Daily Archives: April 11, 2011

新しい日本のこと

今日はモニとふたりで遊び疲れて寝ておった。午後零時まで寝ていて、ふらふらと起きてきて、パンにサンドライトマトのペストを塗ったのやチキンベジタブルスープ、ブリーチーズにアプリコットジャムをのっけて食べた。 それから、どうしたかというと…また、寝てもうた。 起きてから、少し散歩をしよう、と考えてユニオンスクエアまで歩いたが、他人がチェスをするのを眺めただけで帰ってきた。 帰ってきて、また寝てました。 最近マンハッタンのダウンタウンでは大流行のタパス屋のひとつに寄って、ポテタスブラバスとクロケタスとハモンと(より重大には)無茶苦茶うまいパンコントマテをつくってもらって帰ってきた。 バクラバとハルバ(ハルワではないのです)とチャイで、のんびりした。 もう日本のことがうまく思い出せない、と考えながら、日本についてのブログをふたつ書きかけて、くちゃくちゃと消した。 他に考えたいことがなかったので、新しい鍵の構造を考えた。 鍵師の知恵くらいでは開かないんちゃうか、という仕組みを思いつけたので満足しました。 実用新案、とっておくべ。 世代的にいま昭和30年くらいから後に生まれた人たち(教育内容の改訂にあわせると昭和33年生まれからあと)は、自分たちで無責任な言論をおもしろがって弄んで、どんな危機も、わざと先延ばしを繰り返してきた結果が、というのはつまり自分たちが使う言葉に現実との関係性をもたせなかった自分自身たちの「文化」の結果が、いまの日本社会と経済なのだから、もう年金も福祉も、実質的にはなしでも仕方ないし、言うことを聞いている限りでは「おれたちは頑張ったんだから絶対もらう」とゆっている団塊のひとびとは異なって、「なくてもいいし、死んでもいい。自分たちは、こんなカッコワルイ世界には未練はない」と言っているようだから、勝手にすればいいとして、その下の、いま三十代前半や二十代のひとびとが、これから先をちゃんと生きてゆける社会にする方法には、どんなものがあるだろうか。 ニュージーランドという国は、いまの日本の凋落過程とまったく同じに、極めて富裕な社会から20年間、「ダイジョブダイジョブ」を繰り返していて、ついに80年代に大破綻を招いた。 その頃のことはいまでも語りぐさであって、ホームローンの利息は24%に達したし、失業率も「心の健康のために『就業率』でかぞえたほうがええんちゃうか?」というくらいになった。 80年代という時代は日本が興隆を極めていた一方で英語国は大転落をこいていた時代です。西洋人は傍若無人をきわめた日本人の態度に、「なんでもかんでもコピーして安く売るだけの癖に、なんでそんなに自分たちが優秀だと言い募るか」と抗議してみたりしたが日本人は、そんな負け犬の遠吠えになど洟もひっかけなかった。 そーゆーわけで、職業につけないニュージーランド人が国民的得意芸を発揮して他の英語国に出稼ぎに行っても、医者でも就職がないほど難儀した。 せいぜいガイジンでは絶対に出世できない日系会社に就職してこきつかわれるくらいが関の山であった。 ニュージーランドは経済規模でいえば三重県くらい。人口も400万人という押しも押されもしない小国なので全然日本の参考にはならないが、国ごと「お倒産」になる寸前に至る、という世にも珍しい事態に直面して、たとえば、一晩で「郵政省」を解散した。 いや、部署は残ったが、規模を百分の一にして完全に民営化した。 案ずるよりは産むが易し。 子供を産むのはほんとうは天地が裂けるほど痛くてたいへんで阿鼻叫喚という言葉はお産をする女のひとがいる病院の部屋のためにある言葉だが、ま、ここは男がつくったに決まってる、決まり文句を使っておきます。 案ずるより産むがやすし。 わし、決まり文句が好きだし。 その手は桑名の焼き蛤、 あれ以来つかう機会がなくて寂しい。 五番街のブリッツェル売りのおっちゃんにゆっても判りひんもんな。 警察も縮小しました。 もとが郵便箱の扉があいているだけで警察に電話がいって「はい、犯罪一件あがり」のチョーイージーな犯罪立件の伝統があるニュージーランドの国柄なので、犯罪発生率は爆裂で上昇して、国民が新聞で数字を見ておもわず朝の紅茶をふきだすほどになった。 でも、生活そのものは、そんなに変わらなかったそーである。 政府が小さくなるというのはすごいことであって、ニュージーランドは破滅の淵からよみがえった。 丁度いまの日本と同じにこれでもかこれでもかこれでもかと細かく定められていた行政細則も、ついでにみんななくしちったので、なんでもテキトーなのが大好きなビジネス族がニュージーランドへやってきたいというようになった。 ほんなら、というので、それまではイギリスと細々と大陸欧州からくる以外は殆どいなかった「移民」への門戸を開放した。 他文化への知恵と、人間が自分の生活を向上させるための情熱というものはすごいもので、その力に押されて国の経済まで上昇してしまった。 二十年、さぼっていたので、まだ、全然ダメでひとりあたりGDPで見ていると、先進国と後進国の入れ替え戦があるあたりのポジションをシンガポールや日本、ギリシャ、ポルトガルあたりと常に争っているが、それまでの「けっ、おめーらみてーに『がんばる』とかは嫌いなんだよ。痩せても枯れてもわしらは欧州者よ、文化のほうが大事やん」という根性の腐った態度が矯正されただけでも。良かったとゆわれている(^^;) ニュージーランドの新しい国是に「役人は更正させようとしても絶対無理だから力をもたせない数を増やさない」と念仏のように信じるのがよい、という一条がはいったのはそういう理由によっている。 政府が毎年、「あのおー、犯罪発生率が他の国に較べても高うおますので、ちょっと警官の数を増やそうと思うんですけど」とゆっても、「おまわりなんて、いまで十分じゃ」とあっさり国民に否定されるのも、国会議事堂が手狭になったので増築したいとお伺いを立ててみたら「ほんなら、議員の数を減らせ」ということになって、藪蛇とは、かうなることをいいけるものかな、国会議員の数をばっさり減らされたのも、「役人はいっけんどんなに賢そうにみえても本質的にバカだ」ともう皆が知ってしまっているからである。 もうひとつ、実際に仕事をしてみると、ニュージーランドの再建の主要な力になっているのは、いったん外国に出て(何をしていたにしろ)、5年10年と生活してきたひとたちであるのが判る。 合衆国で暮らしてひたひとびとには合衆国人の考え方が身についていて、ニュージーランドだけで(とゆっても二三年の留学、というようなことはニュージーランドではありふれたことで、そういう人もここでは「ニュージーランドだけにいた人」に含めているが)育った人間には思いも付かないアイデアをもっているし、フランスに十二年暮らしていたひとにはフランス人の素晴らしい知恵があって、あるいは具体的にもワイン作りの技術があったりして、「異なる思考」がぶつかることがいかに生産的なことか判ります。 一国が危機に陥ったときには、その国を救うのはその国にとどまっていたひとではなくて、他国に出かけて寂しい思いや馴染めない思いに耐えながら、「異なる」ものとのつきあい方を学び、新しいものをどう評価すればよいかを学習して戻ってきた若い力である。 そこに移民達のもちこむ「異質」なパワーが加わると、それはそれは凄まじい力を発揮する。 合衆国が初めは欧州人たちに後半は東アジア人たちに「あの国はもうダメだ。もうダメだ」と繰り返し言われながらいまでも隆盛をきわめている第一の理由でしょう。 … Continue reading

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