く。 自然いつもえらそーであるが、モニに、ときどき、ちゅっとキスしてもらうと、予想もせぬことには顔がどわっと赤くなったりするので、横目で眺めながら、すれ違うおばちゃんに笑われます。 (どこの世界に嫁はんにキスされて赤くなる旦那がいるというのだろう。情けない) モニと結婚してからは、たくさん人が来るパーティにはあんまりいかなくなった。 3組か4組のカップルが誰かの家に集まってカクテルを飲みながら最近見聞きしたことを話し合う、というようなことが多くなった。 パーティというものがあまり好きでないモニの影響もあるでしょう。 夜遊びに行くときは、思い切り「ドレスダウン」して、わざと知らないクラブに出かけることが多くなった。 そういうときでも、むかしよくやったようにフロアのまんなかで大バク転をしたりしなくなった。 モニと向き合って身体を揺らせて踊っておるだけのことで、そこいらのマヌケなおっさんと変わらない。 トシをとった、のかもしれません。 画像は、4月になってユニオンスクエアの脇に、おっ立ったアンディ・ウォーホルのモニュメント。 おおおー、と立ち止まって写真を撮ってゆくひともいれば、横目でちらっと見て、「けっ」っちゅう感じで嘲笑ってゆくひともいる(^^) 

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