ベンキョーしよう


ロックバンドでねーちんたちにきゃあきゃあゆわれながら人生を過ごす、という手堅い人生の計画をあきらめたのは妹の陰謀だった。
わしをバンド仲間から引き離してあんないけないことやこんないけないことから遠ざけてしまった妹の悪辣な知恵についてはいつかは述べることがあるであろう。

いざ、あんないけないことやこんないけないことが一挙に生活から消滅してしまうと、わしはひどく退屈せねばならなかった。
大学と名の付くものに入るには、まだ間があるはずだったが、わしが生まれて育った国は日本のような工業規格品みたいな国とは違って途方もなくええかげんな国なので、
大学の片隅でしょぼしょぼベンキョーしてもよいことになった。
そこはえらそーで自分は頭が良いと思い込んでいるバカたれがたくさんいる気取り屋の収容所のようなところであって、そもそも収容所そのものに気が遠くなるくらいオバカな細かい規則が網の目のように張り巡らされていてくだらなかったが、それなりに良い所もあったと認めねばならない。

よくないところは、集まっている基地外の諸君が、それまでバンドの形で集合していた基地外とタイプが異なって「遊ぶ」ということにかけては、不細工というか粗野というか、オモロイことが何も出来ないひとびとだったことで、仕方がないから、わしはベンキョーをしようと考えた。

ベンキョーするに際して考慮したことは「向こう500年間に役に立つようなことはベンキョーしない」ということであって、わしは役に立つということが頭から嫌いなので、たとえば頭に「応用」がつくような学問や工学のようなものはとんでもない、と考えた。
いま考えてみると新しい画材・色彩を発明するとか世にも妙なる響きをもつ楽器を考案するとか音響学の奥義を究めるとか工学でも、役立たずの道を囂々と邁進する王道を歩くことも出来たわけだが十代後半のバカガキの頭では、そんな賢い考えは浮かばなかった。

西欧文学をやるのにラテン語が出来ないのでは、階級が下から3番目くらいの序列も知能も低い悪魔でも腹を抱えて笑うだろう。
それも、えーと、えーと、コーギートー、エルゴー、うーんと、スムなんちゅう調子ではダメであって、トマス・モアの一節くらいはカッチョヨク暗唱できるのでなければならない。近代ラテン語は、わしのボロ高校でも英語の時間にやらされるくらいで、差別がはかれないので、文学的教養とか文学的素養とか現代における死語を口走るには、せめて古典ラテン語が出来なくてはダメである。
実際近代ラテン語とそれから派生する諸方言が判らなければ、気取り屋のボストン人が書いた詩ひとつちゃんと読めやしない。 

どうようにして科学では数学が出来なければダメである。
世の中には生物系という数学がまるで出来なくてもやれるとされる科学もなくはないが、あれは実は生物というものが(ぴー)…(この部分は良心による検閲の結果削除されました)

わしは、どのくらい、ということはないが数学はだからよくやった。
数学者になろうと思ったわけではない。
どちらかというと言語を学習するようにやったのだと思います。
ひとりで机に向かって、というようなことはあまりやらなくて、気の合う友だちとビールをちびちび飲みながら、議論しながらやることが多かった。
そんなバカな、ひとりでやるのでなければ集中できないではないか、と日本のひとならば言いそうだが、慣れればこっちのやりかたのほうが遙かに数学がうまくなる。
輝く偽善のワタミ学術用語を用いれば、おすすめであります。

あるとき妹が妙に深刻な顔をして、わしの部屋にあらわれたことがあって、「おにーちゃん、わたし、このあいだ行ったKのパーティで…あのときよ、きっと…子供ができちゃったの! わたしの人生なんか、もう終わりだわ!」
ちゅうことかな、けけけ、無学者め、マジメな人間が羽目を外すと地獄の門がひらきやすい、という聖書の文句を知らんのか、この世にマジメな人間が破滅するということほどドラマ性があって楽しいことはなかりけりと喜んだが、そうではないのであった。
ベンキョーは、なんのためにすると思うか、という。
(く、くだらん)
(全然、悲劇性というものがないやん)
(だから優等生て嫌いなのよ)

わしが「単位時間あたりの収入を上げるためであろうの」というと
マジメに答えないと兄妹の縁を切るという。
ほんとうに縁を切ってくれたら欣喜雀躍だが、これまでの行動に鑑みて妹がそんな好条件で縁を切ってくれるわけがないので、ちょっと考えてみたことがある。

