国債預金

今日こそは、素面で国債と預金と国は爆発しないが国民の生活は爆発する仕掛けの話を書こうとおもっていたが、出かけたイタリア式タパス屋のバローロ(のコーヒーとかラズベリーとかいろいろごちゃごちゃな風味がつけてあるやつ)(東京では同じ2007年が2万円を越えるのに、なぜマンハッタンのレストランでは100ドルを切っているのだろう)がおいしかったので、思わずカラマリのオリーブオイルがしつこいと悪態をつきながら、一本半のんでもうた。
でも考えてみると、酒はともかく、ワインはいつもいつも隙さえあれば飲んでいるわけなので、素面を願望していてはいつまでたっても書けひんやん。

チェルシーマーケットまでカップケーキ(バナナとナッツがはいっているおいしいカップケーキがあってだね。マンキーケーキとゆーのです。酔っ払ったときに食べるとおいしいのね)を買いに歩きながら、文章メタメタでもいいから日本語で書いておこう、と考えました。

そーゆーわけでところどころ日本語が綻びるであろーが、オカネのことは普段でも酔っ払った頭で指示を出しているのだから論旨はヘンにならないであろう。

日本の財務問題がいよいよ解決不能な状態に陥ったのは、振り返ると、「日本の国債はアルゼンチンやなんかとは異なって国内の投資家が買っているから急激な投げ売りが起こらない。だから国債は安全だ」という理屈が世の中に行き渡ったからだった。
聴くところによると、これは税理士だかなんだかの人が唱えだした説だそーで、それを政府が「ラッキー」とばかりにとりあげて、ダイジョーブだ、ダイジョーブだ!の大合唱に国内を導いたものだそーだが、まあ、誰が唱えたかはどーでもいいや。
この理屈がほんものなら、実は税金は全廃にしたほうがよくて、国の予算をすべて国債発行で賄って税金をゼロにして消費と経済活動を極限まで奨励したほうが良いはずなのに、そー外国の経済家にゆわれると、「またまた、ごジョーダンを。そんな、きつい冗談をおっしゃっちゃ困りますよ、旦那。日本には日本の道がある。日の本ふたもと、みながかしこくなったら、わたしもあがったり」とかとゆって誤魔化していたりしたが、それも良いことにする。

そもそも国債はどうやって買うか、というと、銀行に行って「えーっと、国債ひとつください」とゆえば、誰でも買えます。
ラブラドール犬の首に買い物かごをかけて三百万円の札束と「国債買います」というメモをいれておけば、犬さんがとことこ三菱UFJ銀行に歩いていって国債を買って、帰ってくるであろう。
だから日本では犬にも劣るということになっている投資家も買えます。
連合王国では女王そのひとが連合王国最大の投資家なので、「犬にも劣る」とかというと、MI6が闇夜にまぎれてやってきて誘拐されてロンドン塔に幽閉されたあげく飛べないように羽のすじを切られて、挙げ句には断首役人にでっっかい斧で首を切られて処刑されてしまうので、誰もそんなことはゆわないが、日本では神聖な天ちゃんは憲法に規定された「象徴性」を食べて生きているので、みな「投資家は犬だ」という。
わしは、そんなことを言い募られると犬さんが怒ると思うが、それも良いことにする。

でもさ、きみは「国債に大量に投資している投資家」っちゅうのを見たことがあるかね。
あんな巨大な金額のクソ投資(ごめん)をしているやつがあそこにもここにもいる、と感じますか?
国債っちゅうのはコンサーバティブ投資の最たるもので、たとえばアメリカならアメリカ合衆国の年金機関が「ニュージーランドはこの頃バカ役人の首をきりまくっていて賢いからニュージーランドの国債ならよかんべ」とゆって、国の内情と利回りを見比べて償還のタイミングも考えて買うものである。
ガハハ、のおっちゃんが、いやあ、わたしも、今度の地震で儲かっちゃって、建材の在庫が足りなくて困っちゃうんだけど、建材の調達のあいまには国債かってるんですわ。
これもお国奉公ですけん。
国があがったら、わたしもあがったり・
ちゅうようにして、買うものではないのね。
国債というのは、ほんらい外国の巨大機関が買うものなんです。
個人で何十億だか買う人もそりゃいるけど、そんなのは誤差でんがな。
スーツに付いた糸くず、雨蛙の鼻に落ちた雨滴、チョコの銀紙に残ったチョコのかす、ゴルゴンゾーラから落ちた青カビのかけらのようなものなのね。

じゃあ、誰が買っているかというと銀行が買っているのさ。
みずほ銀行や三菱UFJ銀行や三井住友銀行が買っている。
投資として良いと思って買っているわけではない。
行動力がないので、よく欧州や合衆国の銀行は日本の銀行家たちを「羊なみのバカ」とゆったりするが、それはほんとうではない。
行動が伴わないだけで、あれで、なかなか賢いひとが揃っているのです。
5thアヴェニューをがに股でどたそたと歩いてきて、周囲のひとが顔をしかめているのもかまわずにたばこをふかしながらロックフェラーセンターを指さして、大声で、XXくん、あれも、むかしはおれたちのものだったのになあああ、アメリカさんにはめられちまったなあ、とゆっている三菱U○Jのおっちゃんをみていると、やっぱりバカなんちゃう、と思わなくもないが、しかし、ほんとうは、あれでも見た目よりは賢いひとがそろっているのです。

