セントラルパーク


日曜日はセントラルパークに行った。
チェルシーのわしのアパートからは遠いがアッパーイーストサイドのモニのアパートからは、すぐというのもアホらしいくらいすぐです。
どのくらいすぐかは教えてあげないけど。
土曜日の夜はモニのアパートにいたので、日曜日の午後はセントラルパークをのんびり散歩して過ごした。

わしはアップタウンは住んでる奴の頭の中身が腐っているので嫌いだが、セントラルパークに近いのだけはうらやましいと思う。
オークランドは住むやすい街だが、街のまんなかにのんびりできる大きな公園がないというマヌケな欠点がある。
ハグレーパークがないクライストチャーチなんか考えられない。
夏の終わりの、あのオレンジ色の宝石箱をひっくりかえしたような夕日がきらめく公園を横切って歩く楽しみがないクライストチャーチは想像のしようがない。
春のまだ寒い朝の霧のなかを10歳と11歳くらいの姉妹がくつわを並べて蹄の音を響かせるハイドパークがあるからロンドンはロンドンなのであって、そうでなければ、そのヘンのコンクリ雑草が生えたような高層ビルがだらしなく背伸びしあっている大きな街と変わらない。

アメリカ人たちは、話し方に品がないうえに、みるからにバカだが、公園をつくる知恵だけはあった。
しかもセントラルパークは、とてもとてもよくできた公園です。
大きな岩や池や橋をうまく配置して、どんなひとが散歩しても寛いだ気持ちになれるように設計してある。

晴れた日曜日にボールパークカフェで1ドル38セントのコーヒーを買って、ベンチに腰掛けてソフトボールに興じるひとびとを見ていると、それだけで幸せになってしまう。
あるいはチェス&チェッカーハウスの階段を上がっていって、チェスの真剣勝負に打ち込んでいる変人たちの手元の盤面を見て、「あっ、もうすぐチェックメイトやん。あぶないやん」とハラハラするのでもよい。

わしはセントラルパークが子供のときから大好きであって大西洋を渡ってニューヨークにやってくると、かーちゃんにせがんでよくパークアベニューから公園まで怒濤のようにやってきたものだった。
(いま考えると小規模な怒濤だが、その頃は本人は自分の存在を怒濤のように思っていたのね)
ちゃんとお上りさん然と馬車に乗ったこともある。
もう、よく憶えていないがアイルランド人の気のいいにーちゃん御者が、しょーばいを忘れて半日一緒に遊んでくれたのはおぼえている。
エセックスハウスからダコタハウスまで公園を取り囲む建物の名前をすべて教えてくれて馬車道をのんびり走りながら架空な「セントラルパーククイズ番組」の司会を務めてくれたりした。

むかしは冬の夜のセントラルパークの冷たい道を踏みしめながら、モニとよく散歩した。
おおきな岩のある丘のわきをとおって暗い橋の下をくぐって、池をまわってプラザホテルの脇へ出てくる道をなんどモニとふたりで通ったことだろう。
モニの緑色のウールのコートが霧に濡れて光って、背中に腕をまわすと冷たかったその感触までおぼえている。

わしはその頃、完全に人生を投げてしまった若い衆であって、毎晩マンハッタンのクラブからクラブをクロールして遊んでばかりいた。
冬でも蒸し暑い、甘い煙の匂いがたちこめたクラブのなかで、明け方まで男も女も服を脱いで踊り狂うパーティのなかでだけ気持ちが安らぐようであった。
わしはもちろん何も信じてはいなかった。
世の中などはただひどくくだらないものであって、週末の興奮を繰り返しながら、そのあとはさっさとおさらばできればよい、と考えていた。
モニというひとが好きであるのは判っていたが、モニの人生に対する真剣さ、一途な愛情というようなものがただ鬱陶しいもののように思えた。

快楽に満ちた煉獄というものがあるのだと思う。
どこまでもいつまでも破格の悦楽が持続して次から次にあらわれる陶酔の時間のなかで呼吸もできなくなる。
そこでは世界は足下の泥のようなものであって、ときどき気がついて避けて歩けばよいだけのものである。

モニの必死の力がなければ、わしはまだあの煉獄の階段に腰掛けて、この世のものとは思えないほど美しいきらめく炎に見とれていたことだろう。
結局、モニの手に導かれて煉獄から螺旋階段をかけのぼって閉まりかけた門を駆け抜けて、この世界に帰ってきてみると、どれほど美麗でどれほど愉悦に満ちていても煉獄は煉獄にしかすぎなかった。

帰りにはトランプタワーの裏庭でスプマンテを飲んでから、5thAve&53rdStにある有名なハラルカートでラムとチキンのコンボを食べた。
モニとふたりでおだやかな春の日差しのなかをのんびり歩いて、チェルシーまで帰ってきました。
少し調子が外れる(^^)Tu trouverasを鼻歌に歌いながら横を歩いているモニの顔を眺めながら、むかしを思い出して、女のひとは実際ためいきがでるほど強いのお、半分くらいは神様の血が混ざっているに違いなし、と考えた。
もっともっと幸せにしなければ。

This entry was posted in アメリカ. Bookmark the permalink.

2 Responses to セントラルパーク

  1. 33 Liberty St says:

    戦後66年経った今でも江戸城跡に居座り続けている天ぷらそーめん屋の犬を保健所送りにした上で、あの辺り一帯をセントラルパーク化してしまえば、いくら頭狂(Tokyo)とは言え多少なりとも住み心地が良くなるに違いない。

    • 33 Liberty St殿、

      >あの辺り一帯をセントラルパーク化してしまえば

      別に制度的に公園にしなくても、みんなでどんどん柵のりこえて「やあやあどうもいやどうも」ゆうて御殿にあがってしまえばええとおもう。

コメントをここに書いてね書いてね

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s