T先生と、わしは散歩するのが好きであった。
秋の丘陵をT先生と散歩していると、わしのパーな頭ではただの「森」なのが、先生の眼には高解像度の自然が鮮明に映っているのであってCGAとUXGAくらい違う。
夜になって「天上の無数の星」というようなことをわしが口走ると、先生はにやにや笑いながら、空に見えている星は空気が完全に澄んでいても5000もないよ、という。
一枚の葉をとりあげて、それから判ることを延々と述べてきかせる。
人間実践検索図鑑みたいなひとである。

先生とわしは同じ世界を見ているのに、そこから得ている情報は虫と神様ほども違うのであって、わしは教育というものなしでは人間というものはただの性能の悪い粗雑な認識装置にしか過ぎないことをよく思った。

勉強しても人間は向上したりはしない。
わしの行った大学は世界でも指折りのカッチョイイ大学ということになっているが、
そこに滞留している阿片崫の住人たちの頭のわるさを観察すれば、そのくらいのことは考えなくてもわかる。
しかし、その頭の悪い住人たちは話をしてみると判ることは、底抜けに愉快で、なによりも認識している世界が精細で豊穣である。
思い込みが少なくて、依拠している現実の有効数字の桁が多い。
現実をありのままにみて、それをそのまま受け入れる能力がある。
そうして、なによりも、世界が苛酷なものであるよりも、やさしいものであることをよく知っている。

わしは日本人の老革命家が、彼がまだこの世界に多少の希望をもっている頃の、あるときに述べた、「せめてもこの広い宇宙の、同じ時代同じ時に同じこの星に生まれ会ったことをよろこびあって」という言葉が好きだが、
そう心から思えるためには、現実に対する精細な認識が必要であると思う。
役に立つ学問をすると、「役に立つ」ことが前のめりになって、自然な体勢でいられなくなってしまうので、やはりほんとうは役になんか金輪際たたない学問のほうがよさそうです。
だから遊ぶのさ。
だからベンキョーする。
夜のあいだじゅうずっと起きていて明け方鳥たちが生け垣にあつまってきてさえずりはじめるまで書斎の机に広げた本にクビを突っ込んでなにごとか考えなければならないのだ。
前頭葉に神のつくった不思議な形象がやきついてしまうまで言葉の火を燃やす。
シンボルのさびしさが、きみの語彙という語彙をあおざめさせてしまうまで考え抜かねばならない。

わしがベンキョーの話をするのは、なんだかヘンだけどね。

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9 Responses to ベンキョーしよう

  1. ponpoko says:

    「輝く偽善のワタミ学術用語」という表現に笑いました。
    ガメさんのような異国の人から見たら、あのようなタイプの人間は狂ってるように見えるでしょうか?

    私の接する事ができる範囲での話ですが、実はけっこう日本の若手企業家の間では人気があったりします。
    個人的には、けっこう志は高いのかな~?とか思ったりしてましたが、都知事選に出てガッカリしました。

    • ポンポコさん、

      >あのようなタイプの人間は狂ってるように見えるでしょうか?

      東国原という人やあのひとは、プラスティックのように言葉を使って自分を飾ることを厭わない、という点でくだらない。あれを見て言うことを真に受けてしまう人がいるというのは怖いことですのい

      >、実はけっこう日本の若手企業家の間では人気があったりします。

      なさけないことですのい。

      >都知事選に出てガッカリしました。

      都知事選に出てはいけないの?

  2. ponpoko says:

    都知事選についてですが、以前に本人とちょっとお話できる機会があって、その時は政治の世界には出ないとおっしゃってたんです。
    その時の理由が今回の件で全て吹き飛んでしまった感じで、なんだかなーと思っただけです。自分も昔はけっこう好きな人でした。勢いがあって。

    でもまぁこの6,7年見てて、下で働いてる社員が幸せになってなかったり、勝者の論理としか思えない『論語』を語る本を出したりとか、
    そういうのを見て、勝手にこっちで思い入れて、勝手にこっちで失望してるわけですから、ワタミさんには迷惑な話ですけどね(笑)

    「プラスティックのように言葉を使って自分を飾ることを厭わない」という表現は的確だと思いますが、でもホリエモンとかを見てても、
    ちょっと前の日本の起業を目指す人には良いモデルがなかったのかも知れませんね…。もしガメさんが知ってる範囲で、これぞ!という人がいたら教えて欲しいです。

  3. J.Hasegawa says:

     初めて投稿します。よろしくお願いいたします。

     朝まで一心不乱にベンキョーしているガメさんは、新しい知識を習得しようとしているのではなく、過去に奪われてしまった記憶を必死に取り戻そうとしているように見えますね。もしかしたら退屈しのぎに記憶を消して世界に降りてきた神様だったのかな。言語的な才能も実はそのせいかもしれない。なんて想像してしまいました。
     