では、なぜ日本の銀行は国債を買うのか。
政府に「買え」とゆわれているからですのい。
ここのところになると、ほんとうは仕掛けが外国人たちにはよくわからない。
なぜ政府に「買え」と「命令」されて、本来自由企業であるはずの銀行が割りが悪いばかりかいまでは危険な投資でさえある日本国債を買うのかが判らない。
それが判るようになるには実は日本では顧客と向き合うためのカウンターの高さまで政府が規定しているのを知らなければ判らないのです。
日本では「銀行」とは政府が金融上「民間」というポジショニングをとらなければならないときに名乗る、単なる政府の一部署とゆってもよい。

ここまで読んできて聡いひとはわかったはずである。
日本にはもともと「自由経済」など存在しなかった。
この国は「計画経済」の国であって、誰が「計画」しているかというと、まだ20代の、若い、優秀な、空調すらないビンボアパートでうんうんうなりながらランニングひとつで汗みどろになりながら必死に計画大綱の草稿を書いている役人なんです。
だから役人が自信を失ったとき、国ごと自信喪失におちいるしかなかった。
万国共通、自信喪失に陥った役人が考えることは「辻褄あわせ」である。
日本の役人は元を正せば自分たちの失策によって生まれた巨大な欠損を国内ただ一カ所「余剰な」現金が眠っている金鉱の金を全面的にあてることによって埋め合わせようとした。
「金鉱」とは不自然なほど多い国民個々人の預金のことです。
それが「赤字国債発行」の実体である。
日本では「国債」とは国家が没収した個人の預金の別名になりつつある。

「銀行が命令によって買っている」というのは、とりもなおさず国民ひとりひとりの預金を国債という「国民にはよくわかりひんもの」を使って、次から次に政府名義に書き直していることである。

この企みは予想以上にうまくいって、佐藤栄作内閣にも、あまりの理不尽さに「あとにもさきにも今年一年だけ」とわざわざ文章を草してまで宣言した赤字国債は常態化して、日本人の預金は、国民ひとりひとりは自分の通帳に記帳されているから「預金がある」と思っていても、ほんとうは全部政府の「預金」に書き換えられてしまっている。

きみが後生大事にとってある、あの三菱UFJの324万円の普通預金は普通どころか、異常預金化していて、もう政府の懐にはいってしまっている。

しかし、その国民ひとりひとりが積み立てた預金も全部使ってしまったので、もうすぐ、日本は「実はカネがない。すまん。あんたらの預金もつかっちったもんね」とゆわねなばならなくなる。
それがだんだん早まって2015年にはそうなってしまうのではないか、と連合王国人たちと合衆国人たちは警告している。

金融官僚というのはマジで頭がいいばかりか「国家のために必死に思考する」責任感も身につけているので、もう少し先に繰り延べする方法を発見するのかも判らないが、わしのクソ頭で考えるかぎりでは、もう打つ手がつきているような気がする。

ロンドンに戻ったら、日本の人たちとも何回かあってみるつもりだが、たとえば預金凍結にもちこむのか、ハイパーインフレを許容するのか、どういう道をすすむにしろ、いまの自由経済の法則に真っ向から逆らって国債の販売を持続しつづけてきたからには、その「歪み」への代価を日本人は支払うことになるだろう。

ただでさえ、日本人が大嫌いな「ハゲタカファンド」というのは、経済のそこここで起こる政府や巨大機関の「恣意」を探して歩く。
そういう無理をした「恣意」につけこむのが、最も簡単に利益をうむ方法だからです。
ハゲタカどもは、空を旋回しながら「経済上の不自然さ」を探し求めて旋回している。

どんなに発行しても破綻しない国債、なんてそんなものすごい「不自然」を見過ごすわけないじゃない。

しかも彼らが襲いかかる機会が以外とはやく来たのです。
きゃあ、だのい。

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One Response to 国債預金

  1. 『実は税金は全廃にしたほうがよくて、国の予算をすべて国債発行で賄って税金をゼロにして消費と経済活動を極限まで奨励したほうが良いはずなのに』、ってそうなんですよね!そんなのが可能なら、無税金政府が可能って事に他ならないのに何故そうしないのか?!、とずっと前から思ってました。職場にいたんで膝は打てませんでしたけど。w 

    自分がそこら辺考えてたのは2005年頃だったんですが、その頃のリンク残しておきますね。日本人のお金はすべからく国債に置き換わっているのは財務省の統計情報とか見るだけでも明らかなんですけどね・・・。その意味では隠されてすらいないのに、それだけ問題の根が深いと感じてます。(国家運営は自分達国民の責任じゃないよなー、てないつものアレでしょうけど)

    あと、最初は強制で買わされていた国債も、メガバンク及びその他銀行の収益の中核というか外せない要素になってしまってるので、他に投資先見つけるにしても彼らにはリスク管理が出来ない体質になってしまってるのも現状の元凶の一つかと思われます。

    (今日、3・11以前の日記まで遡り到達しました。日本語日記書き続けて頂いた事、非常に有難く感謝致します)

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