プロメテウスの火

五十年、というような先のことまで考えれば人間のエネルギーは核融合に求めるしかないのは、ほぼ自明である。
こう言うと色を為す人がいるのに決まっているが、地熱も風力も核分裂も、いま人間が過渡的に頼っているエネルギーの獲得手段はいずれも化石燃料のオーダーにすら達しないほどのエネルギーしか調達できる見込みがない。
「それならば省エネルギーの世界を達成すればよい」というのも一見もっともな意見だがたとえば50年後に「エネルギー」というとき、そのエネルギーの行き先の大きな部分が食料生産であることを考えると、エネルギーの節約もごくごく補助的な役割しかはたせないのは明らかであると思う。

核融合反応からエネルギーを取り出して人間が利用するには、おおきく分けてふたつの方法がある。
DD反応やDT反応、というようなことを言おうとしているのではない。
ふたつの反応、とは、人間が自力で地上に核融合を実現する、つまり手製の人工太陽をつくるか、すでに空をみあげれば存在する「神様がつくった核融合炉」太陽を利用するか、ということを言っている。

主に葉緑体の働きを通じて太陽エネルギーを利用する一方で人間は歴史を通じて太陽に苦しめられてきたが、それでも犬さんの「お手」に毛が生えた程度の文明で(ときどきは破滅したが)なんとか焼きつくされて滅ぼされることを免れてきたのはなんといっても神の融合炉から地上までの長大な距離と地球を毛布のようにくるむ濃密な大気のせいである。

太陽からエネルギーを直截とりだすとなると、今度は、この遙かな距離が問題なので、たとえば軌道上に複数のエネルギー中継衛星をおいて地表に向かってレーザーで搬送するという研究をすすめているグループもあるが、もっと現実の発電に近いプロジェクトならオーストラリアのように国土の大半が不毛の荒野である広大な国ではSolar Fieldを築いてそこで発電するプロジェクトが進められている。
いま進んでいるのは、たしかフランスのアレバ社の技術で40メガワット級だがオーストラリアは国柄を反映して、かなり進んだ太陽熱技術を自前でも持っている。
アモルファスにかわる太陽電池の技術ももっているはずだが、どのくらい実用化に近づいているのか。最後に話を聞いたのが2006年で、そのときは「あいつの技術はオモロイんだよ」という程度だった。
いま、どのくらい進んでいるものなのか、またメルボルンに行ったときにでも訊かないと判らない。

義理叔父が若いころには、まだ通産省の鉱業課というようなところで、エネルギー政策を担当させられた若い上級職が「あのおー、このまま行くと40年くらいで石油ってなくなっちゃうみたいなんですけど、大丈夫なんですかね?」と訊くと、上司に「ばあーか。石油は探せばでてくる、というのは世界の常識なんじゃ、そんなくだらない心配してねーで、さっさと備蓄の計画をつくらんかい」と怒られていたそうである。
一方で原子力課の担当になるのは命がけで、なにしろ、原子力発電所をつくる土地にでかけて公聴会を開くたびに反対派が顔をめがけて灰皿を投げつけてくる。
義理叔父の軽井沢の夏の家に遊びに来ていた友達が「あれってさあー、なれると肩も動かさないで顔だけで、ひょいっ、ひょいっと避けられるようになるんだけど、一回徹夜明けで右だとおもってんのに左に顔がうごいちゃってもろにデコにあたっちゃってさ。血みどろになって、投げたやつも狼狽してだぜ。ははははは」と力なく笑っておった。
あまりに精神的にきついので原子力課のあとは、もんのすごく楽な部署に配置されて2年間休暇みたいな勤務だったのが常識であったという。

エネルギーに興味があるひとならイロハにあたることだろうが、いまの核分裂反応を遅滞化してエネルギーをとりだすやりかたはエネルギー資源的にも「急場しのぎ」以上の意味はない。原料に出来るウラニウム自体、化石燃料ほども資源としてもたないからで、化石燃料に代わる「次世代エネルギー」だと思っているひとは誰もいないだろう。
フクシマ事故で「当座のエネルギー需要」ですらすさまじい量の中国以外は、いっせいに「やーめた、やめた」になりつつある理由のひとつは、核分裂発電技術がいわば単なる「中継ぎ」にしか過ぎない、という大きな理由がある。
もともと人類のエネルギー需要をせおって立てる、というほどの力量はない技術なのである。

こういうと絶対に怒って怒鳴り込んでくる人がいるので書いていてもユーウツだが風力や地熱などは気休めにしか過ぎない。
風力で日本のエネルギーを全部まかなおうと思えば、(計算してないからわからないが)多分、日本の海岸線に全部風力発電機をくまなくおったてても追いつかないのではないかと思われる。
もうひとつ風力発電というのは、どの国においても汚職の温床になりやすい、という政治的に扱いにくい特徴をもっている。
住基システムのような集中型ネットワークシステムや風力発電のようなエコ発電は、政治の腐敗面では、往事のダムや道路建設と同じ役割を果たしている。
発注受注の公正の監視が難しいので、民主主義国家では危険な事業である、という側面がある。

悲観的なひとびとは核融合炉の耐壁ひとつとっても、「もう人間の知力ではあかんのちゃうか」という。
材料工学も磁場についての知識も、あれもダメこれもダメの状態で、海の波やマグマの熱や風も頼みにして原油の相場をにらんで、ごまかしごまかしを重ねてきたが、これまでのように技術的ブレークスルーがタイミングよくでてきてくれないので「人間は頭が悪い」という科学教育を受けた人間が等しく実感する問題が、より明瞭な形で意識されるようになってきた。
こうなったら技術的特異点、なかでもニューロネットワークを持つ「強い」人工知能をまつしかないと「えっ、このひともなのか」と思う巨大な知性の持ち主まで信じるに至っているのは、この科学全体を覆う「閉塞感」のせいだと思います。

現代では食料問題はそのままエネルギーの問題だが、
北アフリカの政治的動乱はアフリカ内部から「食料が十分に供給できない」という問題が先進国側に向かって波及してきた、その先端だと見ることもできる。
中国の内陸部の、それがゆえに中国政府が対外的な強面を強いられているという地方政府を尖端とする暴動圧力も同じことなのかもしれません。

手のひらで燃えさかりかけた火をもっとも残酷な形で吹き消されたプロメテウスはヘラクレスの手によって解放された、と人間の過去には未来の記憶が記述されているが、そのヘラクレスが来るとされている2023年まで生きていて、ほんとうに彼がやってくるのか、あるいはそれもホーキングたちの虚しい夢にすぎないのか、仮にそれが訪れたとして、そのときには「知的優越」という自然界でわれわれが親しんだ地位から転落したあと、どのような思想がありうるのか、
炎が壁に映すゆらめく影のようなこの世界に、もう少しいてもよさそうだ、と思います。

画像は春の陽気に浮かれてビルの屋上に駆け上がり日本のみなさんに「がんばれ、ニッポン!」と呼びかける大庭亀夫先生。推定身長3メートル20くらい、と思われる。

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