     勉強は方向性を決めつけてしまうと本当につまらない物ですね。僕はいままで取り込んできた関連のない知識同士が、ある日突然頭の中で火花を散らして結びつく瞬間がとても好きでいろいろ興味のある物を手当たり次第勉強したいと思っています。
     
    これからもブログの更新楽しみにしています。

    • J.Hasegawa 殿、

      >しかしたら退屈しのぎに記憶を消して世界に降りてきた神様だったのかな。

      神様は、わしのとーちゃんだが、なぜ、それを知っておる。(なんちて。もちろん、マイケル・ジョーダンどす)

      >ある日突然頭の中で火花を散らして結びつく瞬間がとても好き

      そりゃ、相当ベンキョーしてるひとなんだのい。
      西脇順三郎はベンキョーばかりしているヘンなジジイだったが、「遠くのものを結びつけるのだ」とあちこちに書いている。
      遠くのものが脳髄に影をつくるときに、人間はカンドーするのだ、と述べている。

      • J.Hasegawa says:

        返信ありがとうございました。

        遠くにいるガメさんとうまく結びついた感じがして、とてもうれしいです。

        勉強すると、自分がアホであることがどう否定しようとしても導き出されてしまうので、その点だけが残念です。

        西脇順三郎さんおもしろそうですね
        読んでみます。

  4. ポンポコさま、

    >以前に本人とちょっとお話できる機会があって

    アホと話をするとアホがうつるというから気をつけましょう。

    >ですから、ワタミさんには迷惑な話ですけどね(笑)

    わしは百円本に「わたしの誠意と人間性はワタミで食べ物をたべてもらえればわかる」と書いてあったので、どうりゃ、と思って行ったら薄っぺらで阿りが歴然とした味だったので、ははは、よくわかりました、と思ってそれ以来クダラネーと思ってます。

    >もしガメさんが知ってる範囲で、これぞ!という人がいたら教えて欲しいです。

    日本の人、よく知らんもん。

  5. says:

    親愛なるガメさん
     
    とんちんかんなタイミングでばかり反応することを許してくらはい。
    心が言うことを聞かんのれす。
    わしのブログは、自分のなかで時がきたらぜひお伝えしたいです。
     
    ところでなぜこの記事にコメントしているかと言うと、よくこの記事のことを考えているからです。
    別の国に生れればよかったのかなあ。
    でもついったみてると、教養ある日本人もいる……みなさん一様に生きにくそうにしているけれど……
    ベンキョーをがんばりたい自分とがんばりたくない自分がいつもけんかしている。
    で、結局やらないことに落ち着いてしまう。
    のにいつも、やらなければ、という焦燥感だけはある。
     
    独り言みたいなコメントでごめんなさい。
    わしはガメさんの文章を読むといつも泣いてしまうのであまり頻繁に来られない。
    心がわがままなのれす。
     
    では、欧州まで、よい旅を。

    • 優さん、

      尊敬する優さんやジュラさんにコメントをもらうと嬉しいのお。

      >ところでなぜこの記事にコメントしているかと言うと、よくこの記事のことを考えているからです。

      だいいさんきゅ。

      >別の国に生れればよかったのかなあ。

      よかった、かどうかは別にして、楽だった、のは間違いないでしょうのお。
      NZなんかだと、なあーんも考えないで、起きている間へらへらしていて涎流しながら午寝してるだけですんでしまう。
      (それはそれで問題があるんちゃう?という意見もあるだろうが)

      >ベンキョーをがんばりたい自分とがんばりたくない自分がいつもけんかしている。

      ベンキョーて、したいときにすればええのですわ。したくないときにしてもしょーがないではないか。
      いくらなんでも「マジメ」すぎるのではなかろーか。
      思い詰めて気を張り詰めて頑張っても、競争力がつくくらいのことで、マイナーな解決にしかなりもうさぬ。
      真の解決は「自分の幸福」のほうは遠のいていってしまいそうです。

      >独り言みたいなコメントでごめんなさい。

      もっと独り言を聞かせてほしいっす。
      (ちゅうのもヘンだが)

      >では、欧州まで、よい旅を。

      フランス人乗務員のおばちゃんたちと、ずっと遊びながら来たので寝不足になってもうた。
      しかし、もう恢復しました。
      また明日から元気に遊ぶ予定でごんす。

      でわ

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