現実

金曜日は忙しい。
近所のイタリア料理屋で友達夫婦と早めの夕食を食べて、これも近所に別の友達夫婦が新しく開いた画廊のパーティに「顔を出して」コクテル一杯だけ飲んでアパートに戻ってきました。
一時までにイーストビレッジのクラブに行かなければならないので、勤勉なわしは、それまでに日本語の練習をするのだ。
すごい。
酒を2升飲んでも素振りを止めなかった王貞治みたいである。
わしも一本足で日本語ブログを書いてみようかしら。

「顔を出す」というような義理と人情の世界に生きるようになると人間は終わりだとゆわれているが、ときどき隙をつかれて人並みの義理の誘いに「うん」とゆってしまう。
修行が足らないことである。
友人などは少なければ少ないほどよいと決まっているものなのに、毎年毎年えらい勢いで友達が増えてしまうのは、こういう油断によっている。
人間らしく暮らしたければもっと冷淡になる方法を研究しなければならない。
社交の礼儀にかなった、あっかんべえの表情を鏡に向かって工夫しようか。
つい癖で二本指を突き出してしまう習慣を中指一本に改めてみるべきか。

わしは現実的な処理というものが好きである。
たとえば「どうしてもとれないタオルの染みをとる」というようなことになると、軽く半日は熱中します。
皿洗いも大工仕事も好きである。
射撃もすきなら、乗馬も大好き。
世界のディテールというものが熱狂的に好きなので煉瓦のモーター(モルタル)などは世界中の異なる方式を自家製の写真図鑑にしてもっている。
前に少しだけ書いたUKとNZの農場にほうっぽらかしのクラシックカー(というかただのポンコツでねーかという妹のような意見もあるが)も、もちろん整備は全部自分でやる。
だからむかしむかしのロータスのエンジンがほぼトヨタの某エンジン(型番教えてあげない)と、そっくり同じ大きさと形状である、というようなことも知っていて、どこにどういうボルト穴を足してやれば快調に走るか、というようなことも知っている。

自分の肉体がどのように機能するかも熟知しておる。
そのために医学まで(ちゃんとやらなかったが)必要なところだけ学んだくらいであって、自分の筋繊維の強さがどのくらいで、体質がどうで、どこをどう力むとバク転が出来て、どのくらい膝を上げて走れば短距離で快速で走ることができて、長距離ならどのくらい下げればよいかも研究してしっている。
ちん○んだって、こうすれば…(以下、原稿散佚)

わしは現実というものが嫌いである。
毎日朝起きるたびに少しづつ硬くなっていっているに違いない自分の関節のことを考えるのが18歳のくらいのときにはもう鬱陶しいと思っていたし、家に伝わっている財産で食べるというバカバカしさを我慢しまいと思えば、自分で稼がなければいけないのだ、という考えはわしをよく憂鬱にしたものだった。

案ずるより産むのは痛いという。
やってみたら、なんだか猛烈にくだらないドクター中松ないきさつでわしは21歳でまだセーガクをやっている頃にドビンボーからお金持ちになってしまったが、仕事なんかするのやだなーと考えながら夜明けまでゆーうつなままポルトを一本飲んでしまった、あの気色悪い甘みに満ちた苦い朝のことは多分いっしょう忘れないであろう。

このブログをずっと読んでくれている人なら判るかもしれぬ。
わしには、なんで「人間の一生がたいへん」なのか判らないのだと思う。
ブログで書いたことはないが、わしは飛び級が制度としてはないが現実にはやれるという不思議な国で教育を受けたので、他人よりもはやく一通りの教育を通過した。
そういう異常なガキが通常必ず経験するという心理的な早熟ゆえの苦労というものも全然なかった。
3つくらい年上のガキくらいは簡単にのしてしまうくらい身体的能力に恵まれていたせいもあるにかもしれないが、振り返って眺めてみると、年が上の仲間達とふつーにつきあっていたような気がする。

なんだかよくわからないうちにオカネモチということになって冷菜凍死家を開業したときもPという年上の友達が万事めんどくさいことは取り仕切ってくれて、わしはメキシコのド田舎でおっちゃんたちとサンガリータと交代のみをするテキーラで飲んだくれて乾いた土の上にのびて寝ていたりすればそれでよかった。

わしのマブダチとゆえば、いわずとしれて、わしが従兄弟だが、このマブダチが半分(というと本人は怒るが)日本人なので、日本に興味をもって口実を設けてやってくると、そこには義理叔父のトーダイ友達がいっぱいいて、毎週のようにオモロイところに連れていってくれて、あちこちに友だちができた。

わしは現実というものが苦手である。
だが、それはきみが思うかもしれないように現実が襲撃してくるからではなくて、その逆であって、現実というものがいつも微笑んでいるからである。
わしは人間が頽廃しているので全力で悪いほうに想像しようとするが、日本で会ったひとたちはとてもとても親切で、どう想像しようとしても世界でも指折りな親切なひとびとであった。
日本の政治史を(わしはケチなのでここを強調すると)タダで毎週出張教授してくれたS先生や、陶芸を(再び強調すると)タダで教えに来てくれたM先生や、日本語の発音の矯正をひきうけてくれたN先生や、ここではなんのことなのか書かないが、わしのツイッタやブログでたびたび出てくる「3人の博士たち」の暖かい善意をわしは忘れるわけにゆかない。
しかも、このひとたち全部、(これもブログをずっと読んでくれるひとたちにはすぐに名前が思い浮かぶはずの)インターネットでわしに突然からんできて、あまつさえ、ウソツキ呼ばわりまでするという何人かが原因で常に日本社会を罵倒するに至っているわしのブログとツイッタを毎日愛読しているのだから、そのカンヨーをおもうべし(^^)

ブログアカウントを削除して行方不明になっては帰ってくる、ということを繰り返しながら、ブログの読者が300人くらいに減って、相手にしてもらうこともなく、罵倒しにくる人しかいないようなこのブログを続けているのも、日本語を忘れたくない、という利己的な理由と、josico、Nasu、もちこはんにもちこ付録のブブリキ、おっかないすべりひゆ、どこの誰だかいまだにわかんないがわしが大好きなthingmeurlやSDどんやネナガラのようなむかしからいままで、わしが現実の世界さながらどんな滅茶苦茶をしていてもいつも変わらずに友達でいてくれたひとびとと優さんやジュラさんや清右衛門のような新しい友達がいるということのほかに、初めから現実の世界で見知っている、この人たちの温顔が現実的な気持ちの支えになっている、ということもあるでしょう。

わしは現実というものと向き合ってゆく。
ヘンなことをいう、と思うかも知れないが、実際に「現実」というものは言語別に分れている。
英語の世界では、わしはもともと理屈にあわないことだが問題というものと遭遇したことがなかった。
大陸欧州語の世界では考えることがたくさんあった。
フランス語などは、わしは相当最後まで嫌いな世界であって、モニがわしの生活をすっぽりくるんでくれるようになるまでは「我慢がならない仲間」だったかもしれません。
日本語の世界では、倒錯しているが現実のほうは初めからスムースだった。
日本人の本音がヘドロのように溜まっていると思われるインターネットの世界だけが問題だったが、上に書いた友達が、魔方陣のように手をつなぐことによって、わしを助けてくれたもののようである。

わしは現実というものが….
いや、もういいよね。

モニとわしは、この世界ではもののけのようなものです。
ときどき、このマンハッタンの通り、たとえばブロードウェイの名前の通り広い通りを手をつないで渡ってゆく途中で、自分たちが消えてしまうのではないか、と思うことがある。
社会学的にも、お互いの国で絶滅寸前だが、それだけでなくて、なんだか上澄みというか恐竜というか幽霊というか、そーゆーもののよーである。

でも、ま、いーか、と思う。
いつかネット上の友達とも現実の世界で顔をあわせて、にゃはは、ブブリキて、ほんとうに目も鼻も口もないのだな、と笑う日がくるであろうが、
それまでは、ここで会おうね。

でわ

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